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49話
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「お前はもう覚えてないだろうけど……」
悲しそうだと思った表情は次の瞬間にはなくなっていた。だがいつものように八重歯が見えるような笑みは浮かべてこない。
「俺は昔、お前に助けられたんだよ」
「オレが? お前を?」
全く覚えていない。いつのことだろうとすずは首を傾げた。
「お前も知っているだろうけど、俺は異国の混血種だ。シルキーとケット・シーのね。ケット・シーの血が濃いから猫系にしか見えないだろうけど混血種なのは多分すぐにわかるよね」
知っているが特に言うこともないのですずはただ頷いた。内心、だから何なんだという思いと、助けられたというなら何故昔からすずを見透かすかのように憐憫の目を向けてくるのかという思いがせめぎ合っている。
そもそもその目のせいで、奏流のことは昔から苦手だしおそらくすずよりも長生きしているであろう存在ながらに敬意など全く示せなかった。ちなみに九郎に対しても示す気は未だない。
「この国に流れ着いた後、俺はあやかしからも人間からも中々受け入れてもらえなかった。あやかしの姿も人間の姿もあからさまに異国風だったからだろうね。当時この国にはあやかしも人間も異国の血が混じった者など多分ほぼいなかったみたいだし。でも俺が元々いた国ではそもそも色んな血が混じり合っている生き物が多かった。人間も色んな人種が入り混じっていたしね。だから理解できなかったし忌々しかった。いっそ片っ端から怖がらせてやろうかとか思ってたよ。憂鬱で不愉快でよくもの思いに沈んでた。そんな時にお前に出会ったんだ」
今の奏流の印象からどうにも想像ができない。出会った時のことを全く覚えていないのも、今の印象と全く違うからだろうか。
「お前は昔から変わらないな。主人以外には素っ気なくて、どうでもいいって態度で。でも見捨てはしなくて。混血だろうが異国の者だろうが全く気にしない。俺がそれにどれだけ救われたか、きっとお前は今聞いてもわからないだろうな」
「……そ、うだよ、わからないよ」
「それでいい。元々言うつもりもなかったしね。今は明るい髪色でも違和感ない時代になったけどね、当時はその後髪を黒くしたりして俺も努力するようになったよ。郷に入っては郷に従えってやつかな? 祖国のお国柄か、元々変にプライドが高かったんだろうなあ」
少し懐かしそうに小さく笑った後、奏流はまた真顔になった。
「お前と出会って以来、俺はずっとお前を見てきたよ。恩があるからというのもあるし、お前があまりに主人に執着してきたからというのもある」
「……」
「ねえ、すず。あの人間の魂に執着し過ぎは危険だよ、お前にとっても今の寿也にとっても」
「……わかってるよ」
今の話を聞いた後では「ほんと邪魔」なんて言えなくなった。
「寿也はもちろん境界線に近づき過ぎたなんて気づきもしないだろうね。だって人間だもんね。自分が危ういところに立っているなんて気づきもしないだろうね」
「……」
「俺はね、すず。寿也も、そして何よりお前が心配だよ」
その時、寿也が「できたぞ。運ぶのは手伝って」と声をかけてきた。奏流はすぐにいつものようにニコニコとしながら「了解」と台所へ声をかけ立ち上がった。見上げたすずをちらりと窺うと、そのまま台所へ向かっていく。
なら、どうすればいい?
すずはこたつ布団に顔を埋めながら思った。
だって、どうすればいい。だって、大切でずっとそばにいたいのに。
大切で大事なら、寿也を一番に考えるのなら、すずは寿也から離れたほうがいいのかもしれない。覚や文車妖妃が寿也の匂いか何かに引かれているのもあやかしだと告げた上でなおずっとそばにいるすずの影響が一番強いのだろう。
ひたすら魂を追い求め、今回も無事出会えたものの、すずと出会わなかったら寿也は今もあやかしなんて知らないまま当たり前のように過ごしていただろう。
わかっている。人間ではない存在と人間の間には超えてはならない線がある。その境界線に近づき過ぎるとお互い危ういことになる。
何でオレはあやかしになったんだろう。
いや、何でオレは人間じゃないんだろう。
この人間の魂のように必死に駆けまわり、時に立ち止まり、ほんのわずかな時を懸命に過ごす生き方にずっと憧れている。そして同じ人間だったらすずはこの魂と同じ時を過ごせた。
オレがあやかしだからこそ、何度も出会えてて……それに寿也に正体を明かしてからは色々ありながらもすごく楽しかったから、忘れていた……。
ふと泣きたくなった。
目から水を流したくなった。涙というものだと知っているそれを流したくなった。だがもう流れない。あやかしになってそれなりに経つからだろうか。寂しくて悲しくて耐え難い気持ちはずっと覚えているのに、今もやはり涙は流れない。
「よし、食べよ」
「美味しそうだねえ」
布団に顔を埋めたままでいると二人の声が近づいてきた。そしてこたつに入る気配がする。
「すず、寝ちゃったのかな。顔、布団に埋めて可愛いよな」
「可愛いよねえすずちゃん! さっきうとうとしてたし、寝たのかもだね」
「っていうかさあ、そろそろ鍋、暑くないか? 時期外れというか。もう春って言ってもいいだろ」
「こたつまだ出したままの人が何言ってるんだろうな?」
こんな何でもない会話が今のすずにはさらに切なくて、ひたすら布団に顔を埋めていた。
悲しそうだと思った表情は次の瞬間にはなくなっていた。だがいつものように八重歯が見えるような笑みは浮かべてこない。
「俺は昔、お前に助けられたんだよ」
「オレが? お前を?」
全く覚えていない。いつのことだろうとすずは首を傾げた。
「お前も知っているだろうけど、俺は異国の混血種だ。シルキーとケット・シーのね。ケット・シーの血が濃いから猫系にしか見えないだろうけど混血種なのは多分すぐにわかるよね」
知っているが特に言うこともないのですずはただ頷いた。内心、だから何なんだという思いと、助けられたというなら何故昔からすずを見透かすかのように憐憫の目を向けてくるのかという思いがせめぎ合っている。
そもそもその目のせいで、奏流のことは昔から苦手だしおそらくすずよりも長生きしているであろう存在ながらに敬意など全く示せなかった。ちなみに九郎に対しても示す気は未だない。
「この国に流れ着いた後、俺はあやかしからも人間からも中々受け入れてもらえなかった。あやかしの姿も人間の姿もあからさまに異国風だったからだろうね。当時この国にはあやかしも人間も異国の血が混じった者など多分ほぼいなかったみたいだし。でも俺が元々いた国ではそもそも色んな血が混じり合っている生き物が多かった。人間も色んな人種が入り混じっていたしね。だから理解できなかったし忌々しかった。いっそ片っ端から怖がらせてやろうかとか思ってたよ。憂鬱で不愉快でよくもの思いに沈んでた。そんな時にお前に出会ったんだ」
今の奏流の印象からどうにも想像ができない。出会った時のことを全く覚えていないのも、今の印象と全く違うからだろうか。
「お前は昔から変わらないな。主人以外には素っ気なくて、どうでもいいって態度で。でも見捨てはしなくて。混血だろうが異国の者だろうが全く気にしない。俺がそれにどれだけ救われたか、きっとお前は今聞いてもわからないだろうな」
「……そ、うだよ、わからないよ」
「それでいい。元々言うつもりもなかったしね。今は明るい髪色でも違和感ない時代になったけどね、当時はその後髪を黒くしたりして俺も努力するようになったよ。郷に入っては郷に従えってやつかな? 祖国のお国柄か、元々変にプライドが高かったんだろうなあ」
少し懐かしそうに小さく笑った後、奏流はまた真顔になった。
「お前と出会って以来、俺はずっとお前を見てきたよ。恩があるからというのもあるし、お前があまりに主人に執着してきたからというのもある」
「……」
「ねえ、すず。あの人間の魂に執着し過ぎは危険だよ、お前にとっても今の寿也にとっても」
「……わかってるよ」
今の話を聞いた後では「ほんと邪魔」なんて言えなくなった。
「寿也はもちろん境界線に近づき過ぎたなんて気づきもしないだろうね。だって人間だもんね。自分が危ういところに立っているなんて気づきもしないだろうね」
「……」
「俺はね、すず。寿也も、そして何よりお前が心配だよ」
その時、寿也が「できたぞ。運ぶのは手伝って」と声をかけてきた。奏流はすぐにいつものようにニコニコとしながら「了解」と台所へ声をかけ立ち上がった。見上げたすずをちらりと窺うと、そのまま台所へ向かっていく。
なら、どうすればいい?
すずはこたつ布団に顔を埋めながら思った。
だって、どうすればいい。だって、大切でずっとそばにいたいのに。
大切で大事なら、寿也を一番に考えるのなら、すずは寿也から離れたほうがいいのかもしれない。覚や文車妖妃が寿也の匂いか何かに引かれているのもあやかしだと告げた上でなおずっとそばにいるすずの影響が一番強いのだろう。
ひたすら魂を追い求め、今回も無事出会えたものの、すずと出会わなかったら寿也は今もあやかしなんて知らないまま当たり前のように過ごしていただろう。
わかっている。人間ではない存在と人間の間には超えてはならない線がある。その境界線に近づき過ぎるとお互い危ういことになる。
何でオレはあやかしになったんだろう。
いや、何でオレは人間じゃないんだろう。
この人間の魂のように必死に駆けまわり、時に立ち止まり、ほんのわずかな時を懸命に過ごす生き方にずっと憧れている。そして同じ人間だったらすずはこの魂と同じ時を過ごせた。
オレがあやかしだからこそ、何度も出会えてて……それに寿也に正体を明かしてからは色々ありながらもすごく楽しかったから、忘れていた……。
ふと泣きたくなった。
目から水を流したくなった。涙というものだと知っているそれを流したくなった。だがもう流れない。あやかしになってそれなりに経つからだろうか。寂しくて悲しくて耐え難い気持ちはずっと覚えているのに、今もやはり涙は流れない。
「よし、食べよ」
「美味しそうだねえ」
布団に顔を埋めたままでいると二人の声が近づいてきた。そしてこたつに入る気配がする。
「すず、寝ちゃったのかな。顔、布団に埋めて可愛いよな」
「可愛いよねえすずちゃん! さっきうとうとしてたし、寝たのかもだね」
「っていうかさあ、そろそろ鍋、暑くないか? 時期外れというか。もう春って言ってもいいだろ」
「こたつまだ出したままの人が何言ってるんだろうな?」
こんな何でもない会話が今のすずにはさらに切なくて、ひたすら布団に顔を埋めていた。
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