トーカティブレティセント

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シキとミヒロ

2話

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「志生さんって彼女いるの?」

 担当しているお客様に聞かれて俺はニッコリと微笑んだ。

「秘密」
「えー、なにそれ。教えてくれたっていいのにぃ」
「だってほら、ミステリアスなほうがモテそうでしょ?」
「そんなのしなくても志生さんモテてそうじゃない」
「ほんと? そう言ってくれるなんて嬉しいなあ」

 ニコニコとしながら俺は最後の仕上げとばかりにお客様の髪を手で整えた。

「こんな感じになったけど、どうかな。気になるとこあるなら言ってね」
「大丈夫! すごくいい感じ」
「よかった」

 その時ばかりは俺も心からの笑顔を見せる。そしてお客様を扉の外までお送りした後、一旦休憩とばかりに事務室に入った。

「よお、相変わらずモテてんな」

 中にはオーナー兼店長の卓也さんの他に、どんどん腕を上げてきてるよなあと最近思っていた後輩の近藤ちゃんがいた。
 卓也さんは畑山 卓也(はたけやま たくや)といって、一緒に仕事をして長い。リアルでもたまに飲みに行ったりする仲ではある。もう三十三になり、俺からしたら軽いノリのおっさんという感じだが、世間の女性からしたら「男らしいイケメン」なのらしい。イケメンはまあ、うん。でも大いにその女性たちの考えを「間違ってます」と否定してあげたい。
 近藤ちゃんは近藤 昌義(こんどう まさよし)といって、俺の三つ下の二十二歳の割にやたらと落ち着いたというか物静かな体育会系って感じなのだが、見た目は物凄く線が細い美形だ。ただし無表情。

「なに言ってるんです? っていうか店長のくせになにサボってんですか、仕事してくださいよ」
「なんだよ。だいたいなんで俺ばっかに言うんだよ。マサだってここにいるだろ」

 むぅと可愛くないのに頬を膨らませながら卓也さんが近藤ちゃんを引き合いに出す。近藤ちゃんはただ「っス」と呟きながら静かにお茶を飲んでいる。

「近藤ちゃんは俺が今担当してたお客様お見送りする前までブローしてたの見てるんで。アンタそこで甘いもん食ってるだけでしょうが」

 俺は呆れたように卓也さんの手元を見た。そこにはコンビニで買ってきたのであろう生クリームたっぷりの食べかけデザートがある。見た目いわゆる男らしいイケメンらしいおっさんのくせにギャップ甚だしい。

「ちげぇよ、俺だってやりたくもねえ書類仕事してんだよ、甘いものくらい食わせろよ。つかもう嫌。俺も客の髪パーマしたりしたい。お前オーナーしろよ」
「無茶言うひまあったらとっとと仕上げてくださいね。あと、そういうのはここじゃなくてオーナー専用の部屋あんでしょ」
「寂しいから嫌」

 ここに近藤ちゃんがいなければ「やかましい」くらいは言っていたと思う。だがあえてスルーしていると「無視ぃ? つかまたお客さんに言い寄られてなかった?」などと煩い。だいたい客と恋愛なんてまずないのは自分もわかってるくせにと思いながら俺はニッコリ笑いかけた。

「言い寄られてませんー。ただのやりとりですー」
「うっわ、なんかうぜぇ。マサ、とっととコイツ追いこしちまって足蹴にしてやれよ」

 俺に凄く嫌そうな顔を向けた後で卓也さんが近藤ちゃんに振った。

「……いえ、志生さんまじ凄いんで」
「いい子だねえ、近藤ちゃんって」

 俺はニコニコしながらお客様に出しているドリンクディスペンサーからお湯を出して側に置いているティーパックを取り出し紅茶を淹れた。本当はコーヒーが飲みたいところだけど匂いがしそうなので紅茶にしておく。もちろん喫煙は普段からしない。あれこそ匂いを誤魔化せないからだ。

「てめ、自分の持ってこいよ」
「暖かいの飲みたいんで。それ言うならちゃんとした休憩時間ください。その時買いに行きますんで」
「それ飲むの、後一回くらいなら許してやろう」
「……まともな休憩くれる気ないでしょ」
「がんばれよ、志生。応援してる」

 卓也さんの言葉にわざとらしいため息をついた後で俺は座って紅茶を飲み始めた。同時に先に休憩していた近藤ちゃんが「っス」と呟くと立ち上がり頭を下げて事務室から出て行った。

「あいつほんっとなんていうか硬派っぽいなー。見た目はすごい線細い美形なのになー」

 俺がつい呟くと卓也さんがニッコリと俺を見てくる。

「あれ? 志生って男いけんの? 女オンリーだと思ってたわ」
「卓也さんほんっと最低ですね」
「うわ、志生、その蔑んだ顔凄くイキイキしてんぞ。こえぇな」

 ふざけたことばかり言ってくるが、卓也さんはいざ仕事となると実際凄い技術を持っている。お客様の髪を弄っている時の彼の表情は真剣そのものだ。

「アンタはギャップが半端ないとこが怖いです」

 呆れたように言いながら俺は部屋の時計をちらりと見た。もう少ししたら次の予約の時間になる。それも一番楽しみにしているお客様だ。

「次、どんな客入ってんの」

 俺が時計気にしているのに気づいて卓也さんがデザート最後の一口を食べながら聞いてくる。

「ミヒロくん」

 他の従業員の前ではちゃんと「東様」と言っているが卓也さんの前では普通に呼んでいた。

「あー。だからお前ソワソワしてんのか」
「……してませんよ」
「してますー」
「……うぜぇ」
「んだと、さっきのお前の真似しただけだろが。海優くんってお前今一番お気に入りだろ。お客様なのにいけないんだー」

 俺はさらに呆れた目で卓也さんを見た。卓也さんは楽しそうにニコニコしている。

「バカなこと言って現実逃避してないでとっとと書類仕上げたらどうです? 髪質やら気に入ってるだけでそれとか、アンタ小学生ですか」

 紅茶を飲み干すと、俺は再度卓也さんに冷たい視線を送る。

「お前ほんとサド」
「なんです、訳のわからない。それなら卓也さんは俺様ですね」

 立ち上がりながら言い放つと、俺は紙コップをゴミ箱に捨てて部屋を出た。多分一人になると書類作業だろうが突然真剣にやり出すのはわかっている。はなからしてればいいのにと呆れたように思いつつも、実は卓也さんのことは嫌いじゃなかった。
 表に出ると丁度受付に海優くんがいるのが見えた。

 いいタイミング。

 俺はそっと笑って手を洗う。
 海優くんは受付を終えると案内されて待合スペースで座っている。雑誌を読む訳でもなく携帯を弄るわけでもなく、ぼんやりと座っているように見えるが、時折室内に目を走らせてなにやら首を傾げたりしている。

なんだろう、インテリアとかが気になるのかな。

「ミヒロくん、いらっしゃい、お待たせ」

 ニコニコしながら近づくと、海優くんは俺を見てただペコリと頭を下げてきた。これも最初は愛想がないのかなと思っていたが、今ではこういう子なのだとわかっている。確かに愛想笑いはしないが、態度は決して悪くない。むしろ俺の目を見て頭を下げてくれるちゃんとした子だと思っている。
 それにこういう時は頭を動かして気持ちを示してくるけれども、髪を弄っている時はちゃんと言葉にしてくれるのだ。カットなどをしている時に「違う」と頭を振られたりしたら下手をするとミスをしかねないので割と困る。だが海優くんは施術に入ると「はい」「いえ、そんなことないです」など、ちゃんと声にして反応してくれる。かといって無駄話を好むわけでもないので俺も施術に集中できる。髪質も好きだけど、なんだろうか、やりやすい。
 今日はどうするかという話をした後でシャンプー台に案内した。いつものように髪を洗っている時、この間少し気になったことがあったので今回はわざとしてみる。
 シャンプーで泡だらけになった海優くんの髪をマッサージしている途中にそっと左の耳に触れてみた。ぴくり、とまた海優くんの眉が動く。下唇がそしてそっと上唇に含まれた後でまた普通に閉じられた。
 いつも全然反応がないだけにそれはとてもわかりやすかった。本人は出しているつもりもないのかもしれない。

 でも。
 ……おもしろい。

 もちろん仕事をいい加減にするつもりはないし、大切なお客様である海優くんが不快だと思うことをしたいわけでもない。
 けれども、少しだけ、こういったことを少しだけ、楽しむくらいはいいかな、と勝手に自分に許した。
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