トーカティブレティセント

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シキとミヒロ

20話(終)

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 海優くんの冬休みには結局二回しか会っていない。彼は気を使ってか、もしくは本当にそう思ってくれているのかもしれないがもう少し俺にプライベードで会いたそうにしてくれた。だが休み明けに本番の試験があるのもあって俺は「テスト、がんばって欲しいから」と涙を飲んで会わないようにした。
 センター試験やらなんやらを、俺は正直あまり知らない。高校卒業後は専門学校だったため、大学受験をしていないからだ。
 きっと勉強も大変だろうしストレスも半端ないかもしれない。俺に出来ることはせめて来店してくれる時は最高の施術をして、そしてたまに電話やSNSで励ますことくらいだった。
 センター試験とやらは一月にあるのに学校別の二次試験とやらは大抵二月末くらいから、そして合否が分かるのは三月に入ってからだそうで、俺自身も別のことでだが色々苦労してきているはずなのに聞いているだけでぐったりしそうだった。
 でも真面目な海優くんがやると決めたことなら、多分ずっと勉強を頑張ってきただろうし大丈夫だ。俺はむしろ自分に言い聞かせるようにして、海優くんからの結果報告を待った。
 そしてとりあえずSNSで『第一志望、受かりました』と丁度少しの時間だけ仕事休憩している時に連絡があった時は、あり得ないことにたまたま側にいた卓也さんに抱きついて喜んでしまった。

「キメェんだよ……! でも海優くんほんとよかったな! よし、海優くんに都合聞けよ。いつもんとこでお祝いだ。おごってやる。お前にはおごらんけど」
「不覚でした。にしても、いちいちウザいですね。だいたいいつもんとこって酒じゃないですか。ミヒロくん未成年なんですからね」
「そういやそうだったな。つか未成年に手ぇ出してるとかますますお前ヤバいな」
「やかましいです。アンタだって彫刻に手を出してるようなもんじゃないですか」
「彫刻じゃねえよ……! 一応」
「一応ってなんですか。近藤ちゃんかわいそう」
「お前が最初に言ったんだろが……! ったく。別に酒飲まなけりゃいーだろ。ソフトドリンクだって色々あるんだしよ。あそこ、アテも美味いしな。それに夜だから海優くん、お前ん家泊まるしかねーよな」

 いつものように言い合った後で卓也さんがニヤニヤと見てきた。本当にムカつく人だと思う。とてもいい案だけどな。
 俺は思いつつ、言い合っている先程からまったく無反応無表情で美容雑誌を読みながらお茶を飲んでいる近藤ちゃんを微妙な顔でそっと見た。本当にこの人ら、付き合っているんだろうかと思わざるを得ない。
 海優くんに都合を聞いたら今週末はどうかと返事が返ってきた。その際に『嬉しいです。店長さんにもありがとうとお伝えください』と書いてあった。本当にかわいい子だ。
 卓也さんに伝えたいとは思わなかったが、海優くんのそういう気持ちを伝えないのが嫌だったので渋々「ありがとうって喜んでます」と言うと「そーかそーか」と満足気に頷いていた。おっさんか、と思ったが実際俺よりはおっさんだから間違っていない。
 当日、店の場所を海優くんは知らないから、あらかじめ別の場所で待ち合わせをした。

「お待たせ、ミヒロくん。それと改めて大学合格おめでとう」
「ありがとうございます。なにもかも志生さんのおかげです」

 前と違って今では普通に微笑んでくれる海優くんは天使にしかみえない。かわいいなあと思いつつ俺は苦笑した。

「俺のおかげじゃないよ。ミヒロくんが頑張ったからでしょ。そこは自分で認めてあげるといいよ」
「……、はい、そうします。ありがとうございます」

 一瞬だけ俺をポカンと見た後で、海優くんは優しげな笑みを浮かべてきた。

「でもこれからまだまだ大変だと思うよ」
「ですね」
「うん。俺が協力できることあればなんでも言ってね。でも俺に会う時間も作ってね」
「……志生さん。はい、むしろ俺がたくさん会って欲しいです」

 このままお持ち帰りしたくなった。だがさすがにそれはなと俺は仕方なく店を目指す。

「ああ、そういえば今日は知哉くん来てたよ。彼、あんな色にしてるのに意外過ぎるくらい髪質、いいね」

 海優くんの後輩であり友達である知哉くんも今では俺のお客様だ。いちいち彼が来たと普段は海優くんに言わないがたまたま思い出したのでニッコリと伝えた。すると海優くんが少し困ったような表情になった。なにか俺は変なことを言ったのか。

「どうかした?」
「え? あ、いえ……! その、すいません。志生さんの仕事だし、知哉は俺の友達なのに……でもむしろ友達だからかな、志生さんが俺にするみたいに知哉の髪を扱っているんだって思ったらちょっと胸がモヤモヤして」

 なんだろうな……! 最初お客様として出会った時に、俺はまさかここまでかわいい子だとは思わなかったんだけど!

 ひたすらクールで大人しい子だなと思ってたのに嬉しい誤算すぎて色んなことに感謝したくなる。
 女の子にされる訳のわからないヤキモチや嫌味な当てこすりとかもかわいいながらも実はちょっとだげ苦手だったんだけど、今の海優くんの言葉は凄く心に打たれた。あと下半身にも。

「お客様に対して俺は当然手抜きはしないよ。いつも精一杯の腕を振るわせてもらう。だけどそれでも知哉くんやその他のお客様とミヒロくんでは俺の中では全然扱いは違うよ、君にするみたいな扱いは他のお客様にはできない」

 下半身云々は一切表情に出さず、俺はニッコリと実際本当のことを伝える。

「すいません、変なことを言ってしまって。でも、はい……ありがとうございます」

 あーやっぱり今連れて帰りたい。

 俺は海優くんの静かだが嬉しそうに微笑む表情に、同じく笑いかけながらそっと思っていた。
 店では既に卓也さんと近藤ちゃんが飲んでいた。

「お、来た来た。おめでとう、海優くん」

 俺たちに気付いた卓也さんがスツールに座ったままニコニコとグラスを上げてくる。丸いテーブルのその横で近藤ちゃんがペコリと頭を下げてきた。

「ありがとうございます。なんか、すみません。でも嬉しいです」
「いやいや。でも志生には勿体無いいい子だな、なんか。初めましてじゃないけど、あの店の店長してる畑山です。こっちは一緒に働いてる近藤」
「はい、店長さんも近藤さんも知ってます」
「知ってくれてんのは嬉しいね。なんでも頼んで。志生は自分で払えよ」
「わかってますよ」

 俺に対してとは全然違う優しげな卓也さんの様子に微妙な目を向けながら俺は呆れてため息をつく。まあ一回りくらいは離れてるからそういうものかもしれないが。
 色々飲み食いをしながらも、やはり基本的に喋っているのは俺か卓也さんだ。その相槌を打つ感じで時折海優くんが口を開く。近藤ちゃんに至っては基本的にやはり彫刻かもしれない。
 その近藤ちゃんがふと海優くんの髪に触れてきた。海優くんはどうしたのだろうと思っていそうだが俺も正直一瞬どうしたんだ近藤ちゃん、と思った。だがすぐになんでかはわかったけれども。

「……髪、綺麗だ」
「あ、りがとうございます……」

 海優くんが少しドキドキとした様子で礼を言った。その気持ちはわかる。無表情でなにを考えているのか色々謎そうな人にいきなり髪を触れられてなんだろうと思っていると、無表情だが彫刻のように整った綺麗な顔でむしろ「綺麗だ」などと言われたら多分大抵の人はその読めない行動と顔と言葉にドキドキするんじゃないだろうか。
 横で卓也さんも苦笑している。今度はその卓也さんを見ていると、近藤ちゃんは相変わらず無表情のまますっと手を伸ばした。次はどうしたんだろうと俺も密かにドキドキしていたら、卓也さんの口元に少しついていたパンくずを指で拭うとそれを自分の口に持っていった。
 その時の俺の衝撃は、多分近藤ちゃんのことをあまり知らない海優くんには伝わらないだろう。卓也さんが驚いた様子もなく「お。サンキューな、マサ」と言っているのも軽く衝撃だ。
 とりあえずあの近藤ちゃんが髪以外に目がいったことに驚いた。そしていつもと変わらず無表情で無口なのにあの何気ない行為がとても親密なものに見えた。
 しかも卓也さんはそれを普通のように受け止めている。少し前までは「あいつガラテアなの?」とか言っていたくせに。
 ひたすら喋って飲んだ(俺と卓也さんが)帰り道、海優くんが「そういえばあの時の志生さんの顔、すごくポカンとしてました」とおかしそうに言ってきた。

「あの? ああ、近藤ちゃんが卓也さんのパンくずとった時?」
「はい」
「取り繕うこともできないほどの衝撃だったからね」

 俺がそう言うと海優くんはまたおかしそうに笑う。いいなあ、と俺は海優くんを見て口元が緩んだ。
 お客様として知り合った当初には海優くんがこうして笑う表情なんて想像もできなかった。ひたすら無口で真面目そうでクールな少年だと思っていた。今でもどちらかと言えば無口なほうだけれども、その分すごく色々な表情を俺に見せてくれる。

「なんでそんなおかしそうなの」
「ポカンとした顔が珍しくて。それにそういう志生さんの部分が見られたのが嬉しいのかも、です」
「え?」
「志生さん、いつもニコニコしていて優しそうで。美容師として憧れていましたが、そういう部分も憧れました。大人だなあって。その、付き合うようになって志生さんがけっこう意地悪で変態だってわかっても……」

 意地悪で変態。

「それでもやっぱり好きだし憧れてます。でも好きだから志生さんの色んなところもっと知りたいし見たい。いつもニコニコされてますが、違う志生さんも見たい。……だから、さっきは嬉しかったんです」
「ミヒロくん……」

 俺は海優くんの顔に手を伸ばしかけた後にそのまま彼の手をとった。そしてあの告白され、告白した小さな公園に連れて行く。

 俺の表情も……そうか、俺、あまり出さないもんね。

 俺が海優くんの色々な表情が見られて嬉しいのと同じように海優くんも嬉しいのだと、考えたら当たり前のことに気付かされた。
 人気のない木々の下で、俺は海優くんの体を木の幹に押し付けてキスをした。

「し、……きさん」
「俺、ずっと君のこと無口であまり自分を出さないなあって思ってた……。だから親しくなってからどんどん見せてくれる表情が嬉しくて。ごめんね、俺こそあまり表情変わらないね。ミヒロくんのほうがずっと饒舌かもしれない」
「俺が?」
「うん。君の表情も最初はあまり変わらないのかなって思ってた。でも少し違う表情に気づいて、そんでもっと色々見たいって思うようになって。俺がお喋りなくらい、今じゃ君の表情は凄く饒舌だよ、俺にとって。……好きになってくれてありがとう」
「お、俺のほうこそ……俺を好きでいてくれてありがとうございます……」

 俺はもう一度深く海優くんにキスをした。唇を離すとお互い熱い吐息を吐く。

「ここでしたい」
「……志生さんは大好きだし憧れてますが……それは絶対嫌です」

 唇が触れあいそうなほどの近さで囁くと、同じく囁かれたが完全な拒否だ。俺は笑って今度は軽くキスをした。

「嫌だってちゃんと言ってくるところも好きだよ。じゃあ帰るまで我慢する。その代わり……って、ほんとはミヒロくんのお祝いに集まったのにね。でも欲しくて堪らないんだ。明日多分ミヒロくん動けないほど俺、堪能するから覚悟して」
「……わかりました」

 ニッコリと俺が言うと今度は困ったような顔をした後で赤くなって頷いてくれた。



 初めて見た時はその髪に触れたいと思った。でも今は君の体や心、何もかもに触れていたい。そうして引き出される俺だけに見せてくれる君の饒舌な表情を、もっともっと味わわせて。
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