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魔界編

女装と鳥

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「ファンリル様、言われた通り小さい生き物用の衣装を作ってみました。体に一切触れず作るのは本当に骨が折れる作業でしたので、せいぜいこんなものくらいしか」

 ある日、召使がそう言って何やら衣装を差し出してきた。

「何と。それはよくやった」
「小さい生き物に着せやすいよう、全て繋げて作っておりますが、デザインにはその分こだわりました」

 手渡しながらニッコリ言ってくる。その白と黒のストイックそうな色合いの衣装を、ファンリルが広げようとしたら「ささ、早く着せてみてください」と言われた。

「お、おお」

 戸惑いつつファンリルは、ぼんやり見上げてくるレインのぶかぶかした衣装を脱がせる。そして広げてないままながら首の位置を確認すると、頭から被せ袖を通しつつ伸ばしていく。

「いかがです? おお、サイズはぴったりだったようですね、よかった」

 覗きこむ召使に、ファンリルは振り向くことなく体を震わせ口を開いた。

「……よくはないぞ……。……アインス……貴様、何考えて……? この衣装は何だ!」

 レインアスは着せてもらった後も、無表情のまま大人しくファンリルを見ている。無表情であっても愛らしいその顔に、服は実際とても似合っていた。
 全て繋がっていても、一見ブラウスとワンピース、そしてエプロンしているかのようなデザイン。腰についているリボンの紐はそのエプロンの紐に見えるようになっていた。

「何だ、とは? ほら、ちゃんとそのリボンは後ろで結んで差し上げてくださいね?」

 相変わらず自分をさり気に認識しているファンリルに対し、特に何も言わないまま召使の一人、三つ子の長男であるアインスはニッコリ微笑む。

「ふざけるな、これは明らかに女物だろうが。しかもメイド服とはどういうことだ。俺様はレインにメイドの仕事などさせるつもりな……じゃなくてそこではない、女物! そこだ。作り直せ。サイズは合っているのだし、他にも作れるだろう!」
「何てことを、ファンリル様。私めはこれでも精一杯お作りしたというのに。残念でございますねえ。あと、サイズは当然適当に作りましたので、同じサイズのものなど、もう作れません。そしてファンリル様が次から次へと色んな者を拾ってこられるせいで、これでも私ども三人は忙しいのでございますよ? ああ、本当に何てこと。その忙しい合間をぬって、何とかお作りしたというのに、ああ、残念です」
「ぅ……」

 アインスはまるで心に傷を受けたかのように悲しげに言ってくる。そんな召使に何も強く言えなくなり、ファンリルが口ごもっていると、それまでぼんやり立っていたレインアスが、何とか自分でリボンを結ぼうとし始めた。
 当然、ファンリルがドン引きするほど不器用であるため、顔は無表情ながらもなぜそれほど? というくらい悪戦苦闘している。

「レイン……。はぁ。貸せ、俺様が結んでやる」

 ため息つきながらファンリルが言うと、レインアスは黙ったままコクリと頷いてきた。
 どうやら女物であろうがメイド服であろうが何一つ気にしていない様子に、ファンリルは呆れつつ「レインアスだしな……」と少々遠い目になる。

「小さい生き物は気に入ってくださったご様子。このアインス、感激でございます」
「……お前は本当に……」
「何でございますか、ファンリル様。おっと、もうこんな時間ですか。そろそろ休憩を頂きますね」
「……ああ、わかった。……? どこかに行くのか?」
「ベルゼ様に呼ばれておりまして。なのでベルゼ様大好物のカステーラを作っておりました」

 アインスはニッコリ笑う。その笑顔にとてつもない含みを感じ、少々ドン引きしつつファンリルはため息ついた。

「……そのカステーラ、妙なもんは入ってないんだろうな?」

 ベルゼブブは何と言ってもファンリルより位が上であり、ファンリルの直属上司ではないとは言え、当然頭の上がらない相手である。

「何をおっしゃいますやら。この私がベルゼブブ様の好物に痺れ薬や媚薬を入れたとでも?」
「俺は妙なもん、としか言ってないぞ……? 本当に恐ろしいヤツだな……」

 すでにこの場をにこやかに去っていく召使に、ファンリルは微妙な目を向けた。

「びやく……」
「お前はそういう言葉を覚えなくていい……!」
「……わかった」
「しかしお前は本当に色々覚えようとするわりに色々興味なさそうだな……。俺様の知っている限り、お前が興味あるのは豆か鳥くらいだぞ」

 また庭へ出るため、そのままメイド服の上からコートを着せながらファンリルは呆れたように言う。

「……? そんなこと、ない」
「この間も俺様の髪飾りに興味を持ったのかと思いきや、全然無反応だったろうが。……ああいや、にしてはずっと見てたな。興味持ったのか?」
「……違う」

 髪飾りが金の蛇になると知ってからも、たまにレインアスはその蛇と睨み合っている。いや、睨み合っているというのは少々語弊がある。レインアスはジッと見ているが、相変わらず無表情だった。
 ファンリルの髪飾りは装飾の一つだ。魔界では位が高ければ高いほど色々と装飾をつける傾向がある。なのでファンリルも色々アクセサリーなど身につけているのだが、髪飾りは使い魔の一種でもあった。
 ファンリルの意思、もしくは蛇の意思で、髪飾りから蛇へと姿を変える。もっともファンリルが身につけている限り、髪飾りは自らの意思では動けない。なので普段めったに蛇の姿になることはない。だがこの間のようにファンリルが髪から外したりすると、自らの意思で蛇に戻ったりする。そうして今はよくレインアスと睨み合ったりしていた。
 自分の主人であるファンリルが大好きな蛇は、どうやらレインアスにライバル意識を持っているようだ。なので姿を変え、威嚇する。口から炎も出せるのだが、ファンリルが見ているところでレインアスに対し炎を吹けば叱りを受けるのを理解しており、せいぜい睨み威嚇するしかできないのだ。
 代わりにレインアスにくっついている鳥を食べようとしたら、レインアスに静電気のような攻撃をパチパチ食らっていた。

「違う? 興味あるんじゃないのか? この髪飾りに」
「……ライバル」
「は?」

 ファンリルは相変わらずレインアスが何を言っているのかわからなく、怪訝な顔となる。

「相変わらず何言っているのかちょくちょくわからんな、お前は……。にしても子どもなんだから、もっと他にも興味持てよ」

 抱いて庭までやってきたファンリルは、レインアスを下ろしながら呆れたように言う。

「……リル」
「だから名前を略すな。俺様がなんだって?」
「……興味」

 レインアスは呟きながらもジッとファンリルを見てくる。

「……興味? ああ、他にも興味がってことか? ん……? 俺様……?」

 レインアスが自分に興味を持っていると言ったのだとわかると、ファンリルは顔を赤くする。

「ったく、ガキのくせに生言ってんじゃねえ。ほら、餌やるならとっととやれよ!」

 込み上げてくるむず痒さに、ファンリルはムッとしたように言った。その明らかに照れ隠しにしか見えない様子をもし召使が見ていたら、とてつもなく楽しげに何か言ってきていたであろうと思われる。だが言われたレインアスは無言でコクリと頷いた。そして餌を撒く。
 レインアスの頭上にいたいつもの魔鳥がまず「ピピ」と鳴きながら餌を食べ始めた。だがすぐにほかの魔鳥も集まって来た。
 最初の頃、数羽が集まってきただけの時ですらファンリルは驚いたようにその光景を見ていたのだが、今はさらに凄いことになっている。

「……何か異様な光景だな」

 餌をあげているレインアスの周囲にどんどん魔鳥が増えて行く。小さなレインアスは魔鳥の中に埋もれて行くようにすら感じられた。しかもレインアスが動くと、あり得ないことに魔鳥がわらわらついていく。
 今もいつも傍にいる「鳥」と名づけている魔鳥がレインアスのフードの中に入ると、変わりに違う魔鳥がレインアスの頭に止まる。一羽止まると後の魔鳥は小さなレインアスを思ってか、きちんと遠慮してレインアスに止まることなく、ただひたすら後をついてくる。

「……本当に異様だな……!」

 ファンリルは呆れたように呟いた。ファンリルは魔鳥を捕まえようと思ったことないので、ただひたすら驚いているだけだが、これをもし他の悪魔が見たら魔鳥を懐かせ捕まえるため、レインアスを利用しようと考えるかもしれない。なので敷地内の、しかもファンリルの屋敷の庭の一部以外では、鳥に餌を与えるのをレインアスには禁止してある。
 ちなみに魔鳥はレインアスの為なのか知らないが、レインアスやついでにファンリル、そしてこの場には糞を落としていかない。その辺に関してはファンリルもホッとしていた。いくら魔鳥とはいえ鳥に糞を落とされるなどファンリル的に我慢ならない。
 その後ようやく魔鳥が離れてくれたので、レインアスをまた抱き上げ、ファンリルは屋敷の中へ入った。

「毎回すさまじいなしかし。お前に外の空気を味わわせているのか鳥にまみれさせているのか、わからなくなる」
「……?」

 レインアスは相変わらず無表情のまま怪訝そうに首を傾げてきた。

「ああいい。とりあえず包帯をとろう」

 ファンリルは広間のソファーへレインアスを座らせると、コートを脱がした。そしてそのまま足の包帯を解いていく。

「……大分よくなってきたな。腫れもかなり引いたし。もう暫くしたらこの色の変わったところも治るだろう」

 そんなことを言っていると、悪魔兄弟が入ってきた。

「ファンリルさん、例の魂落としてきたぜ! 褒めろよ」
「超働いたよな! って、ファンリルさん……何やって?」
「おいおいマジかよファンリルさん……まさかそういう趣味あったとはな」

 兄弟の視点からすれば、ファンリルはソファーに座らせた、メイドの恰好をさせたレインアスの足を持ち上げ、丁度しげしげ眺めているところだった。

「……っ違……!」
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