月と太陽

30話

　日陽を感じたくて堪らないが、嫌われたり別れたいと思われるくらいなら我慢する。

　きっと、多分、……できる。

　笑って言ったはずの那月を見て、だが日陽は困惑した顔してくる。上手く笑えなかったのだろうかと那月は心臓を震わせた。

「那月、俺はお前の思っていることを聞きたいんだ。ちゃんと俺に言って欲しい。不安に思うことや嫌なこと、全部俺に話せ。なあ、じゃないとお互い辛くなるだろ？」

　何とも言えない表情をした後に日陽は真剣な様子で那月に肩に手を置き、そこにグッと力を込めてきた。

　全部？　そんなの、言えない。俺のこのドロドロした内面を日陽に見られたくない。嫌われたく、ない。

「日陽……」
「やっぱり、俺のせい？」
「ち、違う！　日陽のせいじゃないよ！　……俺が……俺の、わがままのせいなんだから」

　日陽から少し悲しそうに言われて、那月は思い切り頭を振って否定した。

「じゃあ、そのわがままとやらをちゃんと言えよ。口にしろ。なにを思ったり考えてんのか分からない。そんでお前が不安だと、俺も不安になる」

　日陽が？　日陽も？　不安に、なるの？　俺のこと、で？

「はる、ひ……も？」
「うん。那月はさ、いつもそうだ。もしなんかあっても自分の中で抱え込んで、ただ笑ってる。きっと本当は誰よりも繊細なのに、気持ち、表に出せないんだろ……？　でもな、出さないの、もしかしたら美徳みたいに思ってんのかもだけど、俺は好きじゃない。嫌いだ」

　嫌いだ、と日陽に言われて那月の体はびくりと震えた。

　いやだ、嫌いにならないで。

「……。……でも……でも俺の中身見たら、日陽、俺のこともっと嫌いになる」

　言わなくても嫌われたとしても、言ったらきっともっと嫌いになる。そんなの、恐ろしくて怖くて死んでしまう。血の気までも引いた気がした。すると日陽が那月を睨んでくる。

「言ったら俺が那月を嫌いになる？　何言ってんだ？　全部言えよ。全部吐き出せ。お前のどんな中身だって那月自身なんだ。だったら俺は受け止めてやるよ、どんな那月でも。だから、ちゃんと口にしろ。ちゃんと、言え」

　睨んだ後じっと那月の目を真っ直ぐに見つめながら日陽が言ってきた。
　日陽の言葉が今、どれほど那月に響いたか、きっと日陽はわからないだろう。どれほど嬉しくて堪らないか、どれほど愛しくて堪らないか、どれほど切ないほどに幸せで堪らないか、わからないだろう。
　とても欲しくて堪らないものを貰った気がした。その言葉はただひたすら真っ直ぐで温かく、那月の心に直撃した後、全てを包んでくれるかのようだった。
　気づけば那月はまた泣いていた。ゴメンと言い続けた。涙も謝罪も止まらなかった。
　その後、気持ちが何とか落ち着くと、那月はポツポツ話した。今まで自分の内側なんて誰かに告げたことなどなく、どう言えばいいのかよくわからなかった。
　まだ少し怖くもあった。淀んだどろどろとした自分の気持ちを知れば、さすがの日陽も引くかもしれない。気持ち悪い、重い、と嫌になるかもしれない。
　それでも「全部言え」「どんな那月も受け止める」と言ってくれた日陽があまりに嬉しくて、那月は口にしていく。
　とても日陽が大好きだということ。
　大好きだけれども日陽にはいつも誰か周りにいて楽しそうにしているのが実はあまり嬉しくないということ。
　ただひたすら自分だけの日陽でいて欲しいと思ってしまうこと。
　何があっても那月を一番に思って欲しいと考えてしまうこと。
　とても日陽が大好きだということ。
　大好きな日陽の側にはいつも智充がいること。
　何かあった時に日陽が感じたことを伝えたいのは智充なのではないかということ。
　かけがえのない存在なのは智充ではないのかということ。
　とても日陽が大好きだということ。
　もちろん二人がお互い幼馴染の親友としか思っていないのは知っているということ。
　それでも不安で心配で堪らないということ。
　自分が一番ではないように思えて辛いということ。
　とても日陽が大好きだということ。
　誰からも、智充からも日陽を少しの時間も取られたくないくらいなのだということ。
　大切で大事だというのに、笑っている日陽が好きなのに、でも自分以外に向いている日陽を見たくないのだということ。
　できるのなら、ひたすら閉じ込めたい、監禁したいくらいなのだということ。
　そして、とても日陽が大好きだということ。

　情けなくて恥ずかしくて、怖い。

　だが那月は汚いどろどろとした黒いものをひたすら自分の中から吐き出していった。こんなに汚いものをまき散らせば日陽まで汚れてしまうかもしれない。散々日陽を蹂躙するかのように汚すかのようにひたすら抱いたくせに、那月は日陽を汚したくないと思った。

「ごめん……ごめん、日陽……俺……ごめん……」

　どろどろとした黒いものはあまりに淀み粘ついている上に吐き出してもどんどん中からゴポリと溢れてくる。全部吐き出せと言われたが、きっときりがない。
　とりあえず今出せる限り出したところで、那月はまたひたすら謝った。
　日陽は黙って聞いてくれていたが、次第にポカンとした顔をしていった。恐らく呆れているのだろうと那月は思った。嫌悪しているかもしれない。
　途中からは日陽の顔を見ていられなくなり、那月は俯きながら何とか吐き出し、そして謝っていた。

「……那月」

　那月が黙った後少しして日陽がポツリと那月の名前を呼んできた。恐る恐る顔を上げる。
　日陽はとても困惑した表情をしていた。それはそうだろう。仕方ない。むしろ怒りや嫌悪を感じられないのが不思議なくらいだった。
　ただわからないのは、日陽の顔が赤くなっているということだ。もしかして表情には出ていないが怒りで赤くなっているのだろうかとびくびくしながら那月が思っていると、日陽がまた「那月」と呼んできた。