洋菓子店主の苦悩

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20話(終)

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「……んじゃ、ゆっくりしてって、ス」
「五月くん……」
「してって、ください、っス」

 何故くださいまで言えてなお、「ス」を付けるのか。
 柚斗は呆れているのを何とか顔に出さないよう心がけながら自分の仕事を続けた。ただ、言われた女性客は嬉しそうに桜太郎を見た後にカヌレとコーヒーを見ている。片方の女性は画像を携帯で撮って何やら打ち込んでいた。SNSに上げているのだろう。ちゃんと食べてくれるのなら、柚斗としては宣伝になるのでありがたいことでもある。
 イートインスペースを作る予定は元々なかった。だがたまに客へのサービスで一口サイズのカヌレとコーヒーを出すことがあり、その際に、この場でコーヒーと一緒に食べられたらいいのにと言われることはあった。それでも一人でやっていたのもあり手が回らないので流していた。

「コーヒーも美味しかったです」

 一組の客が帰る際に笑みを浮かべながらそう言ってくれた。

「ありがとうございます」

 柚斗も微笑んで会釈した。
 作る予定はなかったのだが、桜太郎がちゃんとここで働くようになり最近試みとして始めてみた。それでも二人なので、少しでも洗い物の嵩が増えないよう、コーヒーはこの店専用の紙コップを作ってそれに淹れている。ただしカヌレには絶対にナイフとフォークだ。こればかりは洗い物が増えようが譲れなかった。
 イートインスペースは決して広くない。店内自体がそう広くないので場所がさほど取れないし、元々の雰囲気を壊すつもりもなかった。インテリアとして置いていたテーブル席と、その奥の植木などを置いていたところにも少し場所を設けた。あとは外に出た小さなテラスにも少し。外のテラスを利用したのはよかったかもしれない。案外利用する客がいるのと、外部から目につきやすいのでいい宣伝にもなる。
 コーヒーはもちろん合うし柚斗なりの拘り豆を使って淹れているしで、でき立てのカヌレと共に楽しんでもらえていると思われる。本当ならワインも出せたらいいのだが、それは現状なかなかに難しいため断念している。だが機会があれば「ワインにもとても合いますよ」などと客に話をしている。
 ちなみにカヌレに合うワインを手土産に立ち寄った灯央には桜太郎が自慢気にバラしに来たため、現在付き合っていることは知られている。桜太郎に言われた時の灯央の顔はしばらく忘れられない。ただ、その後もちょくちょくやって来ては嫌みと凄みの応酬で、むしろ二人は案外仲がいいのではと思えたりもする。
 桜太郎の父親は一度店へ来た。桜太郎と似ているところもあれば似ていないところもあると言うのだろうか。要はそこまでは似ていないけど身内だろうなとわかる気もするというのか。店内で食べることはなく、持ち帰りに買っていっただけだが「うちの馬鹿息子をよろしくお願いします」ととても丁寧なお辞儀をされた。あんな履歴書を見て何も言わなかった人とは思えない、もちろんヤクザとも思えない上品そうで丁寧な紳士だった。人は見た目で判断出来ないとはまさにこういう人を言うのかもしれない。桜太郎もある意味見た目で判断できないが。
 叔父の和実も、恐らくパートナーであろう男性とまたやって来た。相手の男性はとりあえず大人しそうな印象だったが、あの和実と付き合っているのなら、これまた見た目では判断できない人なのかもしれない。カヌレを気に入ってくれたのか、店内でコーヒーと共に食べてくれた上に持ち帰りとしてもいくつか買って帰ってくれた。帰る際に和実がにこやかに「また来ます」と言うと、たまたまその場にやって来た桜太郎がとても嫌そうな顔をして「もー来んな。来るならきおちゃんだけにしろ」と告げ、和実に笑顔で「また来る」と改めて言われていた。

「今日何かやたら忙しくなかったっスか」

 仕事を終え、ようやく二階へ上がってソファーに身を投げ出した桜太郎に柚斗は笑いかけた。

「明日が定休日だから今日来たって人いたよ、そういえば」
「ぁ? そんなに食わなくてもいーだろ」
「俺の店にケチつける気か」
「んな気はねっスけど。さすがに俺、毎日は食えねーし」

 ニヤリと笑いながら桜太郎が手を伸ばしてきた。

「何」
「仕事も終わったし、イチャイチャ」
「今しないし飯作るからその間に風呂入って来い」
「ぁあ? まぁ、いっスけど。今しないってことは後ではすんだろ」
「揚げ足取るな」
「もう決定っスよ。後でめちゃくちゃイチャイチャしねーなら、代わりに明日起き上がれねーくらいセックスするんで」
「……ほんとお前……」

 呆れた顔を向けるも、桜太郎は気にせずバスルームへ向かって行った。
 桜太郎との付き合いはどうなることかと多少思ってはいたが、案外上手くやっていけている。仕事とプライベートの切り替えも今のところ悪くない。桜太郎の言動は相変わらずではあるが、幸いなことに客が不愉快になるようなタイプではないようなのと、柚斗に関しては慣れてきたのかもしれない。それとも好きになってしまったせいで判定が甘くなっているのだろうか。弟属性でもあるからかもしれない。馬鹿な言動をされても下手をしたらかわいく見えてしまったりする。

「ゆーと、さん」

 風呂から出た桜太郎が呼びかけてきた。

「お前、俺の名前さ、どもらず呼べないの……」
「呼び捨てなら問題ねぇっスよ」
「お前が問題ない、言うなよ」
「付き合ってんだしよ、呼び捨てでもいーんじゃねっスか」

 そこは本当に構わないと柚斗も思ってはいるのだが、仕事の切り替えはできても言動の切り替えができない桜太郎に仕事中、店内で思い切り「柚斗」と呼び捨てにされそうな気、しかしないため今日も柚斗は首を振った。

「っち。まぁいっスけど。つか明日、デート行くっしょ」
「お前が俺の足腰を気遣って今晩過ごしてくれるならな」
「は。んなのはその時次第っスよ」
「……。で、明日が何」
「こないだは俺に合わせてクラブ、付き合ってくれたっしょ」

 そして本気で死にそうなほど疲れたけどな。

「ああ」
「だから明日は美術館的なやつ倒して公園で居眠るデートってやつ、するっス」
「倒すって何……」

 また思い切り呆れながらも、柚斗は気分が向上してくるのがわかった。桜太郎なりに歩み寄ってくれているのがすごく嬉しいと思った。

「じゃあピクニック用にいくつかカヌレ焼いたの持って行くかな」
「あ、それはいっス」
「ここは空気呼んで、そうだねくらい言ってみろよ」
「そーゆーのはめんどーなんで」
「はぁ……。ほんとお前、俺のこと好きなの」

 すると桜太郎がとてつもなく綺麗な顔を凄ませながらニヤリと笑いかけてきた。

「めちゃくちゃ好きっスよ。マジわかんねー人だな。んじゃ今日はさ、カヌレよりくっそ甘い時間、あんたにやるわ」

 明日、起き上がれない光景が柚斗の脳内を過った。
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