不機嫌な子猫

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95話

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 レッドは言葉に反応したというよりは、おそらく何か気を感じたからなのだろうとウィルフレッドも思う。魔力が弱く剣術が駄目なウィルフレッドにも何か感じられた。殺意とまではいかない、何かだ。悪意ならウィルフレッドには明確に分かるのだが、それとは違う。

「……レッド。収めろ」

 鞘を抜こうとする音に、ウィルフレッドは顔をクリードへ向けたまま呟いた。

「御意」

 レッドは、いつでも抜ける、という心づもりだからだろうか。素直に手を腰から離した。

「ありがとう、ウィルフレッド。びっくりしたよ」

 そう言いながらもクリードは焦った様子もなく相変わらず優男といった笑顔を向けてきた。

「いえ。……ところでオートマタを探っている、とはどういう意味でしょうか」
「そのままだよ」

 そのままでは推し量れないから聞いているのだろうが。
 思わずいつものようにジロリと相手を睨みつけそうになり、ウィルフレッドは自分を押し留めた。かつては魔王をしていたのだ。魔王というものは好き勝手やっていると思われがちだがプライベートならさておき、公式の場では馬鹿でもわがままでもない。自分で言うのも何だが、少々短気なだけのやり手経営者といったところではないだろうか。よっていくらウィルフレッドでも外ではやみくもに睨みつけはしない。そもそもクリードを睨みつけても仕方がない。ウィルフレッドは小さく息を吸い込んでから口を開いた。

「別にオートマタを探っている訳ではありません」

 実際嘘ではない。国境の村周辺が襲われ、その際に物的証拠が手に入り、それが魔力によってまるでからくりのような仕掛けが施された石だったというだけだ。
 どう見ても石だというのにからくりのような仕掛けがあることからウィルフレッドとしては確かにこのリストリアのオートマタが浮かんだが、ウィルフレッドがケルエイダを出る時点でオートマタだとは調べがついてなかったようだし、確定された訳ではない。ということでオートマタなど別に探ってはいない。とりあえず。

「本当に? でも君のお姉さんはオートマタを探っていたようだよ」

 穏やかな表情で言ってきたクリードを、馬鹿でもわがままでもはいはずのウィルフレッドは今度こそ睨みつけた。

「どういう意味だ。貴様、アレクシアに何かしたのか」
「うーん。ウィルフレッドは結構怖いんだね。どうしようかな」
「何がどうしようかだ」

 レッドに収めろとは言ったが、やはり内容次第ではただではおけない。とはいえ相手は他国の、それも今ウィルフレッドが訪問しているこの国の第一王子だ。切り捨てれば済む問題ではない。
 ウィルフレッドは何とか冷静になりながら自分に言い聞かせた。
 あと、それだけでなく今この状況であってもウィルフレッドはクリードについて把握出来ていない。要はクリードがアレクシアに何かしたのかもしれない、あの事件に関わっているかもしれないといった状況証拠にも満たない憶測で判断し行動するのは間違っている。
 人間として十六年生きてきている現状、間違いなくウィルフレッドは人間ではあるが、それ以前の記憶がある以上ウィルフレッドの中身は元とはいえ人外でもある。数えきれないほどの年数を魔界で魔王として生きてきた。その蓄積された個性にはどうしたって影響を受ける。例え相手がよく知る者だろうが知らない者だろうが、事実を知った上で自分がどう思うかでだけウィルフレッドは判断したい。それこそ義理や人情、道徳や正義など知ったことではない。
 人間は物的証拠などにはやたらと事実を求める癖に人が絡むと途端に事実や正誤そっちのけで判断しようとする。その辺は自分も人間として生きてきているわりにいまいち分からない。ウィルフレッドならば例えばクライドは大嫌いだし事実過去に封じ込められた訳だが今現在実際に何かされているのではないため今のクライドを知ろうとしている。あわよくば弱点を見つけて亡き者にしてくれるわとも思っているが。レッドに対して最近死にそうな気持ちになるが原因がはっきり分からないので心の安全のため接触を避けつつも追及しようとも考える。
 今もアレクシアがウィルフレッドの姉であるということは別問題だ。事実をまず知ってからでしか判断のしようがない。身内が大切だからという理由はここに当てはまらない、とウィルフレッドは自分にさらに言い聞かせた。そもそも魔王の記憶を思い出した頃はその身内であるルイを殺そうとさえしていたくらいなのだ。
 とはいえクリードがアレクシアに何かの危害を実際に加えていたと判明した暁にはそれこそ他国第一王子だろうがあの事件に関わっていようが関わっていまいがクリードが正当だろうが何だろうか報復させてもらう。

「クリード」
「ん?」
「俺はずっと自国にこもっていた世間知らずだ。だから明け透けに言うが、性愛絡みではない駆け引きには全く興味がない。ちなみに性愛も今は興味ないがな。あと他国の第一王子だからと敬語で話してはいたが面倒なので省かせてもらう。貴様も率直になってもらおうか。何が言いたい」

 腕を組み頭を上へ逸らせることで気持ち上から目線っぽくなったつもりになりながら言えば、クリードはポカンとした後に吹き出してきた。

「貴様」
「ごめんね。馬鹿にしたとかじゃないんだ。君は面白い人なんだなあって思って。えっと、何か誤解させていたのならそれこそ本当にごめんね。率直でないつもりもないんだ。ただ把握していないだけだよ。アレクシアも最初僕に対して変に緊張した様子を見せてきて僕こそ戸惑ったんだよ」
「は?」
「アレクシアは今頃、オートマタを研究している部屋で色々と調べているんじゃないかな。ただね、いくら僕の婚約者とはいえ、今はまだ他国のそれも外交視察をしている人でしょう。僕がいくら構わないと言っても周りが反対するだろうからね、具合が悪くて部屋にこもっていることにしたんだ。まあ言い含められそうになっていた大臣もいるけどね……。僕は今日外出をするため研究室は誰も立ち入らないよう、と周りには命令している」
「ど、ういう」

 展開が分からない。
 いや、何だろうか。クリードの人となりは何となく分かったような気はする。見た目通りの優男とでもいうのだろうか。ルイやアレクシアのように笑顔の裏にとんでもない凶器を隠すタイプでは少なくともないように思えた。そもそも今の言葉にも悪意があれば元魔王であるウィルフレッドにはすぐに分かる。とはいえ先ほど感じた何か妙な気のこともあるし展開が全く分からない。ウィルフレッドは戸惑いを隠しもせず、まじまじとクリードを見つめていた。
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