ラインの向こう側

Guidepost

文字の大きさ
16 / 20

16話 ※

しおりを挟む
 気持ちをぶつけられ、軽率にも自分も好きになった。ただやはりどうしても教師と生徒という立場は男同士という以上に衛二の中で立ちはだかった。
 結局付き合えないと告げた。生智も受け入れてくれた。
 自分で言ったくせに、しかしいざ元の状態に戻ると生智が過ごす学生生活を見るのは思ってた以上に複雑だった。
 もちろん、楽しそうに過ごしているのは衛二としても教師としても嬉しい。ただ、あの中に自分がもしいれば、ただただ異質な存在なのだと実感する。そして生智が他の生徒と無邪気にふざけているのを見かけたりするとどこかイライラとする気持ちもあった。

 ……これは嫉妬だろうか。情けないな、俺は。

 どうしていいかわからない感情を持て余し、衛二はそれが表に漏れないよう、ことさら気をつけた。

「おい、英賀谷先生。またなんか悩んでんのか?」

 だが基一にはバレる。

「別に悩んで……」
「まあ、そういう時は美味いもん食って、飲んで、だって。今日予定ある? ねーだろ? 飲みに行くぜ」
「……俺はいいけど……そんなに俺とばかり行って、奥さん怒らないのか?」
「むしろ何で怒んだよ。お前に嫉妬でもすんのか」

 嫉妬。

 またふと生智のことを思い出し、衛二は苦笑した。

「そんな訳あるか。でも奥さんとの時間を俺が奪う形にはなるだろ」
「んなので怒るようなむしろかわいい嫁じゃねーよアイツ……まあ遊んでばっかだと怖えけどな、鬼嫁だから」

 気楽に笑う基一に、衛二は気持ちが少し軽くなった。そのせいもあるのだろうか。いつもの居酒屋で、酒に強くないのであまり飲まないようにしていた衛二は気づけば度を超していた。もちろん他の人にすれば大した量ではないのだろうが、衛二としては飲み過ぎだった。無性に飲みたい気分だったのもあり、むしろ基一に「おい、お前飲み過ぎじゃねえの」と止められる。

「そんなこと、ない」
「あるっちゅーの。大丈夫なのか、英賀谷」
「まぁ、うん……。俺がちょっと、情けなくて馬鹿なだけだ……」
「んだよそれ。お前が馬鹿だったら俺どーなんの」
「森永は……俺からしたら普段どうかと思いつつも、賢いと、思うよ……」

 ぼんやりとして息苦しいため、ため息を吐きながら言うと基一もため息を吐いてきた。

「やっぱ今日のお前は変。とりあえず送ってくから帰ろうぜ」
「……すまないな」
「気にすんな。その代わり今度俺が奥さんによって命の危機にさらされることあったら助けてくれ」
「……」

 翌日、起きた時は死にそうだったが、最近抱えていたモヤモヤとした気持ちに行くまでの余裕すらない分、よかったのかもしれない。

 いや、やはりよくないな、軽く死ぬ。

 這うようにして起き上がり、腹に何も入れる余裕もなく、薬だけ飲んだ。
 気力と意地だけで午前中は乗り切った。昼になってマシになってきた。食欲も一応普通に近いところまで戻ってきた。放課後にはようやく何とかいつもの体調に近いところまできた。
 廊下を歩いていると基一に捕まる。いつものように気安く首に腕を絡めてくるが、昨日迷惑をかけてしまったのもあり、むしろ礼を述べた。
 基一が立ち去った後、今日は仕事を切り上げてなるべく早く帰るかと思っていると腕を引かれた。驚いて見れば生智がいる。しかもどこか怒っているような様子で無言のまま衛二の腕をつかみ歩き出す。
 いくら驚いていてもいつもならすぐに体勢や態勢を整え、腕を振り払うなり注意するなりしていただろう。だが体調が万全でないのもあり、つい気づけば空き教室に連れ込まれていた。
 廊下で何やら話し込む訳にもいかないため、こういう場所に連れてこられること自体には特に文句はなかったが、そもそも卒業まではただの先生と生徒でとお願いしたはずだっただけに衛二は訝しげに生智を見た。

「正条、何のつもりだ」
「森永と何の話してたんだよ……」
「え?」
「さっき……」

 先ほどのやりとりを見られていたのだとようやく衛二は気づいた。説明するにも原因が原因だけに言いにくい。それでつい言葉を濁すと、生智に押し倒された。
 一体何を、とそれでもまだ思っていたが、いくらなんでもキスをされれば気づいた。止めろと言っても聞かない生智は、どう見てもいつもの生智ではない。
 ネクタイで縛られた手を固定された。それでも驚いて生智を見れば顔を逸らしてくるため、説得すればどうにかなるだろうかと思った。考えが甘かった。
 生智は話を聞こうともせず、無理やり衛二を犯してきた。どこでやり方を知ったのか知らないが、生智は一応慣らしてはきた。だが衛二も男とは、ましてや受け入れる側など初めてなのだ。当然、激痛が走った。
 だが大声など上げられない。かといって手は縛られたままなので口を塞ぐこともできない。しかも手は机の脚に繋がれていて、変に動けば大きな音が鳴る。
 痛みに少し意識が飛びそうになりつつも、必死になって声や動作を抑えた。そして生智を見れば、犯しているのは生智だというのに今にも泣きそうな顔をしていた。
 途端、衛二は抵抗する気すらなくなった。生智を子ども扱いしておきながら、ちっとも優しい配慮などできていなかった。自分の感覚や気持ちを押しつけていただけだったと気づく。
 凄く好きだと生智は言ってくれた。衛二も好きだ。だが大人の事情を押しつけた。大人なら当然当たり前だと思うようなことを生智にも押しつけた。
 以前生智と話していた会話を思い出す。

「なんでだよ。大体好きな気持ちは大人も子どもも変わらないだろ」
「変わるよ」
「は?」
「変わる。違うんだ。残念ながらね」

 大人になればなるほどただ好きというだけで無責任な言動を取ることができなくなる。その反面、まだ未成年の生智は本当なら「好き」という感情だけで動きたいだろう。
 偉そうに「変わる」と言っておきながら、その変わる前であろう生智への配慮などできていなかった自分を実感する。
 わかっているはずの自分ですら、不安になり複雑で落ち着かなかった。生智はどれほど落ち着かなかっただろう。だというのに自分はそんな配慮すらできずに自分のことしか考えてなかった、と思った。

「ぅ、う」

 小さな唸り声が聞こえてきた。生智の動きが止まる。
 恐らく達したのであろうと衛二が思っていると生智が一瞬唖然とした表情をした後に慌てたように衛二の中から自身を引き抜いた。その衝撃につい油断していた衛二は「ふ、ぐ」と小さく声を漏らす。

「っご、ごめ、ごめ、なさ……」

 どうやら怒りや様々な感情に身を任せていた様子の生智が少し冷静になったらしいと衛二はゆっくり体を起こそうとした。だがまだ手を繋がれていることを思い出す。

「……正条、とりあえず俺の手、外してくれ……」

 妙に声を殺していたせいか、囁くような声しか出なかったが告げると、生智が急いで外してくる。いつもの澄ましたような生智の綺麗な顔が蒼白になっていた。
 外して貰うと、とりあえず起き上がりながら少し強張ったようになっている腕を衛二はゆっくりと動かす。そして複雑な気持ちになりながら乱された服装を整えていく。体のあちらこちらが悲鳴を上げていた。
 幸いというのだろうか、痛みのせいで自分のものは勃起するどころかずっと萎えたままだったし、尻はコンドームのおかげで後始末をしなければならないほどではない上に使われたクリーム程度では下着をつけられない状態ではなかった。

「俺……、先生……ごめ……」
「正条、とりあえずちゃんと服、着ろ。間抜けなことになってるぞ……。あと今にもゴム、落ちそうになってる。落ちたら災難だろ。先にそれをどうにかしろ」

 言われてようやく思い出したのか、生智は慌ててごそごそと処理をし出した。
 改めて向かい合うと、生智はまだ蒼白で今にも泣きそうな顔をしている。

「ごめん、先生……」
「正条、その謝罪は受け取る。確かに何があっても暴力は許し難いものだしお前はしてはいけないことをした」
「は、い……」
「でもな、俺はお前を嫌いにはならないしなれない。むしろ俺も悪かったって思ってる。大人の振りして、なんの配慮もできていなかった」

 衛二が続けると、生智はポカンとした顔で衛二を見てきた。
 だいたい、しようと思えばきっと多分、もっと本気で抵抗できただろうし、こんなことになる前にどうにかできたかもしれない。
 自分の中で生智が自分に触れることを受け入れたがっていた自分もいるのかもしれない。それが油断となった気もする。とはいえそれはさすがに教師という立場からは言えない。

「……たまに……本当にたまになら、携帯でのやりとり、してもいいかもしれないって思う」
「えっ」
「でも先生と生徒という関係でだけどな」

 衛二が少し笑いかけると、ようやく生智の白い顔色が少し普通になってきた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

タトゥーの甘い檻

マリ・シンジュ
BL
執着系わんこ攻(大学生)× 高潔な美形教授受(30代) どのお話も単体でお楽しみいただけます。 ​「先生、ここ……僕の瞳を入れるから。ずっと、僕だけを見てて」 ​真面目な大学教授・新城が、大学生の・羽生にだけ許した、あまりにも淫らな「わがまま」。 ​それは、誰にも見えない内腿の奥深くに、消えないタトゥーを刻むこと。 「下書き」と称して肌を赤く染めるペン先の冷たさ。 アトリエの無機質なライトの下、四つん這いで晒される大人の矜持。 ​ずっと年下の青年の、必死で、残酷で、純粋な独占欲。 愚かだと知りながら、新城はその熱に絆され、ゆっくりと「聖域」を明け渡していく――。 ​「……お前のわがままには、最後まで付き合う」 ​針が通るその時、二人の関係は一生消えない「共犯」へと変わる。 執着攻め×年上受け、密やかに刻まれる秘め事のお話。

身代わり召喚された俺は四人の支配者に溺愛される〜囲い込まれて逃げられません〜

たら昆布
BL
間違って異世界召喚された青年が4人の男に愛される話

【完結】※セーブポイントに入って一汁三菜の夕飯を頂いた勇者くんは体力が全回復します。

きのこいもむし
BL
ある日突然セーブポイントになってしまった自宅のクローゼットからダンジョン攻略中の勇者くんが出てきたので、一汁三菜の夕飯を作って一緒に食べようねみたいなお料理BLです。 自炊に目覚めた独身フリーターのアラサー男子(27)が、セーブポイントの中に入ると体力が全回復するタイプの勇者くん(19)を餌付けしてそれを肴に旨い酒を飲むだけの逆異世界転移もの。 食いしん坊わんこのローグライク系勇者×料理好きのセーブポイント系平凡受けの超ほんわかした感じの話です。

人族は一人で生きられないらしい――獣人公爵に拾われ、溺愛されて家族になりました

よっちゃん
BL
人族がほとんど存在しない世界に、 前世の記憶を持ったまま転生した少年・レオン。 獣人が支配する貴族社会。 魔力こそが価値とされ、 「弱い人族」は守られるべき存在として扱われる世界で、 レオンは常識の違いに戸惑いながらも必死に生きようとする。 そんな彼を拾ったのは、 辺境を治める獣人公爵アルト。 寡黙で冷静、しかし一度守ると決めたものは決して手放さない男だった。 溺愛され、守られ、育てられる日々。 だが、レオンはただ守られるだけの存在で終わることを選ばない。 学院での出会い。 貴族社会に潜む差別と陰謀。 そして「番」という、深く重い絆。 レオンは学び、考え、 自分にしかできない魔法理論を武器に、 少しずつ“並び立つ覚悟”を身につけていく。 獣人と人族。 価値観も、立場も、すべてが違う二人が、 それでも選び合い、家族になるまでの物語。 溺愛×成長×異世界BL。 読後に残るのは、 「ここに居場所があっていい」と思える、あたたかな幸福。

経理部の美人チーフは、イケメン新人営業に口説かれています――「凛さん、俺だけに甘くないですか?」年下の猛攻にツンデレ先輩が陥落寸前!

中岡 始
BL
社内一の“整いすぎた男”、阿波座凛(あわざりん)は経理部のチーフ。 無表情・無駄のない所作・隙のない資料―― 完璧主義で知られる凛に、誰もが一歩距離を置いている。 けれど、新卒営業の谷町光だけは違った。 イケメン・人懐こい・書類はギリギリ不備、でも笑顔は無敵。 毎日のように経費精算の修正を理由に現れる彼は、 凛にだけ距離感がおかしい――そしてやたら甘い。 「また会えて嬉しいです。…書類ミスった甲斐ありました」 戸惑う凛をよそに、光の“攻略”は着実に進行中。 けれど凛は、自分だけに見せる光の視線に、 どこか“計算”を感じ始めていて……? 狙って懐くイケメン新人営業×こじらせツンデレ美人経理チーフ 業務上のやりとりから始まる、じわじわ甘くてときどき切ない“再計算不能”なオフィスラブ!

捨てられた生贄オメガ、魔王城で極上の『巣作り』始めます!~不眠症の魔王様、私のクッションで爆睡して溺愛モードに突入~

水凪しおん
BL
「役立たずのオメガ」として冷遇され、血も涙もない魔王への生贄として捨てられたリノ。 死を覚悟して連れてこられた魔王城は、寒くて硬くて、居住性最悪のブラック環境だった!? 「こんなところで寝られるか!」 極限状態で発動したオメガ特有の『巣作り本能』と、神業レベルの裁縫スキルが火を噴く! ゴミ同然の布切れをフカフカのクッションに、冷たい石床を極上のラグマットにリフォーム。 すると、不眠症で常にイライラしていた魔王ザルドリスが、リノの作った「巣」のあまりの快適さに陥落してしまい……? 「……貴様、私を堕落させる気か」 (※いいえ、ただ快適に寝たいだけです) 殺されるどころか、魔王様に気に入られ、気付けば城中がリノの虜に。 捨てられた生贄オメガが、裁縫一つで魔王城を「世界一のマイホーム」に変える、ほのぼの逆転溺愛ファンタジー!

上司、快楽に沈むまで

赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。 冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。 だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。 入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。 真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。 ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、 篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」 疲労で僅かに緩んだ榊の表情。 その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。 「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」 指先が榊のネクタイを掴む。 引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。 拒むことも、許すこともできないまま、 彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。 言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。 だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。 そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。 「俺、前から思ってたんです。  あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」 支配する側だったはずの男が、 支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。 上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。 秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。 快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。 ――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。

【完結】抱っこからはじまる恋

  *  ゆるゆ
BL
満員電車で、立ったまま寄りかかるように寝てしまった高校生の愛希を抱っこしてくれたのは、かっこいい社会人の真紀でした。接点なんて、まるでないふたりの、抱っこからはじまる、しあわせな恋のお話です。 ふたりの動画をつくりました! インスタ @yuruyu0 絵もあがります。 YouTube @BL小説動画 アカウントがなくても、どなたでもご覧になれます。 プロフのwebサイトから飛べるので、もしよかったら! 完結しました! おまけのお話を時々更新しています。 BLoveさまのコンテストに応募しているお話を倍以上の字数増量でお送りする、アルファポリスさま限定版です! 名前が  *   ゆるゆ  になりましたー! 中身はいっしょなので(笑)これからもどうぞよろしくお願い致しますー!

処理中です...