キャラメルラテと店員

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15話

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 性別云々も本当を言えば問題あるのだと、朔は黙ったまま歩きつつ思っていた。男同士でいい事なんて、ある訳がない。辛いこと、嫌なことだって多いだろう。
 それでも頭ごなしに反対するつもりはない。だいたい周に対して自分も……いや、それはこの際どうでもいい。
 朔はそっと首を振った。
「……朔?」
「ああ、なんでもない」

 どこか不安そうな声の周に、朔はなんとか軽く微笑むと周の頭をポンと撫でた。それでも尚不安そうなのは、朔が考え事をしているからではないだろう。

「周の家に行く」

 行っていいかとも大丈夫かとも聞かずに朔は言いきった。すると案の定周は必死な顔をして首を振ってきた。
 気づけば泊まりにも来なくなった周は、家にも来られる事も避けていた気が朔はしていた。

 それって例の男のせいじゃないのか。

 そう思うと深い考えなしに口から言葉が出ていた。そして必死になって話を誤魔化したり逸らそうとしたりする周に対してその度に「行く」とだけ答えていた朔は、今こうして青い顔色の周と歩いている。
 相手の男の顔は二人を見かけた時に把握している。顔だけ見ていたらとても柔らかそうで綺麗な人だった。だが周の話を聞いていると、どう考えてもおかしい人にしか思えない。もちろん周も普通だったらしないような行動を最初にとってしまってはいる。だがもしその仕返しだとしたら明らかに常軌を逸した行動としか思えない。周の事が好きなのだとしてもやはり普通ではない気がする。
 本人がどういうつもりかわからないが、大事な弟であり幼馴染であり、親友であり……とりあえず大事な周を穢されたようで腹が立ち、話を聞いた時はつい周にもキツイ言い方をしてしまったのだが、落ち着いて考えようにも相手の事がわからなさすぎた。
 おまけに普通だったらそんな扱いを受けて相手に怯えるだけじゃなく嫌悪しそうなものだが、周を見ているとどうにもそういう風に見えない。

 だったら実際会ってみるしか、ないじゃないか?

 周が嫌がる事は基本したくはないが、今回だけは強引に行かせてもらう。朔はそう思い、もう家が目の前だというのにまだどこか青い顔色でぼんやりとしている周の頭をもう一度撫でた。

「おかえり」

 ドアを開けるとなんとなく甘い香りがする中からその例の男が出て来たので朔は唖然とする。そして周を見ると一瞬甘い香りに幸せそうな顔をした後でハッとなって俯き、可哀想な程震え始めた。

「あの……」
「……ああ。周の親友くん。何の用、ていうか用なら学校で済ませるか明日にすれば? さよなら」

 何で当然のように留守中の周の家に居るんだと思いながら朔が口を開くと、その前に瑞希がニッコリと微笑みながらもスパリと一刀両断するかのような口調で言ってきた。笑顔が物凄く優しげで儚げにすら見えるだけに、実際全く話を聞いていなかったら違和感とギャップに唖然としていただろうと思われる。

「いえ、普通に遊びに来ただけですから。英さんこそ人が留守の間に勝手に入って何してるんですか」

 朔は負けじとニッコリ笑いながら言い返した。隣にいる周はもう哀れな程なので、少しやりすぎたかとだが反省する。

「鍵、持ってるから。まあ君に気遣う気はないけど、どうぞ」
「それこそ、おかまいなく」

 朔が靴を脱いで上がっても周はまだそこで固まっていた。

「あま……」
「ほら、周。どうしたの? 俺が持っててあげるから靴、脱いで」

 固まっているのに気づいた朔が声をかけようとする前に、瑞希が優しく微笑みながら手を周に伸ばしていた。周は大人しく俯いたまま伸ばしてきた腕をおずおずとつかみ、ゆっくりではあるが靴を脱ぐ。
 その様子が朔を連れてきた事に関して一旦許可を貰ってホッとしているようにも見えて、朔は微妙な気持ちになった。元々大人しい性格ではあるが、そんな周をいいように扱っている風にしか思えなかった。
 とりあえず周と一緒にリビングにでも行こうと思っていた朔だが、「あ、ちょっと待って」と瑞希に止められた。

「なんです」

 朔が振り返ると、連れて行こうとつかんでいた周の手から手を離される。

「何勝手に周に触れてるの? 痛い目に合いたいのかな? まあ、それは置いといて丁度周におやつを作っていたから。お前にも食べさせてあげるよ。ダイニングにおいで」

 相変わらずニコニコとしながらも突っ込みどころしかないような事を言われた。

「……別にいらないし、何がダイニングだよ台所って言えよ」

 とりあえずそう言い返すも無視されたし、肝心の周は既に瑞希が今度は手を引いてリビングとは違う方向に歩かされていた。
 ドアが開いた時にした甘い香りはお菓子だったんだなとなんとなく思いつつ朔もムッとしながら後に続いた。

「座ってて」

 瑞希はニッコリと言うと大人しく座った周と渋々座った朔の前にプレースマットを置き、その上に甘い香りのするコーヒーとビスケットのようなお菓子のトレーを置いて来た。昔から知っている周の台所が、なんだかカフェの一角になった気がした。

「周、食べて。……お前も食べていいよ」

 ただし店員のように動いてくれた人の、朔に対する扱いがとてつもなく酷いが。
 朔はムッとしながらも辛うじて「いただきます」と言ってからコーヒーを飲む。匂いや見た目からなんとなくそうかなと思っていたがキャラメルの風味がした。とても甘い。なのに家で飲むコーヒーとは思えないほど、それは美味しかった。
 次にビスケットのようなバー状のものを口に入れた。かなり固いのだがその歯ごたえがまた良い。メープルとココナッツの味がした。

「うま……」
「美味しい……」
「美味しいならよかった、周。……ついでにお前も一応味はわかるんだね」

 こんなに美味しいものを作る人だというのにいちいち言い方が腹立たしい。周に対してニッコリ微笑んだ笑顔と、朔に向けてくる冷やかな笑顔には明らかに天と地との差があった。

「ビスコッティだよ。これに合うのは王道だとヴィンサントというイタリアのデザートワインなんだけどね……カントゥチーニっていうアーモンド風味のビスコッティをね、ヴィンサントに浸して食べるんだ。でも周はまだ高校生だから」

 ふわりと柔らかい笑みを周に向け、瑞希が静かに話す。先程まで怯えていた周は、少し嬉しそうにそんな瑞希の話を聞いている。

「……手作りで作れるん、ですか?」
「うん、周。小麦粉と砂糖、卵と後はナッツやチョコレートとかがあれば簡単に出来るよ。ただ君はよくコンビニのお弁当等で食事を済ませちゃうからね……。今回は小麦粉の代わりに生のおからを使った。それにオートミールもね。あとはメープルシロップやココナッツパウダー、アーモンドプードルとかね、色々」

 瑞希がさらに優しく周に笑いかける。

「別に小麦粉で良いのに……あ、でもこれ、本当においしい、です……」
「ありがとうね、周。でも君はもっと栄養あるもの食べないとね」
「それに関しては俺も賛成です」

 どう考えても鬼畜な所業だしひたすら危険で怖い相手だと思っていた。今もその考えは変わっていない。
だが一人暮らしを始めてからの周の普段の食生活を知っている朔は、今の瑞希の意見に関しては同意せざるを得なかった。

「別にお前の同意は求めてないけど、ほら、周? 親友くんですらそう言ってるよ……? とりあえずコンビニの店員には良い顔しないようにね?」
「……はい」
「そこ? いやそこじゃねえし、周もなんでそこで返事すんだよ。コンビニ店員にいい顔すんのは周がいいヤツだからであって……」
「っお、俺、いい顔し、してない……っ」
「……へえ? いい顔、してるんだ? 周」
「し、してません……!」
「ってだからそこじゃないし! そうだよ、ついでだから言っとくけど英さん、あんたちょっと周に対しておかしくないか?」

 変な流れになりつつあることに呆れつつも、朔はいい機会だと瑞希をジッと見て言い放った。

「おかしい?」

 それに対して瑞希は相変わらず笑顔のまま、とは言え冷たい笑みではあるが、朔に首を傾げてきた。

「ちょ、ちょっと、朔、やめよう……?」

 周はまた青い顔色をして、必死になりながら立ちあがった。

「だって言っておくべきだろ……! どう考えたっておかしいじゃないか。英さん、あんた一体何のつもりで周をつけ回し、餌付けし……じゃない、何だかんだで弄ぶような事、するんです? 周を何だと思ってんだよ」

 朔が言い放った後、一瞬その場はシンとする。周は泣きそうな顔になりながらも小さく震え俯いている。

 なんでそんな怖いのに逃げないんだよ。なんでこんな危なそうな意味のわからないヤツから逃げないんだよ。俺がいつだって守ってやるのに、ずっと守ってやるのに、何でなんだよ……!

 そんな周を、そっと唇を噛みしめつつ朔が見ていると「……親友くん……」と静かな声がした。朔は無言で瑞希を見る。

「本当に余計なお世話だしお前、邪魔。何のつもりとか何だと思っているとか、何?」

 静かに微笑む様子はむしろ迫力があり、朔の内心をも冷たく感じさせてきた。周は相変わらず俯き、ずっと一点を見つめているようでいてどこか焦点があっていない気がして、その怯え具合が良くわかった。
 だがその周がギュッと目を瞑ると顔を上げ「瑞希……お願いですから朔には何もしないで!」と意外な程はっきり強く懇願してきた。

「……いいよ? とりあえず親友くんは、帰って」

 一瞬黙って周を見ていた瑞希はまた微笑むと朔に近づき無理やり立たせた。その華奢な姿からは想像もつかない程力強さが感じられた。

「俺に対してはっきり言ってきたのも周を思ってだという事だろうしね。ちゃんと教えてあげるよ、何のつもりも何だと思っているもへったくれも、ない」

 瑞希が言った言葉を聞いて、周がどこか痛むような表情を見せた。だが次の言葉を聞いて、今度は表情筋が固まり壊れたかのようになった。

「俺が周を好きだからに決まっているだろう? それ以外に何がある?」
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