金の鈴

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53話(終)

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 今度こそ手を握る。血でぬるりと滑るのが目に映った。何とか焦点を合わせ、しっかり握ろうとする。
 とはいえすでにもう手の感覚もなにもわからなくなりつつあるため、ちゃんと鈴の手を握れているのかもわからない。

「……ああ、お互い、酷い有様だ、な」

 かろうじてまだ目は見えるため、頭がくらくらとしながらも言った。だが目以外の感覚機能はおかしくなっているからか、声もちゃんと出ているかあまりわからない。

「オレは……人間が羨ましかった」

 鈴が同じくあまり動かせないのだろう、不自然な様子で頭をぐらりと動かしてきた。

 ああ、なんてことだろう。

 寿也を守ろうとして鈴はおそらく頭を酷く強打したに違いない。まるでみずみずしいザクロのような頭など、見えないほうがよかったと寿也は体よりも心が痛く感じた。

「俺はむしろ君たちのほうが、羨ましい、かも……とても自由だろ……」

 不思議な力や生命力。なんだってできそうだ。

 ──そう、なんだって。だからすず……俺の分まで生きてくれ。大丈夫だって言ってくれ。

「自由、で……そして退屈、だよ……。人間は生に縛られ、てる、からこそ、必死に生きて、る」
「そうだね……働かないと食べて、けないし……食べられない、と……死んじゃうもん、な。なに、より……後悔のない、人生を……送りたい、から……必死、かもな」
「そう……人間は、そう……。オレ、たちはそんな生き方と無縁だから……でもそんな生き方が眩しくて……愛おしくて……共に生きたい、のに願ってもそれ、は叶わなくて……悲しくて、だから人間が羨まし、くて……」

 鈴の目から涙が零れだした。
 そうやって泣く鈴、いや、すずを何故か寿也はどこかで見た気がした。
 今よりも確実に真っ暗な世界へ陥ろうとしているその瞬間まで、必死になって鳴き、泣いていたすずが過る。

 いや……何故か、じゃない……俺はすずのこと、もうずっと昔から知っていたじゃ、ないか……。

 どうしてこんな大切な大事なことを、いくら生まれ変わったからとはいえ忘れていられたのだろう。何度も生まれ変わり何度も出会っておきながら、その度に完全に忘れていた。
 ずっと、それこそ二百年ほど前から寿也はすずを知っている。大切で可愛い猫。生まれたての時は本当に小さな、今にもあっという間に潰れてしまいそうなほど小さな黒く可愛いあどけない子だった。手のひらにすっぽりと収まる温かい命を鮮明に思い出す。
 今にも意識が薄れそうだというのに、寿也の脳裏にすずとの思い出が次々甦ってくる。色んな時代の自分がすずと過ごした様々な記憶が零れるように甦ってきた。
 以前鈴が言っていたことがわかった。

 いるけどいない。

 ああ、浅見莉津子は俺だった。そしてすず、と名付けたのも、あのぼろぼろになっていた首輪を付けたのも、あの頃の、俺だ──

 そういえば今も「すず」と名付けた。だが今回名付けたのは奏流だ。

 あいつ、まさか何かすずを知って? もしかしてあいつもあやかし、とか……?

 まさかな、と思いながら笑おうとしたがそんなことすらもうできない。せめて、と寿也は渾身の力で静かに涙を流す鈴を抱き寄せようとしたがそれも叶わない。できることは多分今も握っているであろう手に込められない力を込めることだった。

「何度、も……何度も、願った……。何度も、目の前で存在しなくなっていく命を掠め取ること、もできず、に……ただ見送りながら、何度も……願った。……一緒に生きた、いと」
「なら……次こそ、一緒に……生きよう」

 自分の分まで生きて欲しいなど、むしろ酷なことを願っていた。きっとどれほど鈴は、すずは人間のように生を終えたいと願ってきただろう。
 ふと、すずが九郎にした願い事のことが頭を過る。

「すず……神様に……願った、のは……」
「どうか、一緒に生きられます、ように……。でもオレの、せいで寿、也は……だから……お別れ、しよう、と……思ってた、のに言え……」
「うん……、うん、すず……俺はもう、忘れないよ……ずっと一緒だ……離れるなんて、言うな……今度こそ、ずっと……」

 もはや全く感覚などなくなっていたというのに、手を握り返されるような感覚がした。鈴が静かに目を閉じるのを目の当たりにし、寿也もホッとしたように目を閉じた。
 目の前が真っ暗になったかと思うと大きな光に包まれるかのように真っ白な空間を感じる。耳も聞こえなかったはずだというのに、またリン、と鈴の音が聞こえたような気がした。だがどのみち身動きなど取れず、ゆっくりとその空間の中へ落ちていった。
 その様子を物陰からずっと窺う者がいたことを寿也は知らない。おそらくすずも知らないだろう。その者はずっと悲しげに二人が遠い世界へ向かうところを見ていた。どのみち助かるはずもないほどの致命傷を受けていた。しかしその者が二人を助けなかったのは、もしかしたらずっと昔に助けてもらって以来見てきたすずがひたすら追いかけた魂と一緒に逝くことを願っていたのを知っているからなのかもしれない。

「……割れた」
「え? 何かおっしゃられましたか、九郎様」
「いや。……俺の渡した狐が、完全に割れた」

 山奥の神社では九尾の狐がすっと目を細めていた。



「あのね」

 数年、数十年と経ってもこの辺は昔ながらの町並みというかのどかな様子だった。
 小さなカフェの店員が朝の掃除を終えてごみを出すために外へ出てきた。ふと公園のほうを見ると小さな子どもが二人、遊んでいる様子が見えた。それを目を細めて見た後、店員はまた店内へ入っていく。

「なーに」
「これ、あげる」

 リン、と綺麗な音が鳴った。
 差し出された鈴を「いいおと! ありがとう」と嬉しそうに受け取る子どもを、丁度散歩していたらしい白い猫が見ていたが、そのままどこかへ行ってしまった。小さな子ども二人は嬉しそうに笑い合う。
 リン、とまた鈴の音がした。



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