不機嫌な子猫

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72話

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 明け方に目を覚ますと、自分を背後からがっちりとホールドするかのようにくっついている存在に否応なしに気づかされ、クライドはため息を吐く。
 人種なのか、この国は男女ともスラリとした長身の者が多い。よってウィルフレッドはある意味目立つ。そんなウィルフレッドのしっかりしがみついている小さな手をそっとはがしてクライドは起き上がった。するとまだ眠ったままのウィルフレッドがふるりと震える。上掛けを掛け直してやるとその体どころか顔までがすっぽり埋まってしまった。

 とんだ魔王様だな。

 ふっと笑いながらクライドは目覚ましのためもあり、魔法で即座に熱い湯を作ると茶を淹れた。いい香りが漂い、フェルがもぞもぞと目を覚ます。ウィルフレッドはこの香りにもつられることなく今も夢の中のようだ。

「……お前も飲むか?」
「クフン」
「ふ。基本的には話す気はまだないということか? ただし後で歪を調べる時にもし聞きたいことが出来れば話してもらうからな」

 言いながら転移魔法の応用で自分とウィルフレッド両方から少し離れた場所に羊の肉を出してやると、「いいだろう」と言いながらフェルがいそいそとそちらへ向かっていった。
 昨日のワインも同じくその魔法により出している。このクライドがワインごときでレッドを一緒に運べないはずがない。魔王の話をしたかったため、遠慮してもらっただけだ。
 ちなみに実際のところ過去に力を封じたのは魔王と多少でも疑ったからではない。そもそもウィルフレッドが赤ん坊の頃に封じた。ウィルフレッドの母親である王妃の願いによる。もちろん王妃が力を封じてくれと願ったのではない。ただ、出来るのであればどうか健やかに育つようにして欲しいと言われた。
 当時、王妃もウィルフレッドも何とか生きながらえたものの、特にウィルフレッドは弱々しかった。今思えば長らく封じていたせいで生まれ変わっても尚弱ったままであったとはいえ、魔王の持つ異形の力が出産やその後にも影響したのかもしれない。本来なら赤ん坊は自分で出来るようになるまでの数か月は母親の体内で貰った免疫により健やかに成長する。だがウィルフレッドはまるでそれすら受け付けないかのように毎晩のように高熱を出したり発疹が出たりしていた。医師からも匙を投げられていたようで、思い余って王妃がクライドに願ってきたのだ。
 クライドも万能ではない。ましてや薬を作りはするものの医師でもない。だがもしかしたら魔力や筋力といった物理的な力を封じることでそれらに使われる力がウィルフレッドの精神的なというのだろうか、免疫力やいっそ生命力に注がれるかもしれない、とある意味憶測でしかないが考え、実行してみた。結果、それが功を奏したのかウィルフレッドは次第に健康になっていったのだ。これも今思えば魔王としての力をある意味封じたことになるため、人間としてのウィルフレッドの生命力が守られたのかもしれない。とはいえこれもまた憶測でしかないし、わざわざウィルフレッドに言うつもりもない。一応いつかは力を封じていると言うべきかもしれないとは何となく思ってはいたが、結局口にしたものの面倒なので会話の流れで適当に「念のためお前の魔力や筋力は、お前のことが疑わしく感じ始めた頃に封じた」と言っただけのことだ。事実ではないがその後実際ウィルフレッドのことを疑い出した訳だし力を封じたことは告げられたしクライドとしては問題ない。

『そのせいで嫌われても問題ないのか?』

 ふと声が聞こえ、クライドは無表情のまま少し離れたところで今もじっくり肉を堪能している魔獣を見た。

「お前の能力かそれは」
「どれがだ」

 フェルは一旦声に出した後、直接頭に届く形で話しかけてきた。

『心の中で話しかけることか?』
「違う。人の考えを勝手に盗み見することだ」
「やたら魔力の強いお前が勝手に私に話しかけてきただけだ。獣聞きの悪い」
「主人同様、いい性格をしているようだ。なるほど。ちなみにどんな相手の心も自然と読み取れるのか?」
「契約を交わしているウィルフレッド様以外ではお前くらいだな、今のところ。お前の魔力は人間として異常なほどだ」
「褒め言葉として受け取っておこう」

 要は考えを抑えればいいということだなとクライドは納得した。あまり褒められた性格ではないとは思うがフェルが途中で話しかけてきたのも、ある意味親切でもあるのかもしれない。言われなければ今も不用意に頭の中でベラベラと話していただろう。
別に聞かれても困ることは特にないが、不用意に聞かれるのは好まない。
 それにウィルフレッドの力を封じた理由も、おそらくフェルはベラベラとウィルフレッドに話さないだろうという気はしている。どのみち話されても別に構わない。

「……俺にもその茶を寄越せ」

 いつの間にか目を覚ましていたらしいウィルフレッドが上掛けをまといながらぼんやりとした顔をクライドに向けてきていた。すっぽりと埋まっていた体は起こしても上掛けに包まれているように見える。ウィルフレッドの体躯は元々小柄だったのかもしれないが、クライドが力を封じたせいもあるのだろう。
 この力を戻しても流石に今更また弱々しい状態になるとは思わないが、本人にも告げたように今のウィルフレッドに戻した場合に魔王としての力に影響が出る可能性はないとは言えない。ウィルフレッドのことは色々見極めさせてもらってはいるが、力を得た場合にどうなるかは何とも言えないため戻す気は実際なかった。
 魔王の生まれ変わりだと疑うようになったのもウィルフレッドに告げた通りではない。比較的最近だ。とりあえず明確になってよかったと思いつつ、クライドはウィルフレッドに口を開いた。

「自分で淹れろ」
「貴様、王子に向かって」
「私は昔からこういう感じだろうが」
「……ルイには敬語のくせに」
「何だそれは。ヤキモチみたいな何かか」
「誰がヤキモチか!」
「子どもには茶よりもミルクだろうな。もう少ししたら兵の誰かが朝食と共に持ってきてくれるだろう」
「誰が子どもか……!」
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