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2話
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ここか、と教えてもらっていた住所のメモを確認する。
大学の学生課に、アルバイトを紹介してくれる担当室がある。どこかのそういった専門の会社を通じたシステムネットワークなのだろうが、そこへ登録しておけば求人情報が見られるようになっている。求人はこの大学が許可している学生向けアルバイトを募集している企業もあれば、家庭教師を求める一般宅からも来ていた。一般宅にしても幸いレベルの高い大学ではあるので、家庭教師の募集がそこそこある。その中で時間や場所が合いそうなところを学生は選び、直接求人先へ連絡をするという流れだ。
大月 恵(おおつき めぐむ)は車が趣味であり、最近ようやく念願の車を買ったばかりだ。購入するためにしていたアルバイトはどうしても夜に時間が食うもので、勉強に差し支えるからと基本的に真面目な生徒であるためにもうやめていた。これからはローンと維持費のために新たなアルバイトを探していた。そのためこのシステムはありがたく思うし、家庭教師なら自分への復習にもなって悪くないと思っている。そして人づき合いは得意ではないが、勉強を教えるくらいは問題ない。
今回訪問した家では母親が出てきてまず対応してくれた。とても柔らかい印象を受けてホッとする。受け持つ少年とも顔を合わせた。印象としては普通というか、最近の男子、といった感じだろうか。
「はじめまして。大月恵といいます。よろしく」
「……松原聖恒です」
挨拶とともに名乗ると、まるで警戒されているかのように控えめに名乗り返してきた。
ところで年齢で言うと三歳の違いはそれほど大きくもないので最近の子、という言い方はおかしいかもしれない。だが大学生と高校生では何となく開きがあるからだろうか、世代の差を感じている。
今時の子って何ていうか、男子もかわいらしいよな。
そんな風に恵は思った。
勉強も話に聞いていたよりできる様子だった。数学以外は全く教える必要のないレベルだ。実際、教えるのは数学だけでいいことになっている。
元々義務教育なら全教科を受け持つことが多いが、高校生ならいくつかだけを教えるパターンが多い。だが数学だけではむしろ申し訳ない気がする。
ただ両親からは「本当に数学だけで構いませんので」とにこやかに言われている。むしろどれほど数学が苦手なのだろうかと少々構えていたが、目も当てられないといったほどではないし、飲み込みも早そうに思える。
これならうまくやっていけそうだなと恵が安心したところで教える相手はニッコリ笑いながら言い放ってきた。
「先生、俺別に勉強苦手じゃないんですよ。だから本当は家庭教師は必要ないんです」
恵は苦笑するしかなかった。これはにこやかに言ってはいるが、恐らく本人は納得していないか、そういった話し合いをきちんとする前に自分は雇われたのだろうと察する。今の言い方は遠回しの拒絶に聞こえた。
恵が特に何も言わないでいると聖恒が続けてきた。
「そういえば先生。先生の大学に俺の兄貴いるでしょう? 知ってる? 松原遥希っていうんだけど」
「松原……はる、き……。ああ! うん、あまり話したことないけど、知ってるよ。尊敬できるお兄さんだと思う」
実際あまり話したことはないが、とても成績も人柄もいいと聞く。それを思い浮かべながら言うと聖恒は目に見えて嬉しそうになる。その笑顔を見ていると、一見した見た目だけでなくかわいい少年なんだなと恵は微笑ましく思った。
「聖恒くん」
名字ではなくあえて名前で呼ぶ。
「はい」
「家庭教師が必要かどうかは俺が判断することできない。それは君とご両親とでお話して欲しいなと思うし、あとは実際俺と一緒に勉強してみて君が判断してくれたらいいと思う」
「……」
「それまでの間は俺も頑張りたいし、どうせなら君も一緒に頑張って欲しいなと思う」
今日はとりあえずそんなことを言いつつ、すでに先ほど聖恒に聞いていた今学校で進んでいるところの簡単な復習をした。
「この辺の問題はだってもう学校でもう解いてるやつですよ」
「じゃあ完璧ってことかな。俺に満点を初日から見せてくれるってことだよな」
言うとぐっと詰まってきた。
「はい、やってみせて。そうだな、この量だと十分あったら大丈夫だよな」
「はっ? っちょ」
「はい、始め」
恵の言葉にまたもやぐっと喉を詰まらせた後で、聖恒は渋々問題を解き始める。時折何かを思い巡らせては解いていく姿を恵はただ黙ってみていた。
「はい、十分」
「えっ、マジ? まだ最後の残ってんですけど」
「最初に十分って言ったよ。見せて」
そういうと渋々渡してきた。一応今のところ素直に応じてくれている。最初に「家庭教師は必要ないんです」と言われた時はもっと抵抗を見せてくるのかと思ったが、そうでもないようだ。
回答はそこそこ、というところだった。
「これさ、何でこういう答えになった? どの公式使ったの?」
「これはこの公式を使うんでしょう?」
何を当たり前なといった顔で聖恒が怪訝な顔をしてくる。
「あー。何故それにこの公式も使わないの?」
「……え? で、でもここで習ったのは……」
「こっちの公式はもっと前に習ってるやつだよな? まだ習ってないんじゃなくて。だったら応用すればほら、こんなに簡単に解けるだろ」
聖恒が書いた回答の横に恵が書いていくと、それを見ながらポカンとしている。
「どうしたんだ?」
「え? あっ、いや、その……ここで習ったものを使って解くものだって何か勝手に思ってました……」
「そっか」
数学はかたい教科だと数学が苦手な人は言うが、恵からすれば苦手な人の発想のほうがかたい気がする。数学は決められた最低限のルールを守りつつ、その法則次第でとても自由に柔らかくなれるものだと思っている。恐らく聖恒もその一人だろうとそっと頷いた。
初日はそんな感じで終わる。勉強するのはほんの一時間半の時間だ。とりあえず第一印象よりはいい子そうだなというのが今の恵の感想だった。聖恒とはこれからできれば一緒に頑張っていきたいと思う。それにはやはり仲よくできればとも思った。普段はどちらかというと淡々としている恵がこう思うのは、やはり「必要ない」という言葉が思いがけず効いているのかもしれない。
まずは家庭教師として認めてもらわないことには始まらない。ここへは毎週火曜日と金曜日の二回来ることになっている。今日は金曜日なので次は来週だ。それまでに次にやることをきちんと考え、わかりやすく勉強法をまとめたノートを作ろうと思った。
一時間半の間には少し休憩も入れる。今日は母親が気遣ってくれてお茶とお菓子を持ってきてくれた。嬉しいことだが手間だろうしと恵は次からはいいとやんわり断っておいた。
だが聖恒が何故か軽くがっかりしていたので、これもたまに気が向いた時に手土産を用意してみようと密かに思う。もしかしたら甘いものが好きなのかもしれない。
大学の学生課に、アルバイトを紹介してくれる担当室がある。どこかのそういった専門の会社を通じたシステムネットワークなのだろうが、そこへ登録しておけば求人情報が見られるようになっている。求人はこの大学が許可している学生向けアルバイトを募集している企業もあれば、家庭教師を求める一般宅からも来ていた。一般宅にしても幸いレベルの高い大学ではあるので、家庭教師の募集がそこそこある。その中で時間や場所が合いそうなところを学生は選び、直接求人先へ連絡をするという流れだ。
大月 恵(おおつき めぐむ)は車が趣味であり、最近ようやく念願の車を買ったばかりだ。購入するためにしていたアルバイトはどうしても夜に時間が食うもので、勉強に差し支えるからと基本的に真面目な生徒であるためにもうやめていた。これからはローンと維持費のために新たなアルバイトを探していた。そのためこのシステムはありがたく思うし、家庭教師なら自分への復習にもなって悪くないと思っている。そして人づき合いは得意ではないが、勉強を教えるくらいは問題ない。
今回訪問した家では母親が出てきてまず対応してくれた。とても柔らかい印象を受けてホッとする。受け持つ少年とも顔を合わせた。印象としては普通というか、最近の男子、といった感じだろうか。
「はじめまして。大月恵といいます。よろしく」
「……松原聖恒です」
挨拶とともに名乗ると、まるで警戒されているかのように控えめに名乗り返してきた。
ところで年齢で言うと三歳の違いはそれほど大きくもないので最近の子、という言い方はおかしいかもしれない。だが大学生と高校生では何となく開きがあるからだろうか、世代の差を感じている。
今時の子って何ていうか、男子もかわいらしいよな。
そんな風に恵は思った。
勉強も話に聞いていたよりできる様子だった。数学以外は全く教える必要のないレベルだ。実際、教えるのは数学だけでいいことになっている。
元々義務教育なら全教科を受け持つことが多いが、高校生ならいくつかだけを教えるパターンが多い。だが数学だけではむしろ申し訳ない気がする。
ただ両親からは「本当に数学だけで構いませんので」とにこやかに言われている。むしろどれほど数学が苦手なのだろうかと少々構えていたが、目も当てられないといったほどではないし、飲み込みも早そうに思える。
これならうまくやっていけそうだなと恵が安心したところで教える相手はニッコリ笑いながら言い放ってきた。
「先生、俺別に勉強苦手じゃないんですよ。だから本当は家庭教師は必要ないんです」
恵は苦笑するしかなかった。これはにこやかに言ってはいるが、恐らく本人は納得していないか、そういった話し合いをきちんとする前に自分は雇われたのだろうと察する。今の言い方は遠回しの拒絶に聞こえた。
恵が特に何も言わないでいると聖恒が続けてきた。
「そういえば先生。先生の大学に俺の兄貴いるでしょう? 知ってる? 松原遥希っていうんだけど」
「松原……はる、き……。ああ! うん、あまり話したことないけど、知ってるよ。尊敬できるお兄さんだと思う」
実際あまり話したことはないが、とても成績も人柄もいいと聞く。それを思い浮かべながら言うと聖恒は目に見えて嬉しそうになる。その笑顔を見ていると、一見した見た目だけでなくかわいい少年なんだなと恵は微笑ましく思った。
「聖恒くん」
名字ではなくあえて名前で呼ぶ。
「はい」
「家庭教師が必要かどうかは俺が判断することできない。それは君とご両親とでお話して欲しいなと思うし、あとは実際俺と一緒に勉強してみて君が判断してくれたらいいと思う」
「……」
「それまでの間は俺も頑張りたいし、どうせなら君も一緒に頑張って欲しいなと思う」
今日はとりあえずそんなことを言いつつ、すでに先ほど聖恒に聞いていた今学校で進んでいるところの簡単な復習をした。
「この辺の問題はだってもう学校でもう解いてるやつですよ」
「じゃあ完璧ってことかな。俺に満点を初日から見せてくれるってことだよな」
言うとぐっと詰まってきた。
「はい、やってみせて。そうだな、この量だと十分あったら大丈夫だよな」
「はっ? っちょ」
「はい、始め」
恵の言葉にまたもやぐっと喉を詰まらせた後で、聖恒は渋々問題を解き始める。時折何かを思い巡らせては解いていく姿を恵はただ黙ってみていた。
「はい、十分」
「えっ、マジ? まだ最後の残ってんですけど」
「最初に十分って言ったよ。見せて」
そういうと渋々渡してきた。一応今のところ素直に応じてくれている。最初に「家庭教師は必要ないんです」と言われた時はもっと抵抗を見せてくるのかと思ったが、そうでもないようだ。
回答はそこそこ、というところだった。
「これさ、何でこういう答えになった? どの公式使ったの?」
「これはこの公式を使うんでしょう?」
何を当たり前なといった顔で聖恒が怪訝な顔をしてくる。
「あー。何故それにこの公式も使わないの?」
「……え? で、でもここで習ったのは……」
「こっちの公式はもっと前に習ってるやつだよな? まだ習ってないんじゃなくて。だったら応用すればほら、こんなに簡単に解けるだろ」
聖恒が書いた回答の横に恵が書いていくと、それを見ながらポカンとしている。
「どうしたんだ?」
「え? あっ、いや、その……ここで習ったものを使って解くものだって何か勝手に思ってました……」
「そっか」
数学はかたい教科だと数学が苦手な人は言うが、恵からすれば苦手な人の発想のほうがかたい気がする。数学は決められた最低限のルールを守りつつ、その法則次第でとても自由に柔らかくなれるものだと思っている。恐らく聖恒もその一人だろうとそっと頷いた。
初日はそんな感じで終わる。勉強するのはほんの一時間半の時間だ。とりあえず第一印象よりはいい子そうだなというのが今の恵の感想だった。聖恒とはこれからできれば一緒に頑張っていきたいと思う。それにはやはり仲よくできればとも思った。普段はどちらかというと淡々としている恵がこう思うのは、やはり「必要ない」という言葉が思いがけず効いているのかもしれない。
まずは家庭教師として認めてもらわないことには始まらない。ここへは毎週火曜日と金曜日の二回来ることになっている。今日は金曜日なので次は来週だ。それまでに次にやることをきちんと考え、わかりやすく勉強法をまとめたノートを作ろうと思った。
一時間半の間には少し休憩も入れる。今日は母親が気遣ってくれてお茶とお菓子を持ってきてくれた。嬉しいことだが手間だろうしと恵は次からはいいとやんわり断っておいた。
だが聖恒が何故か軽くがっかりしていたので、これもたまに気が向いた時に手土産を用意してみようと密かに思う。もしかしたら甘いものが好きなのかもしれない。
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