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「荷物、それだけ?」
越してきたというのだろうか。二階の居住スペースに桜太郎が一緒に住むこととなり、翌日改めてやって来た桜太郎の荷物はスポーツバッグだけだった。
「家、出てから何人かのダチんとことか、いたんで」
「その家を出る時に荷物、詰めたりしなかったの」
「別に持って来るもんなかったっス」
「服とか」
お兄系の服装を見る限りでは結構拘りはありそうだがと柚斗が思っているとどうでもよさげな顔をされた。
「別にちょっとありゃどーとでもなるっしょ」
「そうなの? そういう格好してるから、何か拘りとかありそうだなって思ったけど」
「別に」
「……」
「……」
別に、の後に続くのかと待っていたが、どうやら続かないようだ。やはり反応がよくわからない。
「そういう格好、好きなんじゃないの」
「あ?」
何故そこで凄む。
「好きだから着てるんじゃ」
「あー、前付き合ってた女の趣味」
「ああ、なるほど……」
「とか、ダチの借りたり」
「あー」
「とか、家にあるやつ」
いやそれ、家にあるって普通にお前が買ってるからじゃないの?
何だかだんだん面倒くさくなってきた。というかそもそもどうでもいい。どうにも調子が狂うせいで、これではまるで柚斗のほうがお兄系ファッションに興味津々みたいだ。
「……着たいなら着ていっスよ」
「違うからね」
やはりそう思われたか、と柚斗は微妙な顔をした。
部屋は少し狭いが本やレコードを置いている部屋を使いやすいよう片付けて使ってもらうことにした。家賃はそもそも給料があまりないのを一番よく知っている柚斗だけにいらないと告げている。レコードプレーヤーは針が駄目になってから買い替えておらず、どのみちほぼ使っていない部屋だ。それに柚斗がフランスへ留学していた時に部屋をシェアするのは慣れている。
「その代わり掃除とかしてくれると助かる」
「うス」
「できる?」
とりあえず桜太郎は生まれてこのかた、掃除などしたことがなさそうな風貌をしている。
「掃除はガキん時から家でやらされてたんで」
「へえ、ちゃんとした家じゃないか」
偏見なのだろうが、桜太郎を見ていたらもっと放置されて育ったのかと柚斗は思っていた。
「さすがにクソ広ぇ廊下とかウザかったスけど」
「デカい家だったんだな」
「一番得意なのは便所掃除っス」
「便所」
「便所には神さんがいるから綺麗にしねえとヤベーらしいんで」
「へ、へえ」
今のは冗談だろうかと桜太郎を見るも、顔は笑っていない。どのみち桜太郎が大口を開けて笑っているところは想像もつかないが。
「じゃあ洗濯もできる?」
「できっけどパンツ見つけたら盗るかもっスよ」
「え」
「あ、でも俺、料理は苦手っス。これだけはやらされてなかったんで」
今のは何だったのかと思ったが、やはり桜太郎は淡々とした様子なので聞き間違いか冗談だったのだろうと流すことにした。
「何か危ない失敗でもしたの?」
子ども時代の桜太郎が何かを思い切り焦がしたとか火を吹かせたところを想像して柚斗は微笑ましくなりながら聞いた。
「てめえに包丁は持たされねえって言われたっス」
「んん?」
「つか便所行っていっスか」
「あ、う、うん。好きに行ってきて」
部屋をシェアするのは慣れている。だがどうにも不安しか感じられなくて、柚斗は「はやまったかなー」と頭を抱えた。
とはいえ基本的に無口気味の桜太郎は邪魔になることもなく、家事も言われたらではあるが予想以上にこなしてくれて案外助かることがわかった。
肝心の仕事はこれからゆっくり覚えてもらうしかない。仕事場へ朝、連れてきた時に柚斗は実感した。菓子作りの基本どころか卵の割り方すら怪しい。挙げ句、ラム酒を見て「作りながら飲んでんスか」ときた。
ほんと、何で俺、こいつ抱えることになってんだろ……。
とはいえ受けたものは仕方がない。早めの時間に降りて来てよかったと思いながら、柚斗は簡単なことから桜太郎に教えていった。いくら菓子作りが初心者中の初心者でも、桜太郎に接客をさせることを思えばまだマシな気がする。ひたすら厨房にいてもらうのが多分ベストだろう。
「絶対間違えないで」
「うス」
とりあえず安心できることに、教えると案外器用にこなしてくれる。多分できは悪くないのかもしれない。
何とか無事に初日を終えたところで「兄さん久しぶり」と弟の灯央(てお)がやってきた。相変わらずいつ見てもフランス人にも日本人にも見える男前だと思う。ちなみに名前もTheoとフランス名として読める。
「久しぶりって……数日前も来ただろ」
「もうすぐ一週間ぶりだろ。試験だったんだよクソ。癒して」
「カヌレしかないけど」
「ワインもつけて」
「仕方ないなあ」
基本的に無愛想なくせに、灯央は柚斗には昔からやたら懐いてくる。今二十一歳で柚斗とは六歳年が離れているのもあり、柚斗にとってはかわいい弟だ。つい甘やかしてしまう。
「……誰だてめ」
カヌレとグラスワインを隅に飾りのように置いている小さなテーブルに乗せたところで、厨房から桜太郎が出てきた。その上灯央をどう見ても威嚇している。
何でこういうタイプって見知らぬ相手に対してすぐ威嚇するんだ?
さすがに漫画のように「どこ中だ?」とまでは聞いてこないようだが思い切り鋭い目付きになっている桜太郎に対し、何故か灯央までもが「お前こそ誰だよ、なんで中から出てくんだよ」といつも以上に無愛想な様子になっている。
柚斗は急に疲れを感じ、桜太郎に「仕事は終わりだから、上がって風呂沸かしてて」と言い放った。桜太郎は何か言いたげだったが「……っス」と頷くと大人しく二階へ向かって行った。
越してきたというのだろうか。二階の居住スペースに桜太郎が一緒に住むこととなり、翌日改めてやって来た桜太郎の荷物はスポーツバッグだけだった。
「家、出てから何人かのダチんとことか、いたんで」
「その家を出る時に荷物、詰めたりしなかったの」
「別に持って来るもんなかったっス」
「服とか」
お兄系の服装を見る限りでは結構拘りはありそうだがと柚斗が思っているとどうでもよさげな顔をされた。
「別にちょっとありゃどーとでもなるっしょ」
「そうなの? そういう格好してるから、何か拘りとかありそうだなって思ったけど」
「別に」
「……」
「……」
別に、の後に続くのかと待っていたが、どうやら続かないようだ。やはり反応がよくわからない。
「そういう格好、好きなんじゃないの」
「あ?」
何故そこで凄む。
「好きだから着てるんじゃ」
「あー、前付き合ってた女の趣味」
「ああ、なるほど……」
「とか、ダチの借りたり」
「あー」
「とか、家にあるやつ」
いやそれ、家にあるって普通にお前が買ってるからじゃないの?
何だかだんだん面倒くさくなってきた。というかそもそもどうでもいい。どうにも調子が狂うせいで、これではまるで柚斗のほうがお兄系ファッションに興味津々みたいだ。
「……着たいなら着ていっスよ」
「違うからね」
やはりそう思われたか、と柚斗は微妙な顔をした。
部屋は少し狭いが本やレコードを置いている部屋を使いやすいよう片付けて使ってもらうことにした。家賃はそもそも給料があまりないのを一番よく知っている柚斗だけにいらないと告げている。レコードプレーヤーは針が駄目になってから買い替えておらず、どのみちほぼ使っていない部屋だ。それに柚斗がフランスへ留学していた時に部屋をシェアするのは慣れている。
「その代わり掃除とかしてくれると助かる」
「うス」
「できる?」
とりあえず桜太郎は生まれてこのかた、掃除などしたことがなさそうな風貌をしている。
「掃除はガキん時から家でやらされてたんで」
「へえ、ちゃんとした家じゃないか」
偏見なのだろうが、桜太郎を見ていたらもっと放置されて育ったのかと柚斗は思っていた。
「さすがにクソ広ぇ廊下とかウザかったスけど」
「デカい家だったんだな」
「一番得意なのは便所掃除っス」
「便所」
「便所には神さんがいるから綺麗にしねえとヤベーらしいんで」
「へ、へえ」
今のは冗談だろうかと桜太郎を見るも、顔は笑っていない。どのみち桜太郎が大口を開けて笑っているところは想像もつかないが。
「じゃあ洗濯もできる?」
「できっけどパンツ見つけたら盗るかもっスよ」
「え」
「あ、でも俺、料理は苦手っス。これだけはやらされてなかったんで」
今のは何だったのかと思ったが、やはり桜太郎は淡々とした様子なので聞き間違いか冗談だったのだろうと流すことにした。
「何か危ない失敗でもしたの?」
子ども時代の桜太郎が何かを思い切り焦がしたとか火を吹かせたところを想像して柚斗は微笑ましくなりながら聞いた。
「てめえに包丁は持たされねえって言われたっス」
「んん?」
「つか便所行っていっスか」
「あ、う、うん。好きに行ってきて」
部屋をシェアするのは慣れている。だがどうにも不安しか感じられなくて、柚斗は「はやまったかなー」と頭を抱えた。
とはいえ基本的に無口気味の桜太郎は邪魔になることもなく、家事も言われたらではあるが予想以上にこなしてくれて案外助かることがわかった。
肝心の仕事はこれからゆっくり覚えてもらうしかない。仕事場へ朝、連れてきた時に柚斗は実感した。菓子作りの基本どころか卵の割り方すら怪しい。挙げ句、ラム酒を見て「作りながら飲んでんスか」ときた。
ほんと、何で俺、こいつ抱えることになってんだろ……。
とはいえ受けたものは仕方がない。早めの時間に降りて来てよかったと思いながら、柚斗は簡単なことから桜太郎に教えていった。いくら菓子作りが初心者中の初心者でも、桜太郎に接客をさせることを思えばまだマシな気がする。ひたすら厨房にいてもらうのが多分ベストだろう。
「絶対間違えないで」
「うス」
とりあえず安心できることに、教えると案外器用にこなしてくれる。多分できは悪くないのかもしれない。
何とか無事に初日を終えたところで「兄さん久しぶり」と弟の灯央(てお)がやってきた。相変わらずいつ見てもフランス人にも日本人にも見える男前だと思う。ちなみに名前もTheoとフランス名として読める。
「久しぶりって……数日前も来ただろ」
「もうすぐ一週間ぶりだろ。試験だったんだよクソ。癒して」
「カヌレしかないけど」
「ワインもつけて」
「仕方ないなあ」
基本的に無愛想なくせに、灯央は柚斗には昔からやたら懐いてくる。今二十一歳で柚斗とは六歳年が離れているのもあり、柚斗にとってはかわいい弟だ。つい甘やかしてしまう。
「……誰だてめ」
カヌレとグラスワインを隅に飾りのように置いている小さなテーブルに乗せたところで、厨房から桜太郎が出てきた。その上灯央をどう見ても威嚇している。
何でこういうタイプって見知らぬ相手に対してすぐ威嚇するんだ?
さすがに漫画のように「どこ中だ?」とまでは聞いてこないようだが思い切り鋭い目付きになっている桜太郎に対し、何故か灯央までもが「お前こそ誰だよ、なんで中から出てくんだよ」といつも以上に無愛想な様子になっている。
柚斗は急に疲れを感じ、桜太郎に「仕事は終わりだから、上がって風呂沸かしてて」と言い放った。桜太郎は何か言いたげだったが「……っス」と頷くと大人しく二階へ向かって行った。
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