キャラメルラテと店員

Guidepost

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14話

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 どれだけ悩もうが考え込もうが、自分の周りは何も変わる事なく時間が回っている。いつもと同じ光景、いつもと同じ喧騒につつまれながら周はぼんやりと思った。
 教室で朔と何ら深刻めいた雰囲気を出したくなかった周は登校して朔に気づくと、とりあえず思い切って近づいた。

「朔……後で話す。お昼休み、どこかで、いい?」
「あ、ああ」

 朔は何か言いたげだったが周の気持ちを汲んでくれたのかそれ以上は何も言わず、しかもいつもと変わらない朔でいてくれた。やっぱり周にとっては、同じ歳だけれども兄であり幼馴染であり親友だなとしみじみ思える。
 言ってしまったらそれももう、変わってしまうのかもしれない。それが怖いし辛い。だがあんなに心配してくれている相手に「何でもない」と無視をする事もできなかった。
 そして朔が気を使っていつもと変わらずいてくれているのに、周はどうしても考え込んでしまい気分が浮上しない。ただ周は普段から基本的に大人しい方であり、目立つタイプではないのでこうして内心悩んでいても「大人しいな」などと周りから言われる事もなかった。
 休み時間には他のともだちと何でもないような事を話した。クラスメイトは皆いい人だ。優しくて明るい。
 中でも特に目立っている男子生徒は、見た目がとても可愛らしいのだがそれで目立っているのではなく、あっけらかんとした明るい性格と、後は本気か冗談かわからないような、同じクラスメイトの一人に対する積極的過ぎるアプローチだろうか。毎日のように「好き」だの「抱いて!」だの堂々と言っている。
 同性の相手に。
 普通で考えたら気持ち悪かったり違和感しかなかったりするのだが、その生徒が言うと嫌悪感どころか楽しそうに見えてくるから不思議だなと最近いつも周は思っていた。ただし言われている相手の生徒はとてつもなく微妙な顔をしてはいるが。

「また雪が日坂になんかやってるよ」
「遊馬、マジ懲りねぇよな。そして日坂、おつ」

 周と喋っていた友だちもそんな風に言いながら笑っている。同性なのになんて、そういえばこの間まではむしろ気にしていなかったかもしれないと周は一緒に何とか笑いながらそっと思った。
 昼休みまではいつも以上に長く感じられた。ようやく昼休みになると、周は朔と一緒に弁当を持って移動する。
 この学校は進学校であるからか、校則やらはむしろ全然厳しくない。教師も割と適当であったりして中学での厳しさを思い出すと、周は最初ポカンとしたものだった。なので空き教室も鍵がかかっているところと全くかかっていないところがあったりで、その辺も適当である。
先輩の中には施錠されている教室の鍵束を持っている人もいるとか、勝手にとある教室を部室に使ったらしいとかといった噂も聞いた事があるくらいだ。
 今も二人はそんな鍵のかかっていない空き教室に入ると、とりあえず弁当を食べだした。
 周はなんて切り出したら良いかわからず、ひたすら弁当を食べる。ちなみに昨日仕事に行った瑞希は終わった後また周のところへ来て、色々と世話を焼いてくれた上に今日の分の弁当まで作ってくれていた。
 怖い人だけどやっぱり美味しい……そんな風に思いながら食べていると朔が「それ……」と声をかけてきた。

「え」
「その弁当、どうしたんだ?」
「……ぁ……あ」
「普段はお前、俺か俺の親が作ったものがあれば詰めてくる事もあるけど、大抵コンビニだよな」

 朔はただ淡々と言ってくる。だが周は既に緊張しており、箸を運ぶ手も止まってしまった。

「……あー、悪い。とりあえず、先に食え」
「う、うん……」

 周を見て困ったように謝ってきた後で、朔も弁当を勢いよく食べだした。美味しかった弁当が急に喉に詰まりだした周もそれを見て、お茶を飲みつつ何とか食べた。

「ほら、飲め」

 何とか弁当を食べ終えた後に朔が紙パックのいちごラテを差し出してきた。周が甘い飲み物が好きなのを、朔は昔から知っている。

「ありがとう……」
「ん……」

 朔はそれ以上は何も言わなかった。待ってくれているんだろうなと周は思う。そして何度かそっと深呼吸をした。

「……弁当……、おとつい一緒にいて……そしてホテルにも行った人が、その、作ってくれた」

 切りだすと後はむしろ早かった。自分がずっと好きだった人に対し思いつめて待ち伏せし、抱きしめてしまった事。そして相手が男だと分かった事。それで終わったかと思っていたらその相手が今度は例の贈り物をしてくる相手だと判明し、そのまま体の関係を持つ羽目になった事。気付けばよく家に来ていて、色々と世話もしてくれている事。
 一応なるべく客観的には話せたと周は一通り話し終えた後で俯きながら思った。
 暫く間があった。やっぱり気持ち悪いと思われたのだろうかと周は恐る恐る朔の顔を窺う。朔は、何故か怒っているように見えた。

「……朔……?」

 周は小さな声で呟いた。するとハッとしたように朔が口を開いてきた。

「どういう事だよ……だって、だって相手は男なんだろ? ストーカーだろ? 周、なんでちゃんと拒否しないんだよ……!」
「……で、でも……」

 最初にしでかしてしまったのは自分だし、そして瑞希は怖い。
 だがそれを言うのは躊躇った。相手が怖いからなどと言おうものなら朔は「じゃあ俺が」などと言いかねない。朔に迷惑などかけたくなかった。

 それに……。

 ……それに瑞希が怖いのは本当だ。本当だけれども、それだけではないのだ。
 それを口でどうも説明できそうになかった。

「でも、何だよ! 周……そいつの事、好きなのか……?」

 好き……?
 そりゃあ、好きだった。ずっと好きで……思いつめた挙句に待ち伏せする程に。でも実際は相手は男だとわかって、その時点で失恋したと思っていたんだ。

「……わからない」

 何とかそうとだけ答えると、朔はまたムッとしたような表情を見せてきた。

「……ごめん」

 周はまた俯いた。本当はもっとちゃんと思っている事を説明すべきなんだろうと思う。だけれども自分でもよくわかっていない気持ちを、口に出して説明するのは本当に難しい。ただでさえ口下手な周には本当に難しかった。
 今に至る思いには、色々な感情や流れがある。それが沢山相まって何とも表現し難い思いでいるのだ。それを全部説明できるとは周には到底思えなかった。いっそ簡単に「好き」「嫌い」と言えたら良いのにと思う。
 それに瑞希が周を実際どう思っているのかだってわからない。あんなに色々とされているが、未だに「好き」だとは言われていない。ところどころ怖い瑞希だけに、いきなり抱きついた仕返しなのかもしれないと思う程には散々色々弄ばれた気もするし、反面好いてくれているのだろうかと思う程には色々周のためにしてくれている。

「悪い、周が謝る必要なんてない。俺こそごめん、責めるような言い方になってしまったな。悪い」
「朔…」
「その、あれだ。雪とか見てるとほんともういっそ性別なんてどうでも良いんだろうなって思うくらい明るいヤツだし、さ。俺もまあ、周が好きになる対象に対して、まあとやかく言うつもりはないよ。でもなんて言うか……大事な幼馴染で親友……むしろ弟みたいに思ってるお前がなんかその、穢されたみたいで……いや、言い方が悪いけどなんかその、とりあえず相手に対して腹が立ったんだ……」
「……さ、く」

 周は情けない事にまた顔が、目が熱くなるのがわかった。最近本当に涙もろい。

「全く、泣くなよ」
「ぅ、え……、ご、め……」

 朔は優しく周を引き寄せ、抱きしめてくれた。暫くそうしてくれた。その際にボソリと「弟ってだけじゃ、なかった……」と聞こえたような気がしたが、その後も何も言わなかったので気のせいかもしれない。
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