ラインの向こう側

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7話

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 何を言ってものらりくらりというか適当というか、何でもない風にあしらわれる。それでもめげずに頑張れるのは意地もあるのだろうかと生智は思った。
 今まで誰かを好きになってこれほど思い通りにいかなかったことはないし、これほど頑張ったこともない。
 ただ、意地とはいえムキになっているだけではない。最初は意味がわからないとしか思えなかった気持ちは、受け入れたらどんどんと膨れ上がっていっている。
 男は今でも完全に興味はない。もし誰か男から告白されても「無茶言うな」としか言えない気がする。
 だからスムーズに受け入れてくれない衛二に対しても、一応わかっている。生智は男の上にかなり年下で、しかも先生と生徒という立場なのだ。これでむしろホイホイと受け入れてくるようなタイプの人だったら恐らくまず生智がドン引きするなりして好きになっていないかもしれない。
 衛二に対しては「歳なんて関係ないだろ」「先生と生徒とか気にしすぎ」などと何度も言っているが、一応生智もわかっている。

 ……わかってるだけに余計何か腹立つし落ち着かないんだけどな。

 好きだという気持ちは正論や理性でどうこうできる感情ではない。だからこそ苛立つ。淡々と接してくる衛二にも、その心を動かせない自分にも。
 たまに衛二が困ったような顔なら向けてくることがある。普段は淡々として表情も変わらないのだが、ふと戸惑ったような表情をするのだ。何だろうと気になってもすぐに衛二は笑って受け流してくる。
 あまりに受け流され続け、生智もいい加減業を煮やしていた。おまけに今「そろそろこの居残りもする必要なくなってきたな」とまで言われた。

「え、なんで」
「正条の成績と態度がよくなかったからしていた補習だからな。もう必要なさそうだ」
「ひ、必要に決まってるだろ!」
「……前から思ってたけど、お前ちょっと先生に対しての話し方、どうかと思うぞ。俺も別に先生を笠に着るつもりはないけどな、それでも目上の者に対してはもう少し敬語とか使え」
「先生が付き合ってくれたら使うよ」
「何だそれは。そんなだったらいらない」

 衛二は呆れたように生智を見てきた後、ため息を吐きながら言ってきた。普通に呆れているだけだとわかっていても邪な気持ちで見ているとまるで拗ねているかのように思え、生智は勝手に扇情的な気持ちになる。
 受け流すだけでなくさらに離れようとしている風にも見える衛二に少し腹も立てていた生智は、煽られた気分のまま衛二を引き寄せた。そのまま勢いでキスをする。
 キスなんて今まで何度もしてきているはずなのに唇が触れた途端、自分から仕掛けたくせに余裕など消えてなくなった。
 だが、抵抗もしない衛二を少し唇を離して恐る恐る見ると、あまりにもいつも通りの衛二だった。何とも思っていないという意思表示なのか、抵抗すらしてくれない。
 余裕のない自分に対し余裕の表情を浮かべている衛二に、生智は一瞬怯みそうになる。だがその表情を崩したい一心で、二度、三度と唇を合わせる。
 それはある意味失敗だったかもしれない。衛二の表情を崩すどころか、自分の脳内が麻痺しそうだった。
 いつもどうやってキスしていたんだっけと考えようにも頭が働かない。唇を離した後も、乱れそうな息を何とかこっそり整える。

 何をしても駄目だ。
 先生は落ちてくれない。

 そう思うが、だがまだ諦めきれない。本当に自分は男相手にどうしてしまったんだろうと思うが、どうしようもない。

「……は、ぁ」

 話そうとしたらまず乱れた息が漏れた。情けなくなる。こうして一人興奮している前で、衛二は全然余裕のままだ。

「なあ、先生。何で駄目なんだよ。俺、ほんとに真面目に好きなのに」
「……真面目に好きな奴が、相手のこと考えずにいきなりキスするのか?」

 返事にまで余裕な大人具合を感じる。生智はグッと喉を詰まらせた。だが仕方ない。実際、歳は離れているのだ。だったら変な小手先だけの薄っぺらい言葉よりもひたすら自分の言葉を述べるだけだ。

「する。だって好きで堪らない。俺は俺なりに先生のこと考えて行動してるつもりだよ。じゃなかったら人前でも好きだっつってる」
「全く。……だいたいその気持ちは今だけだよ」
「は?」
「卒業したら忘れる、熱病みたいなものだ」
「な、んだよそれ! んなの勝手に決めつけんな。いくら先生が先生で大人でも、俺の気持ちまで勝手に予想すんなよ!」
「先生は大人だから、わかるだけ」

 あくまでも淡々と言い返してくる衛二に、生智はかなりイライラとした。
 なのに嫌いになれない。
 こちらの気持ちをぞんざいな風に扱ってくる相手だというのに、嫌いにはなれない。

「それは先生が臆病なだけだっつってんだろ。……なぁ、どうせ忘れるとかそんな風に言うなら試しでいいから付き合ってみてよ」
「何を言ってるんだ?」
「だって俺は忘れない。こっちだってな、男相手に適当な気持ちで好きになる訳ねーだろ。諦めなんかしない。俺、しつこいよ? だったら試しでも付き合ってみてくれればいーだろ」
「無茶苦茶だな」

 衛二がまたため息を吐いてきた。

「だって俺、必死なんだからな。ガキだっつーならそれでいーよ。背伸びしたって実際先生との歳の差は縮まらないんだしな」
「……」
「これが俺の真っ直ぐな気持ち。なぁ、先生。しつこくしつこく絡まれるより、試しに付き合ってみてそんでも駄目なら仕方ないから諦めるってほうがスッキリしてない?」

 自分でも強引だし無茶苦茶だとは思う。でも仕方ない。何を言っても何をしても、衛二はすげなくて受け入れてくれない。

「ここ暫く俺と身近で接して、先生ならわかるだろ。俺、付き合ってみたからってそれをネタに後で強請るとかそんなこと、しない。だいたいそんなことしても俺だってとばっちり食うんだし」
「……別にそんなことを心配してるんじゃない。俺はお前の将来とか――」
「だぁかぁらぁ! んなもん、俺の未来は俺のもんなんだから、それこそ俺じゃない先生にそこまで心配してもらう必要なんてねーし。先生ってのが俺らの道を示すのが仕事だってくらいはわかるけどさ、決めるのは俺らだろ」
「……ああ言えばこう言う」

 衛二は何ともいえない表情で生智を見てきた。

「……わかった」
「え?」

 わかったって、何が?

 思わず動揺する。思い切り強引に勝手なことを言ったくせになと生智は自分に対して微妙な気持ちになった。

「一か月だ」
「は?」
「試してやろう。でも期限は設ける。一か月。この間にできるものなら俺を本気にしてみせろ。駄目だったらこの関係は終わり。正条にはすっぱり俺のことを諦めてもらう。いいな?」
「え? あ? え、っと」
「返事は」
「わ、わかった……!」

 一か月。
 中々に難しい課題を出してきた。ある意味英語の課題よりも難解なものだ。
 それでも今までは取り掛かることすらできなかったのだ。それを思えば上出来かもしれない。

 やってやる……!

 意欲に燃えつつ、生智は衛二を見た。

「じゃあもっかいキスしていい?」
「駄目。あと今日はもう帰りなさい」
「はぁっ?」

 そんな、と思っていると、衛二が立ち上がり「だらだら居残らないように」と今までと変わらないような口調で言い放った後に教室を出て行った。
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