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104話
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アルス王国はリストリア王国よりも南に下ったところにある国だ。北にあるケルエイダ王国は全体的に森と岩と草原にまんべんなく囲まれているのに対し、それより南のリストリア王国は城の周りは森や丘に囲まれているものの全体的に平地が多い。対してアルス王国の北側は平地ではあるが南側は高くそびえる山に囲まれていた。
代々アングラード家が王として続く国で、今の王がまた聖王とも名王とも言われており、ケルエイダやリストリアに比べて小さいながらもそれなりに豊かな国だ。言語はリストリア語が公用語らしいが庶民の間で使われている言葉はリストリア南部訛りの強いアルスリストリア語と呼ばれているものらしい。独特の発音や言い回しがあるため、リストリアで通じない場合もあるようだ。ただし王族や上流貴族はケルエイダもリストリアもそうだが、綺麗な発音の共通語をも話す。むしろこれが話せないと社交界デビューの際、下に見られるとも言われており、子どもの頃に必須科目として習わされる。
音楽の発達している国であり、また食文化も中々のものとウィルフレッドは聞いている。食文化と聞いて一度行ってみたい国だとも思っていた。
「では本当にしつこく婚約を迫ってるのだな」
「そのようです」
だが一気に忌々しい国へと成り代わった。
「馬鹿じゃないのか? リストリアの王は愛娘をかなり可愛がっていると聞く。社交界デビューもまだしていない娘を結婚させる訳ないだろう」
社交界は別に成人していないと出られない訳ではない。貴族だと未成年であってもデビュタントとなる場合もある。よって十四歳でも社交界デビューする娘もいるだろう。
恋愛は性別に拘りがないものの、子を成すことの出来る女性は平民では別かもしれないが、跡取りを気にする貴族などにはやはり特別なようだ。寄宿学校などで世間を学ぶ男子とは違い、女子は社交界デビューを果たすまでは社会から隔絶されたまま育てられることが王族を含め、よくある。そのためウィルフレッドもアリーセの存在は知っていても全く面識がなかった。
そして社交界に出ると世界が一転し、きらびやかな世界で結婚相手を見つけることとなる。それまでに結婚することはないし、デビューしてからの舞踏会などでは恋愛事に慣れていないのもあり親の言いなりでダンスを踊る相手すら決められていると聞いたことがある。アレクシアが言っていたようにとんでもない年の差婚があるのも仕方のないことなのかもしれない。
こういったことは平民のほうが男女の自由度は高いのだろうとウィルフレッドは思っている。魔王だった頃も縦社会はかなり厳しく存在していたが、男女の違いは全くなかった。人間界の上流社会は中々に面倒なものだとは元魔界の王も思う。人間界で言うノブレス・オブリージュのようなものは魔王であっても持ち得ていた。むしろプライドが高い分、そういった責任は負うのが当然だと思っていた。だが作法というのだろうか、こういった仕組みに関しては人間として生まれてきても魔王時代の記憶が残っている以上いまいちピンとこない。また、身近な女性にアレクシアがいるという理由もあるかもしれない。アレクシアのように成人し社交界でも有名な存在となり、その上大きな国の第一王子との婚約まで決まっていながら今も尚仕事を、それも外交の仕事をしている王女というのは相当珍しいようだ。
アリーセのような女子はもっと色々なものを社会に出て学んでもいいように思える。
──引きこもらせているから俺みたいなやつでも好きだと勘違いしたり、挙句の果てにジルベールみたいな馬鹿に目を付けられるんだ。
「しかしアルスの王がそんな無謀なことをいくら息子であっても許可するとも思えんのだがな」
「それですが」
アリーセのことだけに憤慨していたウィルフレッドをただ黙って見ていたレッドが口を開いた。
「まだ正式な裏は取れていないのですが、現王は体調を崩し、病床にある可能性が」
「そうなのか? 表には出てきていない情報だな……」
「第一王子がジルベールというのもあり、他国に伏せているのかもしれません」
「あの馬鹿なら頷けるな」
王宮から出たことのなかったウィルフレッドとはいえ、公式の場で何度かジルベールを見かけたことはある。色々と勘違いの甚だしい男だという認識が強い。元魔王であるウィルフレッドですら己の現状を把握し行動しているというのにジルベールは自分の器を分かっていない。もちろんそれなりに魔力もあるのかもしれないが、ルイやラルフ、アレクシアを見慣れているウィルフレッドからすれば小物でしかない。その上無知蒙昧とまでは言わないが、知識が浅い。ウィルフレッドはたまにアングラードにかけて心の中で「暗愚野郎」と呼ぶこともあった。
弟のリュカ・アングラードはまだ十歳ながら兄と違って冷静でしっかりとしていると聞いたことがある。残念ながら見たことはないが、アルス王国が年功序列でないことを祈りたくはなる。
「レッド、その辺をではもっと詳しく調べろ」
「御意」
頭を下げ、そのままこの場からも下がるかと思われたレッドがじっとウィルフレッドを見てきた。
「何だ」
「王子がアリーセ王女に結婚を申し込めば、おそらくアリーセ王女は承諾しますし、王子ならばリストリア王も許可しそうです。そうなるとこの問題も解決では」
一瞬矢で心臓を打たれたのかとウィルフレッドは思った。
レッドは忠実な、そして仕事の出来る側近だ。今言ってきたことも考えるまでもなくもっともな意見だろう。それは分かっている。
「……俺はアリーセをそういう目で見られない……って言ってるだろうが馬鹿者!」
俯きたくなる顔をむしろ上げて睨みつけるも、レッドは相変わらず無表情だ。
「ですがアリーセ王女を助けたいのでは」
「だからといって何故そうなる」
「しかし」
「しかしもお菓子もないわ! アリーの意に沿わない結婚だからこそ尚更どうにかしてやろうと思っているこの俺の意に沿わない結婚をしてどうする」
「とてもお似合いだと思いますが」
「似合っておらんわ! とにかく調べてこい!」
「御意」
今度こそレッドがこの場から下がった。ウィルフレッドはほんのり泣きたい気持ちになっている自分が情けなく、今もフェルがいなくてよかったと胸を下ろした。
代々アングラード家が王として続く国で、今の王がまた聖王とも名王とも言われており、ケルエイダやリストリアに比べて小さいながらもそれなりに豊かな国だ。言語はリストリア語が公用語らしいが庶民の間で使われている言葉はリストリア南部訛りの強いアルスリストリア語と呼ばれているものらしい。独特の発音や言い回しがあるため、リストリアで通じない場合もあるようだ。ただし王族や上流貴族はケルエイダもリストリアもそうだが、綺麗な発音の共通語をも話す。むしろこれが話せないと社交界デビューの際、下に見られるとも言われており、子どもの頃に必須科目として習わされる。
音楽の発達している国であり、また食文化も中々のものとウィルフレッドは聞いている。食文化と聞いて一度行ってみたい国だとも思っていた。
「では本当にしつこく婚約を迫ってるのだな」
「そのようです」
だが一気に忌々しい国へと成り代わった。
「馬鹿じゃないのか? リストリアの王は愛娘をかなり可愛がっていると聞く。社交界デビューもまだしていない娘を結婚させる訳ないだろう」
社交界は別に成人していないと出られない訳ではない。貴族だと未成年であってもデビュタントとなる場合もある。よって十四歳でも社交界デビューする娘もいるだろう。
恋愛は性別に拘りがないものの、子を成すことの出来る女性は平民では別かもしれないが、跡取りを気にする貴族などにはやはり特別なようだ。寄宿学校などで世間を学ぶ男子とは違い、女子は社交界デビューを果たすまでは社会から隔絶されたまま育てられることが王族を含め、よくある。そのためウィルフレッドもアリーセの存在は知っていても全く面識がなかった。
そして社交界に出ると世界が一転し、きらびやかな世界で結婚相手を見つけることとなる。それまでに結婚することはないし、デビューしてからの舞踏会などでは恋愛事に慣れていないのもあり親の言いなりでダンスを踊る相手すら決められていると聞いたことがある。アレクシアが言っていたようにとんでもない年の差婚があるのも仕方のないことなのかもしれない。
こういったことは平民のほうが男女の自由度は高いのだろうとウィルフレッドは思っている。魔王だった頃も縦社会はかなり厳しく存在していたが、男女の違いは全くなかった。人間界の上流社会は中々に面倒なものだとは元魔界の王も思う。人間界で言うノブレス・オブリージュのようなものは魔王であっても持ち得ていた。むしろプライドが高い分、そういった責任は負うのが当然だと思っていた。だが作法というのだろうか、こういった仕組みに関しては人間として生まれてきても魔王時代の記憶が残っている以上いまいちピンとこない。また、身近な女性にアレクシアがいるという理由もあるかもしれない。アレクシアのように成人し社交界でも有名な存在となり、その上大きな国の第一王子との婚約まで決まっていながら今も尚仕事を、それも外交の仕事をしている王女というのは相当珍しいようだ。
アリーセのような女子はもっと色々なものを社会に出て学んでもいいように思える。
──引きこもらせているから俺みたいなやつでも好きだと勘違いしたり、挙句の果てにジルベールみたいな馬鹿に目を付けられるんだ。
「しかしアルスの王がそんな無謀なことをいくら息子であっても許可するとも思えんのだがな」
「それですが」
アリーセのことだけに憤慨していたウィルフレッドをただ黙って見ていたレッドが口を開いた。
「まだ正式な裏は取れていないのですが、現王は体調を崩し、病床にある可能性が」
「そうなのか? 表には出てきていない情報だな……」
「第一王子がジルベールというのもあり、他国に伏せているのかもしれません」
「あの馬鹿なら頷けるな」
王宮から出たことのなかったウィルフレッドとはいえ、公式の場で何度かジルベールを見かけたことはある。色々と勘違いの甚だしい男だという認識が強い。元魔王であるウィルフレッドですら己の現状を把握し行動しているというのにジルベールは自分の器を分かっていない。もちろんそれなりに魔力もあるのかもしれないが、ルイやラルフ、アレクシアを見慣れているウィルフレッドからすれば小物でしかない。その上無知蒙昧とまでは言わないが、知識が浅い。ウィルフレッドはたまにアングラードにかけて心の中で「暗愚野郎」と呼ぶこともあった。
弟のリュカ・アングラードはまだ十歳ながら兄と違って冷静でしっかりとしていると聞いたことがある。残念ながら見たことはないが、アルス王国が年功序列でないことを祈りたくはなる。
「レッド、その辺をではもっと詳しく調べろ」
「御意」
頭を下げ、そのままこの場からも下がるかと思われたレッドがじっとウィルフレッドを見てきた。
「何だ」
「王子がアリーセ王女に結婚を申し込めば、おそらくアリーセ王女は承諾しますし、王子ならばリストリア王も許可しそうです。そうなるとこの問題も解決では」
一瞬矢で心臓を打たれたのかとウィルフレッドは思った。
レッドは忠実な、そして仕事の出来る側近だ。今言ってきたことも考えるまでもなくもっともな意見だろう。それは分かっている。
「……俺はアリーセをそういう目で見られない……って言ってるだろうが馬鹿者!」
俯きたくなる顔をむしろ上げて睨みつけるも、レッドは相変わらず無表情だ。
「ですがアリーセ王女を助けたいのでは」
「だからといって何故そうなる」
「しかし」
「しかしもお菓子もないわ! アリーの意に沿わない結婚だからこそ尚更どうにかしてやろうと思っているこの俺の意に沿わない結婚をしてどうする」
「とてもお似合いだと思いますが」
「似合っておらんわ! とにかく調べてこい!」
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