トーカティブレティセント

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シキとミヒロ

8話

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 海優くんが好きだと自覚した俺はとりあえずどんな顔をして海優くんに会えばいいかなと考えていたが、むしろ考えなくとも自覚した日に来店していた海優くんとはあと半月くらいは会えないんだったと翌日出勤して気づいた。

「しけた顔してんな。んだよ、とうとう不能にでもなった?」

 俺を見た卓也さんがニコニコとそんなことを言ってくる。別に怒ることもない俺は、同じくニコニコとした笑顔を卓也さんに向けた。

「俺がなる前にまずアンタがなるんじゃないですか。歳ですしね」
「は? 俺、んな歳じゃねえぞ!」
「少なくとも俺よりは歳でしょ。それに最近は多分中々できなさそうですしね」

 遠目に近藤ちゃんを見かけて俺はさらにニッコリといい笑顔をしてあげた。

「……るせーよ。くそ、マサってなんなの? ピグマリオンに恋されたの? ガラテアなの? 誰かがあいつを彫刻から人間にしただけなの?」

 いきなりギリシャ神話を出されてもと思いつつも、俺も知っている話だったのでなにが言いたいかはわかった。
 ギリシャ神話にあるその話は、才能豊かな彫刻家、ピグマリオンが生身の女性の嫌な部分ばかり見てきたせいで女嫌いになっていた。だがある日若さゆえの情熱から美しい理想の女性、ガラテアを彫刻する。ピグマリオンはいつしかその彫刻に恋をした。服を着せ、身を飾り、ベッドに寝かせる。そしてアフロディーテの祭りの日、彼は心の底から像の乙女を乞うた。その後帰宅して彫刻にキスをするとその彫刻に暖かみと柔らかさが備わっていることに気づき、さらにキスをした。するとそこには恥じらいをもつ乙女がいた。
 そんな話だったと思う。

「でもガラテアは確か恥じらいを持つ乙女じゃなかったですか。俺、悪いけど近藤ちゃんが恥じらうとこなんて想像できないですよ」
「俺もできねえよ。マサはガラテアよりも彫刻っぽいわ。ああ、でもだからあんな美形なのか」
「なに言ってんですか、アンタ気持ち悪いですよ、大丈夫です? だいたいよくそんなで好きになりましたね」
「仕方ねえだろ、好きになったもんは」

 俺の生ぬるい視線に対してジロリと睨み返してきながら言う卓也さんの言葉は今の俺には凄くわかった。

「まあ、そうですけどね」
「お? なに? なにその反応。志生、お前ももしかして誰か好きな人でも生意気にできたんじゃねえだろな」

 なんだろな、この人ウザい。

 俺はニコニコと言い返す。

「店長のくせに無駄話多い人ですねほんと。そろそろ仕事してくださいよ」

 仕事、してるの知ってるけどね。

「してんだろが。日々こうしてお客さん多いのなんでだと思ってんだよ」
「俺や他の従業員のおかげですかね」
「かわいくねーな。その通りだから言い返せねえけど! 俺もがんばってるっつーの」

 卓也さんは口をとがらせながら実際先ほどまで行っていたオーナー会の資料にまた目を戻していた。俺もやりかけの仕事に戻る。
 好きになったものはしょうがない。ほんとまさしくその通りだよなとそっと笑った。
 後日、出ないといけない用事も久しぶりにない完全な休日に、俺は特にすることもなくぶらりと街へ出た。ワーカーホリックのつもりはないが、本当になにをしていいかわからなく、家にいても観たいDVDもなかったのでそれなら外に出て今どきの若者の雰囲気をリアルで見てるほうが楽しいだろうと思ってのことだ。
 変な意味じゃなく。ファッションは移り変わりがそこそこ激しいから、それなりに意識していないと敏感になれない。仕事柄鈍感だと痛い。
 ここのところ服も買えてなかったしなとぶらぶら店を見ながら気に入ったのがあったら買い物もした。
 春や秋ならオープンカフェでゆったりコーヒーを飲むのもいいが、さすがに夕方といえども日差しがきつい夏はつらい。冷房が効いたカフェ店内に入り案内された窓際の席に、外の風景も楽しみたいから丁度いいと満足して座った。
 外見からは意外がられるが割と本も読む。今もぼんやりと本を読みながらコーヒーを飲み、時折外を見ていたら、俺の願望かと一瞬思える人を見た。

 海優くん。この辺、ぶらつくんだ? 学校は……この時間なら終わったのかな? それともテストかなにかで早かったのかな?

 一気に上がったテンションは、だがある意味急降下する。

 一緒にいるヤツ誰だよ。

 海優くんの横にはチャラそうな男がいた。見た目からしたら高校生だろうから多分普通に考えて学校の友だちだろう。海優くんも普通に友だちと遊ぶだろうし、俺も普通に遊んでいる。
 だというのに自分の一瞬思った発想が気持ち悪い。いや、でも仕方ないよね、と俺は自分を肯定した。
 俺からしたら海優くんは好きな相手だ。そして同性。女の子が大好きだった俺が好きになっているのだ。他の男だってそういう可能性がないとは言えない。しかも海優くんは全寮制の男子校に所属していて、周りにはそういう子たちもいると前にはっきりとじゃないけれども言っていた。だから心配くらいするのもおかしくないはずだ。
 俺は静かにコーヒーを飲む。変に視線を感じ、そちらをふと見るとかわいい女の子が二人でこちらを見ていたので軽く微笑んでおく。女の子は赤くなってなにやら二人で言いながらまたこっそりとこちらをチラチラ見ている。
 かわいいなあ、と俺はそっともう一度微笑んだ。

 でもそんな女の子よりも海優くんのほうがかわいいんだよね、俺……。

 もう一度外を見て小さく微笑みながらまだ見える海優くんと見知らぬ誰かを眺めた。友だちだろうが腹立つわー、とそして改めて思う。
 海優くんも見知らぬ誰かも同じショップの袋を持っている。一緒に買い物をしたのだろう。そして今は公園とも言い難い店に囲まれた交差点の一角にある広めのスペースで、小さな屋台で買ったのであろうソフトクリームをあろうことか二人で食べている。一緒にだ。少なくとも俺は男友だちとそんな食べ方をしたことなど一度たりともない。
 一度たりとも。
 少し遠目なのではっきり見えないが間違いなく食べ合っている。

 なに。今の子ってそういうこと、男同士でするの。

 だがふと卓也さんが過った。あの人なら今の若い子どころか俺よりおっさんだけどしてきそうだ。俺がもしアイス食ってたらむしろ横から「くれ」て普通に言いながら奪ってきそうだ。
 ちょっと気持ちが楽になる。卓也さんには明日プリンを買っていってやろう。
 とりあえずそれでも落ち着かないので俺はコーヒーを飲み干すと本を鞄に入れて立ち上がった。先ほどの女の子の席を通ったので今度はあからさまに俺を見てくる二人にもう一度ニッコリと笑いかけてから会計に向かった。少しイラついているのが癒されたから、やはり女の子はいいなと思う。とはいえ海優くんには誰も敵わないけれども。
 声をかけに行くかどうしようかと少し思いながらも俺はゆっくりと海優くんがいるほうへ近付いていった。見知らぬ誰かの顔はあまり見えないが髪の色からしてチャラそうだ。高校生ってあんな色してもいいの?
 ふとその時海優くんの顔がちゃんと見えた。笑っている。楽しそうに。
 俺には見せてくれない表情をまた一つ知った。はにかむような顔も、こんな気楽な感じで笑う顔も、俺は見たことがない。
 俺はただの店員で海優くんはお客様だ。だから見たことないのはおかしくともなんともないわけで。
 俺は一瞬立ち止まった。普通ならそこで踵でも返して家にでも帰るところなのだろうか。普通なんてわからない俺はまた歩き出す。そして躊躇することなく彼らに近付いて「やあ」とニコニコ話しかけた。
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