不機嫌な子猫

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101話

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 好きだと自覚した上でこの状態に耐えられるほど、ウィルフレッドはどうやら熟練していないらしい。自分で認めるのは癪だが、実際過去の何百年という生の積み重ねも含めて一度も経験していないことだけに仕方がない。どれほど色んな相手と体を重ねてきていても役に立たない。

 だから嫌なんだ。恋などろくでもない。

 そう思っても消えてくれるものでもなく、だとしたらもう前向きに受け入れるしかない。だが受け入れるとして、ではどうしたらいいのかなど分からない上にレッドの言動がいちいちウィルフレッドをある意味攻撃してくるため正直耐え難い。

 言えばいいのか。

 今も結局着替えさせられながら、自分の鼓動がレッドにバレませんようにと祈りつつウィルフレッドは思った。

 いっそレッドに言えばいいのか。

 気に食わないのではなく、お前が好きだから着替えさせられるだけで耐え難い羞恥と喜びと切なさと鬱憤で死にそうになる、と。
 それこそ耐え難い羞恥と情けなさで死にそうだ。
 そもそも言ったところでどうなると言うのか。レッドはあくまで仕事としてウィルフレッドに仕えている。それに対してウィルフレッドが気持ちを打ち明けたとて、結局受け流してもらうかそれとも命令の授受になるだけだろう。そしてそれはただのパワーハラスメントでしかない。とはいえ今までもセックスを強要していたようなものだし、そもそも「パワハラ」や「セクハラ」に関してウィルフレッドは今でも正直なところはどうでもいい。レッドが心底嫌だったならばそれは悪意の一種としてウィルフレッドに伝わってきただろうし、そうなればセックスだって続けていなかっただろう。そもそも魔王だった頃も自分がルールだったようなものだ。ただ、命令というパワーハラスメントよってウィルフレッドの「恋」をどうこうしたりしてもらうのが嫌だと思った。
 欲望を命令で満たすのは別に嫌だとは思わない。だがこういった感情は嫌だ。

「俺は一人で着替えられるからだ。それだけだ」
「そうなると他のどういったことも結局はそれに尽きますよ」
「どういう意味だ」
「王子は俺がいなくとも日々一人で生活出来るでしょう。それに頭がいい王子のことだ。ご自分で何でも対応出来るかと。俺は不要になります」

 レッドが不要?
 冗談じゃない。

「ふざけるな。お前は俺の側にいるのが仕事だろうが!」
「ええ」

 レッドが少し口元を綻ばせてきた。その様子にまた心臓を悪くしつつも、レッドの術中にはまったかのようで忌々しい。

「ですのでお召し替えも俺の仕事です」
「ぐ……」
「俺は美味しい茶を淹れられませんし他にも細々としたことは得意ではありません。そんな俺から普通にこなせる仕事を取らないで頂きたい」
「は? お前程優秀な側近などそうはいないだろうが!」
「光栄です。では続けましょう」
「……っく」

 自覚してからもリストリアで着替えさせられてはいた。その時も十二分に落ち着かなかったが他国の部屋である事実が多少気楽にもさせていた。王族が他国の部屋でどうこうする訳にもいかないしするはずがないという考えに助けられていたというのだろうか。だが自室は駄目だ。何をしても自由だし実際今までに散々ここで体を重ねている。
 別に丸裸になる訳ではない。だがレッドの目に自分のあられもない姿が映るのかと思うと嫌悪とは違う何とも言えない感情に総毛立ちそうだ。そして時折どうしても触れてしまうレッドの指に、肌も粟立ちそうになる。どちらも悪い感情の場合になる現象のはずだが嫌悪からではない。
 欲望だ。
 溢れんばかりの欲望のせいだ。
 恋については情けないが知らない。だが恋と性欲は連動するくらいは知っている。そしてその手の欲望にだけはとてつもなく詳しい。
 性欲だけでよかったのに、とウィルフレッドは思った。それだけなら簡単だ。セックスをすれば済む。
 そこに恋が絡むと一体どうなってしまうのか分からなくて怖い。元魔王ともあろう自分が、こんなことで恐れ慄いている。
 性欲だけですら体だけでなく頭がおかしくなりそうなほどの快楽に侵されることがある。それにこれほど心臓が危険に晒される感情が加わってしまうとどうなってしまうのか。絶対に死んでしまう。

「寒いですか? 暖炉の火を強めましょうか?」
「な、んでだ」
「王子の腕、鳥肌が立っているので」

 見られたと思った瞬間、顔から火が出そうになった。だが「そうだ、普通は恐怖や寒さに鳥肌が立つものだ」と思い直す。まさかレッドも、ウィルフレッドが好意により興奮してこうなっているとは思わないだろう。

「そ、うだな。少し火を強めてくれ」

 ちっとも寒くない。むしろ気持ちの高ぶりのせいで暑いくらいだが、ウィルフレッドは肯定した。
 レッドとしたくて堪らない気持ちと、レッドが好きで堪らないからただそばにいたい気持ちと、そして好き故に離れていて欲しい気持ちとそれらの欲望、感情に振り回され死んでしまうと慄く気持ちが入り乱れ、本当にどうにかなりそうだ。
 着替えが何とか終わるとウィルフレッドは慌ててベッドに飛び込んだ。眠れば何とかなる。おそらく乱れ倒している感情も一旦は平淡なものになるだろう。
 そう思い、横たわって目を瞑ろうとしているとレッドが入ってくるのが分かった。

 前にもこんなことあった……!

 何故忘れていられるのか。そして自分は死なずに今晩乗り越えられるのか。既に死にそうだというのに。
 それでも好きな相手だ。ベッドに入るな、なんて言えるはずもない。ただでさえ最初は一緒に眠るのを拒んできた相手なのだ。ようやくこうして自然に入ってくれるようになったというのにそれを壊したくない。
 そして好きだと自覚しているせいでむしろ思わずすり寄ってしまいウィルフレッドは馬鹿かと自分を罵った。
 感情の振り幅が大きすぎる。少なくともここにフェルがまだいなくてよかったとウィルフレッドは思った。今日はまだクライドのところにいるのだろう。今のウィルフレッドはおそらく感情が丸出しだろうし、全てをフェルに見られ呆れられたり失笑されるのだけでも避けられてよしとするしかなかった。

「おやすみなさい」

 レッドがそう囁いてキスをしてきた。

 お休みのキスを確かにこの間ねだりはした。したけれども。

 誰か助けて欲しい──ウィルフレッドは自分の心臓が実際にキュッと鳴ったような気がしながら珍しく他人任せに願った。
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