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52話
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相変わらず閑静な住宅街もあって辺りに人気はなかった。ところどころ道端の灯りはあるものの、それぞれ家の灯りもこの時間だけにほぼない。起きていて部屋で灯していても外から見て目立つだろうしカーテンで閉め切っているのだろう。どのみち今歩いているところはそれら家もぽつぽつしかない。車の通りだって本来ならこんな時間もあってほぼないはずだった。
辺りを見回した際にいくつかの綺麗な桜の木が目に入ってきた。住宅街なのもあってところどころの庭に植えている桜の木々がもうそろそろ満開のようだ。灯りがほぼなくてもまるで桜自身がぼんやり薄く発光しているかのように目立つ。
桜の木を庭に植えるのは縁起が悪いという話を寿也は聞いたことがある。確かすずが生まれた時代より前は桜が縁起の悪いものとされていたからだっただろうか。散るというイメージの他に墓場や戦場跡に桜が多く見られていたため、人骨から栄養を吸い取って育つといった言い伝えもあったようだ。
そういえば何かの話で桜の木の下には死体が埋まっている、みたいなのもあったっけ。
実際の理由としては桜が養分をかなり吸う樹木だから他の木が育たなくなるとか、大きく成長するため枝葉が生い茂り、家の日当たりが悪くなったり木の根が伸びすぎて家の基礎を破壊することもあるから、だっただろうか。桜は他の植木と違って剪定せず成長させる木であり、むしろ剪定することで他の木と違って弱ってしまうため、小さく維持するのが難しい木らしい。
ただそういった実際の理由ではなく、精神的な理由というのだろうか、死を感じさせるものが夜の桜にはあるように、寿也ですら思えてくる。あやかしと絡むことがなかった頃の現実的な寿也でも何となくそう思っていた。今では言わずもがなだろうか。まるで桜そのものがあやかしであり、その花に魅了される者を誘い込んでいるような気、さえしそうだ。
そんなことを考えながら早足で歩いていると、ふと暗がりの中でもさらに異様なほどの暗さを感じる片隅に気づいた。霊感など元々なかった寿也でも何だか嫌な感じのするその一角に対し、あえて大きく避けるように、そしてさらに早足で通り過ぎようとした。するとその暗闇からすっと人間ではあり得ないほど細い、枝のような手が伸びてくる。
「……っ?」
その手は引っ張ろうとしたのだろうか。それとも災いを誘っていたのだろうか。
リン、と鈴の音が聞こえた気がした。
──すず?
すずの首輪が頭に過る。と、背後から「寿也!」と鈴が叫ぶ声が聞こえてきた。
いつのまにか目の前には車のヘッドライトが揺れていた。いや、けっこうなスピードだった車そのものがふらふらと揺れていたのだろうか。
ああ駄目だと思うよりも寿也は咄嗟に「やっぱり心配で迎えに来てくれていたんだな」と思い、口元が綻んだ。それと同時に大きな衝撃を体に感じた。一気に目の前が真っ暗になった。
どれくらい経ったのだろうか。一瞬かもしれないし結構経ったかもしれない。全くわからない。
目を覚ますと体の全身が激しく痛み、少しも動かすことができなかった。それでも何とか体を起こし、倒れている鈴の隣へ這うように近づいた。
鈴は傷だらけだった。寿也を守ろうとしてくれたのだろう。だが人間の姿だけに同じくぼろぼろになってしまったようだ。咄嗟のことで猫又になる暇もなかったに違いない。
今まで何度も守ってもらった気がする。その挙句、すずまでこんな状態にしてしまうなんてと涙を滲ませながら寿也は次に携帯電話を何とか探った。だが車とぶつかった衝撃で同じく携帯電話も無残な姿になっていた。どうやら自ら救急車を呼ぶことすらできないようだ。小さくため息をつくとますます体が痛んだ。ふと見えた車体は壁に激突したようでこれまたひどい状態だった。運転手がどうなっているかは神のみぞ知る、だ。
……そういえば九郎からもらった置物、この間見たら何でかまたいくつも欠けてたんだよな……落とした記憶もないのに……もしかしてそれでこんな不運に?
そろそろ少し離れた家々でも事故に気づいて出てくるなりしそうなものだというのに、一向にその気配がない。深夜といえども、車はブレーキすらかけてくれなかったようだと言えども、ぶつかった音くらい聞こえたのではないだろうか。相変わらず暗闇で人気がない気がする。助けも呼べない。
「……どうな、って……んだ……クソ……。す、すず……すず……だい、じょうぶ、か……」
あやかしなら大丈夫だよなと思いたいが、今は人間の姿だけにどうなのか寿也にはわからない。見る限りでは普通の人間のように血まみれでぼろぼろだった。
多分……俺は……もう、駄目、だ……。でも……すずは……せめ、てすずは……。
「す、ず……」
「……ごめ……、とし、や……ちゃん、と……と、しやを守れ、なか……」
意識が戻ったのか、鈴の声が聞こえてきた。
「そんなの、あやま、るな」
寿也は上手く動かせない腕をまた何とか動かし、鈴の手を握ろうとした。その時、先ほど見てしまった暗闇から伸びる枝のような手を感じた。痛みとは違うぞくりとしたおぞけを感じるが、これ以上動くことなどできない。
クソ……せめて普通に死なせて、くれ……。
鈴を抱えようとしたら、ぼろぼろの鈴が力を振り絞ったのか、目を光らせ人間の姿のまま威嚇した。鈴があやかしだと知っている寿也でも少し恐ろしい気配を感じていると、その手もすっと引っ込んでいった。
辺りを見回した際にいくつかの綺麗な桜の木が目に入ってきた。住宅街なのもあってところどころの庭に植えている桜の木々がもうそろそろ満開のようだ。灯りがほぼなくてもまるで桜自身がぼんやり薄く発光しているかのように目立つ。
桜の木を庭に植えるのは縁起が悪いという話を寿也は聞いたことがある。確かすずが生まれた時代より前は桜が縁起の悪いものとされていたからだっただろうか。散るというイメージの他に墓場や戦場跡に桜が多く見られていたため、人骨から栄養を吸い取って育つといった言い伝えもあったようだ。
そういえば何かの話で桜の木の下には死体が埋まっている、みたいなのもあったっけ。
実際の理由としては桜が養分をかなり吸う樹木だから他の木が育たなくなるとか、大きく成長するため枝葉が生い茂り、家の日当たりが悪くなったり木の根が伸びすぎて家の基礎を破壊することもあるから、だっただろうか。桜は他の植木と違って剪定せず成長させる木であり、むしろ剪定することで他の木と違って弱ってしまうため、小さく維持するのが難しい木らしい。
ただそういった実際の理由ではなく、精神的な理由というのだろうか、死を感じさせるものが夜の桜にはあるように、寿也ですら思えてくる。あやかしと絡むことがなかった頃の現実的な寿也でも何となくそう思っていた。今では言わずもがなだろうか。まるで桜そのものがあやかしであり、その花に魅了される者を誘い込んでいるような気、さえしそうだ。
そんなことを考えながら早足で歩いていると、ふと暗がりの中でもさらに異様なほどの暗さを感じる片隅に気づいた。霊感など元々なかった寿也でも何だか嫌な感じのするその一角に対し、あえて大きく避けるように、そしてさらに早足で通り過ぎようとした。するとその暗闇からすっと人間ではあり得ないほど細い、枝のような手が伸びてくる。
「……っ?」
その手は引っ張ろうとしたのだろうか。それとも災いを誘っていたのだろうか。
リン、と鈴の音が聞こえた気がした。
──すず?
すずの首輪が頭に過る。と、背後から「寿也!」と鈴が叫ぶ声が聞こえてきた。
いつのまにか目の前には車のヘッドライトが揺れていた。いや、けっこうなスピードだった車そのものがふらふらと揺れていたのだろうか。
ああ駄目だと思うよりも寿也は咄嗟に「やっぱり心配で迎えに来てくれていたんだな」と思い、口元が綻んだ。それと同時に大きな衝撃を体に感じた。一気に目の前が真っ暗になった。
どれくらい経ったのだろうか。一瞬かもしれないし結構経ったかもしれない。全くわからない。
目を覚ますと体の全身が激しく痛み、少しも動かすことができなかった。それでも何とか体を起こし、倒れている鈴の隣へ這うように近づいた。
鈴は傷だらけだった。寿也を守ろうとしてくれたのだろう。だが人間の姿だけに同じくぼろぼろになってしまったようだ。咄嗟のことで猫又になる暇もなかったに違いない。
今まで何度も守ってもらった気がする。その挙句、すずまでこんな状態にしてしまうなんてと涙を滲ませながら寿也は次に携帯電話を何とか探った。だが車とぶつかった衝撃で同じく携帯電話も無残な姿になっていた。どうやら自ら救急車を呼ぶことすらできないようだ。小さくため息をつくとますます体が痛んだ。ふと見えた車体は壁に激突したようでこれまたひどい状態だった。運転手がどうなっているかは神のみぞ知る、だ。
……そういえば九郎からもらった置物、この間見たら何でかまたいくつも欠けてたんだよな……落とした記憶もないのに……もしかしてそれでこんな不運に?
そろそろ少し離れた家々でも事故に気づいて出てくるなりしそうなものだというのに、一向にその気配がない。深夜といえども、車はブレーキすらかけてくれなかったようだと言えども、ぶつかった音くらい聞こえたのではないだろうか。相変わらず暗闇で人気がない気がする。助けも呼べない。
「……どうな、って……んだ……クソ……。す、すず……すず……だい、じょうぶ、か……」
あやかしなら大丈夫だよなと思いたいが、今は人間の姿だけにどうなのか寿也にはわからない。見る限りでは普通の人間のように血まみれでぼろぼろだった。
多分……俺は……もう、駄目、だ……。でも……すずは……せめ、てすずは……。
「す、ず……」
「……ごめ……、とし、や……ちゃん、と……と、しやを守れ、なか……」
意識が戻ったのか、鈴の声が聞こえてきた。
「そんなの、あやま、るな」
寿也は上手く動かせない腕をまた何とか動かし、鈴の手を握ろうとした。その時、先ほど見てしまった暗闇から伸びる枝のような手を感じた。痛みとは違うぞくりとしたおぞけを感じるが、これ以上動くことなどできない。
クソ……せめて普通に死なせて、くれ……。
鈴を抱えようとしたら、ぼろぼろの鈴が力を振り絞ったのか、目を光らせ人間の姿のまま威嚇した。鈴があやかしだと知っている寿也でも少し恐ろしい気配を感じていると、その手もすっと引っ込んでいった。
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