不機嫌な子猫

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103話

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 リストリアへ行ってから、ウィルフレッドにもリストリアの一般的な話題が耳に入ってくるようになった。これはウィルフレッドがリストリアへ訪れたために話題を提供されやすくなったのか、今までも話題に上がっていたがウィルフレッドにあまり関心がなく記憶に残っていなかったかのどちらかだと思われる。
 今日も朝、執務室でいつものように仕事をしてレッドと剣の稽古を行った後に昼食前の休憩がてら、珍しく広い応接室で茶を飲みながら本を読んでいる時に聞いた。ちなみにいくらレッドといて死にそうにはなっても稽古を欠かす訳にはいかなかった。ただでさえほぼ使いものにならない上で病気や怪我でもないというのに欠かしてしまうとますます使いものにならない。よって気合いで毎日乗り切っている。
 耳にするようになった件だが、最初は部屋の掃除をしている者二人の会話が耳に入ってきたのがきっかけなので、ウィルフレッドの関心が今までなかっただけかもしれない。そういえばウィルフレッドの居住している宮殿で働いている者はあまりウィルフレッドに話しかけてこないのだから話題を提供されるはずもなかった。ラルフのところでは和気あいあいとした雰囲気すらあるのだが。
 それに関してはレッド曰く「王子に気を使っているのでしょう」だそうだがウィルフレッドはそう思っていない。魔力もない見た目もパッとしない王子だからと多分舐められているのだと思う。
 だが今耳に入ってきた内容はどうにも気になったため、ウィルフレッドは思い切って声をかけた。

「その、今話していた内容だが……」
「ウ、ウィルフレッド様っ? た、大変失礼いたしました。無駄話をしてしまって」

 ゆったりと大きなソファーから身を乗り出すように振り返り、話しかければ少し離れたところで窓や棚の置物などを拭いていたメイド二人が飛び上がらんばかりに驚き、恐縮してきた。ソファーに埋もれるように座っていたからか存在に気づかれていなかったようだ。背が高ければ、と思わざるを得ない。

「いや、別にそれはいい。仕事さえしているのなら多少好きに話せばいいだろうが。そうではなく、今話していた内容を俺にも聞かせてくれ」

 それでもまだ少し恐縮していた様子だったが、ウィルフレッドがじっと見るとおずおずと語ってきた。

「リストリアの姫様のところへアルスの王子様が本格的に求婚しているらしいわねって話してたんですが」
「ああ。その噂話、どこから聞いたのだ」
「それは私が。私の姪がリストリアの王宮で働いてましてね。聖モナの休暇で今戻ってきてるんですけどその姪から聞いたんですよ」

 また聞きのまた聞きならウィルフレッドも大抵話半分に聞くのだが。

「その姪はまた誰かに聞いたとかなのか」
「まあそうですけど聞いたのは姫様についている子から聞いたらしいんで、多分根も葉もない話ではないとは思いますけどねえ」
「そうか。アリーセが、な」
「まあ! もしかしてウィルフレッド様、向こうの姫様に興味が?」
「あら。それは素敵じゃないですか」
「よせ。俺は子どもに対してそういった興味はない。それこそ根も葉もない噂を流したら仕置きだからな」

 ムッとして言ったにも関わらず、何故かメイド二人は怖がるどころか「まあ、怖い」などと言いながら楽しそうに笑ってきた。やはり舐められているようだ。
 応接室を出たところでいつものように既にいるレッドが「これからは話しかけられやすくなりますよ」などと言ってきた。どうやら聞かれてしまったらしい。ダイニングルームへ移動しながらウィルフレッドは「立ち聞きか?」と言い返す。いつもは何も聞いていない素振りしかしないというのにやはり聞いていたのだなとまるで勝ち誇ったかのようにニヤリとレッドを見上げた。今は死にそうなほどの緊張感よりもしてやったりといった気持ちが勝っていた。

「あの二人の楽しげな声がとても大きかったもので」

 確かに声は大きかった。ウィルフレッドは面白くないといった風に舌打ちする。

「女性は楽しい時、つい大きな声で話したりしてますし、よくあることですよ」
「先ほどのやり取りの何が楽しかったのかちっとも分からんのだが? 俺を馬鹿にして楽しんだということか」
「まさか。王子が可愛──存外親しみやすかったのが嬉しかったのでしょう」
「それの何が嬉しいのだ」
「嬉しいものですよ」
「ちっとも分からん。まあいい。それよりも聞こえていたのなら話は早い。おま──貴様、アリーセについて調べろ。アルス王国の馬鹿王子が本当に本格的な求婚をしているのか」
「御意。……やはり気になりますか?」

 いつものように頷いた後、レッドが珍しく質問してきた。

「あ? ああそりゃあな」

 リストリアで過ごした時にはまがりなりにも世話になった。それにウィルフレッドには弟妹がいないため、もしいたらあんな感じなのかもしれないと思うと鬱陶しいながらにあれでなかなか可愛らしいとも思う。
 何より本人がその気でないというのに、それもアルス王国の馬鹿王子相手というのが気に食わない。しかも馬鹿王子、ジルベールは十八歳だ。ウィルフレッドよりも二歳上というのがまた気に食わない。

「そうですか……」
「な、何なのだ。別にアリーをそんな気に入っているとかそういうのではないからなっ」
「隠されなくても」
「隠してなどおらん! いいから調べてこい」

 ダイニングルームの椅子に座ったウィルフレッドがムッとしながら言うと「では昼食の毒見をしてから」とレッドは右手を胸にあてて軽く頭を下げてから一旦ウィルフレッドから離れた。
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