月と太陽

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32話

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 実際、ほんの少しだけ眠っていた。最近ずっと、あまり眠れなかった那月はその一瞬の眠りで生まれ変わったかのような気持ちになっていた。
 いつもなら睡眠不足のせいか、変に少し眠るとダルいし軽く頭痛を覚えることさえある。だが今はとてもすっきりしていた。心地よさすら感じる。

 日陽が俺を受け入れてくれた。醜くドロドロした気持ちも全部。

 中学生の頃以来、那月は心がとても軽くなった気がする。ずっと那月は不安だった。日陽の気持ちが他へ行ってしまうことへの不安。そこから生まれる、束縛したい、自分のものにしたいという思い。
 じわじわ蓄積していった気持ちは膿を持った患部のようにじくじくし、悪化していった。そして傷口をさらに悪化させるかのように無理やり絆創膏で蓋をした。要は日陽を繋ぎ止めたい一心で仮面を被った。いつも笑顔でいないと自分の醜い傷が見えてしまうとばかりに取り繕った。本心を悟られないようにただ笑顔を見せた。
 元々自分をさらけ出すのは苦手だった。元々ニコニコしてきたため、笑っているのは困難ではなかった。なのに膿はますます悪化していく。両思いになれば幸せになるはずでしかなかったのに、実際はますます酷くなるだけだった。嫉妬はさらに強くなる。やきもちなんてかわいいものではなかった。全身焦げつきそうになりながらひたすらニコニコするのを心がけた。
 挙げ句、繋ぎ止めたいのと楽になることを信じ、ひたすら日陽を抱いた。だが応急処置にもならなく、患部は目を覆いたくなる状態になり、心は満たされなかった。
 でも今は違う。日陽は那月の不安に気づいてくれた。日陽は那月の全部を受け入れてくれた。醜い傷を見ても怯むことなく、あまりに優しく温かく無理やり貼っていた絆創膏をはがしてくれた。晒していいんだよと言ってくれた。
 患部は絆創膏をはがしたことで既に回復へ向かっている気がする。ここまで膿だらけの酷い状態となると、完治は無理かもしれない。痕になるかもしれない。それでも外気に晒した患部はジュクジュクした部分がゆっくり乾いてきている。
 眠っていたなんて、と目を閉じたまま那月が穏やかな気持ちで思っていると日陽が呟く声がした。

「独占欲か……那月にならされてもいいかもな」

 それを聞いてますます那月は癒される。あり得ないほど満たされた気持ちが流れ込んできた。
 だが違うことを言う。

「されたいの? 俺は日陽にされたいかな。したいよりもされたい」

 少し照れながら笑う。すると驚いたような顔をしてきた日陽がとても優しい表情で笑ってきた。

「って、起きてたのかよ?」

 軽いやり取りが愛おしい。とても嬉しい。
 その後また謝ったり思っていたことを話した後、ゆっくりと静かなキスした。
 最近ひたすら日陽を貪っていた。キスなんてそれこそ数えきれないほどした。なのに今したキスほど心に響いたキスは、つき合って最初の頃以来かもしれない。

「もっと……これからはもっと一秒だっておろそかにしたくない。一秒ごと大切に、日陽と話したりキスしたりしたい」
「……前から好きだってことは隠さない奴だとは思ってたけど」
「うん?」

 何だろうと日陽を見ると、あらぬ方を見ていて顔が見えない。だが、耳が真っ赤だった。

「お前、ちょっと恥ずかしい」
「ええ? 言えって言ったのに」
「言った。言ったけど何ていうか、ちょっとニュアンス違うっつーか、いや、嬉しいよ。嬉しいけど照れるんだよ!」

 困ったように言う日陽が愛しかった。隣に座っている日陽にしがみつくように抱きつく。恥ずかしい、照れると言ってきた日陽も抵抗することなく引き寄せられ、同じく抱きしめてくれる。

「俺はお前ほど恥ずかしいことは言えないけど……」
「恥ずかしくないよ」
「俺は恥ずかしいの! 言えないけど、でもちゃんと那月のこと、大事だし大切だし好きだからな」

 言われて気づいた。恥ずかしいとは思わなかったが、確かに改めてしっかりと言われると那月も確かに照れた。嬉しいけど照れる。

「ありがとう、嬉しい。けどうん、照れるってのはわかった」
「お前の言い方は照れるだけじゃなくて恥ずかしいんだよ、俺は」

 わかったと言うと、日陽は微妙な顔をしてきた。

「……やめたほうがいい?」
「いいよ! 何でも言えって言ったのは俺だし。いいけど、俺はやたら恥ずかしがるし同じように返せないってこと。ちゃんと好きだけど、綺麗だったり詩的な言い方すんのは無理」
「詩なんて言ってないよ」
「わかってるよ……!」

 ため息をつかれ、那月は嬉しいとばかりに笑った。

「日陽の真っ直ぐで温かい『好き』は俺、嬉しいし十分だよ」
「……うん」

 日陽も微笑んできた。

「日陽」
「何」
「これからもヤキモチやくと思う。俺。その場合、どうしたらいい?」
「何が嫌だったかとか俺にわかるよう言ってくれ。教えてくれ。やいてくれていいよ」
「ほんと? うん……ありがとう。わかった」

 改めてもう一度那月は微笑んだ。そしてお互い、また優しいキスをし合った。
 やいてくれていい。その言葉にとてつもなく安堵する。自分の嫌な部分はさすがに今こんなに幸せでもいきなり消えてなくならないだろう。これからもまだ傷は乾いていきつつも根深くじくじくと疼くはずだと那月は思う。
 だからこそ、日陽が与えてくれたものは、本人がそこまでもし考えていなくとも、とてつもなく那月を安心させてくれた。
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