ドラマのような恋を

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3話

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 何度じろじろと見ようが、目の前の男はすぐに忘れてしまいそうなほど地味だ。葵は微妙な気持ちでもう一度見る。
 目鼻立ちのバランスは多分悪くない。肌も一般人の割には綺麗かもしれない。だが何だろうか、一つ一つのパーツが大人しいというのだろうか。何一つ主張してこない。そのせいで例えば今、目を逸らしたら既にどんな顔だったか忘れてしまいそうだ。全然チャームポイントでも何でもないのだが、ボサボサした髪のほうがむしろ印象に残りそうだ。

 ……この髪だって質は悪くないだろうから整えたらいい感じになるだろうに。

 何となくそんなことを考えていてハッとなる。何故この自分がレタス野郎の見た目について心を配ってやらねばならないのか。
 というか、葵がずっとじろじろと見ていても目の前の男は顔色一つ変えてこない。表情も変わらない。他の誰かなら今頃舞い上がって卒倒してそうなものなのにと葵はますます微妙な気持ちになる。

「お前、俺を目の前にして何ともねえの?」
「……?」

 今、ようやく少し表情が変わった。ただし怪訝な顔だが。

「何で怪訝そうなんだよ」
「はぁ……あんたは特殊な」

 そう、特殊なんだよ、歌手やってんだよ、全国的に知れわたってんだよ。ようやく気づいたか。

「臭いか何かでも放ってんの……? でも俺はわからないし何ともないけ──」
「何でだよ!」

 本当にこいつは何だ。

 葵は唖然とした。一方目の前の男はまた怪訝な顔している。怪訝な顔したいのはこちらだと思いつつ、葵はため息ついた。

「お前、どうやったら俺知らないで過ごせんの。多分今、テレビに映らない日、ないと思うし結構色んな雑誌にも載ってると思うんだけど」
「……はぁ」
「蒼井焔。聞いたことあんだろ?」
「アオイエ……、?」
「俺の名前! つか変な感じに読んで区切んな。あおい、えん!」
「あおいくん」

 どうでもよさげにボンヤリした感じだった目の前の男が急にじっと葵を見ながら名前を呼んできた。そのせいか妙に落ち着かなくなる。いつもなら芸名で呼ばれ慣れているというのに何故か訂正していた。

「あ、いや俺の本当の名は穂村葵で……」
「……本当の名……? 中二病ってやつ……?」
「はぁっ? ちっげぇわ!」

 駄目だ、とりあえずもう俺を知っているものだという概念を捨てよう。

 葵はため息をまたはいた。

「……なぁ、お前の名前何。キリエって聞いたけど」
「そのままだけど。本当の名も第二の名もないよ」
「俺もねぇんだよ! 蒼井焔は芸名!」
「……芸名……? あおいく……ほむらくんは芸人だったのか。悪いけど漫才とかあまり興味なくて……」
「だから何でだよ!」

 結局ろくすっぽ話は進まなかった。葵にわかったことと言えばひたすら平凡な男が二歳下の一年生であるということ、葵に対してだけでなく基本的に大抵のことに興味がなさそうだということ、そして名前くらいだ。
 桐江 奏真(きりえ そうま)という名前を聞き出すにも一苦労だった気がする。そのくせ、この間ぶつかってレタスを一枚落としたスペシャルデラックスサンドのことに話がいけば、もういい止めてくれというくらい奏真はべらべら喋り出した。

「──で、あの絶妙なソースの配分は中々例えようのない、まさに黄金比だと思う」
「いや、わかんねーよ!」

 妙に疲れた気がするのに、歌の収録へ移動する車の中で葵は何となくすっきりしている自分に気づいた。

 何でだ……疲れてるはずなんだけど。

 マネージャーの章生にまで「焔、何だかすっきりして見えるな。いいことでもあったのか?」と言われた。

「いいことなんてねーよ。……むしろ微妙で疲れることならあったけどな」
「何があったんだ?」
「俺のこと知らねーやつがいたんだよ、信じられるか?」
「まぁ、中にはいるんじゃないか? テレビをあまり観ないとか芸能に興味ない人だっているだろ」
「にしてもあの反応はねーわ。……スペシャルデラックスサンドにしか興味ねーんじゃねーかな」
「何?」
「スペシャルデラックスサンド。……くそ、何か疲れ過ぎて妙に笑い込み上げてきた」
「やっぱりすっきりしてついでに楽しそうだな」
「スペシャルデラックスサンドのせいだ」
「何だよ、それ」

 次から次へと込み上げてくる葵の笑いに、章生までもがつられたように笑ってきた。
 歌の収録の時も、他のメンバーに「えらく機嫌よさそう」「何か楽しいことでもあった?」などと聞かれた。ついでにいつも以上に喉の調子がよく、自分の中では比較的苦手な高音への移行も上手く表現できた。
 翌日とその次の日は一日仕事があったので学校は休んだが、その次の日に登校すると、葵は昼休みにすぐまた一年のフロアへ向かっていた。

「おい、桐江」

 周りがまたそわそわと葵を見ている中、クラスメイト何人かとすでに弁当を食べていた奏真はむしろ少し面倒そうな顔で葵を見てくる。

 ……こんな顔で俺を見てくんの、ほんとお前だけだっつーの。

 葵はといえば微妙な顔になりながら、他学年の教室だろうが遠慮なく入っていき奏真の前まで向かう。

「ちょっと来い」
「昼飯食べてるんで」
「……。食堂の限定ステーキランチのチケットがあるんだが……」

 食券をちらつかせると、奏真はそそくさと弁当をしまい「何の用?」と立ち上がってきた。
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