洋菓子店主の苦悩

Guidepost

文字の大きさ
4 / 20

4話

しおりを挟む
「荷物、それだけ?」

 越してきたというのだろうか。二階の居住スペースに桜太郎が一緒に住むこととなり、翌日改めてやって来た桜太郎の荷物はスポーツバッグだけだった。

「家、出てから何人かのダチんとことか、いたんで」
「その家を出る時に荷物、詰めたりしなかったの」
「別に持って来るもんなかったっス」
「服とか」

 お兄系の服装を見る限りでは結構拘りはありそうだがと柚斗が思っているとどうでもよさげな顔をされた。

「別にちょっとありゃどーとでもなるっしょ」
「そうなの? そういう格好してるから、何か拘りとかありそうだなって思ったけど」
「別に」
「……」
「……」

 別に、の後に続くのかと待っていたが、どうやら続かないようだ。やはり反応がよくわからない。

「そういう格好、好きなんじゃないの」
「あ?」

 何故そこで凄む。

「好きだから着てるんじゃ」
「あー、前付き合ってた女の趣味」
「ああ、なるほど……」
「とか、ダチの借りたり」
「あー」
「とか、家にあるやつ」

 いやそれ、家にあるって普通にお前が買ってるからじゃないの?

 何だかだんだん面倒くさくなってきた。というかそもそもどうでもいい。どうにも調子が狂うせいで、これではまるで柚斗のほうがお兄系ファッションに興味津々みたいだ。

「……着たいなら着ていっスよ」
「違うからね」

 やはりそう思われたか、と柚斗は微妙な顔をした。
 部屋は少し狭いが本やレコードを置いている部屋を使いやすいよう片付けて使ってもらうことにした。家賃はそもそも給料があまりないのを一番よく知っている柚斗だけにいらないと告げている。レコードプレーヤーは針が駄目になってから買い替えておらず、どのみちほぼ使っていない部屋だ。それに柚斗がフランスへ留学していた時に部屋をシェアするのは慣れている。

「その代わり掃除とかしてくれると助かる」
「うス」
「できる?」

 とりあえず桜太郎は生まれてこのかた、掃除などしたことがなさそうな風貌をしている。

「掃除はガキん時から家でやらされてたんで」
「へえ、ちゃんとした家じゃないか」

 偏見なのだろうが、桜太郎を見ていたらもっと放置されて育ったのかと柚斗は思っていた。

「さすがにクソ広ぇ廊下とかウザかったスけど」
「デカい家だったんだな」
「一番得意なのは便所掃除っス」
「便所」
「便所には神さんがいるから綺麗にしねえとヤベーらしいんで」
「へ、へえ」

 今のは冗談だろうかと桜太郎を見るも、顔は笑っていない。どのみち桜太郎が大口を開けて笑っているところは想像もつかないが。

「じゃあ洗濯もできる?」
「できっけどパンツ見つけたら盗るかもっスよ」
「え」
「あ、でも俺、料理は苦手っス。これだけはやらされてなかったんで」

 今のは何だったのかと思ったが、やはり桜太郎は淡々とした様子なので聞き間違いか冗談だったのだろうと流すことにした。

「何か危ない失敗でもしたの?」

 子ども時代の桜太郎が何かを思い切り焦がしたとか火を吹かせたところを想像して柚斗は微笑ましくなりながら聞いた。

「てめえに包丁は持たされねえって言われたっス」
「んん?」
「つか便所行っていっスか」
「あ、う、うん。好きに行ってきて」

 部屋をシェアするのは慣れている。だがどうにも不安しか感じられなくて、柚斗は「はやまったかなー」と頭を抱えた。
 とはいえ基本的に無口気味の桜太郎は邪魔になることもなく、家事も言われたらではあるが予想以上にこなしてくれて案外助かることがわかった。
 肝心の仕事はこれからゆっくり覚えてもらうしかない。仕事場へ朝、連れてきた時に柚斗は実感した。菓子作りの基本どころか卵の割り方すら怪しい。挙げ句、ラム酒を見て「作りながら飲んでんスか」ときた。

 ほんと、何で俺、こいつ抱えることになってんだろ……。

 とはいえ受けたものは仕方がない。早めの時間に降りて来てよかったと思いながら、柚斗は簡単なことから桜太郎に教えていった。いくら菓子作りが初心者中の初心者でも、桜太郎に接客をさせることを思えばまだマシな気がする。ひたすら厨房にいてもらうのが多分ベストだろう。



「絶対間違えないで」
「うス」

 とりあえず安心できることに、教えると案外器用にこなしてくれる。多分できは悪くないのかもしれない。
 何とか無事に初日を終えたところで「兄さん久しぶり」と弟の灯央(てお)がやってきた。相変わらずいつ見てもフランス人にも日本人にも見える男前だと思う。ちなみに名前もTheoとフランス名として読める。

「久しぶりって……数日前も来ただろ」
「もうすぐ一週間ぶりだろ。試験だったんだよクソ。癒して」
「カヌレしかないけど」
「ワインもつけて」
「仕方ないなあ」

 基本的に無愛想なくせに、灯央は柚斗には昔からやたら懐いてくる。今二十一歳で柚斗とは六歳年が離れているのもあり、柚斗にとってはかわいい弟だ。つい甘やかしてしまう。

「……誰だてめ」

 カヌレとグラスワインを隅に飾りのように置いている小さなテーブルに乗せたところで、厨房から桜太郎が出てきた。その上灯央をどう見ても威嚇している。

 何でこういうタイプって見知らぬ相手に対してすぐ威嚇するんだ?

 さすがに漫画のように「どこ中だ?」とまでは聞いてこないようだが思い切り鋭い目付きになっている桜太郎に対し、何故か灯央までもが「お前こそ誰だよ、なんで中から出てくんだよ」といつも以上に無愛想な様子になっている。
 柚斗は急に疲れを感じ、桜太郎に「仕事は終わりだから、上がって風呂沸かしてて」と言い放った。桜太郎は何か言いたげだったが「……っス」と頷くと大人しく二階へ向かって行った。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

オッサン課長のくせに、無自覚に色気がありすぎる~ヨレヨレ上司とエリート部下、恋は仕事の延長ですか?

中岡 始
BL
「新しい営業課長は、超敏腕らしい」 そんな噂を聞いて、期待していた橘陽翔(28)。 しかし、本社に異動してきた榊圭吾(42)は―― ヨレヨレのスーツ、だるそうな関西弁、ネクタイはゆるゆる。 (……いやいや、これがウワサの敏腕課長⁉ 絶対ハズレ上司だろ) ところが、初めての商談でその評価は一変する。 榊は巧みな話術と冷静な判断で、取引先をあっさり落としにかかる。 (仕事できる……! でも、普段がズボラすぎるんだよな) ネクタイを締め直したり、書類のコーヒー染みを指摘したり―― なぜか陽翔は、榊の世話を焼くようになっていく。 そして気づく。 「この人、仕事中はめちゃくちゃデキるのに……なんでこんなに色気ダダ漏れなんだ?」 煙草をくゆらせる仕草。 ネクタイを緩める無防備な姿。 そのたびに、陽翔の理性は削られていく。 「俺、もう待てないんで……」 ついに陽翔は榊を追い詰めるが―― 「……お前、ほんまに俺のこと好きなんか?」 攻めるエリート部下 × 無自覚な色気ダダ漏れのオッサン上司。 じわじわ迫る恋の攻防戦、始まります。 【最新話:主任補佐のくせに、年下部下に見透かされている(気がする)ー関西弁とミルクティーと、春のすこし前に恋が始まった話】 主任補佐として、ちゃんとせなあかん── そう思っていたのに、君はなぜか、俺の“弱いとこ”ばっかり見抜いてくる。 春のすこし手前、まだ肌寒い季節。 新卒配属された年下部下・瀬戸 悠貴は、無表情で口数も少ないけれど、妙に人の感情に鋭い。 風邪気味で声がかすれた朝、佐倉 奏太は、彼にそっと差し出された「ミルクティー」に言葉を失う。 何も言わないのに、なぜか伝わってしまう。 拒むでも、求めるでもなく、ただそばにいようとするその距離感に──佐倉の心は少しずつ、ほどけていく。 年上なのに、守られるみたいで、悔しいけどうれしい。 これはまだ、恋になる“少し前”の物語。 関西弁とミルクティーに包まれた、ふたりだけの静かな始まり。 (5月14日より連載開始)

タトゥーの甘い檻

マリ・シンジュ
BL
執着系わんこ攻(大学生)× 高潔な美形教授受(30代) どのお話も単体でお楽しみいただけます。 ​「先生、ここ……僕の瞳を入れるから。ずっと、僕だけを見てて」 ​真面目な大学教授・新城が、大学生の・羽生にだけ許した、あまりにも淫らな「わがまま」。 ​それは、誰にも見えない内腿の奥深くに、消えないタトゥーを刻むこと。 「下書き」と称して肌を赤く染めるペン先の冷たさ。 アトリエの無機質なライトの下、四つん這いで晒される大人の矜持。 ​ずっと年下の青年の、必死で、残酷で、純粋な独占欲。 愚かだと知りながら、新城はその熱に絆され、ゆっくりと「聖域」を明け渡していく――。 ​「……お前のわがままには、最後まで付き合う」 ​針が通るその時、二人の関係は一生消えない「共犯」へと変わる。 執着攻め×年上受け、密やかに刻まれる秘め事のお話。

経理部の美人チーフは、イケメン新人営業に口説かれています――「凛さん、俺だけに甘くないですか?」年下の猛攻にツンデレ先輩が陥落寸前!

中岡 始
BL
社内一の“整いすぎた男”、阿波座凛(あわざりん)は経理部のチーフ。 無表情・無駄のない所作・隙のない資料―― 完璧主義で知られる凛に、誰もが一歩距離を置いている。 けれど、新卒営業の谷町光だけは違った。 イケメン・人懐こい・書類はギリギリ不備、でも笑顔は無敵。 毎日のように経費精算の修正を理由に現れる彼は、 凛にだけ距離感がおかしい――そしてやたら甘い。 「また会えて嬉しいです。…書類ミスった甲斐ありました」 戸惑う凛をよそに、光の“攻略”は着実に進行中。 けれど凛は、自分だけに見せる光の視線に、 どこか“計算”を感じ始めていて……? 狙って懐くイケメン新人営業×こじらせツンデレ美人経理チーフ 業務上のやりとりから始まる、じわじわ甘くてときどき切ない“再計算不能”なオフィスラブ!

イケメンモデルと新人マネージャーが結ばれるまでの話

タタミ
BL
新坂真澄…27歳。トップモデル。端正な顔立ちと抜群のスタイルでブレイク中。瀬戸のことが好きだが、隠している。 瀬戸幸人…24歳。マネージャー。最近新坂の担当になった社会人2年目。新坂に仲良くしてもらって懐いているが、好意には気付いていない。 笹川尚也…27歳。チーフマネージャー。新坂とは学生時代からの友人関係。新坂のことは大抵なんでも分かる。

【完結】※セーブポイントに入って一汁三菜の夕飯を頂いた勇者くんは体力が全回復します。

きのこいもむし
BL
ある日突然セーブポイントになってしまった自宅のクローゼットからダンジョン攻略中の勇者くんが出てきたので、一汁三菜の夕飯を作って一緒に食べようねみたいなお料理BLです。 自炊に目覚めた独身フリーターのアラサー男子(27)が、セーブポイントの中に入ると体力が全回復するタイプの勇者くん(19)を餌付けしてそれを肴に旨い酒を飲むだけの逆異世界転移もの。 食いしん坊わんこのローグライク系勇者×料理好きのセーブポイント系平凡受けの超ほんわかした感じの話です。

身代わり召喚された俺は四人の支配者に溺愛される〜囲い込まれて逃げられません〜

たら昆布
BL
間違って異世界召喚された青年が4人の男に愛される話

人族は一人で生きられないらしい――獣人公爵に拾われ、溺愛されて家族になりました

よっちゃん
BL
人族がほとんど存在しない世界に、 前世の記憶を持ったまま転生した少年・レオン。 獣人が支配する貴族社会。 魔力こそが価値とされ、 「弱い人族」は守られるべき存在として扱われる世界で、 レオンは常識の違いに戸惑いながらも必死に生きようとする。 そんな彼を拾ったのは、 辺境を治める獣人公爵アルト。 寡黙で冷静、しかし一度守ると決めたものは決して手放さない男だった。 溺愛され、守られ、育てられる日々。 だが、レオンはただ守られるだけの存在で終わることを選ばない。 学院での出会い。 貴族社会に潜む差別と陰謀。 そして「番」という、深く重い絆。 レオンは学び、考え、 自分にしかできない魔法理論を武器に、 少しずつ“並び立つ覚悟”を身につけていく。 獣人と人族。 価値観も、立場も、すべてが違う二人が、 それでも選び合い、家族になるまでの物語。 溺愛×成長×異世界BL。 読後に残るのは、 「ここに居場所があっていい」と思える、あたたかな幸福。

完結|好きから一番遠いはずだった

七角@書籍化進行中!
BL
大学生の石田陽は、石ころみたいな自分に自信がない。酒の力を借りて恋愛のきっかけをつかもうと意気込む。 しかしサークル歴代最高イケメン・星川叶斗が邪魔してくる。恋愛なんて簡単そうなこの後輩、ずるいし、好きじゃない。 なのにあれこれ世話を焼かれる。いや利用されてるだけだ。恋愛相手として最も遠い後輩に、勘違いしない。 …はずだった。

処理中です...