不機嫌な子猫

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74話

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 今度こそようやく城に帰ってきたウィルフレッドを、レッドは待ちかねたかのように出迎えた。人間界での側近というのはそれほど主人についていないと落ち着かないのかとウィルフレッドはおかしく思う。最近思い出したことだが魔王だった頃にもたしか側近と言える存在はいたようだ。ただ時に口煩いながらも基本的には放置してくれていたように思う。少なくともウィルフレッドは知らない場所へ向かう以外は当時わりと一人でも自由に動いていた。
 ちなみにいくら記憶を取り戻したとはいえ、何もかもすべて鮮明に覚えている訳ではない。最近思い出した側近の存在のように、忘れていることもところどころある。人間として生まれてからですら忘れることなど多々あるのだ。当然といえば当然だが、それでもふと思い出した時に我ながら「魔王のことでも忘れることはあるのか」と少し微妙になったりもする。
 話は戻るが、レッドが絶えずウィルフレッドについていないと落ち着かないのは、もしくは今のウィルフレッドが色々平均もしくは平均以下だから一人にしておけないと思われている可能性もあるとふと気づき、勝手に腹立たしくも思えた。

「無事お帰りで安心いたしました。何もなかったですか」

 ただそう聞かれると腹立たしいよりもちょっとした狼狽える気持ちに襲われた。魔物は現れなかったしそういう意味では何もなかったが、クライドからある意味爆弾を落とされたようなものだ。

「な、何も、なかったといえばない」
「……何ですかその慌てようは」

 返事をすると、途端にレッドが胡散臭そうにウィルフレッドを見てくる。

「慌ててなどおらん!」
「──クライド殿と何かありましたか」

 低い声で聞かれ、一瞬ウィルフレッドは心臓が口から垂れるかと思った。ごふ、っと変な咳をした後に改めてかしこまったような咳をする。

「何かって何だ。何もないわ!」
「……左様で」
「貴様、何を疑っているのだ」
「俺が王子を疑うなどと」
「その目が疑っているとしか言っておらん!」

 自分が元魔王だというのは、当時そこにいたクライドだからこそ疑えることだ。レッドがウィルフレッドのことを元魔王だと多少でも疑うはずがない。そう分かっていても落ち着かない。

「俺の目つきは生まれつきです。……まぁとにかく、お怪我もないようで何よりです。風呂を使われますか?」
「……あ、ああ、そうしよう。あいつの移動魔法のおかげで埃っぽくはならなかったが、疲れを取りたい」
「疲れるようなことをなさったので?」
「いくら移動魔法とはいえあの村までだぞ。しかも着いた翌日に延々と連れまわされ放置されたのだ! 疲れるに決まっているだろう!」

 思い出すと腹立たしい。いくら元魔王か確認するために連れてきたのだとはいえ、この自分をああも当然のように放置するなどと、とウィルフレッドは忌々しげに思い返す。

「放置?」
「ああ、いや、それは言葉のあやだ」

 クライドが調べている間、この自分は放置されていたことは事実とはいえどうにも面白くない上に話したくない。

「王子は意外にも甘えたなのですね」
「いや、何の話だ?」

 だがレッドは一体どう受け取ったのか、意味が全く不明なことを言ってきてウィルフレッドを混乱させた。

「何でも。風呂には疲れを取る薬草を入れてあります。行きましょう」

 既に疲れを取る薬草を入れている辺り、今回の旅も疲れるものだとレッドも判断しているではないかとウィルフレッドは微妙な顔をした。だが促されるまま大人しく大きな浴室へと向かう。

「ではゆっくり入って寛いでください」
「貴様も入れ」
「は?」
「俺は寛ぐ。だから貴様が俺の体を洗え」
「……王子。それくらいはご自分でなさってください」
「あと貴様と離れていた分、してないしな。風呂でするぞ。湯に浸かってゆっくりする上にいい具合の運動も兼ねたら良質な睡眠が取れそうだろうが」
「何を……」

 呆れたような顔をした後に、レッドが今度は少し怪訝そうな顔をしてきた。

「何だ」
「クライド殿とは」
「は? 貴様、寝言は寝てから言え。この俺があのクライドと? 冗談じゃないぞ馬鹿者が!」

 憤りながら言い返せば、レッドはますます怪訝そうな顔になる。

「貴様、相変わらず王子であるこの俺を誰とでもどこでもするような男だと思っているようだな……?」
「い、いえ。そういう訳では……でもクライド殿です、し」
「はぁ?」

 ただでさえ普段からよく分からないやつだというのに尚更よく分からない反応をするレッドを、構わずウィルフレッドは無理やり浴室内に引っ張った。唖然としているからか、わりと容易にレッドは引き入れられる。その後もいつもなら中々に強情だというのにウィルフレッドこそ怪訝な顔をしたくなるほどレッドは簡単に流されてくれた。
 風呂での行為は悪くなかった。
 泡で体を洗われることもかなり悪くなかったというか、またしようと思える行為ではあったが、何より体力おばけのレッドもさすがに風呂ではのぼせる可能性が過るのか「控える」という意識が働くようで、一度きりで終わるところだった。さすがに一度ではウィルフレッドのほうが物足りないため、何故か流されやすくなっているレッドに二度目を強要したが、いつものように一晩中とはならなかった。体力おばけには今のウィルフレッドでは対応しきれない。体力だけでなく体の大きさからしてまず違うのだ。あれほど魔王時代に性行為自体は嫌というほど行っていただけあって行為自体は慣れているようなものだとはいえ、正直レッドのものを全部受け止めることすらまだ困難だったりする。
 その後ようやくいつものレッドに戻ったようだが、風呂での怪訝な様子のレッドは一体なんだったのかとウィルフレッドは首を傾げる。だが本人に聞いても「何のことです」と取り付く島もない。
 とはいえ満足する行為に熱い湯に浸かったことも相まって、寝室へ向かうとウィルフレッドはレッドが一緒に寝るかどうか確認する暇もなく眠りに陥った。
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