ラインの向こう側

Guidepost

文字の大きさ
17 / 20

17話

しおりを挟む
 携帯でのやりとりをしてもいいと言われ、生智はひたすらポカンとしていた。今、自分がこの目の前の人を犯していたのは幻だったのかとさえ一瞬思いそうになる。

「な、んで」
「正条。俺もな、お前のこと、本当に好きだ。だからお前がずっと好きでいてくれるかどうか不安にもなる」
「せ、んせいが……?」

 生智は相変わらずポカンとした顔で衛二をマジマジと見た。あれ程なんでもないように見えていたのに、と思う。

「うん。でも出せないし、それこそ俺は先生だからな。隠してる」
「……」
「悪い、正条。無視をしたい訳でもなかったことにしたい訳でもないんだ。前にお前が言ったように、俺は臆病なだけだよ」

 優しい声で言われ、生智は情けないことに泣きそうになった。先ほど自分がしでかしたことで既に相当感情は安定していなかった。
 それを堪えようとしていると、衛二が軽くそっとではあるが掠めるだけのキスをしてきた。衛二からされたことがなかったのもあり、とたんに生智は頭が真っ白になる。

「ごめんな。俺、臆病で。でもお前にとっても三年のこの時期は大事な時期だから……間違いのないよう過ごして欲しい。衝動でお前の何もかもを台無しにするようなことはしないで欲しい」
「……既に、俺、衝動でやらかした……」
「ああ。でもすぐに反省したんだろ。もう、二度とこういうこと、するな」
「うん……」
「今回だけは大目にみてやる。だから正条、お前も俺のこと、大目に見てくれ」
「え?」

 何を大目に見るのだ、と徐々に俯き加減になっていた生智はまたポカンと衛二を見た。

「大人として、先生として至らない俺を、だな。大人ぶってるけどな、俺も色々駄目なとこあるから。……これからも正条とはただの教師と生徒という関係を続けるし、それを意識するあまり、素っ気なくなるかもしれない」
「う、ん」

 こんなに大人にしか見えない衛二が? と思いつつも生智はコクリと頷いた。

「わかった。……素っ気なくても、先生は俺のこと、好き、でいいんだよな」
「ああ。……好きだよ」

 先ほどは諫めるためか真剣な様子で「本当に好きだ」と言ったくせに、改めて言った今はどこか言いにくそうに顔をそむける衛二に、生智はようやくホッとして笑顔を向けた。それを見た衛二も静かに微笑んでくる。

「本当に、ごめん先生……」

 改めて体を起こし合い、立ち上がると衛二が顔を恐らく痛みであろう、少し歪めてきた。またシュンとして生智が謝ると頭をくしゃりとつかまれる。

「ったく。無茶しやがって。覚えてろよ。お前だけ嫌って程課題出してやるからな」
「マジで。職権乱用だろ」

 衛二が軽く返してくれたことに嬉しく思い、生智もまだ申し訳なさを心に残しつつもようやくいつもの調子に戻った。

「先生だからな」
「んだよそれ」
「にしても」

 生智がカバンを手にとると、それを見ていた衛二が怪訝な顔をしてくる。

「何」
「……お前、ハンドクリーム使っただろ」
「え、あ、えっ、だ、だってその、ちゃ、ちゃんとしたローションとか持ち歩く訳ねーし、その」
「いや、咎めてるんじゃなくてな」

 動揺した生智に衛二は首を振ってきた。

「ハンドクリームなんて何で持ってるんだ?」
「え? 手に塗るためだろ?」

 何でそんな当たり前のことを聞くのかと生智が今度は怪訝な顔で衛二を見る。

「そうじゃなくて、そういうの、男子が使うものなのか」
「むしろ先生使わねーの? ガサガサの手とかヤだろ」
「何か地味にジェネレーションギャップ感じる」
「は? つか先生がそーゆの気にしなさ過ぎなだけだろ。……にしては手、綺麗よな」

 生智が衛二の手を取ってしげしげと見るも、実際衛二の手はつやつやとしている。ついでに筋ばってはいるものの指が長くて生智の目には手や指すらとても色っぽく見えた。

「どさくさに紛れて人の手握ったり撫でてくんな。まぁ、俺は家事、あまりしないからな……」
「あー。そいや一人暮らしの癖に料理しねーもんな」

 あはは、と生智が笑うと衛二もまた微笑んでくる。

「で、正条。アドレスとか、どうする?」
「あー……」

 教えて欲しい、と思った。だが連絡がすぐに取れる状態だと、自分は絶対に調子に乗るだろう。

「……いや、やっぱいーや」
「いいのか? 本当に?」
「うん。正直いつでも連絡取りたいけどさ、それじゃダメだもんな。大丈夫。俺、今度こそ大丈夫。俺、やっぱ子どもだった、けどがんばるから……」
「正条……」
「そんでさ、卒業したらすぐにでも先生守れるくらいの大人になってたい。あ、突っ込むなよ! 甘いのわかった上で言ったから!」

 ハッとなり、少し顔が熱くなるのを感じつつ生智が慌てて言うと、ふに、っと優しく頬をつままれる。

「ああ。大人になる正条を楽しみにしてる」

 ……どうしよう、本当に俺、先生が好きだ。

 改めて気持ちが溢れた。

 でも、だからこそ、今度こそ、大切にしねーとな……。

 結局、衛二は生智のしでかしたことを本当に許してくれた。ある意味なかったことにしてきた勢いで。
 だがもう、生智は悩まない。
 卒業まで数か月。生智は気合いを入れた。三年になった当初では考えられなかったレベルの大学への合格判定はそれでもずっとC判定だったが、その後とうとうBになった。その時は衛二も副担任として、とても喜んでくれた。
 冬休みはさすがに辛かった。学校があればせめて衛二に会うことはできるのに、長期休暇だとそれすらもできない。
 思わず連絡先を聞いておけばよかったと思ってしまい、意思の弱い自分に生智は苦笑した。
 前はひたすら遊んでいた生智がまるで禁欲生活に入ったかのような様子になり、将や他の友だちは「多分未知の物体がいっちゃんに乗り移った」などと言い合っていた。
 その後、衛二に酷いことをしてしまった日から生智は一度たりとも衛二に触れないまま、気づけば卒業式を明日に控えていた。大学の合否は卒業式の後になるが、受かっている自信はある。

「先生……明日は覚悟しろよ」

 生智は噛みしめるように呟き、顔を綻ばせた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

タトゥーの甘い檻

マリ・シンジュ
BL
執着系わんこ攻(大学生)× 高潔な美形教授受(30代) どのお話も単体でお楽しみいただけます。 ​「先生、ここ……僕の瞳を入れるから。ずっと、僕だけを見てて」 ​真面目な大学教授・新城が、大学生の・羽生にだけ許した、あまりにも淫らな「わがまま」。 ​それは、誰にも見えない内腿の奥深くに、消えないタトゥーを刻むこと。 「下書き」と称して肌を赤く染めるペン先の冷たさ。 アトリエの無機質なライトの下、四つん這いで晒される大人の矜持。 ​ずっと年下の青年の、必死で、残酷で、純粋な独占欲。 愚かだと知りながら、新城はその熱に絆され、ゆっくりと「聖域」を明け渡していく――。 ​「……お前のわがままには、最後まで付き合う」 ​針が通るその時、二人の関係は一生消えない「共犯」へと変わる。 執着攻め×年上受け、密やかに刻まれる秘め事のお話。

身代わり召喚された俺は四人の支配者に溺愛される〜囲い込まれて逃げられません〜

たら昆布
BL
間違って異世界召喚された青年が4人の男に愛される話

【完結】※セーブポイントに入って一汁三菜の夕飯を頂いた勇者くんは体力が全回復します。

きのこいもむし
BL
ある日突然セーブポイントになってしまった自宅のクローゼットからダンジョン攻略中の勇者くんが出てきたので、一汁三菜の夕飯を作って一緒に食べようねみたいなお料理BLです。 自炊に目覚めた独身フリーターのアラサー男子(27)が、セーブポイントの中に入ると体力が全回復するタイプの勇者くん(19)を餌付けしてそれを肴に旨い酒を飲むだけの逆異世界転移もの。 食いしん坊わんこのローグライク系勇者×料理好きのセーブポイント系平凡受けの超ほんわかした感じの話です。

人族は一人で生きられないらしい――獣人公爵に拾われ、溺愛されて家族になりました

よっちゃん
BL
人族がほとんど存在しない世界に、 前世の記憶を持ったまま転生した少年・レオン。 獣人が支配する貴族社会。 魔力こそが価値とされ、 「弱い人族」は守られるべき存在として扱われる世界で、 レオンは常識の違いに戸惑いながらも必死に生きようとする。 そんな彼を拾ったのは、 辺境を治める獣人公爵アルト。 寡黙で冷静、しかし一度守ると決めたものは決して手放さない男だった。 溺愛され、守られ、育てられる日々。 だが、レオンはただ守られるだけの存在で終わることを選ばない。 学院での出会い。 貴族社会に潜む差別と陰謀。 そして「番」という、深く重い絆。 レオンは学び、考え、 自分にしかできない魔法理論を武器に、 少しずつ“並び立つ覚悟”を身につけていく。 獣人と人族。 価値観も、立場も、すべてが違う二人が、 それでも選び合い、家族になるまでの物語。 溺愛×成長×異世界BL。 読後に残るのは、 「ここに居場所があっていい」と思える、あたたかな幸福。

経理部の美人チーフは、イケメン新人営業に口説かれています――「凛さん、俺だけに甘くないですか?」年下の猛攻にツンデレ先輩が陥落寸前!

中岡 始
BL
社内一の“整いすぎた男”、阿波座凛(あわざりん)は経理部のチーフ。 無表情・無駄のない所作・隙のない資料―― 完璧主義で知られる凛に、誰もが一歩距離を置いている。 けれど、新卒営業の谷町光だけは違った。 イケメン・人懐こい・書類はギリギリ不備、でも笑顔は無敵。 毎日のように経費精算の修正を理由に現れる彼は、 凛にだけ距離感がおかしい――そしてやたら甘い。 「また会えて嬉しいです。…書類ミスった甲斐ありました」 戸惑う凛をよそに、光の“攻略”は着実に進行中。 けれど凛は、自分だけに見せる光の視線に、 どこか“計算”を感じ始めていて……? 狙って懐くイケメン新人営業×こじらせツンデレ美人経理チーフ 業務上のやりとりから始まる、じわじわ甘くてときどき切ない“再計算不能”なオフィスラブ!

捨てられた生贄オメガ、魔王城で極上の『巣作り』始めます!~不眠症の魔王様、私のクッションで爆睡して溺愛モードに突入~

水凪しおん
BL
「役立たずのオメガ」として冷遇され、血も涙もない魔王への生贄として捨てられたリノ。 死を覚悟して連れてこられた魔王城は、寒くて硬くて、居住性最悪のブラック環境だった!? 「こんなところで寝られるか!」 極限状態で発動したオメガ特有の『巣作り本能』と、神業レベルの裁縫スキルが火を噴く! ゴミ同然の布切れをフカフカのクッションに、冷たい石床を極上のラグマットにリフォーム。 すると、不眠症で常にイライラしていた魔王ザルドリスが、リノの作った「巣」のあまりの快適さに陥落してしまい……? 「……貴様、私を堕落させる気か」 (※いいえ、ただ快適に寝たいだけです) 殺されるどころか、魔王様に気に入られ、気付けば城中がリノの虜に。 捨てられた生贄オメガが、裁縫一つで魔王城を「世界一のマイホーム」に変える、ほのぼの逆転溺愛ファンタジー!

上司、快楽に沈むまで

赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。 冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。 だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。 入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。 真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。 ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、 篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」 疲労で僅かに緩んだ榊の表情。 その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。 「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」 指先が榊のネクタイを掴む。 引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。 拒むことも、許すこともできないまま、 彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。 言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。 だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。 そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。 「俺、前から思ってたんです。  あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」 支配する側だったはずの男が、 支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。 上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。 秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。 快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。 ――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。

【完結】抱っこからはじまる恋

  *  ゆるゆ
BL
満員電車で、立ったまま寄りかかるように寝てしまった高校生の愛希を抱っこしてくれたのは、かっこいい社会人の真紀でした。接点なんて、まるでないふたりの、抱っこからはじまる、しあわせな恋のお話です。 ふたりの動画をつくりました! インスタ @yuruyu0 絵もあがります。 YouTube @BL小説動画 アカウントがなくても、どなたでもご覧になれます。 プロフのwebサイトから飛べるので、もしよかったら! 完結しました! おまけのお話を時々更新しています。 BLoveさまのコンテストに応募しているお話を倍以上の字数増量でお送りする、アルファポリスさま限定版です! 名前が  *   ゆるゆ  になりましたー! 中身はいっしょなので(笑)これからもどうぞよろしくお願い致しますー!

処理中です...