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78話
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散歩にはあの怪しげでしかないフェルという生き物はついてこなかった。犬っぽいならむしろ散歩をしたいのではとウィルフレッドは思ったのだが『今のあなたでは私を連れ出そうとしても止められるかと』と何故か言われる。
「……あの」
「なんですか、王子」
「俺はその、フェルを散歩に連れていかないほうがいいんで、いや、いいの、か?」
おずおずと聞けばレッドは少し困ったような顔をしてから頷いてきた。
「俺は多分問題ないとは思うんですけどね。前にフェルの背中に乗らせていただいた時もフェルは落ち着いたものでしたし」
「えっ、あなたがフェルの背中に?」
一体どういう訳でこの小動物もどきの背中にレッドのような大きな成人男性が乗ろうという流れになったのだろうかとウィルフレッドは困惑した。その様子を見ていたレッドもどこか困惑した様子で「いえ」と首を振る。
「乗ったのはこの状態のフェルではなくて。……王子はこの生き物を犬だと思いますか?」
記憶のないウィルフレッドに配慮してくれているのだろう。どこか濁すような言い方のレッドにウィルフレッドは笑いかけた。
「大丈夫です。じゃなくて、だ。大丈夫、だ。さすがにこの見た目で犬だとは思わないよ。何故ここにいるのかは分からないけど多分魔物、だよ、な?」
「はい。俺が乗ったのはフェルが大きくなった姿です。遠い場所へ行くのに乗せてもらいました」
「なるほど……大きくなるんだ」
「本来フェルはあなたが扱える存在で。ですが俺を乗せた時もフェルは大人しいものでした。ですので今のあなたでも多分問題はないとは思うんですが、万が一のことを考えるとやめておいたほうがいいか、と。もしかしたら他の誰かを心配させてしまうかもしれませんし」
「あー。だよなぁ。魔物が王宮内にいるってだけで大問題のはずだもんな、普通は」
「……」
「え、何?」
レッドが無言のままウィルフレッドを見てきたので内心ドキドキしつつも聞いた。すると「いえ」とまた首を振られた。
フェルは『散歩をしなくとも私は問題ありません。安心してゆっくりなさってきてください、我が主』などと言って快く見送ってくれた。
我が主? とは?
怪訝に思いながらもレッドがいる前でフェルに聞き返す訳にもいかない。はっきり分からないが、フェルが人語を話せることをクライドは大っぴらにしたくないのかウィルフレッドの口を塞いできたことを思うと、念のためウィルフレッドは黙っていることにした。
「ここは?」
「ここはあなたの仕事場です。あなたは国璽尚書の仕事をなさっているので」
「ここは?」
「ここはあなたがよく剣の訓練をされていたところです」
レッドと一緒に歩きながら、所々でレッドが無言で案内してくれる場所についてウィルフレッドが聞くたびに、レッドは多少簡素ではあるが教えてくれる。
もしかしなくともレッドは普段あまり喋らないタイプなのだろうかと考えていると、実際たまたま通りかかった二人の騎士が「今日のレッド様はなんだか饒舌だな」などとこそこそ話しているのが聞こえた。
饒舌?
これで?
普段、もしくは他の誰かに対してレッドは一体どれだけ無口なのだろうかと思い、だが何だかおかしくてウィルフレッドは口元を綻ばせた。
「……王子?」
「ああ、いえ。ごめん。何かちょっとおかしくて」
「?」
「気にしないで、レッド」
「はぁ……。次はどこへ行ってみましょうか。そうだ、クライド殿のところへ行かれますか」
「クライド? いや、先ほど会ったし別に……」
「ですが王子はよくご訪問されてました」
やはり親しかったのだろうか。だから懐かしかったのだろうか。
ただ、それなら小さな頃からずっと一緒だったらしいレッドのほうが親しそうな気がする。
「……あの」
「何か」
「俺、レッド、とはその、あまり親しくなかった、とか、そういう……? 今も渋々案内してくれてる、とか」
「……は? 渋々など、とんでもない。……親しかったかどうかと言われたら俺にはあなたの気持ちを推し量ることが出来ないので何ともですが、少なくとも俺は」
お、俺は?
ごくりと唾を飲み込みそうな勢いでじっとレッドを見上げていると、その視線に気づいたレッドは無表情のまま一旦口を閉じてきた。
「レッド?」
「王子はクライド殿と親しかったとは思います」
「……。あの、さ。俺とクライドって何か関係とかある?」
「……すみません、俺の口からは。医師からは憶測が多少でも絡むことに関してはあまり気軽に口にしないように言われてます」
憶測が多少絡むような関係、とは。
クライドのところへはまた今度でいいと言えば、レッドはウィルフレッドが階段から転び落ちたらしい塔にも連れていってくれた。上へ上るとキープに出た。そこにある少し高い狭間胸壁を指差すとレッドが「王子はあそこからの風景がとても好きでした」と教えてくれた。クライドのところとここがどうやら自分のお気に入りの場所なのらしい。
胸壁というのは城壁や城の最上部に設けられた、例えば兵士などを防御するための背の低い壁面を言うが、狭間胸壁はその上部を凹凸にしたものを言う。通常は大人の頭くらいの高さが多いが、ここは少し登らないと覗くことも出来ない高さにあった。その代わり、胸壁には時折小さな四角い穴がある。ここからも外部の様子を覗くことは可能になっていた。ウィルフレッドは試しにそこから覗いてみたが、様子を窺うことは出来ても景色を堪能するという訳にはいかない。とはいえここを登るのは少々勇気が要りそうだ。記憶があった頃の自分は怖いもの知らずだったのだろうかとそっと思った。
「……あの」
「なんですか、王子」
「俺はその、フェルを散歩に連れていかないほうがいいんで、いや、いいの、か?」
おずおずと聞けばレッドは少し困ったような顔をしてから頷いてきた。
「俺は多分問題ないとは思うんですけどね。前にフェルの背中に乗らせていただいた時もフェルは落ち着いたものでしたし」
「えっ、あなたがフェルの背中に?」
一体どういう訳でこの小動物もどきの背中にレッドのような大きな成人男性が乗ろうという流れになったのだろうかとウィルフレッドは困惑した。その様子を見ていたレッドもどこか困惑した様子で「いえ」と首を振る。
「乗ったのはこの状態のフェルではなくて。……王子はこの生き物を犬だと思いますか?」
記憶のないウィルフレッドに配慮してくれているのだろう。どこか濁すような言い方のレッドにウィルフレッドは笑いかけた。
「大丈夫です。じゃなくて、だ。大丈夫、だ。さすがにこの見た目で犬だとは思わないよ。何故ここにいるのかは分からないけど多分魔物、だよ、な?」
「はい。俺が乗ったのはフェルが大きくなった姿です。遠い場所へ行くのに乗せてもらいました」
「なるほど……大きくなるんだ」
「本来フェルはあなたが扱える存在で。ですが俺を乗せた時もフェルは大人しいものでした。ですので今のあなたでも多分問題はないとは思うんですが、万が一のことを考えるとやめておいたほうがいいか、と。もしかしたら他の誰かを心配させてしまうかもしれませんし」
「あー。だよなぁ。魔物が王宮内にいるってだけで大問題のはずだもんな、普通は」
「……」
「え、何?」
レッドが無言のままウィルフレッドを見てきたので内心ドキドキしつつも聞いた。すると「いえ」とまた首を振られた。
フェルは『散歩をしなくとも私は問題ありません。安心してゆっくりなさってきてください、我が主』などと言って快く見送ってくれた。
我が主? とは?
怪訝に思いながらもレッドがいる前でフェルに聞き返す訳にもいかない。はっきり分からないが、フェルが人語を話せることをクライドは大っぴらにしたくないのかウィルフレッドの口を塞いできたことを思うと、念のためウィルフレッドは黙っていることにした。
「ここは?」
「ここはあなたの仕事場です。あなたは国璽尚書の仕事をなさっているので」
「ここは?」
「ここはあなたがよく剣の訓練をされていたところです」
レッドと一緒に歩きながら、所々でレッドが無言で案内してくれる場所についてウィルフレッドが聞くたびに、レッドは多少簡素ではあるが教えてくれる。
もしかしなくともレッドは普段あまり喋らないタイプなのだろうかと考えていると、実際たまたま通りかかった二人の騎士が「今日のレッド様はなんだか饒舌だな」などとこそこそ話しているのが聞こえた。
饒舌?
これで?
普段、もしくは他の誰かに対してレッドは一体どれだけ無口なのだろうかと思い、だが何だかおかしくてウィルフレッドは口元を綻ばせた。
「……王子?」
「ああ、いえ。ごめん。何かちょっとおかしくて」
「?」
「気にしないで、レッド」
「はぁ……。次はどこへ行ってみましょうか。そうだ、クライド殿のところへ行かれますか」
「クライド? いや、先ほど会ったし別に……」
「ですが王子はよくご訪問されてました」
やはり親しかったのだろうか。だから懐かしかったのだろうか。
ただ、それなら小さな頃からずっと一緒だったらしいレッドのほうが親しそうな気がする。
「……あの」
「何か」
「俺、レッド、とはその、あまり親しくなかった、とか、そういう……? 今も渋々案内してくれてる、とか」
「……は? 渋々など、とんでもない。……親しかったかどうかと言われたら俺にはあなたの気持ちを推し量ることが出来ないので何ともですが、少なくとも俺は」
お、俺は?
ごくりと唾を飲み込みそうな勢いでじっとレッドを見上げていると、その視線に気づいたレッドは無表情のまま一旦口を閉じてきた。
「レッド?」
「王子はクライド殿と親しかったとは思います」
「……。あの、さ。俺とクライドって何か関係とかある?」
「……すみません、俺の口からは。医師からは憶測が多少でも絡むことに関してはあまり気軽に口にしないように言われてます」
憶測が多少絡むような関係、とは。
クライドのところへはまた今度でいいと言えば、レッドはウィルフレッドが階段から転び落ちたらしい塔にも連れていってくれた。上へ上るとキープに出た。そこにある少し高い狭間胸壁を指差すとレッドが「王子はあそこからの風景がとても好きでした」と教えてくれた。クライドのところとここがどうやら自分のお気に入りの場所なのらしい。
胸壁というのは城壁や城の最上部に設けられた、例えば兵士などを防御するための背の低い壁面を言うが、狭間胸壁はその上部を凹凸にしたものを言う。通常は大人の頭くらいの高さが多いが、ここは少し登らないと覗くことも出来ない高さにあった。その代わり、胸壁には時折小さな四角い穴がある。ここからも外部の様子を覗くことは可能になっていた。ウィルフレッドは試しにそこから覗いてみたが、様子を窺うことは出来ても景色を堪能するという訳にはいかない。とはいえここを登るのは少々勇気が要りそうだ。記憶があった頃の自分は怖いもの知らずだったのだろうかとそっと思った。
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