不機嫌な子猫

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87話

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 相変わらず体の不調を感じるが、ウィルフレッドはその後もそのままにしていた。というかどうしようもない。医師に診てもらっても何も異常はなく、心理的なものではないかと言われた。その前にクライドからは「恋」だなどと言われた。だがウィルフレッドとしてはそんな訳がないと納得いかない。よってどうしようもない。

「ウィル」

 そんな時、城のテラスでぼんやり外の風景を眺めていたウィルフレッドにアレクシアが声をかけてきた。
 レッドはここへ来るまでついてきたが、ウィルフレッドが椅子に腰かけると一旦下がって暖かい茶を持ってきた後にどこか見えなくなってしまった。とはいえ呼べば出てくるのだろう。こういった場合、誰かがいて行う会話は基本的に聞いていないようなのだが、何故か名前を呼べばやって来る。それがまた謎だが気にしても解明出来そうにないのでずいぶん昔から流している。

「姉上。いかがなされました」
「いかがなさったのはあなたのほうですけども。元気がないようだけど、何かあるのかしら?」

 向かい合うようにして椅子に腰かけると、アレクシアはじっとウィルフレッドを見てきた。何もかも見透かされそうで「何もありません」と言いながらもつい目を逸らしてしまう。

「……ふふ。そうそう。ウィル、あなた今特に忙しくはないわよね?」

 さらに追及されるかと思いきや、優しげな笑みを浮かべながらアレクシアが聞いてきた。おかげでホッとするどころかむしろ何かあるのではないかと内心戦々恐々としてしまう。

「しょ、るいがいくつか確認する、ものが」

 ない。
 正直言って、ない。

 例の魔物騒ぎがあったものの、本来この時期は比較的平和というか特に大きな催し事も案件もない。そしてそれは外交が仕事であるアレクシアも知らない訳はないだろう。

「可愛いことね、ウィルフレッド。さて、お手がすいているようですし」
「す、すいてません」
「私と一緒にリストリアへ行かないこと?」
「い、……え?」

 いつも何だかんだでアレクシアにエステだの何だのといいように扱われているとしか思えないウィルフレッドは即答で嫌ですと言おうとしていた。だが予想外の言葉にポカンとする。

「リストリアへ?」
「ええ」

 アレクシアはにっこりと微笑んできた。

「クリード王子へ会いに行かれるのですか? だとしたら俺が行く必要も……」
「私がわざわざあの方に会いに? 何を言ってるのかしら。私は仕事で行くだけですよ。もちろんせっかくなので会いにも行きますけど」

 クリードはついでなのか。さすがというか何というか。

 アレクシアが好きで堪らないといった様子だったクリードを思い出し、ウィルフレッドは微妙な顔になった。

「姉上の仕事でしたら……」
「あなた、他国へは行ったことないでしょう。リストリアへ行けば気分転換にもなって元気が出るかもしれなくてよ」
「行きます」

 遠慮しますと言いかけていたウィルフレッドは即座に行くと答えていた。アレクシアに警戒してしまっていて意識していなかったが、確かに他国へは行ったことがないし行ってみたい。
 他国へ行くなどと、そんな機会はなかったし連れて行って欲しくとも馬鹿のように過保護に扱われ、出たことなど一度もなかった。魔物の件でようやく、国内とはいえ遠出したくらいだ。

「……何故俺を? 今まで一度も誘ってくださらなかったのに」
「元気ないし、それに国境の村の件ではウィル、あなたは立派に役割を果たしました。いつまでも過保護にしていてはあなたにとってもよくないと私が判断したからよ。きっとでもお兄さまやラルフは反対でしょうね」

 アレクシアはそう言いながらまたにっこりと笑ってきた。
 実際兄二人は最初反対してきた。何故連れていく必要があるのかと納得がいかない気持ちを隠そうともしなかった。
 特にルイは「ウィルはついこの間まで辺境の村まで二回に渡って遠出していた上に記憶喪失にまでなったのだぞ。それをアレクシア、お前の仕事のアシスタントとして連れていくだと?」などと頑として首を縦に振りそうになかった、はずだった。しかし何があったのだろうか。ウィルフレッドには全く分からないのだが、翌日には「行くといい」などと賛成してきたのだ。それもひきつったような笑顔でだ。正直なところ裏しかないのではないかとウィルフレッドは勘ぐったが、どう考えてもこんなことに裏など存在しようがないというか、あるならどんな裏があるのかむしろ見てみたいと言うのだろうか。なので特に何も言わないことにした。
 ラルフはそんなルイに対し当然のように納得がいかない様子だったが、アレクシアに「初めて他国へ行くと、とても喜んでいたウィルを見てそれでも駄目だと言うのか」と改めて言われて結局反論出来なかったようだった。そして「俺も行く」と言ってそれこそルイに却下されていた。

「レッドも行くのか……」

 ラルフはついてこないが、レッドが一緒だと分かると、もちろんそれが当たり前だと分かっていてもウィルフレッドはつい口にしてしまった。

「はい」

 レッドはだが気を悪くした様子もなく、いつものように無表情のまま肯定してきただけだった。
 ふとウィルフレッドは思う。
 当たり前のように昔からそばにいるレッドだが、やはり本人はそれが仕事だからそうしているだけなのだろうか、と。
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