ホンモノの恋

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37話

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 聖恒はポカンと目の前の相手を見ていた。

「めぐちゃん、と兄さん? どしたの……?」
「飲み会一緒でな。恵に送ってもらったよ」

 聖恒の姿を見ると目尻を下げる勢いでニコニコしながら遥希は聖恒の頭を撫でる。それに対し聖恒も嬉しく思いながらも途中でピクリと反応した。

 恵? 兄さん、今、めぐちゃんのこと恵って呼んだ? そんなに親しかった?

 リビングへ恵を通した後で、母親が淹れてきたコーヒーを恵は美味しそうに飲んでいる。聖恒のコーヒーには牛乳をたっぷり入れてあり、遥希や恵と違って子どもみたいな感じがした。

「お兄ちゃんと親しかったんですね、先生」

 母親は何だかんだで恵がお気に入りだったのか、嬉しそうに話している。

「え、っと」
「そうそう。親しいよ」

 恵が答える前に遥希がニコニコ答えていた。それを聞いて聖恒は改めて「本当に?」とポカンとした顔を恵へ向けた。今まで恵から遥希の話を特に聞いていない。俄然、気になってきた。
 それと同時に、聖恒は自分の嫉妬深さを実感する。遥希のことは尊敬し、そして大好きでたまらない。ブラコンと言われようが、それは揺ぎなかったし今でも揺ぎないつもりだ。そんな兄に対し、嫉妬する自分に驚いていた。
 だが仕方ないしどうしようもない。わざと嫉妬しているのではないのだ。勝手に気持ちがモヤモヤする。

「今日の飲み会で恵、女子とかから凄い注目されてた」
「っは? それはあなたのほうじゃ」
「俺? 恵だよ。俺と並んで座ってる時も女の子ら、すごいお前見てたぞ」
「いや、だからそれはあなたの方です」
「わかってないな」
「わかってないのはあなたです」

 そんなやり取りをモヤモヤを通り越してムカムカしながら聞いた後にようやくとりあえず聞いておきたいことから聞こうと聖恒は口を開いた。

「いつ親しくなったの」

 ムスっとした様子を隠せないまま聞けば、今度は遥希が少しポカンとした顔で見てきた。そしてその後にニヤリと笑う。

「何だ、聖恒はお兄ちゃん子だと思ったら先生っ子でもあるんだな」

 そういう好きじゃないけどね、と心の中でだけ答えつつ「まーね」と聖恒は頷いた。

「ずっと親しいぞ」
「えっ、松ば……」
「名前だろ、恵」
「え、だって」
「んん?」

 何故かはわからないが戸惑っている恵に、遥希がニッコリした顔で問い返すように見ている。

 ああ、酔っているな。

 聖恒はモヤモヤしながら思った。遥希はザルのように酒を食らいそうな見た目でありながら、あまりアルコールに強くない。その辺も父親と似ているのかもしれない。父親は普段から滅多に飲まない。
 あからさまに酔うわけではないが、遥希は酔うといつもの硬派な感じが少々軟派になる。そしてふんわりと意地悪でもあると聖恒は今、思っている。
 ちなみに母親は酒に強い。だからもしかしたら聖恒も強いのかもしれないが、未成年はさておき、どうしても飲みたいと思ったことはないので今のところそれはわからない。

 ……酔ってるから親しい振りしてるだけとか……いやでも何のためかわかんねーし、それなら車で送ってもらったり名前呼びしたりとか……。

 遥希と恵の関係性に考えを巡らせていると、恵が小さくため息ついた後に「はる、俺はそろそろ帰ります」と言ってきた。

 は、は、はる?

 聖恒はまたポカンとして恵を見た。名前呼びにしても「はる」。やはり親しいのだろうかと落ち着かない。だが、では何故今まで何も言ってくれていなかったのか。

「コーヒー、ごちそう様でした」
「いえいえ。先生、お兄ちゃんと親しいのならここへもいつでも遊びに来てくださいね」
「は、はい。あの、お母さん、できれば先生は止めていただければ……」

 恵が少し顔を赤らめながら言っている。無差別に人を惑わすのこそ、止めてもらわないとと聖恒はこっそり手を握りしめながら思った。

「あら、ごめんなさい。じゃあ私も恵さんでいい? あと私も恵さんのお母さんじゃないわよ」

 母親が楽しそうに笑う。恵が「お母さん」と呼ぶのは家庭教師時代の名残だとわかっていて言っている。母親も大概いい性格をしている。

「っあ、ごめんなさい」
「うふふ、私のこともじゃあ名前で――」
「母さん! 悪ノリしてめぐちゃんを困らせないで!」
「何よー、自分は恵さんのことめぐちゃんって気安く呼んでるからって」

 当たり前だ。恋人なんだよ俺らは。

 気安く呼ばなくてどうする、とこれまた内心即座に言い返す。いっそこの場で「つき合ってんだよ!」とハッキリ言いたい。だが時折ハラハラした顔で聖恒をそっと見てくる恵を思うと何とかこらえるしかなかった。

「まあまあ。んじゃ恵、せめて車出すとこまで見送ってやろう。上がってもらっておきながらあまりおかまいできなくて悪かったな。今度よかったら二人で飲みに行こう」
「はるはもうゆっくりしていてください。見送りはいいです。飲みにはほどほどならおつき合いしますんで」

 恵が苦笑しながら答えた。

 お付き合いするのかよ!

 聖恒はまた内心で即座に突っ込む。そういえば以前、遥希に「兄さんってどんなタイプが好み?」と聞いた時に「きよかな」とニッコリ笑って言われた後に「ちゃんと教えて」と抗議したら「じゃあ美人系」と言ってきたのを思い出す。恵は聖恒からしたら間違いなく美人系だと思えた。いや、対象は女だとわかっているが、聖恒も元々そうだった。だが今は恵が大好きだ。

「そうだよ、兄さん酔ってんだから水でも飲んでなよ。めぐちゃんは俺が見送るから!」

 聖恒はそう言い切ると答えを待たず、恵の手を引っ張るようにして部屋を出た。

「いつから親しかったの……」

 家の駐車スペースに停めてある恵の車の前でそう聞けば、恵は苦笑しながら「今日かな」と答えてきた。

「は? 俺今冗談聞く気分じゃ……」
「俺もきよが何かムスっとしてる時に冗談は言わないよ。むしろ君のお兄さんだし少しは親しくなれたらいいなと思って俺、今日の飲み会参加したくらいだよ」
「そ、そうなの?」
「うん。そしたらさ。あれ、酔ってるんだよな? 面白い人だったんだな、きよのお兄さん。それでわけわからないまま親しいってことになってる。酔いが覚めてからはどうなるか俺にはわからないけど」

 今度は苦笑というよりは押し殺したように笑いながら恵が言ってくる。

「じゃ、じゃあ俺の知らない間に仲よくなってたとかそういうんじゃない?」
「うん」

 ニッコリ微笑んできた後に恵が続けてきた。

「まるで嫉妬してるみたいに聞こえるよ、きよ。だとしたらかわいいなあ。じゃあ、俺、今日は帰るな。また」

 恵は囁くように言うと、そっと聖恒の髪を撫でた後、車に乗り込んだ。
 聖恒の胸がとてつもなく切なく軋む。
 かわいいのは恵だと思う。いや、かわいくて色っぽくて男らしい。
 車が走り去った後も暫くそこに佇みながら聖恒は思った。
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