スキンシップ

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5話

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 いつも「一番」じゃなくて「自分の手だけ」と言って欲しいとは思っていた。だが今ほどとてつもなく思ったことはない。
 麻輝はまた大きく深呼吸をした。

「俺の手が一番、なの」
「ああ。ムギの手は二番くらい?」

 三番もあるのか。その次も?

 そう聞きたくなったが空しくなりそうだったのでやめる。友だちである麦彦に対しても理不尽なほどに憤りを感じている。柔道の授業が今度ある時にでも重点的に手を責めてやろうとそして心に誓う。
 そもそも黒兎が麦彦のことを「ムギ」なんて可愛く呼ぶこと自体一年生の頃から気に食わないと思っている。恐らく黒兎自身は可愛く呼ぼうなんてミジンコたりとも思っていないだろう。ただ、楽だから呼んでいるだけだろう。「マキ」のように。
 中学で知り合った当初から黒兎は軽率に名字呼びから名前呼びをしてきた。当時はそれがもの凄く嬉しくて麻輝も調子に乗り「コクト」と呼んでいた。
だが黒兎という名前は言いにくい上になんというか麻輝としてはなんとなくかわいさを込めて呼びにくい。最初に抱いた印象のせいだと思われる。
 なので愛称のように「クロ」と呼ぶことにしたのだ。自分の名前を気に入っているらしい黒兎は最初微妙な顔をしてきていたが、基本的になんでも無頓着のためすぐに慣れたようだった。
 麻輝が「クロ、クロ」と呼ぶと無表情ながらにも寄ってくる。そんな様子に心臓が抉れそうなくらいかわいいと思っていたら見ていた当時のクラスメイトが「ペットみたいだな」と言ってきた。
 黒兎が大好きな自分としては正直黒兎がペットだと思うと申し訳なさよりもどちらかと言えば今晩のおかずだと速攻思うくらいに気持ちが荒ぶったが、黒兎が嫌がるだろうと呼び名を変えようかとさえ思った。だが肝心の黒兎は無表情のままなにやら考えた後に麻輝の手の上に自分の手を乗せぎゅっと握ってきた。

「ペットならお手だよな」

 そう言ってきた時一瞬ニヤリとしていた。だがすぐに淡々とした様子で麻輝の手を握り続けている。

「寺内って意外にもノリよかったんだなー。でもなんつーか寺内に手を握られてる茶島のがまるで犬みたいに見えるよな」
「あーそれな。寺内呼んでるとこだけなら寺内が飼い主に呼ばれたペットって感じしたけど、今の見てたら明らかに茶島が寺内に懐いてるペットだよな」

 初めて人前で黒兎から手を握られて、嬉しさと焦りとで変なテンションになっていた麻輝を見ながらクラスメイトたちは笑っていた。

「まあ、俺クロ厨だからな」

 黒兎の手フェチがバレないよう、ついでに自分が実は黒兎のことが本気で好きなのも本人を含め誰にもバレないよう咄嗟に言った単語はとてつもなく麻輝を「変なヤツ」にしてきたが、それ以来麻輝と黒兎が近くても周りは逆に変に思わない。
 クロ厨、という普通なら全くもって意味のわからない単語も、この学校ならそんなにおかしくはない。中等部から全寮制の男子校であり、実際男同士で付き合っている者もそこそこいる。
 大抵は身近に女がいないのと好奇心もあり、といった軽い気持ちだったりするので卒業したら何もなかったかのように女と付き合ったり結婚したりするらしい。ただ、中には本当に元々男が好きな者もいれば、影響されたにしてもたまたま男を好きになってしまったという場合もある。
 麻輝もその一人ではある。たまたま、というのか、つられたというのか。それでも黒兎のことはめちゃくちゃ大好きだと叫びたい。叫べないヘタレだが。
 こんな学校なので「クロ厨」だと言うくらい別に目立つことすらなかったし、麻輝と黒兎が近いところを見られても「まぁアイツらだしな」で片付けられている。
 とりあえず麦彦が「ムギ」となんかやたらかわいい感じに呼ばれているのが元々とても気に食わない上に今回手も好まれていると知り、とても麦彦に八つ当たりしたい気持ちでいっぱいだった。だが今は麦彦よりも合コンだなと麻輝は黒兎をじっと見る。

 ああ、かわいい……くそ、なんでこんなにかわいいんだよ。

 思わずニヤニヤとしそうになりそして我に返った。

 違う、いやかわいいのは違わないが今はそっちじゃない。

「クロ、合コン行くのか?」
「とりあえずさっきから近い」

 黒兎に淡々と言われ、麻輝は自分が黒兎のベッドで黒兎に被り寄ったままだったことに改めて気づいた。

「あ、ごめ……」

 顔が熱くなり、少し俯きながら離れる。

「別にいいけど身動き取りにくい」

 いいのっ?

 そう思った後にむしろ意識されていないからいいんだという事実と、こんな調子で他の奴らも軽率に近寄ってきていたらどうしようという悩みが勃発する。

「で、行くの?」

 気を改めてもう一度聞くと頷かれた。手が見放題だと聞けばそりゃ行くのだろう。魔の巣窟へ。
 麦彦を逆ナンするほどの彼女らしく、麦彦のお相手を見せてもらったことがあるが、写真からもなんというかとても派手な感じが伝わってくる子だった。一応麦彦曰く「怒ったらこえぇし煩いし派手だけど、いい子なんだぜ。意外に堅いし」らしい。
 別に麦彦の彼女がどうであれ特に気にはならない。ただその彼女とその友だち、しかも出会いを求めている人たちがいる合コンに黒兎が行くとなると話は違う。
 黒兎は無口だが見た目は間違いなくいい。男女ともに好まれる顔をしている。背も麻輝よりは少しだけ低いが普通よりは高めだと思う。

 そんなの、絶対餌食じゃないか。肉食動物の中に入れられるまさに兎じゃないか。

「な、なあ。その日用事あったんだけど予定空いちゃってさ。暇だけど今さら行くって言うのもなって。だからクロも行くの止めない? そんで俺と遊んで。そうしてくれたら手、その、好きにしていいから」

 だからといって、何とも陳腐なことしか浮かばなくて麻輝は言った後でとてつもなく微妙な気持ちになる。どう考えても胡散臭いかあからさまじゃないかと、五分前くらいに時間を巻き戻したくなったが黒兎にはほぼ最後しか耳に残っていないようだった。

「好きに?」
「あの、クロさん? 目がコワイ……」
「手、好きにしていいのか?」

 手フェチにはある意味禁句だったようだ。

「え、っと、うん、まぁ、その、俺が……」

 理性ぶっ飛ばない程度に、と言いかけてそれはちょっと言えないとハッとなる。

「わかった。お前の手を好きにできるなら別に知らない相手の手の中から好きそうな手を探さなくても構わない」
「つかほんっと手ばっかだな……!」

 思わず突っ込むと「他に何がある」といった風の顔で見返された。何とも複雑な気持ちでいると黒兎の手が伸びてくる。

「な、何」
「行くの止めるから今も触る」
「何その当然みたいな言い方。す、好きにしていいって言ったのは当日な」
「うん。今はいつもみたいに触るだけだから」

 淡々と男らしいとも言える勢いでろくでもないことをきっぱり言い放つと、黒兎は両手で麻輝の手に触れてきた。
 最初は手の平や裏返して甲などをひたすらじっと見てくる。そしてその持っている手を這わすようにして前腕の辺りまでを撫でるように触れてくる。そしてまた手首まで移動すると今度は手のひらに指を這わせてくる。ずっと手を見つめながら、手のひらから一本一本の指へと何かを確かめるかのように手を這わせた後にぎゅっと握ってくる。
 その間はいつものことながらどうしていいかわからない。いや、ひたすら堪えなければならないことだけはわかっている。好きな相手でなくともこんな触れ方をされたら大抵の者はゆるゆると優しくマッサージされているようなもので気持ちいいだろう。好きな相手からならなおさらだ。
 少しの間、空いているほうの手で口元を押さえてひたすら堪えた後、話す余裕ができたところで気を紛らわせるために話しかける。

「なあ……」

 呼びかけた声が少し掠れていたので咳払いをしてから続けた。

「そういえば君自身の手には興味ないのか?」

 すると少しムッとしたような表情になった。何か聞いてはいけない秘密でもあるのだろうかと麻輝が少しハラハラしていると、黒兎がため息を吐いてきた。

「俺の手は好みじゃない」
「え、それ、だけ?」
「興味を持たない理由として十分だろ」
「あ、ああそうなのかな。……でも、俺と君の手の何が違うの?」

 麻輝からしたら黒兎の手だって十分綺麗だ。

 っていうかエロい。すげーエロい。この手でもしかして一人で抜いたりもしてるのかと思うと、それを想像するだけでイけるんだけど。 

「は? 全然違うだろ。いいか? お前の手の何がいいかというとだな……」

 だが聞くのではなかったと思わされた。もちろん、黒兎の口から自分のいいところを聞けるなどと、最高のことかもしれない。しれないが、いいと説明される内容がなんというか偏り過ぎていてちっともわからない。
 おまけに撫でるのも止めて、無口なはずの黒兎がひたすら延々と語り続けてきてさすがにもうこれからは聞くのはやめよう、と麻輝は思った。
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