ドラマのような恋を

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1話

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 曲がり角で出くわしてぶつかる、などといったどうやらお約束らしい出来事は、むしろドラマではとんと見かけたことがないし演じたこともない。
 穂村 葵(ほむら あおい)は普段、気軽に外を歩くことはない。たまに行く学校も、大抵車で送迎してもらっている。それは葵が大会社の社長でもその息子でもなく、顔が世間に知れ渡っているからだ。テレビをつけても雑誌を開いても、何らかで葵の顔を見ることになる。よって大抵移動は車が多かった。
 だが今日は違った。いつも送迎してくれるマネージャーである安里 章生(あさと あきお)にどうしても外せない仕事が急遽できてしまい、代わりの者を手配するにも下手すれば人を見つける前に葵の予定している仕事が始まってしまいそうだった。
 昼休み前に連絡が入り、葵は仕方なく自分でタクシーでも拾って予定しているスタジオへ向かうことにした。本当なら学校で昼飯を食べてから向かう予定でいたが、自分で向かうとなるとゆっくりもしていられなさそうだ。
 この学校は金持ち連中も多いようで、普段から葵だけでなく車の送迎ある他の生徒たちもいる。それもあって学校から少し離れないとタクシーは捕まえられそうにない。

「……っち。面倒だな。それにすぐ食うつもりでいたから腹も減ってるっつーの」

 少しイライラしながら葵は学校を出た。さっさとタクシーを捕まえ、早めにスタジオ入りして飯を食おう、そう考えながら早足で歩いていると、冒頭のように曲がり角で誰かにぶつかってしまった。
 仕事柄外面はいいので、イラつきながらもとりあえず柔らかな口調で謝ろうとはした。だが目の前でバランスを崩してよろめいているのは葵と同じ制服を着て、しかも葵がありつけなかった食べ物を持っている。つい、思わず舌打ちしてしまいそうだった。それを堪えていると「……最悪。レタスが落ちた」などと相手が呟いている。

 あぁ? この葵様とぶつかっておきながら、こちとら詫び入れる気しかなかったってのにテメェはレタスかよっ?

「……おま」
「ちょっとあんた。前見て歩いて。俺はあんたに気づいて避けようとしたのにそれすら気づかず凄い勢いで突っ込んできて……おかげでせっかく抜け出して買ったスペシャルデラックスサンドが台無し……」
「は? 台無しってレタス落ちただけだろが。つか食いながら歩くなよ!」
「何言ってんの……スペシャルデラックスは何が欠けてもスペシャルデラックスじゃなくなるんだけど。このレタス一つ取っても計算しつくされた配分が──」

 うぜぇ……!

 葵はドン引きしながら相手を見た。何てことはない、平凡などこにでもその辺にいるような男子生徒だ。黒髪はボサボサしており目に覇気もない。身長は一般的なら普通なのかもしれないが、八十近くある葵からすれば小さい。おまけにひよっこそうだ。
 そんな平凡な男が葵を見ても全く反応見せてこない。

「っていうかテメェ、俺が誰かもしかしてわかってねーの」
「……誰」
「だ、誰って、てめ……、っつか時間ねぇんだった……くそっ。ぶつかったのは俺も悪かった! だがテメェもレタスより俺を見ろっつーの、間抜けが!」
「……は?」

 怪訝な顔してくる平凡男に対し、さらに文句を言いたいところだったがあいにく本当に時間がない。葵は仕方なく舌打ちすると、その場から離れた。
 結局スタジオに入ったのはギリギリだった。食事どころかメイクや着替えも急いでしないといけない状態に、葵はますますイライラする。

「今日は焔くんのマネージャーさん、別の仕事だって? 学校からここまでお疲れ様」

 何とか間に合わせ、とりあえず共演する今日の先輩方の楽屋へ挨拶に向かうと、そのうちのひとりにそう言われた。

「はい、ありがとうございます。マネージャーも忙しいですし、仕方ないです」
「今をときめくアイドルだってのに焔くんは礼儀正しいね」

 アイドルじゃねぇ……役者もタレントもこなすオールマイティーな歌手だっつーの。

「ありがとうございます。でもそうでもないですよ」

 内心とは裏腹に、葵はにっこり微笑んだ。
 無事収録も終わり、食事にありつけたのはそれから十二時間後だった。
 その頃にはマネージャーの章生もやってきており、章生の運転する車でようやく葵は章生がコンビニエンスストアで買ったらしいおにぎりを頬張った。

「焔、お疲れ。もらった弁当は食べないのか」

 皆が焔と呼ぶのは葵の芸名だからだ。蒼井 焔(あおい えん)という芸名は本名の穂村 葵をもじっている。

「帰ってから食う。今はとりあえずだ、めちゃくちゃ腹減ってんだよ」 

 どうでもよさげに答えながら、ふと葵は昼間にぶつかった相手を思い出した。

 俺を知らないとか、あいつどーなってんだよ、おかしいんじゃねーの……。おまけにあいつのせいで今まで飯、食いっぱぐれた。

 がさがさビニール袋に手を突っ込むと、今度手にしていたのはサンドイッチだった。卵の黄とトマトの赤、そしてレタスの緑が食欲を誘ってくる。

「つかレタス……! このやろう、繊維の先まで食いつくしてやるからな……!」
「あれ? 焔、そんなにレタス好きだっけ?」
「むしろ嫌いだわ、すげーうぜぇわ……!」
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