闇に光を

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3話

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 蒼羽は呆然としていた。ちょっと何が起きたのかしばらく把握できなかったくらいだ。
 弟に殴られた。
 そう聞くとただの兄弟喧嘩っぽいが、今まで生きてきて弟である唯翔に殴られたことは一度もない。いや、もしかしたら記憶にないくらい小さな頃にはあったのかもしれないが、とりあえず蒼羽の記憶にはない。
 殴られたとはいえ全く痛くはなかった。本気で殴ろうと思ったのではないのだろう。
 痛くはなかったが、心は痛い。そして蒼羽はとてつもなく驚いていた。
 先ほどまで、唯翔は風邪で具合が悪い蒼羽の看病をしようと一生懸命になってくれていたのだ。酷い風邪という訳ではなかったが少し熱があり、腹の調子もよくない。とにかく気持ちが悪くて怠かった。
 昨日、昔から仲のいい幼馴染みである高人と部屋でだらだらしていた時から違和感があり、夜には完全にダウンした。電話をかけて「たか、お前は引いてねーの? うつってねぇ?」と聞けば「俺は何も。夏風邪はバカが引くって言うしな」などと返ってきたが、その後に「早く寝ろよ」と労りの言葉も寄越してきた。
 オカン、と思いながら電話を切り、言われるまでもなく早々に寝たのだが朝起きても全然よくなっていなかった。
 学生は夏休みとはいえ、大人には関係がない。両親共いつものように朝から仕事がある。腹の調子が悪くて気持ちが悪かったが、市販の薬を飲むには何か腹に入れないとと蒼羽がのそのそリビングの方へ一旦向かっていたら母親と鉢合わせした。

「あら、蒼羽ってば具合悪いの?」
「ん。気持ち悪い」
「何だ、蒼羽もつわりか」
「親父ウザイ、キモい、馬鹿」

 先に出ようとしていた父親も蒼羽に気づいてつまらないことを言ってきたので悪態を返しておいた。

「夏風邪かしら? ごめんね、何も作ってあげる時間ないわ」
「いーよ、自分でするし、母さんは大事な体なんだから今の俺に近寄んなよ」
「もう。無理しないで、あれだったら病院行きなさい。あと夏風邪なら部屋のエアコン、ドライつけるなりして除湿させなさいよ」
「そーなの? わかった。いってらっしゃい」

 親が出て行ったところで、唯翔が「兄さん、大丈夫?」と声をかけてきた。とりあえず何か欲しいものはないかと聞かれたので、ないと答える。
 そうして蒼羽のために粥を作ろうと、ぎこちない手つきで頑張ってくれていた。口にし、動いたのは蒼羽の心からの気持ちのつもりだった。

「ゆいはそんなことしなくていいよ。遊びに行っていいんだぞ」

 唯翔は普段から料理は全くだ。両親共、働いているのもあって蒼羽は多少ならできる。唯翔も手伝うと蒼羽に言ってきたことはあるが「いいって。大丈夫」といつも答えていた。だからその調子で、言いながら調理器具を取り上げ、自分でやろうとした。
 それがいけなかったのだろうか。唯翔は怒り出し、挙げ句蒼羽を殴ってそのまま家を飛び出して行った。
 飛び出し際に唯翔が叫ぶように言ってきたいくつかの言葉が頭から離れない。

「何で頼ってこないんだよ?」
「俺じゃダメなのか」
「兄だと今は思いたくない」

 最後の言葉は何より効いた。殴られたのはちっとも痛くなかったけれども、この言葉で心が痛い。ついでに気持ちが悪い。
 唯翔が作りかけていた粥を、蒼羽は泣きながら食べた。作りかけの粥でさらに腹を壊すかもしれないが構わなかった。
 風邪と言っても腹に来ているせいか、元々鼻水は出ていなかった。だが泣いたせいで今や鼻水の被害にも遭っている。
 食べ終えると鼻をかんでから市販の薬を飲んだ。
 幼い頃から蒼羽の後を追いかけてくる姿が本当にかわいくて、唯翔が大好きだった。かわいくてかわいくて仕方がなかった。宝物と言っても過言じゃなかった。
 宝物のように思っていた幼い頃は多分純粋に弟として好きだったはずだが、実を言えば今の蒼羽は唯翔が恋愛の意味で好きだ。
 小学生の頃は気になる女の子がいたし、中学生になると早々に彼女もできた。ただ、ずっと蒼羽を追いかけてくれていた唯翔が何となくあまり追ってくれなくなったように思えた頃だろうか、気づけば蒼羽のほうが唯翔を目で追うようになっていた。
 その頃には初めて付き合っていた彼女とは別れていて、むしろ自分の気持ちを認めたくないこともあり、軽い感じの女の子と軽い付き合いをするようになっていた。
 確認するようで申し訳ないとは思ったが、ちゃんと女で勃ったしいつも最後までできたので、少なくとも男が好きというのではなさそうだった。
 そんな軽い付き合いも今はしていない。もう本当に唯翔が好きで、他の誰ともできそうにないところまで来ていた。
 唯翔から一度、「いい加減な付き合いしてんじゃないよ」と言われて死にそうなほど凹んだという事実もある。ついでにしばらくは精神的打撃から一時的なインポになったのか、お一人様プレイすらできなかった。それくらい好きなのだ。
 もちろんどう見ても唯翔は男だ。蒼羽よりはほんの少しだけ身長は低いかもしれないが、十分にある。がたいはさほどがっしりしていないかもしれないが、喧嘩が強い蒼羽だって筋肉はあるものの細い。同じようなものだ。どう逆立ちをしても男だ。
 いや、まずその前に弟であり、家族だ。もちろん血も繋がっている。
 だというのに、間違えようがないくらい、蒼羽は唯翔が好きだった。
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