ラインの向こう側

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14話

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 本当はそのまま流されそうだった。というか流されたかった。年下とか男とか、何も関係ない、何も気にしないまま流されたかった。
 だが、そういう訳にはいかない。
 衛二はキスに溺れそうな自分に活を入れ、生智を引き離す。
 生智はもの凄く悲しげな顔で見てきた。いつも一見どこか冷めた風なのに、その実明るくて。偉そうかと思いきや、配慮もできる。そして好きだと言いながらも生意気な態度や言葉ばかりなのに嬉しそうに衛二を見てくる。
 そんな生智の悲しげな顔は見たくなかった。そうさせているのは自分だとわかっているが、こればかりは譲れない。

「期限……内に俺は……先生好きにさせられなかった、ってこと……全部、無駄だった……?」

 生智が呟くように言ってきた言葉にはだが衛二は首を振った。いい加減でどうしようもない生徒だとばかり思っていたが違った。衛二に対してとても真摯な気持ちをぶつけてきてくれた生智に嘘は吐きたくなかった。

「それは……合ってるし、違う……」

 怪訝そうな顔で衛二を見てきた生智を、衛二も見返した。

「一か月の期限を決めた恋人関係、無駄なんかじゃなかった。俺も予想外に楽しかった」
「……でも結局好きにはなってくれなかっただろ。……ごめん。それも仕方ねーよな……別に先生責めるつもりはねーし、マジ無駄だったって思ってる訳でもねーよ……俺にとっては最高の日々だったし」

 また俯き気味になりながら生智が元気なく言う。

「あの、な。違う。……俺も……正条、お前の、……クソ。お前凄いな、こんな言いにくいことよく普段からスラスラ言う。心臓と神経どうなってんだ」
「は? 意味わかんねえんだけど、俺、突然ディスられてんのか」
「違う。ある意味褒めてる」

 生智がまた怪訝そうに顔を上げて衛二を見てきた。まだ俯いてくれたままのほうがマシだったと密かに思いつつ、衛二は思い切って告げる。

「俺はな、お前のこと、好きだよ」
「……ぁあ、生徒として?」

 ポカンとした後に理解したとばかりに生智は少し怒ったような、だが悲しそうな顔をしてきた。

「……俺、さっきから何度『違う』って言ってるのかわからないな。俺の言い方が悪いのもあるけど、お前がちゃんと話聞くまで待たずに進めてくるのも困ったものだよな」
「何だよそれ」
「好きだって、言ってる」
「だからそれ……って……、え、あ? え、ちょ」

 何度も何だよといった顔をしていた生智が不意にまたポカンとした顔になると、じわじわと赤くなっていく。衛二は慌てて続けた。

「お前はほんと最後まで話聞かないな。俺はあまり早口で話すほうじゃないんだから、もうちょっと間を取ってくれ。好きだ。好きにさせられた。だけど駄目だ。恋人にはなれない」

 赤くなっていった生智がまた唖然としてくる。

「え? は? っ好き、っつったのにっ? 好きなのになんで駄目なんだよ……! 一か月の期限内に先生、俺のこと好きになってくれたんだろ? なのに……」
「ごめん。その、言い訳みたいだけど俺も……悩んだ。好きだって伝えて、正条のこと受け入れたら、俺らはちゃんとした恋人同士になれる」
「そ、そうだよ!」
「でもやっぱり俺は先生でお前は生徒なんだ……」

 意気込むかのように言い返していた生智がハッと息を飲みこんできた。

「俺はそしてあくまでも教育者なんだ。持ちかけておいて本当にごめん……正直、正条を好きになる予定じゃなかった」
「……ふ、は。先生、正直すぎかよ」
「ごめんな……」

 少しの間、お互い沈黙していた。まだ本当は言いたいことがある。だが中々言えずにいる。
 気まぐれで好きになった訳ではない。そもそも男に元々興味がない。だから生智が卒業するまで待ってもらえないだろうかと言いたかった。
 待って欲しい。けれども生智からしたら身勝手な話に聞こえるかもしれない。それに生智は若い。多感な学生なのだから、気持ちだって変わる可能性も高いだろう。そんな生智に待って欲しいと願うのは、聞こえるどころかやはり実際、身勝手だろうと衛二は思った。
 黙ったままでいると、だが生智が衛二をそっと抱きしめてきた。年下とはいえ身長はあまり変わらない上に今では衛二の好きな相手でもあるため、たったこれだけのことでもドキリとする。普段は焦っていてもなんとか平常心を保っていたが、今はそんな余裕もない。

「せ、正条」
「待って。このまま聞いてくれよ」

 引き離そうとすると生智が抱きしめたまま囁いてきた。

「先生の気持ちわかった。好きになってくれてありがと。やっぱ俺、生徒だもんな。一応さ、無茶ばっか言ったかもだけど、俺もわかってる」

 生智は一旦深く息を吸ってから吐き出してきた。

「だからいいよ。俺は先生が好きだから、待つ」
「……え?」
「俺が卒業するまで。なあ、先生。それまでちゃんと俺のこと、好きでいてよ」

 心臓が、いやもう心肺機能が異常なほど活発に動いているのがわかる。

「正条、は学生だから……お前の気持ちが変わる可能性のほうが高い、よ」
「は? またそんなこと言う。ざっけんな。俺、本気で好きだっつってんだろ。んな簡単に他に好きなヤツできてたまるかよ。絶対にない。卒業まであと一年もねーんだからな。んなの余裕。待つ。だから先生も好きのままでいて」
「……卒業するまでは一線を越えること、できないんだぞ」
「わーってるよ。今だって俺、どんだけ必死に堪えてると思ってんだよ」

 衛二にしがみつくかのように抱きしめ、顔を埋めているせいだろう、くぐもった声が聞こえてくる。

「うん……そうだな」

 今まで抱きしめられるがままだった衛二はここでようやく腕を上げ、そっと抱きしめ返した。

「あー、俺、死ぬ」
「何だそれは……」
「嬉しいのとしんどいのとで。あーもう……」
「だったらお前用に用意した布団で寝てこい」
「先生、やっぱちょっと意地悪だよな。んなの嫌に決まってんだろ。このまま一緒に寝てよ……」

 結局、二人は同じところで眠った。とりとめのないことを話しながら、生智は「せめて背中とかだけでも触らせて」とよくわからないことを言ってきたので頷く。すると服の中に手を入れ直接触れてくる。

「お前な……」
「だって直接触りてーだろ! あーでもヤバイ。これさらに限界挑戦のやつだ」
「正条は頭、悪くないのに悪いな」

 言いながら少し笑う。そして「何だよ」とムッとしている生智の頭を抱えるようにして引き寄せ、髪を撫でた。

「俺もじゃあ、触れさせてもらうな」
「……っ、な、ぁ。これなんの我慢大会なんだよ……」
「じゃあ離れろよ」
「嫌に決まってんだろ」
「ふふ……。……正条」
「……何」
「好きになってくれてありがとうな。あと俺の気持ち、優先してくれてありがとう……」

 頭を抱えるようにして抱き寄せたまま衛二が言うと、少し間があってから「うん」と呟く声が聞こえてきた。

「ごめんな。そんで、明日から卒業するまでは、ただの先生と生徒でいさせてくれ」
「うん」

 抱き合ったまま二人は眠りに陥った。衛二も気持ちが昂って中々眠れそうにないと思っていたが、いつの間にか夢も覚えていない程ぐっすりと眠っていた。
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