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32話
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数日ゆっくり過ごしてから、寿也はようやく実家を出ることにした。親や妹はまだ心配そうだったがさすがに「呪いで死にかけてたみたいだけどもう解いてもらったから全然大丈夫」とは言えず、ひたすら「ほんとにもう何でもないから。インフルとかそんなを拗らせちゃったのかな。だったらほら、あれ一週間もあれば何ともなくなるだろ? 皆にうつらなくてよかったよ」などと言っては元気なところをアピールするしかなかった。インフルエンザなら原因不明だと病院で言われるはずないが、そういったことに疎い家族でよかったと思う。心配そうながらにかろうじて納得しているようだった。
「もう帰るのか」
渋るすずをなだめつつ鳴宮神社へ向かうと、年明け前後の忙しさはなくなったのか九郎はすぐに出てきた。帰るという寿也に対し、九郎は残念そうにしながらも顔はニコニコとしている。美しい女の姿をしているのもあって中身を知らなければ後光でも差しそうな笑顔だ。
「嬉しそうですね……」
「まさか。せっかく知り合いになれたのに心底寂しいと思ってるぞ、俺は。まあでもお前らがいるとヤコのことで他の狐たちが余計煩いからな。少し楽でもある」
「……」
本当に神様という存在はすずが言うように勝手な存在なのだなと寿也はしみじみ思った。
「おい、阿保狐」
「相変わらず失礼な猫だな、おすずは」
「お前もオレがそう呼ぶなと延々言っても呼ぶのやめないだろ。とにかく、賭けはオレの勝ちだ」
「何の話だったかな?」
「おい!」
「冗談じゃないか。笑いってのは大事だぞ、おすず。生を楽しむには笑うのが一番だ。泣いたり怒ったりするより簡単そうでいて一番難しいかもしれんけどな、笑ってればどうとでもなる」
「……いいこと言ったつもりだろうけどな、流されないぞオレは」
「つまらない猫だな、おすずは」
美しく微笑むと、九郎はため息をついてから九尾狐の姿に戻った。
「わかってるよ。まああれだ、寿也も死にかけたからな、俺の溢れんばかりの美貌と魅力に溺れる暇もなかったんだろう。残念だ。とはいえ賭けは賭けだしな」
溺れる云々を何とかさておいたとしても、そもそも神様が賭けるなと寿也は心の中でだけ言い返しておく。
「おすず、お前の言うことを一つだけ、聞いてやろう」
「……オレの願いはどのみち多くない」
「聞かずともわかる気がするが、できれば聞きたくない気がするな。まあいい。後で一人の時にそれにでも願っておけ」
鬱陶しそうな顔をしつつ、九郎は自分の頭のそばに寿也がもらった陶器でできた狐の置物より少し小さい置物を出してきた。それを鈴へ投げるように飛ばす。鈴は反射的に受け取ると白けた顔で置物を見た。
「何だよこれ」
「あ、今小馬鹿にしただろ。ほんと失礼な猫だよお前は。今からここを出るんだろ。でもそれがあればちゃんと俺に願いは届くぞ。ああ、でもどうせ願うなら簡単なやつにしてくれ。行燈の油が舐めたい、とかな」
「煩い阿保狐」
「あと奇跡でもあり得なさそうな願いはどうすることもできないからな」
「……わかってる」
言うことを聞くという賭けだけに、変な例えだが「焼きそばパン買ってこい」的な気軽なものを寿也は想像していた。だがそこは一応神様だからか、それなりに本格的な感じがする。
すずはどんな願い事があるのだろうと少し気になったが、そこは聞いたら駄目なんだろうなと諦める。人に聞かれたくないこともあるだろうし、本当か嘘かはさておき神社などで願うことは人に話したら叶わないなんて話も聞いたことがある。
「じゃあ、そろそろ行きます。神様、お世話になりました」
「ああ。またここへ戻ってきた時は真っ先に俺のところへ参拝しろよ、寿也」
「はい、わかりました」
実家にいる間九郎に振り回された感はあるものの、何だかんだで命が助かる手助けをしてくれたようだし悪い人ではない、と寿也は笑顔で頷いた。
「おすずもな」
「遠慮する」
「ははは、つれない猫だ」
境内を出て山を下りている途中、寿也と鈴の前に子狐が現れた。途端、鈴は黒猫の姿に戻り威嚇する。
「待って、すず。この子、悪いことしにきたわけじゃなさそうだよ」
すずを抱き上げると、寿也は野狐に向き直った。
「どうしたの?」
少し身を屈ませて聞くが、能力を奪われている野狐は何も言わず黙ったままそろりそろりと警戒心も露に寿也の元へ近づいてきた。すずが腕の中で少しもがいているが抱き直してなだめ、寿也は身をさらに屈ませた。
すると野狐は警戒したままではあるもののさらに近づいてきて、くいっと首を動かしてくる。何が言いたいのかよくわからないが、身は屈ませているしとりあえず何となく手のひらを出してみた。すると野狐が顔をそこへ近づけ、匂いを嗅いだ後に口を開いて隠し持っていたらしい小鳥の死骸を手のひらに置いてきた。
「っ?」
びくりとしたが、もしかしたら野狐なりのお詫びなのかもしれない。そういえば九郎が陶器の置物をくれた時に「小動物をプレゼントする代わりだ」などと言っていた。
「あ、ありがとう……」
顔をひくつかせないようにしながら礼を言うと、野狐はつんと鼻を高く掲げたかと思うと走り去っていった。
「や、やっぱりお礼だったのかな」
ずっと抱えていたすずを見ながら言えば、すずはとてつもなく不満げな顔でだるそうにじろりと寿也を見上げてきただけだった。
「もう帰るのか」
渋るすずをなだめつつ鳴宮神社へ向かうと、年明け前後の忙しさはなくなったのか九郎はすぐに出てきた。帰るという寿也に対し、九郎は残念そうにしながらも顔はニコニコとしている。美しい女の姿をしているのもあって中身を知らなければ後光でも差しそうな笑顔だ。
「嬉しそうですね……」
「まさか。せっかく知り合いになれたのに心底寂しいと思ってるぞ、俺は。まあでもお前らがいるとヤコのことで他の狐たちが余計煩いからな。少し楽でもある」
「……」
本当に神様という存在はすずが言うように勝手な存在なのだなと寿也はしみじみ思った。
「おい、阿保狐」
「相変わらず失礼な猫だな、おすずは」
「お前もオレがそう呼ぶなと延々言っても呼ぶのやめないだろ。とにかく、賭けはオレの勝ちだ」
「何の話だったかな?」
「おい!」
「冗談じゃないか。笑いってのは大事だぞ、おすず。生を楽しむには笑うのが一番だ。泣いたり怒ったりするより簡単そうでいて一番難しいかもしれんけどな、笑ってればどうとでもなる」
「……いいこと言ったつもりだろうけどな、流されないぞオレは」
「つまらない猫だな、おすずは」
美しく微笑むと、九郎はため息をついてから九尾狐の姿に戻った。
「わかってるよ。まああれだ、寿也も死にかけたからな、俺の溢れんばかりの美貌と魅力に溺れる暇もなかったんだろう。残念だ。とはいえ賭けは賭けだしな」
溺れる云々を何とかさておいたとしても、そもそも神様が賭けるなと寿也は心の中でだけ言い返しておく。
「おすず、お前の言うことを一つだけ、聞いてやろう」
「……オレの願いはどのみち多くない」
「聞かずともわかる気がするが、できれば聞きたくない気がするな。まあいい。後で一人の時にそれにでも願っておけ」
鬱陶しそうな顔をしつつ、九郎は自分の頭のそばに寿也がもらった陶器でできた狐の置物より少し小さい置物を出してきた。それを鈴へ投げるように飛ばす。鈴は反射的に受け取ると白けた顔で置物を見た。
「何だよこれ」
「あ、今小馬鹿にしただろ。ほんと失礼な猫だよお前は。今からここを出るんだろ。でもそれがあればちゃんと俺に願いは届くぞ。ああ、でもどうせ願うなら簡単なやつにしてくれ。行燈の油が舐めたい、とかな」
「煩い阿保狐」
「あと奇跡でもあり得なさそうな願いはどうすることもできないからな」
「……わかってる」
言うことを聞くという賭けだけに、変な例えだが「焼きそばパン買ってこい」的な気軽なものを寿也は想像していた。だがそこは一応神様だからか、それなりに本格的な感じがする。
すずはどんな願い事があるのだろうと少し気になったが、そこは聞いたら駄目なんだろうなと諦める。人に聞かれたくないこともあるだろうし、本当か嘘かはさておき神社などで願うことは人に話したら叶わないなんて話も聞いたことがある。
「じゃあ、そろそろ行きます。神様、お世話になりました」
「ああ。またここへ戻ってきた時は真っ先に俺のところへ参拝しろよ、寿也」
「はい、わかりました」
実家にいる間九郎に振り回された感はあるものの、何だかんだで命が助かる手助けをしてくれたようだし悪い人ではない、と寿也は笑顔で頷いた。
「おすずもな」
「遠慮する」
「ははは、つれない猫だ」
境内を出て山を下りている途中、寿也と鈴の前に子狐が現れた。途端、鈴は黒猫の姿に戻り威嚇する。
「待って、すず。この子、悪いことしにきたわけじゃなさそうだよ」
すずを抱き上げると、寿也は野狐に向き直った。
「どうしたの?」
少し身を屈ませて聞くが、能力を奪われている野狐は何も言わず黙ったままそろりそろりと警戒心も露に寿也の元へ近づいてきた。すずが腕の中で少しもがいているが抱き直してなだめ、寿也は身をさらに屈ませた。
すると野狐は警戒したままではあるもののさらに近づいてきて、くいっと首を動かしてくる。何が言いたいのかよくわからないが、身は屈ませているしとりあえず何となく手のひらを出してみた。すると野狐が顔をそこへ近づけ、匂いを嗅いだ後に口を開いて隠し持っていたらしい小鳥の死骸を手のひらに置いてきた。
「っ?」
びくりとしたが、もしかしたら野狐なりのお詫びなのかもしれない。そういえば九郎が陶器の置物をくれた時に「小動物をプレゼントする代わりだ」などと言っていた。
「あ、ありがとう……」
顔をひくつかせないようにしながら礼を言うと、野狐はつんと鼻を高く掲げたかと思うと走り去っていった。
「や、やっぱりお礼だったのかな」
ずっと抱えていたすずを見ながら言えば、すずはとてつもなく不満げな顔でだるそうにじろりと寿也を見上げてきただけだった。
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