ドラマのような恋を

Guidepost

文字の大きさ
19 / 65

19話

しおりを挟む
 しばらく横になっていると知らないうちに少し眠ってしまっていたらしい。奏真はぼんやりした頭をゆっくり起こし、辺りを見た。
 あまりの満腹感と気持ちの悪さに周りを見る余裕もなく倒れ込んでいたが、どうやらかなりいい部屋のようだ。そしてソファーには葵がゆったりと座って何やら台本のようなものを熱心に読んでいた。夕暮れに近づいているのか、大きな窓から差し込む金色の柔らかな光がそんな葵を包み込んでいる。

「それ……」
「お、目が覚めたのか。気分はどうだよ」

 気づいた葵が台本から目を上げて奏真を見てきた。

「……、うん。大丈夫」
「……考えねーとわかんねえのかよ」

 物静かな様子で台本らしきものを読んでいるところは何となく別人のようだったが、やはりいつものいちいち煩い葵で間違いないようだ。

「……それ、何かの台本?」
「あ? ああ、これか。そうだ。もうすぐ全国ツアーが始まるからな、それの台本だな」
「全国ツアー、って歌の?」
「他に何があんだよ」
「さぁ? ドラマ?」
「何でドラマで全国まわんだよ……」
「コンサートって台本いるの?」
「MC用のな」
「エムシー?」
「歌の間に喋ったりするやつ」
「ふーん」

 ぼんやり唸るように反応しながらまた横になっていると、葵が台本を置いて近づいてきた。そして奏真のそばに腰を下ろしてくる。

「珍しくお前にしちゃ、反応いいな。いつもならお前の脳はどーなってんだよって勢いで食いもんのことだけだってのに。どういう風の吹き回しだよ」
「……まだお腹いっぱいだし」
「……なるほどな」

 奏真を覗き込みながら葵が呆れたように苦笑してくる。

「食いもんにいく脳が今は飽和状態ってことかよ」

 葵の言葉に奏真は横たわったまま「んん」っと首を傾げた。合ってそうだが何となくおかしい。

「……それだと容量一杯ってことだから余計他のことに頭がいかなくないか。お腹が飽和状態ならわかるけど……」
「う、うるせぇ」

 ムッとしたように顔を背けた葵の耳が赤い。奏真はそれ以上突っ込まないでおこうと思う。

「どんぶり対決、教えてくれて、それとつき合ってくれてありがとう」

 また体を起こし、礼を言うと葵が変な顔して奏真を見てきた。

「……何」
「お前、礼とか言えんだな……」
「……」
「俺に対して基本的に失礼だから礼なんて言えねーやつだと無意識に思ってたわ」

 確かに奏真は基本的に大抵どうでもいいと思っている分、そういう印象を与えていてもおかしくないかもしれないが。

「それを言葉濁さないで言ってくるあんたも大概だけど……」
「何でだよ。間違ったこと言ってねーだろ。……あとそれに、言い間違いとか、……お前、馬鹿にしねーのな」

 また顔を逸らしてぼそりと言ってきた葵の言葉に、奏真は怪訝な顔した。

「……馬鹿に……? 何で」
「……いや、別に! つか、なあ、近づいていいか?」
「は? 何いきなり……別にいいけど……」
「そうか」

 短く言い切ると、元々近くに座っていた葵はさらに近づいてくる。マットレスが微かに軋んだ。

「何でお前は気づかないんだろうな」

 葵が手を伸ばし、葵真の頬にそっと添えてきた。じっと奏真を見てくる。

 ああ、エチュードというやつか。

 少し戸惑っていた奏真は納得した。ただ、これが演技ならもう練習などしなくていいのではないだろうかと思う。真剣な様子で見てくる葵の目は、何と言えばいいのだろう。

 ……葵が俺で、俺がスペシャルデラックスサンド、みたいな感じの目。

 演技だろうが本物だろうが、今まで生きてきて奏真には全く縁のない項目だけに言葉が浮かばなく、食べ物に例えたら何となくピンときた。愛しさや切なさといった言葉は奏真には浮かばないが、凄く好きで欲しくて今すぐ食べたくて堪らないといった目だと思った。

「……何でそんな無表情でじっと見返せんだろな、お前」

 ……今のは台詞? それとも葵の言葉?

「……俺に言った?」
「むしろお前以外、誰に言うんだよ」

 以前、エチュードというのは即興的なものだから相手の言葉に合わせて自分も演技していくのだと葵が言っていたのを奏真は思い出した。それは別に構わないが、どうにも混乱してしまう。一応、無視してもいいし普通の会話だと思って返してくれてもいいとも言われている。
 そういう、むしろプロにはあり得ないような返しにも対応できるようにということなのだろうが、葵もやりにくいのではないだろうか。

 演技って大変なんだな。

「またそうやってすぐに心ここにあらずって感じになるだろ、お前は」
「演技って大変なんだなって思ってたんだよ」
「演技、な。でもそれって少しは俺に関心持ってくれたことになんのか」

 せめて言葉遣いが普段と全然違うなら、これは台詞だと判断できて、さほど混乱しないだろうにと奏真は思った。

「それはわからないけど……」

 つい普通に返してしまう。だがどのみち演技などできないので、むしろ混乱していたほうがいいのかもしれない。

「だろうな」

 葵が苦笑しながら奏真を引き寄せてきた。そして抱きしめられる。
 混乱しつつも、さすがにこれに対しては反応しようがない。身動ぎすることなく、とりあえず固まっていると「なぁ、キスしていいか?」と言われた。

「え、嫌だけど……」

 いくら演技といっても、いや、むしろ演技だから嫌かもしれない。別に葵のことが好きだからとかどうこうではなく、誰が相手であろうが演技で初めてのキスをするのはさすがの奏真でも嬉しくない。

「……へこむわ」
「そう言われても……」

 どうしろと、と相変わらず抱きしめられたまま、奏真は真顔で困惑していた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

隣の席のイケメンに懐かれた

しょうがやき
BL
隣の席のイケメンに懐かれた平凡男子の話

期待の名探偵の頭脳は、俺に全振りされている。

さんから
BL
高校生探偵後輩×漫画描き先輩 部活の後輩・後生掛 清志郎は、数々の難事件を解決してきた期待の名探偵だ。……だけど高校に入学してから探偵の活動を控えているらしく、本人いわくその理由は俺・指宿 春都にあると言う。 「俺はイブ先輩だけに頼られたいし、そのために可能な限りあなたの傍にいたいんですっ」 いつもそう言って、しょうもないことばかりに推理力を使う後生掛。頭も見た目も良いコイツがどうして俺に執着してるのかが分からなくて──。

身代わり召喚された俺は四人の支配者に溺愛される〜囲い込まれて逃げられません〜

たら昆布
BL
間違って異世界召喚された青年が4人の男に愛される話

はじまりの朝

さくら乃
BL
子どもの頃は仲が良かった幼なじみ。 ある出来事をきっかけに離れてしまう。 中学は別の学校へ、そして、高校で再会するが、あの頃の彼とはいろいろ違いすぎて……。 これから始まる恋物語の、それは、“はじまりの朝”。 ✳『番外編〜はじまりの裏側で』  『はじまりの朝』はナナ目線。しかし、その裏側では他キャラもいろいろ思っているはず。そんな彼ら目線のエピソード。

告白ごっこ

みなみ ゆうき
BL
ある事情から極力目立たず地味にひっそりと学園生活を送っていた瑠衣(るい)。 ある日偶然に自分をターゲットに告白という名の罰ゲームが行われることを知ってしまう。それを実行することになったのは学園の人気者で同級生の昴流(すばる)。 更に1ヶ月以内に昴流が瑠衣を口説き落とし好きだと言わせることが出来るかということを新しい賭けにしようとしている事に憤りを覚えた瑠衣は一計を案じ、自分の方から先に告白をし、その直後に全てを知っていると種明かしをすることで、早々に馬鹿げたゲームに決着をつけてやろうと考える。しかし、この告白が原因で事態は瑠衣の想定とは違った方向に動きだし……。 テンプレの罰ゲーム告白ものです。 表紙イラストは、かさしま様より描いていただきました! ムーンライトノベルズでも同時公開。

今日は少し、遠回りして帰ろう【完】

新羽梅衣
BL
「どうしようもない」 そんな言葉がお似合いの、この感情。 捨ててしまいたいと何度も思って、 結局それができずに、 大事にだいじにしまいこんでいる。 だからどうかせめて、バレないで。 君さえも、気づかないでいてほしい。 ・ ・ 真面目で先生からも頼りにされている枢木一織は、学校一の問題児・三枝頼と同じクラスになる。正反対すぎて関わることなんてないと思っていた一織だったが、何かにつけて頼は一織のことを構ってきて……。 愛が重たい美形×少しひねくれ者のクラス委員長、青春ラブストーリー。

僕の恋人は、超イケメン!!

八乙女 忍
BL
僕は、普通の高校2年生。そんな僕にある日恋人ができた!それは超イケメンのモテモテ男子、あまりにもモテるため女の子に嫌気をさして、偽者の恋人同士になってほしいとお願いされる。最初は、嘘から始まった恋人ごっこがだんだん本気になっていく。お互いに本気になっていくが・・・二人とも、どうすれば良いのかわからない。この後、僕たちはどうなって行くのかな?

消えない思い

樹木緑
BL
オメガバース:僕には忘れられない夏がある。彼が好きだった。ただ、ただ、彼が好きだった。 高校3年生 矢野浩二 α 高校3年生 佐々木裕也 α 高校1年生 赤城要 Ω 赤城要は運命の番である両親に憧れ、両親が出会った高校に入学します。 自分も両親の様に運命の番が欲しいと思っています。 そして高校の入学式で出会った矢野浩二に、淡い感情を抱き始めるようになります。 でもあるきっかけを基に、佐々木裕也と出会います。 彼こそが要の探し続けた運命の番だったのです。 そして3人の運命が絡み合って、それぞれが、それぞれの選択をしていくと言うお話です。

処理中です...