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5話
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その日は朝、登校した際やたら煩い時があった。
「うるさ……」
いくら奏真が大抵のことに興味がなくとも、騒音には意識もいく。何事だと騒音の元を見れば、誰かを囲うようにして歩きながらキャーキャーと騒いでいる女子の塊がいた。
「もっかい歌って!」
「一瞬過ぎだよー」
「今のが今度の新曲のサビ?」
そんな言葉が聞こえてくる。
「今ので終わり。それでも大サービスなんだからな。これ以上は買って聞いてくれ。もしくは今日収録する歌番で歌うからそれ放映されたら観てくれ」
「商売上手だー」
「絶対買うね」
……何だ、カラオケの話か……?
カラオケは興味ない、と邪魔そうに見ていた奏真はそのままそそくさと歩き出す。多分朝からそんな感じで快適ではなかったので、ついてない日だったのかもしれない。だからスペシャルデラックスサンドのレタスを落としてしまう羽目になったのかもしれない。夜、剛に「レタス一枚落としてしまってスペシャルデラックスサンドを完璧な状態で食べられなかった」と言えば苦笑された。
翌日、放課後部活を終えて帰ると冷蔵庫にレタスが入っていたので「違う、そうじゃない」と思いつつもレタスチャーハンとレタスの豚バラ炒めをいそいそと作ることにした。
そんな感じで、全くもって食べ物のことしか覚えていなかったのだが、奏真は同じ人物と微妙に関わっていたらしい。奏真の教室までやってきた人物は何か小煩いことを言っていてあまり頭に入ってこなかったが、要は自分のことを知らない奏真が理解できない様子だった。どこぞの変な人物だと思ったが、教室にいた部活仲間が後で教えてくれた。相当有名な芸能人らしい。
「蒼井焔を知らないのってこの学校ではもしかしたら桐江くらいじゃないかな。お前らしいけど」
「ふーん」
とはいえ別に知らなくても問題なかった。だが三日後、またその人物が教室へやって来た。さすがに面倒だと思っていたらその人物が、限定のため中々買えない学食のステーキランチのチケットをちらつかせてきた。食堂へ向かう途中、その人物は「これが食いたければ今日は放課後、俺にちょっとつき合え」とまたチケットをちらつかせてくる。
「……部活あるんだけど」
「休め」
「……」
ステーキランチは食べたいが、部活へも行きたい。奏真が黙々と考えていると舌打ちが聞こえてきた。
「わかった。放課後つき合えば、さらに一般人には食べることできないロケ弁、それもこの俺すら認める『津田屋』の弁当も食わせてやる」
「行く」
津田屋は奏真も知っている。創業四十年にはなる老舗の弁当屋だ。行くしかない。頷くと相手は満足そうに笑みを浮かべてきた。そしてステーキランチはやはり美味かった。
「……さすがシャトーブリアン……」
「は? 何だそれ。店の名前か?」
「違う。肉の部位」
「部位? サーロインとかみたいなのか?」
「そう。テンダーロイン……ヒレ肉の中でもほんの三パーセントしか取れない部分」
「へえ。たかが学食だってのにそんな肉使ってんのな」
てっきりどうでもよさそうな反応が返ってくると思いきや、相手は乗ってきてくれた。
「……だから限定だし高いし。あとは多分ブランド肉じゃないからまだ手頃なんだと思う」
「なるほどな。つかお前変なことよく知ってんのな。俺のことは知らねーのに」
「……」
名前、何だったっけ……この人。
ステーキランチを食べさせてくれたし津田屋の弁当も食べさせてくれるらしいし、話も聞いてくれるしで、最初は奏真も変な人だと思っていたが、わりといい人なのかもしれない。
「え、んいくん?」
「は? 誰だよそれ……! 俺の名前言ってるつもりかよ、お前いくらなんでも失礼にもほどがあんぞっ? つか何か混ぜてくんな! 穂村だよ! 穂村葵!」
「そんな単純な名前だった……? もっとごちゃごちゃしてたような……?」
「それはお前が俺の話ちゃんと聞いてねーからだよ! 芸名と本名! んで今のは本名な」
あと、意外にも律儀だ。
「ほむらくん……。穂村くん」
「な、何だよ」
「穂村く……」
「……おい。音読して覚えようとするなよ……! この俺の名前すら普通に記憶できねーとか、ほんと桐江の脳ってどーなってんの?」
「穂村くんは俺の名前覚えてんの」
「馬鹿にすんな。聞いたの三日前だぞ……」
それはそうだが、それほど有名な芸能人とやらなら知り合いですらない一生徒の名前など覚えなさそうな気が何となくしたのかもしれない。
肉を食べきり、奏真がぼんやり葵の皿を見ていたら微妙な顔をされた。
「おい。涎でも垂らしそうだぞ」
「垂らさないよ」
「素で答えんな。……ああくそ。落ち着かねえ。俺の残り、やるよ、食え」
微妙な顔のまま、葵は自分の皿を奏真の前に押しやってきた。
「え、いいの?」
「そんだけ見られて食えるわけねーだろ。半分は食ったし、もういい。塩サバの小皿取ってくる」
実際立ち上がって自ら取りに行った葵を奏真はぼんやり眺めた。やはり意外にもいい人なのかもしれない。そう思いながら遠慮なく葵の食べかけのステーキをひと切れ大きく切ると頬張った。
「うるさ……」
いくら奏真が大抵のことに興味がなくとも、騒音には意識もいく。何事だと騒音の元を見れば、誰かを囲うようにして歩きながらキャーキャーと騒いでいる女子の塊がいた。
「もっかい歌って!」
「一瞬過ぎだよー」
「今のが今度の新曲のサビ?」
そんな言葉が聞こえてくる。
「今ので終わり。それでも大サービスなんだからな。これ以上は買って聞いてくれ。もしくは今日収録する歌番で歌うからそれ放映されたら観てくれ」
「商売上手だー」
「絶対買うね」
……何だ、カラオケの話か……?
カラオケは興味ない、と邪魔そうに見ていた奏真はそのままそそくさと歩き出す。多分朝からそんな感じで快適ではなかったので、ついてない日だったのかもしれない。だからスペシャルデラックスサンドのレタスを落としてしまう羽目になったのかもしれない。夜、剛に「レタス一枚落としてしまってスペシャルデラックスサンドを完璧な状態で食べられなかった」と言えば苦笑された。
翌日、放課後部活を終えて帰ると冷蔵庫にレタスが入っていたので「違う、そうじゃない」と思いつつもレタスチャーハンとレタスの豚バラ炒めをいそいそと作ることにした。
そんな感じで、全くもって食べ物のことしか覚えていなかったのだが、奏真は同じ人物と微妙に関わっていたらしい。奏真の教室までやってきた人物は何か小煩いことを言っていてあまり頭に入ってこなかったが、要は自分のことを知らない奏真が理解できない様子だった。どこぞの変な人物だと思ったが、教室にいた部活仲間が後で教えてくれた。相当有名な芸能人らしい。
「蒼井焔を知らないのってこの学校ではもしかしたら桐江くらいじゃないかな。お前らしいけど」
「ふーん」
とはいえ別に知らなくても問題なかった。だが三日後、またその人物が教室へやって来た。さすがに面倒だと思っていたらその人物が、限定のため中々買えない学食のステーキランチのチケットをちらつかせてきた。食堂へ向かう途中、その人物は「これが食いたければ今日は放課後、俺にちょっとつき合え」とまたチケットをちらつかせてくる。
「……部活あるんだけど」
「休め」
「……」
ステーキランチは食べたいが、部活へも行きたい。奏真が黙々と考えていると舌打ちが聞こえてきた。
「わかった。放課後つき合えば、さらに一般人には食べることできないロケ弁、それもこの俺すら認める『津田屋』の弁当も食わせてやる」
「行く」
津田屋は奏真も知っている。創業四十年にはなる老舗の弁当屋だ。行くしかない。頷くと相手は満足そうに笑みを浮かべてきた。そしてステーキランチはやはり美味かった。
「……さすがシャトーブリアン……」
「は? 何だそれ。店の名前か?」
「違う。肉の部位」
「部位? サーロインとかみたいなのか?」
「そう。テンダーロイン……ヒレ肉の中でもほんの三パーセントしか取れない部分」
「へえ。たかが学食だってのにそんな肉使ってんのな」
てっきりどうでもよさそうな反応が返ってくると思いきや、相手は乗ってきてくれた。
「……だから限定だし高いし。あとは多分ブランド肉じゃないからまだ手頃なんだと思う」
「なるほどな。つかお前変なことよく知ってんのな。俺のことは知らねーのに」
「……」
名前、何だったっけ……この人。
ステーキランチを食べさせてくれたし津田屋の弁当も食べさせてくれるらしいし、話も聞いてくれるしで、最初は奏真も変な人だと思っていたが、わりといい人なのかもしれない。
「え、んいくん?」
「は? 誰だよそれ……! 俺の名前言ってるつもりかよ、お前いくらなんでも失礼にもほどがあんぞっ? つか何か混ぜてくんな! 穂村だよ! 穂村葵!」
「そんな単純な名前だった……? もっとごちゃごちゃしてたような……?」
「それはお前が俺の話ちゃんと聞いてねーからだよ! 芸名と本名! んで今のは本名な」
あと、意外にも律儀だ。
「ほむらくん……。穂村くん」
「な、何だよ」
「穂村く……」
「……おい。音読して覚えようとするなよ……! この俺の名前すら普通に記憶できねーとか、ほんと桐江の脳ってどーなってんの?」
「穂村くんは俺の名前覚えてんの」
「馬鹿にすんな。聞いたの三日前だぞ……」
それはそうだが、それほど有名な芸能人とやらなら知り合いですらない一生徒の名前など覚えなさそうな気が何となくしたのかもしれない。
肉を食べきり、奏真がぼんやり葵の皿を見ていたら微妙な顔をされた。
「おい。涎でも垂らしそうだぞ」
「垂らさないよ」
「素で答えんな。……ああくそ。落ち着かねえ。俺の残り、やるよ、食え」
微妙な顔のまま、葵は自分の皿を奏真の前に押しやってきた。
「え、いいの?」
「そんだけ見られて食えるわけねーだろ。半分は食ったし、もういい。塩サバの小皿取ってくる」
実際立ち上がって自ら取りに行った葵を奏真はぼんやり眺めた。やはり意外にもいい人なのかもしれない。そう思いながら遠慮なく葵の食べかけのステーキをひと切れ大きく切ると頬張った。
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