不機嫌な子猫

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105話

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 聖モナの日は家族でゆっくりと過ごしましたと、リストリアの第一王子であるクリードが笑みを浮かべている。その様子を呆れとまではいかなくとも冷めた表情でウィルフレッドは眺めていた。



 ケルエイダでもさすがに国境の村事件にばかり構ってはいられないため、とりあえずは皆通常の仕事に勤しみ、そして年末年始を迎えた。
 太陽がほぼ沈んだままのポーラーナイトの日はずっと薄暗いため、書類仕事も捗らずでウィルフレッドはレッドとただぼんやり過ごした。レッドと一緒など、普段なら緊張などで死にそうになるはずだ。しかしヴィーナスベルトすら望める朝焼けのような空が一日続く中、暖炉の明かりだけで過ごしていると二人でも妙に落ち着いた気持ちになれた。ほぼ喋らず、ただぼんやりと過ごしただけだが、パチパチと小さく聞こえる炎の音や時折聞こえる薪が崩れる音を聞きながらこんな時間がずっと続けばいいとさえ思えた。
 自分が救いようのない馬鹿だと思うしフェルには聞かせたくないしレッドにも絶対言えないことだ。
 聖モナ用に木彫りの小人を作ったのは正直楽しかった。最初は意地で作っていたのだが、だんだん楽しくなってきたのだ。しかしそれはバレて欲しくないため、ひたすら木彫りに集中していたら作り過ぎたため、お守りの役目も果たすらしいので構わないだろうとフェルを使って周りに配った。
 国中が厳かな、もしくはお祝いモードの聖モナの日には相変わらずルイはご馳走を前にしてもどこか気もそぞろといった風に感じられたが、何故か楽しげなアレクシア曰く「あれは真面目でも第一王子だからでもなく、そうね、例えばミルク粥のせいですよ」らしい。ちっとも意味が分からなかったがウィルフレッドはとりあえず流しておいた。
 ラルフはラルフで通常運転というか、周りの女性たちへのプレゼントまで用意しており、ウィルフレッドは生ぬるい目でそんな様子を見ていた。
 久しぶりに家族団らんといった感じに年を越したところで、一月にいつも行われるケルエイダ王国祝賀会での外交使節とのやり取りにクリードがやって来たのだった。他国の大使なども揃う中、ケルエイダ現王に挨拶された際に冒頭のように答え、のほほんとしている様子には「やはり本当にこの王子が人望も厚いリストリアの第一王子なのか」とどうにも微妙な気持ちになってしまい、ウィルフレッドはそっと目立たないよう冷めた顔になっていた。
 大使は王族関係者がなる国が多数とはいえ、クリードはアレクシアと違って大使ではない。リストリアの大使が他のことで忙しく、しかし代わりをケルエイダに寄越すなら第一王子である自分が行くべきだと進言したのだという。



「忙しいのはアルス王国のせいだよ」

 畏まった場ではなく、スヴィルク兄弟とその側近しか他にはいない場で、クリードは相変わらずのほほんとした様子で言ってきた。だがその言葉にウィルフレッドはのほほんとしていられない。実は少し筋肉痛なせいで座ったままだが、思わず口を開いていた。

「それはあの馬鹿王子絡みか」
「ウィル?」

 敬語も忘れて口走ってしまったウィルフレッドを、ルイが少し怪訝な様子で見てきた。

「あ、いえ。すみません。ただ気になってしまって」
「えー、もしかしてウィルってクリード王子の妹さんと何かあるの?」

 ラルフがニコニコ、というよりは心なしか頬を膨らませながら聞いてくる。何故そんな顔をされなければならないのかとウィルフレッドは微妙な気持ちになりながら首を振った。

「何かって何ですか……。アリーセ王女とはリストリアで仲良くしていただいたので、つい気になってしまうだけです。しかも相手がジルベールですよ。他の王子なら別に気にもならなかったでしょうが」

 そもそも他の王子なら社交界にも出ていない王女にいきなり婚約を申し込むよりはまずどうにか親しくなる方法でも探すだろうと思われる。

「とにかく。アルス王国のせいってどういう意味ですか」

 一旦ため息を吐いた後にウィルフレッドが再度聞けば、クリードは「ウィルフレッドが今聞いてきた通りだよ」と頷いてきた。

「僕の可愛いアリーを、あそこの弟ならまだしも兄の方へやるのは気が進まないんだ。それにアリー自身がそれを望んでない。だけれどもアルス王国からは再三に渡って打診してきてね。本当に面倒なんだ。うちの大使はその対応に少々忙しいんだよ」

 忙しいとは言っても、手が離せないというほどではないだろう。おそらくはクリードがこちらへ来る口実だ。
 赤い石を見るためと、そしてウィルフレッドが頼んでいたことについて話すためだろう。
 側近が付いているものの兄弟だけで集まっているのもそのためだ。重臣たちもまだ、リストリアへの疑いを拭いきれていない者が少なくない。

「これがその石だ」

 ルイの指示により、ルイの側近であるエミリーがクリードの元に布で包んだ赤い石を差し出してきた。それをクリードは目線でルイに確認した後、手に取った。そして眺めたり何やら魔力で光らせたりし始める。

「……確かにうちの仕事だろうね」
「そうか」

 ルイもアレクシアもラルフも驚いた様子もなく頷く。

「うん。他の国の人だとこの力を……うん、こんな風には使えないと思う」

 調べるために半分に割ってある一見何の変哲もない石を矯めつ眇めつ、オートマタは全く扱えないウィルフレッドたちには何を以て判断しているのか分からないもののクリードが呟く。

「僕たちは決して、君たちのこの国に顔向け出来ないことを何一つしていないと誓える。だけど、この技術は間違いなくうちのものだ。……申し訳ない」
「謝る必要はないでしょう?」

 アレクシアが微笑んだ。

「アレク……」
「他へ流れた技術を責任持って回収するだけの話ではないですか」
「……シア」

 嬉しそうにアレクシアの名前を呼びかけたクリードが途中から切なそうな顔に変わる。

「クリード、ところでウィルが聞いていた術者については分かったのか?」

 助け船のつもりか、ただ単に早く聞きたかったのか、ルイが質問するとクリードは少し顔を引き締めてきた。
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