金の鈴

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「オレは……人間が羨ましかった」

 ずっと羨ましいと思っていた。この人の周りにいる人間たちが。同じ目線、同じ姿、同じ生き方のできる人間たちが。
 あまり動かせない頭をぐらりと向けると「俺はむしろ君たちのほうが、羨ましい、かも……とても自由だろ……」と返ってきた。握られている手の感覚だけがわかる。

 自由。

 確かに自由だったのだろう。異形は時間にあまり縛られない。心臓や頭を、いや下手すればそれらを貫かれても死なない者もいるかもしれないが、基本的にはそれらを貫かれない限りは半永久的に生きられる。そのため命というものの概念も観念も、ないか薄い。限りある生を全うするという感覚がわからない。人間のように精一杯必死に生きることができないというか、理解できない。

「自由、で……そして退屈、だよ……。人間は生に縛られ、てる、からこそ、必死に生きて、る」
「そうだね……働かないと食べて、けないし……食べられない、と……死んじゃうもん、な。なに、より……後悔のない、人生を……送りたい、から……必死、かもな」

 ああ、そうだと思い出した。
 長い年月ずっと見てきた姿だ。この人の魂の生き方だ。
 どの生でもいつだって必死に駆けまわり、時に立ち止まり、ほんのわずかな時をこの人は懸命に生きていた。その姿をずっと、ずっと長い間追いかけ、そばで見てきた。

「そう……人間は、そう……。オレ、たちはそんな生き方と無縁だから……でもそんな生き方が眩しくて……愛おしくて……共に生きたい、のに願ってもそれ、は叶わなくて……悲しくて、だから人間が羨まし、くて……」

 目から水が溢れ出た。涙というものだと知っている。実際今までも何度か流したことがあった。

 ──最後に流したのはいつだっけ。確か、この人の魂が二度目を終えた時、だったっけ?

 寂しくて悲しくて耐え難かった。だが三度目からはもう流れることもなかった。
 ただ、今流れている水はあの時の水とは違う。冷たい悲しみによって流れたものとは違う。

「何度、も……何度も、願った……。何度も、目の前で存在しなくなっていく命を掠め取ること、もできず、に……ただ見送りながら、何度も……願った。……一緒に生きた、いと」
「なら……次こそ、一緒に……生きよう」

 握られる手の感覚はまだあるのに、少しずつこの人の声は遠のいていく。初めて知る感覚に、少しだけ怖さを覚えたが、心は凪いでいた。
 静かに目を閉じる。閉じていても水は目から流れた。だがあの時とは違って温かい水だった。
 この人の声は遠のいたのに、代わりに耳元で鈴の音が聞こえる。閉じた目の前が真っ白な空間となり、その中へ落ちていくような感覚がした。



 リン、という鈴の音を鳴らしながらすずは倒れた。
 この場では自分がとても無力な存在でしかないことをわかっているだけでなく、その状況を変えるために変化するわけにいかないこともわかっている。それでもいつもならどうとでもできた。しかし今回はタイミングが悪かった。
 数日前にちょっとした不注意で自転車という、異形の鬼みたいなものがぶつかってきた。小さな体はそれによって軽々と跳ね、満身創痍とまではいかなくとも結構な怪我を負ってしまった。治りは人間や人間界の生き物に比べたら早いが、それでも万能ではない。怪我は怪我だ。しばらく養生して治すしかないと思っていたところに、黒いやつらが襲ってきたのだ。
 忌々しさしかない。この黒いやつらも昔から存在している。カラスという、どこか飄々としたようなふざけた固有名詞がやつらの名前だ。やつらは油断していると狙ってくる。ただの鳥の一種のくせに本当に忌々しさしかない。
 ほぼ意識を失っていると誰かの声がした。その内そっと抱き上げられる感覚があった。このまま終わりかと思っていたが、その抱かれる感覚が妙に懐かしい気がして、すずは少し幸せな気持ちになった。
 次に気づいた時には無機質な感じの部屋の高めの台の上で知らない人間にあちこち調べられているところだった。それも人間のわりに歳のそこそこいった男だ。冗談じゃないと思い切り威嚇する声を出したが、そもそもボロボロの状態過ぎて動くこともままならない。
 動けるようになったら覚えておけよと思っていると呆気なく檻のような中へ入れられた。
 だがこれこそ、人間で言う「運命」だったのかもしれない、とその後すずは思った。
どうやらカラスに襲われているところを助けてくれた人間がこの無機質で嫌悪感しかない場所に、すずを治してもらうために運んでくれたのだと何となく把握したところでその人間が迎えにきてくれたのだ。その人間こそ、すずがずっと探していた魂の持ち主だった。

『りつこ! りつこ……!』

 名前を叫ぶように呼ぶも、人間にはこの言葉は伝わらない。おまけにその人は「りつこ」であって「りつこ」でない。例え言葉が聞こえたとしても怪訝な顔をしてきただろう。
 確か「りつこ」というのは人間の女向けの名前であったように思う。そもそも実際この魂に初めて会った時の「りつこ」が女だった。ちなみに今回の魂はどう見ても男だ。それでもすずは興奮して何度も『りつこ』とその人を呼んだ。
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