3 / 65
3話
しおりを挟む
何度じろじろと見ようが、目の前の男はすぐに忘れてしまいそうなほど地味だ。葵は微妙な気持ちでもう一度見る。
目鼻立ちのバランスは多分悪くない。肌も一般人の割には綺麗かもしれない。だが何だろうか、一つ一つのパーツが大人しいというのだろうか。何一つ主張してこない。そのせいで例えば今、目を逸らしたら既にどんな顔だったか忘れてしまいそうだ。全然チャームポイントでも何でもないのだが、ボサボサした髪のほうがむしろ印象に残りそうだ。
……この髪だって質は悪くないだろうから整えたらいい感じになるだろうに。
何となくそんなことを考えていてハッとなる。何故この自分がレタス野郎の見た目について心を配ってやらねばならないのか。
というか、葵がずっとじろじろと見ていても目の前の男は顔色一つ変えてこない。表情も変わらない。他の誰かなら今頃舞い上がって卒倒してそうなものなのにと葵はますます微妙な気持ちになる。
「お前、俺を目の前にして何ともねえの?」
「……?」
今、ようやく少し表情が変わった。ただし怪訝な顔だが。
「何で怪訝そうなんだよ」
「はぁ……あんたは特殊な」
そう、特殊なんだよ、歌手やってんだよ、全国的に知れわたってんだよ。ようやく気づいたか。
「臭いか何かでも放ってんの……? でも俺はわからないし何ともないけ──」
「何でだよ!」
本当にこいつは何だ。
葵は唖然とした。一方目の前の男はまた怪訝な顔している。怪訝な顔したいのはこちらだと思いつつ、葵はため息ついた。
「お前、どうやったら俺知らないで過ごせんの。多分今、テレビに映らない日、ないと思うし結構色んな雑誌にも載ってると思うんだけど」
「……はぁ」
「蒼井焔。聞いたことあんだろ?」
「アオイエ……、?」
「俺の名前! つか変な感じに読んで区切んな。あおい、えん!」
「あおいくん」
どうでもよさげにボンヤリした感じだった目の前の男が急にじっと葵を見ながら名前を呼んできた。そのせいか妙に落ち着かなくなる。いつもなら芸名で呼ばれ慣れているというのに何故か訂正していた。
「あ、いや俺の本当の名は穂村葵で……」
「……本当の名……? 中二病ってやつ……?」
「はぁっ? ちっげぇわ!」
駄目だ、とりあえずもう俺を知っているものだという概念を捨てよう。
葵はため息をまたはいた。
「……なぁ、お前の名前何。キリエって聞いたけど」
「そのままだけど。本当の名も第二の名もないよ」
「俺もねぇんだよ! 蒼井焔は芸名!」
「……芸名……? あおいく……ほむらくんは芸人だったのか。悪いけど漫才とかあまり興味なくて……」
「だから何でだよ!」
結局ろくすっぽ話は進まなかった。葵にわかったことと言えばひたすら平凡な男が二歳下の一年生であるということ、葵に対してだけでなく基本的に大抵のことに興味がなさそうだということ、そして名前くらいだ。
桐江 奏真(きりえ そうま)という名前を聞き出すにも一苦労だった気がする。そのくせ、この間ぶつかってレタスを一枚落としたスペシャルデラックスサンドのことに話がいけば、もういい止めてくれというくらい奏真はべらべら喋り出した。
「──で、あの絶妙なソースの配分は中々例えようのない、まさに黄金比だと思う」
「いや、わかんねーよ!」
妙に疲れた気がするのに、歌の収録へ移動する車の中で葵は何となくすっきりしている自分に気づいた。
何でだ……疲れてるはずなんだけど。
マネージャーの章生にまで「焔、何だかすっきりして見えるな。いいことでもあったのか?」と言われた。
「いいことなんてねーよ。……むしろ微妙で疲れることならあったけどな」
「何があったんだ?」
「俺のこと知らねーやつがいたんだよ、信じられるか?」
「まぁ、中にはいるんじゃないか? テレビをあまり観ないとか芸能に興味ない人だっているだろ」
「にしてもあの反応はねーわ。……スペシャルデラックスサンドにしか興味ねーんじゃねーかな」
「何?」
「スペシャルデラックスサンド。……くそ、何か疲れ過ぎて妙に笑い込み上げてきた」
「やっぱりすっきりしてついでに楽しそうだな」
「スペシャルデラックスサンドのせいだ」
「何だよ、それ」
次から次へと込み上げてくる葵の笑いに、章生までもがつられたように笑ってきた。
歌の収録の時も、他のメンバーに「えらく機嫌よさそう」「何か楽しいことでもあった?」などと聞かれた。ついでにいつも以上に喉の調子がよく、自分の中では比較的苦手な高音への移行も上手く表現できた。
翌日とその次の日は一日仕事があったので学校は休んだが、その次の日に登校すると、葵は昼休みにすぐまた一年のフロアへ向かっていた。
「おい、桐江」
周りがまたそわそわと葵を見ている中、クラスメイト何人かとすでに弁当を食べていた奏真はむしろ少し面倒そうな顔で葵を見てくる。
……こんな顔で俺を見てくんの、ほんとお前だけだっつーの。
葵はといえば微妙な顔になりながら、他学年の教室だろうが遠慮なく入っていき奏真の前まで向かう。
「ちょっと来い」
「昼飯食べてるんで」
「……。食堂の限定ステーキランチのチケットがあるんだが……」
食券をちらつかせると、奏真はそそくさと弁当をしまい「何の用?」と立ち上がってきた。
目鼻立ちのバランスは多分悪くない。肌も一般人の割には綺麗かもしれない。だが何だろうか、一つ一つのパーツが大人しいというのだろうか。何一つ主張してこない。そのせいで例えば今、目を逸らしたら既にどんな顔だったか忘れてしまいそうだ。全然チャームポイントでも何でもないのだが、ボサボサした髪のほうがむしろ印象に残りそうだ。
……この髪だって質は悪くないだろうから整えたらいい感じになるだろうに。
何となくそんなことを考えていてハッとなる。何故この自分がレタス野郎の見た目について心を配ってやらねばならないのか。
というか、葵がずっとじろじろと見ていても目の前の男は顔色一つ変えてこない。表情も変わらない。他の誰かなら今頃舞い上がって卒倒してそうなものなのにと葵はますます微妙な気持ちになる。
「お前、俺を目の前にして何ともねえの?」
「……?」
今、ようやく少し表情が変わった。ただし怪訝な顔だが。
「何で怪訝そうなんだよ」
「はぁ……あんたは特殊な」
そう、特殊なんだよ、歌手やってんだよ、全国的に知れわたってんだよ。ようやく気づいたか。
「臭いか何かでも放ってんの……? でも俺はわからないし何ともないけ──」
「何でだよ!」
本当にこいつは何だ。
葵は唖然とした。一方目の前の男はまた怪訝な顔している。怪訝な顔したいのはこちらだと思いつつ、葵はため息ついた。
「お前、どうやったら俺知らないで過ごせんの。多分今、テレビに映らない日、ないと思うし結構色んな雑誌にも載ってると思うんだけど」
「……はぁ」
「蒼井焔。聞いたことあんだろ?」
「アオイエ……、?」
「俺の名前! つか変な感じに読んで区切んな。あおい、えん!」
「あおいくん」
どうでもよさげにボンヤリした感じだった目の前の男が急にじっと葵を見ながら名前を呼んできた。そのせいか妙に落ち着かなくなる。いつもなら芸名で呼ばれ慣れているというのに何故か訂正していた。
「あ、いや俺の本当の名は穂村葵で……」
「……本当の名……? 中二病ってやつ……?」
「はぁっ? ちっげぇわ!」
駄目だ、とりあえずもう俺を知っているものだという概念を捨てよう。
葵はため息をまたはいた。
「……なぁ、お前の名前何。キリエって聞いたけど」
「そのままだけど。本当の名も第二の名もないよ」
「俺もねぇんだよ! 蒼井焔は芸名!」
「……芸名……? あおいく……ほむらくんは芸人だったのか。悪いけど漫才とかあまり興味なくて……」
「だから何でだよ!」
結局ろくすっぽ話は進まなかった。葵にわかったことと言えばひたすら平凡な男が二歳下の一年生であるということ、葵に対してだけでなく基本的に大抵のことに興味がなさそうだということ、そして名前くらいだ。
桐江 奏真(きりえ そうま)という名前を聞き出すにも一苦労だった気がする。そのくせ、この間ぶつかってレタスを一枚落としたスペシャルデラックスサンドのことに話がいけば、もういい止めてくれというくらい奏真はべらべら喋り出した。
「──で、あの絶妙なソースの配分は中々例えようのない、まさに黄金比だと思う」
「いや、わかんねーよ!」
妙に疲れた気がするのに、歌の収録へ移動する車の中で葵は何となくすっきりしている自分に気づいた。
何でだ……疲れてるはずなんだけど。
マネージャーの章生にまで「焔、何だかすっきりして見えるな。いいことでもあったのか?」と言われた。
「いいことなんてねーよ。……むしろ微妙で疲れることならあったけどな」
「何があったんだ?」
「俺のこと知らねーやつがいたんだよ、信じられるか?」
「まぁ、中にはいるんじゃないか? テレビをあまり観ないとか芸能に興味ない人だっているだろ」
「にしてもあの反応はねーわ。……スペシャルデラックスサンドにしか興味ねーんじゃねーかな」
「何?」
「スペシャルデラックスサンド。……くそ、何か疲れ過ぎて妙に笑い込み上げてきた」
「やっぱりすっきりしてついでに楽しそうだな」
「スペシャルデラックスサンドのせいだ」
「何だよ、それ」
次から次へと込み上げてくる葵の笑いに、章生までもがつられたように笑ってきた。
歌の収録の時も、他のメンバーに「えらく機嫌よさそう」「何か楽しいことでもあった?」などと聞かれた。ついでにいつも以上に喉の調子がよく、自分の中では比較的苦手な高音への移行も上手く表現できた。
翌日とその次の日は一日仕事があったので学校は休んだが、その次の日に登校すると、葵は昼休みにすぐまた一年のフロアへ向かっていた。
「おい、桐江」
周りがまたそわそわと葵を見ている中、クラスメイト何人かとすでに弁当を食べていた奏真はむしろ少し面倒そうな顔で葵を見てくる。
……こんな顔で俺を見てくんの、ほんとお前だけだっつーの。
葵はといえば微妙な顔になりながら、他学年の教室だろうが遠慮なく入っていき奏真の前まで向かう。
「ちょっと来い」
「昼飯食べてるんで」
「……。食堂の限定ステーキランチのチケットがあるんだが……」
食券をちらつかせると、奏真はそそくさと弁当をしまい「何の用?」と立ち上がってきた。
11
あなたにおすすめの小説
期待の名探偵の頭脳は、俺に全振りされている。
さんから
BL
高校生探偵後輩×漫画描き先輩
部活の後輩・後生掛 清志郎は、数々の難事件を解決してきた期待の名探偵だ。……だけど高校に入学してから探偵の活動を控えているらしく、本人いわくその理由は俺・指宿 春都にあると言う。
「俺はイブ先輩だけに頼られたいし、そのために可能な限りあなたの傍にいたいんですっ」
いつもそう言って、しょうもないことばかりに推理力を使う後生掛。頭も見た目も良いコイツがどうして俺に執着してるのかが分からなくて──。
はじまりの朝
さくら乃
BL
子どもの頃は仲が良かった幼なじみ。
ある出来事をきっかけに離れてしまう。
中学は別の学校へ、そして、高校で再会するが、あの頃の彼とはいろいろ違いすぎて……。
これから始まる恋物語の、それは、“はじまりの朝”。
✳『番外編〜はじまりの裏側で』
『はじまりの朝』はナナ目線。しかし、その裏側では他キャラもいろいろ思っているはず。そんな彼ら目線のエピソード。
告白ごっこ
みなみ ゆうき
BL
ある事情から極力目立たず地味にひっそりと学園生活を送っていた瑠衣(るい)。
ある日偶然に自分をターゲットに告白という名の罰ゲームが行われることを知ってしまう。それを実行することになったのは学園の人気者で同級生の昴流(すばる)。
更に1ヶ月以内に昴流が瑠衣を口説き落とし好きだと言わせることが出来るかということを新しい賭けにしようとしている事に憤りを覚えた瑠衣は一計を案じ、自分の方から先に告白をし、その直後に全てを知っていると種明かしをすることで、早々に馬鹿げたゲームに決着をつけてやろうと考える。しかし、この告白が原因で事態は瑠衣の想定とは違った方向に動きだし……。
テンプレの罰ゲーム告白ものです。
表紙イラストは、かさしま様より描いていただきました!
ムーンライトノベルズでも同時公開。
今日は少し、遠回りして帰ろう【完】
新羽梅衣
BL
「どうしようもない」
そんな言葉がお似合いの、この感情。
捨ててしまいたいと何度も思って、
結局それができずに、
大事にだいじにしまいこんでいる。
だからどうかせめて、バレないで。
君さえも、気づかないでいてほしい。
・
・
真面目で先生からも頼りにされている枢木一織は、学校一の問題児・三枝頼と同じクラスになる。正反対すぎて関わることなんてないと思っていた一織だったが、何かにつけて頼は一織のことを構ってきて……。
愛が重たい美形×少しひねくれ者のクラス委員長、青春ラブストーリー。
僕の恋人は、超イケメン!!
八乙女 忍
BL
僕は、普通の高校2年生。そんな僕にある日恋人ができた!それは超イケメンのモテモテ男子、あまりにもモテるため女の子に嫌気をさして、偽者の恋人同士になってほしいとお願いされる。最初は、嘘から始まった恋人ごっこがだんだん本気になっていく。お互いに本気になっていくが・・・二人とも、どうすれば良いのかわからない。この後、僕たちはどうなって行くのかな?
消えない思い
樹木緑
BL
オメガバース:僕には忘れられない夏がある。彼が好きだった。ただ、ただ、彼が好きだった。
高校3年生 矢野浩二 α
高校3年生 佐々木裕也 α
高校1年生 赤城要 Ω
赤城要は運命の番である両親に憧れ、両親が出会った高校に入学します。
自分も両親の様に運命の番が欲しいと思っています。
そして高校の入学式で出会った矢野浩二に、淡い感情を抱き始めるようになります。
でもあるきっかけを基に、佐々木裕也と出会います。
彼こそが要の探し続けた運命の番だったのです。
そして3人の運命が絡み合って、それぞれが、それぞれの選択をしていくと言うお話です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる