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19話
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しばらく横になっていると知らないうちに少し眠ってしまっていたらしい。奏真はぼんやりした頭をゆっくり起こし、辺りを見た。
あまりの満腹感と気持ちの悪さに周りを見る余裕もなく倒れ込んでいたが、どうやらかなりいい部屋のようだ。そしてソファーには葵がゆったりと座って何やら台本のようなものを熱心に読んでいた。夕暮れに近づいているのか、大きな窓から差し込む金色の柔らかな光がそんな葵を包み込んでいる。
「それ……」
「お、目が覚めたのか。気分はどうだよ」
気づいた葵が台本から目を上げて奏真を見てきた。
「……、うん。大丈夫」
「……考えねーとわかんねえのかよ」
物静かな様子で台本らしきものを読んでいるところは何となく別人のようだったが、やはりいつものいちいち煩い葵で間違いないようだ。
「……それ、何かの台本?」
「あ? ああ、これか。そうだ。もうすぐ全国ツアーが始まるからな、それの台本だな」
「全国ツアー、って歌の?」
「他に何があんだよ」
「さぁ? ドラマ?」
「何でドラマで全国まわんだよ……」
「コンサートって台本いるの?」
「MC用のな」
「エムシー?」
「歌の間に喋ったりするやつ」
「ふーん」
ぼんやり唸るように反応しながらまた横になっていると、葵が台本を置いて近づいてきた。そして奏真のそばに腰を下ろしてくる。
「珍しくお前にしちゃ、反応いいな。いつもならお前の脳はどーなってんだよって勢いで食いもんのことだけだってのに。どういう風の吹き回しだよ」
「……まだお腹いっぱいだし」
「……なるほどな」
奏真を覗き込みながら葵が呆れたように苦笑してくる。
「食いもんにいく脳が今は飽和状態ってことかよ」
葵の言葉に奏真は横たわったまま「んん」っと首を傾げた。合ってそうだが何となくおかしい。
「……それだと容量一杯ってことだから余計他のことに頭がいかなくないか。お腹が飽和状態ならわかるけど……」
「う、うるせぇ」
ムッとしたように顔を背けた葵の耳が赤い。奏真はそれ以上突っ込まないでおこうと思う。
「どんぶり対決、教えてくれて、それとつき合ってくれてありがとう」
また体を起こし、礼を言うと葵が変な顔して奏真を見てきた。
「……何」
「お前、礼とか言えんだな……」
「……」
「俺に対して基本的に失礼だから礼なんて言えねーやつだと無意識に思ってたわ」
確かに奏真は基本的に大抵どうでもいいと思っている分、そういう印象を与えていてもおかしくないかもしれないが。
「それを言葉濁さないで言ってくるあんたも大概だけど……」
「何でだよ。間違ったこと言ってねーだろ。……あとそれに、言い間違いとか、……お前、馬鹿にしねーのな」
また顔を逸らしてぼそりと言ってきた葵の言葉に、奏真は怪訝な顔した。
「……馬鹿に……? 何で」
「……いや、別に! つか、なあ、近づいていいか?」
「は? 何いきなり……別にいいけど……」
「そうか」
短く言い切ると、元々近くに座っていた葵はさらに近づいてくる。マットレスが微かに軋んだ。
「何でお前は気づかないんだろうな」
葵が手を伸ばし、葵真の頬にそっと添えてきた。じっと奏真を見てくる。
ああ、エチュードというやつか。
少し戸惑っていた奏真は納得した。ただ、これが演技ならもう練習などしなくていいのではないだろうかと思う。真剣な様子で見てくる葵の目は、何と言えばいいのだろう。
……葵が俺で、俺がスペシャルデラックスサンド、みたいな感じの目。
演技だろうが本物だろうが、今まで生きてきて奏真には全く縁のない項目だけに言葉が浮かばなく、食べ物に例えたら何となくピンときた。愛しさや切なさといった言葉は奏真には浮かばないが、凄く好きで欲しくて今すぐ食べたくて堪らないといった目だと思った。
「……何でそんな無表情でじっと見返せんだろな、お前」
……今のは台詞? それとも葵の言葉?
「……俺に言った?」
「むしろお前以外、誰に言うんだよ」
以前、エチュードというのは即興的なものだから相手の言葉に合わせて自分も演技していくのだと葵が言っていたのを奏真は思い出した。それは別に構わないが、どうにも混乱してしまう。一応、無視してもいいし普通の会話だと思って返してくれてもいいとも言われている。
そういう、むしろプロにはあり得ないような返しにも対応できるようにということなのだろうが、葵もやりにくいのではないだろうか。
演技って大変なんだな。
「またそうやってすぐに心ここにあらずって感じになるだろ、お前は」
「演技って大変なんだなって思ってたんだよ」
「演技、な。でもそれって少しは俺に関心持ってくれたことになんのか」
せめて言葉遣いが普段と全然違うなら、これは台詞だと判断できて、さほど混乱しないだろうにと奏真は思った。
「それはわからないけど……」
つい普通に返してしまう。だがどのみち演技などできないので、むしろ混乱していたほうがいいのかもしれない。
「だろうな」
葵が苦笑しながら奏真を引き寄せてきた。そして抱きしめられる。
混乱しつつも、さすがにこれに対しては反応しようがない。身動ぎすることなく、とりあえず固まっていると「なぁ、キスしていいか?」と言われた。
「え、嫌だけど……」
いくら演技といっても、いや、むしろ演技だから嫌かもしれない。別に葵のことが好きだからとかどうこうではなく、誰が相手であろうが演技で初めてのキスをするのはさすがの奏真でも嬉しくない。
「……へこむわ」
「そう言われても……」
どうしろと、と相変わらず抱きしめられたまま、奏真は真顔で困惑していた。
あまりの満腹感と気持ちの悪さに周りを見る余裕もなく倒れ込んでいたが、どうやらかなりいい部屋のようだ。そしてソファーには葵がゆったりと座って何やら台本のようなものを熱心に読んでいた。夕暮れに近づいているのか、大きな窓から差し込む金色の柔らかな光がそんな葵を包み込んでいる。
「それ……」
「お、目が覚めたのか。気分はどうだよ」
気づいた葵が台本から目を上げて奏真を見てきた。
「……、うん。大丈夫」
「……考えねーとわかんねえのかよ」
物静かな様子で台本らしきものを読んでいるところは何となく別人のようだったが、やはりいつものいちいち煩い葵で間違いないようだ。
「……それ、何かの台本?」
「あ? ああ、これか。そうだ。もうすぐ全国ツアーが始まるからな、それの台本だな」
「全国ツアー、って歌の?」
「他に何があんだよ」
「さぁ? ドラマ?」
「何でドラマで全国まわんだよ……」
「コンサートって台本いるの?」
「MC用のな」
「エムシー?」
「歌の間に喋ったりするやつ」
「ふーん」
ぼんやり唸るように反応しながらまた横になっていると、葵が台本を置いて近づいてきた。そして奏真のそばに腰を下ろしてくる。
「珍しくお前にしちゃ、反応いいな。いつもならお前の脳はどーなってんだよって勢いで食いもんのことだけだってのに。どういう風の吹き回しだよ」
「……まだお腹いっぱいだし」
「……なるほどな」
奏真を覗き込みながら葵が呆れたように苦笑してくる。
「食いもんにいく脳が今は飽和状態ってことかよ」
葵の言葉に奏真は横たわったまま「んん」っと首を傾げた。合ってそうだが何となくおかしい。
「……それだと容量一杯ってことだから余計他のことに頭がいかなくないか。お腹が飽和状態ならわかるけど……」
「う、うるせぇ」
ムッとしたように顔を背けた葵の耳が赤い。奏真はそれ以上突っ込まないでおこうと思う。
「どんぶり対決、教えてくれて、それとつき合ってくれてありがとう」
また体を起こし、礼を言うと葵が変な顔して奏真を見てきた。
「……何」
「お前、礼とか言えんだな……」
「……」
「俺に対して基本的に失礼だから礼なんて言えねーやつだと無意識に思ってたわ」
確かに奏真は基本的に大抵どうでもいいと思っている分、そういう印象を与えていてもおかしくないかもしれないが。
「それを言葉濁さないで言ってくるあんたも大概だけど……」
「何でだよ。間違ったこと言ってねーだろ。……あとそれに、言い間違いとか、……お前、馬鹿にしねーのな」
また顔を逸らしてぼそりと言ってきた葵の言葉に、奏真は怪訝な顔した。
「……馬鹿に……? 何で」
「……いや、別に! つか、なあ、近づいていいか?」
「は? 何いきなり……別にいいけど……」
「そうか」
短く言い切ると、元々近くに座っていた葵はさらに近づいてくる。マットレスが微かに軋んだ。
「何でお前は気づかないんだろうな」
葵が手を伸ばし、葵真の頬にそっと添えてきた。じっと奏真を見てくる。
ああ、エチュードというやつか。
少し戸惑っていた奏真は納得した。ただ、これが演技ならもう練習などしなくていいのではないだろうかと思う。真剣な様子で見てくる葵の目は、何と言えばいいのだろう。
……葵が俺で、俺がスペシャルデラックスサンド、みたいな感じの目。
演技だろうが本物だろうが、今まで生きてきて奏真には全く縁のない項目だけに言葉が浮かばなく、食べ物に例えたら何となくピンときた。愛しさや切なさといった言葉は奏真には浮かばないが、凄く好きで欲しくて今すぐ食べたくて堪らないといった目だと思った。
「……何でそんな無表情でじっと見返せんだろな、お前」
……今のは台詞? それとも葵の言葉?
「……俺に言った?」
「むしろお前以外、誰に言うんだよ」
以前、エチュードというのは即興的なものだから相手の言葉に合わせて自分も演技していくのだと葵が言っていたのを奏真は思い出した。それは別に構わないが、どうにも混乱してしまう。一応、無視してもいいし普通の会話だと思って返してくれてもいいとも言われている。
そういう、むしろプロにはあり得ないような返しにも対応できるようにということなのだろうが、葵もやりにくいのではないだろうか。
演技って大変なんだな。
「またそうやってすぐに心ここにあらずって感じになるだろ、お前は」
「演技って大変なんだなって思ってたんだよ」
「演技、な。でもそれって少しは俺に関心持ってくれたことになんのか」
せめて言葉遣いが普段と全然違うなら、これは台詞だと判断できて、さほど混乱しないだろうにと奏真は思った。
「それはわからないけど……」
つい普通に返してしまう。だがどのみち演技などできないので、むしろ混乱していたほうがいいのかもしれない。
「だろうな」
葵が苦笑しながら奏真を引き寄せてきた。そして抱きしめられる。
混乱しつつも、さすがにこれに対しては反応しようがない。身動ぎすることなく、とりあえず固まっていると「なぁ、キスしていいか?」と言われた。
「え、嫌だけど……」
いくら演技といっても、いや、むしろ演技だから嫌かもしれない。別に葵のことが好きだからとかどうこうではなく、誰が相手であろうが演技で初めてのキスをするのはさすがの奏真でも嬉しくない。
「……へこむわ」
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