ラインの向こう側

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13話

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 周りを気にする必要がないからか、何となくではあるが衛二がいつもよりも砕けた感じに見え、生智は嬉しく思った。とりとめのないことを話して過ごす。

「つか先生一人暮らしなのに料理あまり得意じゃねーの?」
「煩いな。勉強や仕事に集中してたらたまたまおろそかになってただけだ」

 家では自炊しているのかどうか聞けば「してないこともないがどうだろうな」ともの凄く適当な返答をされ、それを突っ込むと衛二が渋々といった風に「料理はあまり得意じゃない」と打ち明けてきたのだ。
 先生と生徒らしくない会話や、こういった私生活の打ち明け話に、生智は内心さらに喜んでいた。
 別に男性である衛二相手に女性らしさなど皆目求めていないし、そもそも生智自身も料理を作ったことが家庭科の授業以外ないので気にならない。とはいえ、口にしたように一人暮らしをしていてあまり料理をしないというのはどうなのかとは思う。

「たまたまおろそかになるもんか? 食わなきゃ生きていけねーだろ」
「世の中には惣菜コーナーとか弁当屋とか、そういった便利なものがあってだな……」

 淡々と言いながらも少し目を逸らしている衛二に、生智は思わず笑った。

「んだよ先生、かわいいとこ見せてくんなって」
「は?」

 学校での衛二は真面目でクールそうで、何でもそつなくこなすようにしか見えない。そんな衛二の弱点とは言わないまでも不得意なことやそれに対してのどこか自信なさげな言い分や態度が見られて、生智はまた嬉しく思う。

「でも栄養とか偏んじゃねーの? ウチのおかんうるせーよ、そーゆーの。頭金髪にしてでも食うもんはちゃんと食えって言うタイプだから」
「ほお。一部納得しがたいところもあるが、なかなかいいお母さんだな」
「まぁな。うるせーけど」
「だからお前は飲み物ですら好き嫌いがないのかな。いいことじゃないか」
「うん、……つか、さもいい話だったって感じで先生みたいに話締めよーとしてくんなよ。そいや先生は好き嫌いあんの?」
「甘いものは酒でも苦手だな。あとこってりしたものもあまり」
「じじくせぇな」
「煩い」
「でも甘いもの苦手ってんならバレンタインの時ってどーしてんの。先生、ムカつくけどモテそうだろ。女子とかってそーゆーイベント好きだし」
「先生はそういうものは一切受け取りませんっていつも言っている」

 ふと生智は前に衛二が懐いてくる女子たちに素っ気なく「帰りなさい」と言っていても、むしろその女子たちは喜んでいたことを思い出す。

「は。イケメンは得だよな」
「……いや、お前こそイケメンだと周りからモテているんじゃないのか」

 女子に囲まれている衛二を想像しながら勝手にムッとして言えば、怪訝な顔で言い返された。その様子は当てこすりでも何でもなく、本当に怪訝そうにしか見えない。

「え、待って。それって先生、マジに俺のことイケメンって思ってんの? え、もしかして俺、期間限定恋人勝負に勝ったっ?」
「一般論を言っただけだ。っていうか勝負ってなんだ」

 呆れたように言い返されたが、一般論だろうが嬉しい。

「んじゃまあとりあえずさー、ピザ取らねえ? 俺も料理とかできないし。ピザもそんなこってりしてないのもあるよ」

 衛二の家で、特になにをするという訳でもないが生智にとってはもの凄く有意義な時間を過ごせた。

「そろそろ帰りなさい」

 だが衛二がふと時計を見ながらそんなことを言ってきて、気持ちが少し落ち込む。今日は設けられた期間の最終日だ。最後の最後まで、衛二は生智を子ども扱い、生徒扱いをしてくる。

「なあ、俺と先生はまだ今恋人の筈だろ。だったら泊めてよ。期限最後の日だろ。お願い。もっと一緒にいたい」
「正条……」

 衛二は本当に困っているといった表情で生智を見てくる。困らせてごめんとは思うが、今日だけは素直に言うことを聞くつもりはなかった。

「家の人も心配するだろう」
「しないって。俺、友だちの家とかいきなり泊まったりとか普通にするし。あ、もちろんちゃんと連絡してんぞ。先生は俺んことヤンキーとか言うけどな、もし俺がヤンキーならめっちゃいいヤンキーだからな」
「へえ。まあちゃんと連絡するのはいいことだな」
「だろ? だから泊めて」
「……わかった」
「はぁーやっぱダメ……え? あれ? え? 今、わかったって言ったっ?」

 駄目だと言われると思い込んでいたからだろうか。返ってきた言葉が浸透するのに時間がかかった。

「いいのっ?」
「何だ。お前が言いだしたのに。冗談だったのか?」
「んな訳ねー! ぅお、マジかよ……」
「ちゃんと親に連絡するならな」

 感動に浸ろうとしたら衛二が呆れたように淡々と言ってくる。そこに何というか、恋人としての初めてのお泊り的な照れや喜び的なものを感じられず、生智は少々微妙になる。

 ……先生、もしかしてただ単に生徒の一人をたまたま泊める的な感覚なんじゃないだろうな……。

「ほら」
「わかってるって。えっと……、……あ、おかん? 俺。え、うるせーな、知るかよ。つか俺今日泊まってくから。わーってるって! ちゃんと飯食うって! 菓子でごまかしたりしねーって! あーもうるせーんだよクソババァ……え、あー嘘です。ごめんおかん。だから一週間肉なしはやめて。……ぉう。んじゃ、そーゆーことだから」

 鬱陶しいとばかりに思い切りため息を吐きながら電話を切ると、衛二がポカンとしたような顔で生智を見ている。

「え、何、先生どしたんだよ」
「いや、今電話したのって、お母さんの振りした友だちなのかと思いそうになってたとこだ」
「は? ちげーよ。ちゃんとおかんっつっただろ」
「母親に対してなんて態度だ。やっぱりお前はヤンキーでいいよ」
「何でだよ……!」

 夕飯は二人で出かけて近所にあるというスーパーへ向かった。そこで素材を買う、のではなく惣菜を買っていく。

「何つーか新婚ぽいのにすげーダレてる感半端ねえ」
「ここの惣菜は馬鹿にできないぞ。中々美味いからな」
「先生、ほんと大人として何か、何かだから料理覚えなよ」
「いつかな」

 あ、これ覚えないやつだ、と生智は内心苦笑する。もしこのまま付き合っていけるなら勉強を頑張るついでに料理を覚えようか、と生智はそっと思った。
 だが、全て上手くいくような気がしていたのは気のせいだった。
 夜、眠る時に一緒に寝たいと言えば「お前が何もしないなら構わない」と言われる。

「……性少年には蛇の生殺しだろそれ」
「だったら用意した布団で寝ろ」
「用意してくれたの別の部屋だろ! どっちみちなにもしない方向じゃねーの! クソ。だったらしないから一緒に寝る、けどキスはしたい。キスだけならいい?」

 思い切りにじり寄ってじっと見ながら生智が聞くと、衛二は困ったように顔を逸らしながらため息を吐いてきた。

「キスくらいならな……」

 その言葉を聞いた途端、生智は衛二を抱きしめた。そして思い切り唇を重ねる。いつもなら何度繰り返しても啄む程度だったが、二人きりなのをいいことにそのまま衛二の口内にぬるりと舌を這わせていった。

「……ん」

 合間に衛二からため息にも似た声が漏れ聞こえ、生智はますます夢中になって口内を堪能する。至るところを舌でなぞり、舐めあげる。衛二の舌をもなぞるように這わせ、逃れようとすれば絡め取った。

「せ、んせ……」

 好きで堪らなくて、どうしたらいいのかわからない。このままだと止められそうになかった。

「おい、これ、以上は……、っちょ、……っや、めろ……やめろ……!」

 だが衛二はキスの合間にそう言って、挙げ句生智を引き剥がしてきた。
 ああ……、と生智は泣きたいような気持ちになる。

「期限……内に俺は……先生好きにさせられなかった、ってこと……? 全部、無駄だった……?」
「それは……合ってるし、違う……」

 衛二の言葉に、俯き加減だった生智は怪訝な顔で衛二を見た。
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