ヴェヒター

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3Wednesday

15

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「夏休みはどうします? 今年」

 生徒会書記三年の良紀が穏やかな笑みを浮かべて聞いてくる。
 風紀室奥の部屋が生徒会専用の部屋になっている。そこで珍しく皆が揃っている時だった。

「別にどこでもいいよ」

 瑠生がニッコリ答えてきた。「行く」「行かない」ではなくすでに「行く」前提での返答に、良紀が楽しげに笑う。
 去年は良紀の家が持っている避暑地へ、皆で遊びに行っていた。良紀の家はわりと大きな組を抱えているいわゆるヤクザ家業だ。誰にでも敬語な上に軽そうな本人を見ていると本格的なものだとはとても思えないが、たまに見せてくる腹黒さにまさしく極道だと頷ける部分もある。
 そんな家の別荘だけに、皆で行った時も「お手伝い」と称する明らかに人相の悪い者たちが広い屋敷の中をうろうろしていた。とはいえ誰も委縮する者がそもそも生徒会にはいない。卒業した当時の三年もさることながら、現会長の宏と現副会長の千鶴は淡々とそして堂々といちゃついていたし、生徒会書記の三里は基本間の悪い不憫タイプながらも持ち前の俺様気質で好き勝手過ごしていた。生徒会会計の瑠生は遠慮することなく連れてきていた風紀書記の黄馬とこれまた堂々といちゃついていた。
 睦はボディーガードとしてうろうろとしている人相の悪い中では中々の美丈夫を見つけ、美味しく頂かせてもらっていた。ただし後で良紀に「俺のとこのに手を軽率に出すのやめてあげてくださいね」と笑顔で凄まれたが。

「良かったら俺の家の別荘使うといいよ。ああ、そういえばあまり大きくなくて適度で気軽に使えるようにって最近買ったばかりのとこがあるから、そこにしようか」

 今まで自分のスペースに座ってニコニコ机に肘をつき、すらりと長い指を口元前で組んで皆の話を聞いていた宏が提案してきた。

「本当ですか、是非」
「ありがたいです」

 良紀と瑠生が嬉しそうに宏を見る。瑠生がニコニコしているのをみて、書記の三里とそして一年の永久も「是非」と言った後でお互い睨み合っている。いや、睨んでいるのは三里だけで永久はいつものようにブリザード級の視線を三里へ送った後、完全に無視した。

「瑠生先輩はやっぱ黄馬さん誘うんっすか」

 青葉が瑠生に聞くと、当然といった風にニコニコ頷いた後に「風紀も、構わないですよね」と宏に確認している。

「そりゃもちろん。むしろ俺は全員と行けたらいいなぁ」

 聞かれた宏は微笑みを浮かべて頷いた。その横でぼんやりしながら無言の千鶴が鉛筆をナイフで研いでいる。

「いいですね、とりあえず皆誘ってみます」

 良紀が楽しげに頷いた。

 皆、ねぇ……。

 睦は内心苦笑した。恐らく委員長の基久はそういうことを一応好きそうではあるが、大きな旅館を営んでいる実家の手伝いもあるだろうから行かないだろう。ちなみに受験に関して基久だけでなく風紀、生徒会の三年全員が苦労することはまずなさそうだ。
 そして副委員長の拓実はあからさまな態度は出してこないが、生徒会のメンバーの特に会計を敬遠しているため来ないと思われる。これに関しては仕方ないだろう。相手がどういう性格かというのを読みとるのが上手い拓実が、睦や青葉、そして瑠生という会計メンバーにいい顔できないのは、張本人の睦であっても無理もないと思っている。むしろろくでもないと思っているわりに穏やかに対応してくる拓実のことを、睦は嫌いではなかった。
 役職ではないが見回りメンバーに入っている雫と慧の二人も、生徒会メンバーに対してどこか敬遠しているところがあるようなので多分来ないと思われた。
 風紀書記三年はだが黄馬なので来るのは間違いない。一年の斗真も最初風紀に入って来た頃はなぜこんなタイプがと睦は思っていたのだが、最近何となくわかるようになってきた。そして風紀や生徒会のメンバー皆のことがどうやら大好きらしい斗真も、誘えば間違いなく来るだろう。
 だが慶一はまず普通に誘うだけでは来ないだろうなと思っている。普通に誘うだけでは。

「黄馬先輩来るなら慶一くんも来るかな」

 瑠生に青葉が聞いている。

「あー。さあ、ね? 去年も来なかったし、だいたい真江木くんってまず青葉くんたちのこと、避けてない?」

 生徒会メンバーにだけは一応優しい瑠生が、にこやかにだが遠慮なくストレートに返していた。もしかして何か知っているのかとも思えるが、睦は何も言わないでおいた。

「えー、そう思います? でもまあ、避けても無理やり連れていくしー。な! むつ」

 青葉はどう思ったのか知らないが、楽しげに睦を見てくる。

「あ? あーうん、そうだねぇ」

 一瞬青葉を見た後、睦もニコニコ楽しげに頷く。

 無理やりでも連れて行く。それは楽しいから? それとも一緒にいたいから?

 ふとそんな風に思った自分が甘ったるくて気持ち悪く、睦は「そろそろちょっと見回ってくる」と立ち上がる。

「見回りなら当番、俺たちと斗真ですよ」

 ああ、といった様子で良紀が声をかけてきた。良紀と瑠生、そして風紀の斗真が同じチームだ。

「あー……、まあ今特に会計の仕事溜まってないですしー。特にすることないから気分転換です」
「じゃあ俺も……」

 青葉が立ち上がろうとする。

「いーよ。あお、まだ瑠生先輩が淹れてくれたコーヒー飲んでんじゃん。別に適当にふらふらするだけだしねー」

 睦はニッコリ青葉に言うと、生徒会室を出た。風紀室の奥にあり、生徒会側の出入口は塞いでいるため、一旦風紀室を通る。チラリと見たが慶一は席に座って何やらパソコンに打ち込んでいた。睦に一応気づいたようではあるが、睦を見ようともしてこない。

 ……ほんと無表情だし素っ気ないよねー。

 少しおかしく思いつつ、ふと出てきたのが自分ではなく青葉だった場合も同じだったろうかと頭に過った。多分同じだとは思う。今のところ慶一は睦のことも青葉のことも極力避けようとしかしていない。

 こんな風に考えんの、まだどっか吹っ切れてないんかなー。兄弟どっちがどうとか、ほんとどうでもいーじゃん。バカみてぇ、俺。

 そう思いつつもやはり甘ったるい考えと自分が痛々しい子どものように感じる思考に、睦は生ぬるい顔しながら外へ出る。
 見回ると言ったものの、別にやる気は出ない。正直今の気分は「ヤりてぇなら好きにヤれよ」という感じだ。

 知ったこっちゃねぇよね。誰が誰に突っ込もうが喘ごうが好きにしろって感じ。まあそれでも自分たち以外がレイプして誰かをいたぶってる図ってのは何か腹立つから、そーゆーんは許さねーけど。

 そう思えば本当に慶一はある意味レイプのしがいがあり、そしてしがいが、ない。どう見ても無理やり犯したくなるタイプなのに、反応が本当に被害者のそれじゃない。青葉はそういう部分がまたおもしろいようだが、睦は面白い半面どこか楽しくない。もっと泣いたりすがったりすればいいのにと思う。性行為中の反応はもちろんギャップありすぎて楽しいけれども、もっと嫌がってもっと許しを請えばいいのに、と。
 多分実際そうしてくるような相手だとむしろ興ざめするだろうとは思う。睦もレイプしたくてやっているのではない。弱者を苛めても楽しくない。ただ、ああいう子が……思うことあってもひたすら無関心でいられるような子がとことん堕ちて泣いて助けを求める様はすごく溜飲が下がる気がする。
 結局のところ、と睦はそっと舌打ちした。結局、自分は弱いのだろう。ある意味弱者苛めをする弱虫と何ら変わりはない。だから青葉なり慶一なりを自分のところへ落とすのが楽しいのだろう。
 青葉は多分、元が強い。だからこうして睦が引き摺り落としても、落ちた落とされたと思っていない。人や何かのせいにしないで、自分自らそこに望んで立っているときっと思っている。だから慶一に対しても、ギャップを純粋に楽しめる。睦のような仄暗い楽しみ方はしていない。

「……ばかばかし。うっざ」
「へぇ? かわいいかわいいと人気の生徒会会計様がお顔を歪めて悪態? 怖いねー」
「あ?」

 思いきり嘲るようなもの言いに、睦はいつものようにニコニコするのも忘れて声のしたほうを睨みつけた。流河が楽しそうに睦に近づいてきている。
 睦はまた舌打ちした。

「舌打ち? ますます怖いね。たまたま見かけただけなのにね。見かけても風紀には近づいてはならないって校則、あったっけ?」
「……あったとしたらお前、すでにもう破ってんじゃん。慶一くんに何かしてるよねぇ、それもわりと無理やりじゃね?」

 自分に対して先ほど言ってきたことと、そして自分たちも無理やり慶一を犯していることはあえて棚に上げ、睦は笑みを見せながら冷たい目を流河へ向けた。

「ふふ、バレてた? だって仕方ないよね、慶一っておもしいんだよねー。ああでもさ」

 睨まれようが流河は楽しげな様子でますます近づいてきた。

「北條も楽しそう。今まであんま興味なかったから全然喋る気もなかったけどね、もったいなかったかな。でも今からでも遅くないよね? 仲よくしようよ」

 ニコニコしながら言ってくる言葉は、どう聞いても性格よさそうには思えない。仲よくしようという言葉にも友好性が感じられない。

「瑠生先輩の弟だからってちょっとは遠慮や謙虚って言葉、知らねーの? まあね、瑠生先輩の弟だしね、確かに。だから俺は謙虚な気持ちで接してあげるよー。……消えろよゲス」
「ふふ、謙虚ね。にしてもかわいいイケメンなのにゲスい子にさ、ゲス呼ばわりされるの、案外悪くないね。まあでも俺、どちらかというといたぶるほうが好きかなぁ」
「遊んでんじゃねぇよ! つかろくでもないことで慶一くんに近づいてみなよ、風紀としても、個人としてもお前、許さねぇからね?」

 イライラして流河を睨むも、やはり流河は楽しげなままだ。

「自分たちこそろくでもないことしてるくせに。慶一、久しぶりに楽しもうって思ったら本人は久しぶりじゃなかったんだよね……。あれ、あんたらだろ?」
「……だから?」
「んー、そうだね、別に? あんたらならまぁ、まだいっかぁって今思ったかな。慶一に手を出してるヤツいるって知った時は凄いムカついたけどさ」

 ひたすらニコニコしている流河を胡散臭い目で見た後、睦は「言ったこと、覚えておけよ」と言うとその場から立ち去ろうとした。

「睦こそ、覚えておいてね」

 だが流河が親しみを込めて睦の名前を呼んできたので、振り返って睨む。

「何を覚えておけって? つか俺の名前勝手に呼ばねぇでくれる?」
「仲よくしよってことだよ、睦。じゃあ、ね」

 普段楽しげにしている睦が睨むことは滅多にない。だからこそ余計というのもあるが、睦が睨むと大抵の相手は怯える勢いだというのに、流河は気にした様子もなくニコニコ手を振りながら立ち去っていった。

「……うっぜ」

 苛立たしいがとりあえず先ほどまでの淀んだ気分だけは一旦晴れたので、睦は舌打ちをした後にふらふら適当に歩きだした。
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