スキンシップ

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16話

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 昨日の今日過ぎて麻輝はなんとも落ち着かない気持ちだった。

「んだよお前、今日元気ねーのな」

 それもこれも八割がたお前のせいだよと思いながらも麻輝は言ってきた麦彦に微妙な顔を向けるだけにする。ある意味助かったし暴走を防いでくれた恩人という見方もできるが、何というかとてつもなく微妙に忌々しい。

「そいや気は変わんねーのか?」
「何の?」
「コンパ」
「変わんないよ」
「黒うさに今日聞いても行かないっつってたしな」
「ふーん」

 どうでもよさげに頷きながら、そういえば黒兎はちゃんと口止めできているんだろうかと思った。
 何の口止めかというと、黒兎が参加するのを阻止したのが麻輝で、どうやって阻止したかという理由のことだ。

「……行かないって言った時、クロ何か言ってた?」
「何かって?」
「いや、俺が君に聞いてるんだけど」

 引き続き微妙な顔を麻輝は麦彦へ向ける。

「あー? いやだって別に……あー、何かやたら楽しんでこいとは言われた」
「? 何で?」
「おい、お前も俺の友だちならそこは同意して楽しんでこいって言えばいいだろ」
「楽しんでこいよ。で、何で」
「お前が基本的に皆に優しい振りしながら黒うさにしか従順じゃないのはわかってたよ! 何でなんて知るか。楽しんで泊まってこいって言ってたわ。まーそのつもりだけどさ」

 それってあれかクロ……手、か……?

 他に思い当たることもなく、麻輝はそっと顔を逸らしながら思った。
 コンパへ参加するのを止めさせるために麻輝は「俺と遊んでよ、手を好きにしていいからさ」と言った。黒兎が手フェチであり、手が好きであり、そして麻輝の手が一番好きなのだとわかってた上で、軽い気持ちで言った。するといつもぼんやりとしているくせに黒兎は怖いくらいの勢いで「好きにしていいのか?」と真剣に受け止めてきた。
 ぼんやりした無口な黒兎がとてもハッキリと「お前の手を好きにできるなら別に知らない相手の手の中から好きそうな手を探さなくても構わない」とコンパへ行かない旨同意してきたのだ。口止めはできているようだが黒兎の本気を感じ、麻輝は少しどうしていいかわからないといった風に苦笑いをした。

「何だ、その変な顔」
「変な顔って言うな。別に。まあ、あれだ、ほんと、楽しんでこい、合津」

 麻輝は麦彦の肩をポンポンと軽く叩くと温かい気持ちで言った、つもりだった。

「……何でそんな真剣な顔で言ってんの? 別にさっきの適当な言い方に俺、怒ってないぞ?」
「え? 俺、真剣な顔してた?」
「してた」

 あの時のクロかよ、と麻輝は自分にそっと突っ込んだ。
 授業が終わり、一旦着替えるからと寮まで一緒に帰った麦彦に改めて「そんじゃ楽しんでこいよ」と手を振ると麻輝も一旦自分の部屋へ帰る。私服に着替えると少しそわそわしながら部屋の中をぐるぐると回った。

「……俺の部屋の中に猛獣がいる」
「猛獣っ?」
「ヘタレの」
「え、俺? つか、別にわざわざつけ足さなくてもよくない?」

 帰ってきた青貴が生ぬるい顔を麻輝に向け「ウザいから回りたいなら他所でしてきて」と言いながら制服を着替えだした。

「え、君は相変わらず冷たいし、そんなのよその部屋でしだす俺がただのヤバいヤツじゃないか!」
「俺の部屋でもあるのに気にせず意味わかんねーことしてるお前は十分変なやつだ、安心しろよ」
「変じゃないよ。今からクロの部屋に行くんだけどさー」
「好きにしろよ、そして別に聞きたくない」
「先輩はつきまとわなくなっただろ? お礼俺、まだ聞いてないなぁ……」
「助かった、ありがとう。言った」
「誠意を見せて欲しいなぁー」
「お前はクレーマーか」
「聞いて! その……クロって女の子好きなくせにその、何ていうか無自覚にえーっと、俺の手とか触ってくるタイプでさ」

 手フェチとは言えない。

「あーいるよな、そういうタイプ、この学校に割りと」
「え? あ、違っ、クロはそういうその、かわいい系のタイプじゃなくて、いやそりゃかわいいけども!」
「別に俺はどんなタイプだろうと知り合いじゃない男、としか思わないから安心しろよ……」

 麻輝の勢いに青貴が微妙な顔をしながらどうでもよさげに言ってくる。

「ほんと違うんだってー。今度紹介するからさー」
「別にいい」
「もー、ちょっとは興味持って! あ、でも邪な興味は持つなよ?」
「煩い」

 青貴と話していると、黒兎とは違う感じで話が進まない。麻輝はため息を吐きながら、着替え終わり一旦ラグの上に座って寛ぎながら買ってきたらしいジュースを飲んでいる青貴の前に立った。

「とりあえず、そういうことでやたら俺の我慢や忍耐の強化訓練をしてくるクロと、ある意味強化合宿するんだけどね」
「あー、今日も泊まるのか」
「そうとも言う。俺、ちょっとそろそろ我慢も限界かもしれなくて、どうしよう」
「知るか」
「もう一声……!」

 ジュースをもう飲み干した青貴がまた微妙な顔を向けてきた。

「それ値切る時に言うんだって社会の先生が言ってたぞ。世間には値切る文化ってやつがあるらしい」
「へえー……って今はそれは別にいいから!」
「っち。限界なら我慢しなくてもいいだろ。レイプしそうなのが怖いなら――」
「一声どころじゃないこと言ってきた……!」
「怖いなら、お前の何かが切れる前に告れ。以上。もう付き合わない。俺は今から今晩彼女とするネット電話のために課題やら風呂やら何やら終わらせないとだからな」

 青貴は麻輝が部屋にいる時も休日前になるとたまに彼女と話している。普通の電話じゃなくパソコンに向かって話している上に画面上では彼女の姿が映っているのでたまに麻輝も混じらせてもらうことがある。

「今日、話す約束してたんだ? へぇー。俺がいないからってエロいことすんなよー」
「うるさいヘタレ」

 ジュースの容器をゴミ箱に捨てた後で青貴は机に向かいだした。どうやら本当に「相手はもう終わり」ということのようだ。仕方なく、麻輝は先に風呂に入った。
 そんなつもりはないはずなのに、思わず下半身を念入りに洗ってしまう自分に気づき、顔が熱くなる。

「何かが切れる前に告れ」

 先ほど青貴に言われた言葉がぐるぐると頭の中で回っている。
 告白か、と麻輝は黒兎の部屋へ向かいながらため息を吐いた。もちろん黒兎とはカップルとして付き合いたい。だが拒否されたら今まででも結構幸せだったというのにその関係まで崩れてしまうかもしれない。
 いくら黒兎がぼんやりとしていたり適と……大らかなのだとしてもこればかりはどうしようもない。
 好きだ。でも今のような関係も楽しい。
 そばにいたい。でもそろそろ本当に無理やりなにかしてしまいそうで怖い。
 麻輝は自分でもどうしようもない優柔不断なヘタレだよなと呆れながら、着いた黒兎の部屋のドアをノックした。
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