21 / 65
21話
しおりを挟む
「じゃあ何で嫌なんだよ」
聞いても仕方ないことだとわかりつつも聞いてしまう。さらに打ちのめされるだろうと想像がついても聞いてしまう。
恋愛はどうにも恋に落ちた者を馬鹿にしてしまうらしい。ただでさえ勉強が得意でないと自覚しているので止めて欲しいと葵は他人事のように思う。
「……」
奏真はだがまた何かを考え始めた。嫌な理由を考える、というよりは思っていることを言葉にしようとして考えているといったところだろうか。そう思い、葵はそのまま黙っていた。
「あ」
「……、何だよ」
「演技」
「?」
「……演技でそういうこと、したくない」
「え?」
演技で。抱きしめられても無反応だったくせにと思う傍ら「演技じゃなければ、じゃあいいのか?」とつい考えてしまう。
声に出そうとして、だが葵はハッとなった。考えもせずに口にするなと自分に言い聞かせる。普段の奏真に対する突っ込まざるを得ないやり取りとは違う。
「演技でそういうこと、したくない」
「いや、繰り返さなくていい。聞こえなかったから、えって言ったんじゃなくてだな……」
とはいえ突っ込まざるを得ないことを奏真が度々言ってくるのだが。ため息ついてから葵は息を吸い、もう一度吐いた。
「演技ではしたくないのか?」
「うん」
「じゃあ演技じゃなかったら構わないのか?」
「いや……、それはそれで別の話だけど……」
別の話なのかよ……!
ということはどのみち嫌だということではないのか。
「はぁ……」
ため息しか出ない。
「……誰ともキスなんてしたことないのに、演技が初めてとかはさすがに嬉しくないだろ……」
「……あー」
なるほどなと葵もようやく思った。断片的な言葉では微妙にわかりにくかったが、今の言葉で理解した。確かにそれなら嫌だと思うだろう。
にしても、誰ともしたことないのか……。
平凡なだけでなく、基本愛想もなくてどこか変わっている奏真を思えばそれはそうかと思うのだが、いかんせんバンドメンバーのある意味無節操ぶりに慣れているだけに新鮮だった。しかもこんな奏真であっても自分が好きな相手なのだ。誰ともしたことがないなど、嬉しいに決まっている。
って、待てよ……? だったら抱きしめられんのは慣れてんのか? それとも抱きしめられるのとキスはまた違うと思っているだけか?
葵なら、好きでもないその上男に抱きしめられてもドン引きでしかない。演技だと思っているからというのもあるだろうが、それでもキスは嫌だと少なくとも思っているのだ。抱きしめられるのは単に平気なのか慣れているからだとどうしても思ってしまう。
「あー、って何」
「別に。なるほどなって思っただけだ。それよりもお前、抱きしめられんのは嫌じゃないのかよ」
「……ところで今も芝居続いてんの……?」
「続いてねぇよ……!」
続いてねえどころか、始めから芝居じゃねーわ、と葵は微妙な顔になった。
「そうなの? ……抱きしめられんのは……わりと慣れてるし……」
「え。誰とっ?」
自分でもその可能性について考えていたくせに、奏真の言葉に対して葵は即聞き返していた。何故、という言葉よりも誰と、という言葉が出てきたのは仕方ない。
「誰、って……兄さん」
ニーさん。とは。
あだ名か、と思った後に「あ、何だ兄さん、か」と気づいた。納得しかけたところで、待てよとなった。兄ということは少なくとも奏真より上ということだ。高校生以上の男兄弟がそんなに抱き合うものなのか。
「兄さんって兄貴ってことだよな?」
「うん」
「……その、兄弟でそんな抱き合ったりするものなのか……?」
禁断の何かに足と口を突っ込んでしまっていたらどうしようと少し思いながら葵なりに恐る恐る聞けば、さらりと「抱き合ってない」と言われた。
「え、でも慣れて」
「兄さんがよく抱きしめてくるけど、俺は別に……そりゃ兄さんは好きだけど」
何だ、そうか……。って、兄さんはよく抱きしめんのかっ? つか好きって何だよ、どの好きだよっ?
少し混乱気味にそれらの気持ちが葵の脳内にひしめき合う。
俺は末期だ……。
改めてもう一度そう思った後に「冷静になれ」と葵は自分に言い聞かせた。普通に考えて、もし万が一奏真やその兄のどちらかもしくは両方が邪な感情を抱いてしまっていたら、いくら奏真でも葵相手にペラペラと話さないだろう。
むしろただのブラコンだって考えるほうが自然だろうが、俺の馬鹿が。
「……、お前も、そんで兄さんもお互いが好きなんだな。ブラコンってやつか」
そして考えた上で出た言葉がこれだ。中には面と向かって「ブラコン」と言われたら気分を害する者もいるだろうにと葵は自分に微妙になった。
自分のことは仕事もできるし外見もいいし基本的にレベルが高いと葵はいつでも思っている。だが残念なことに勉強は得意でないと理解しているし、いくら基本レベルやプライドが高くても人を無駄に蔑むことはしたくないと思っている。
思っているのにこの有り様だ。「ブラコン」は別に悪口のつもりはないが、人によれば言われたくない言葉だろう。
「……悪い、ブラコンは言いすぎ──」
「そうだよ、お互いブラコンなんだと思う」
葵が言いかけている途中に、奏真が淡々と肯定してきた。
「ブラコン、でいいのか」
「? 俺は兄さんが好きだし、兄さんも俺が好きだし……」
「そ、うか……」
ホッとしたところで、何だか色々ずれてしまっていることに葵は気づいた。
キスをしたかったはずなんだよ。その雰囲気どこいったよ……。
どうにも出会った頃から調子を崩されっぱなしな気がする。自ら近づいたとは言え、かなり振り回されているしほぼ呆れるばかりだ。
だが──
思わず口元が笑ってしまいながら、葵はまた奏真を抱きしめた。
聞いても仕方ないことだとわかりつつも聞いてしまう。さらに打ちのめされるだろうと想像がついても聞いてしまう。
恋愛はどうにも恋に落ちた者を馬鹿にしてしまうらしい。ただでさえ勉強が得意でないと自覚しているので止めて欲しいと葵は他人事のように思う。
「……」
奏真はだがまた何かを考え始めた。嫌な理由を考える、というよりは思っていることを言葉にしようとして考えているといったところだろうか。そう思い、葵はそのまま黙っていた。
「あ」
「……、何だよ」
「演技」
「?」
「……演技でそういうこと、したくない」
「え?」
演技で。抱きしめられても無反応だったくせにと思う傍ら「演技じゃなければ、じゃあいいのか?」とつい考えてしまう。
声に出そうとして、だが葵はハッとなった。考えもせずに口にするなと自分に言い聞かせる。普段の奏真に対する突っ込まざるを得ないやり取りとは違う。
「演技でそういうこと、したくない」
「いや、繰り返さなくていい。聞こえなかったから、えって言ったんじゃなくてだな……」
とはいえ突っ込まざるを得ないことを奏真が度々言ってくるのだが。ため息ついてから葵は息を吸い、もう一度吐いた。
「演技ではしたくないのか?」
「うん」
「じゃあ演技じゃなかったら構わないのか?」
「いや……、それはそれで別の話だけど……」
別の話なのかよ……!
ということはどのみち嫌だということではないのか。
「はぁ……」
ため息しか出ない。
「……誰ともキスなんてしたことないのに、演技が初めてとかはさすがに嬉しくないだろ……」
「……あー」
なるほどなと葵もようやく思った。断片的な言葉では微妙にわかりにくかったが、今の言葉で理解した。確かにそれなら嫌だと思うだろう。
にしても、誰ともしたことないのか……。
平凡なだけでなく、基本愛想もなくてどこか変わっている奏真を思えばそれはそうかと思うのだが、いかんせんバンドメンバーのある意味無節操ぶりに慣れているだけに新鮮だった。しかもこんな奏真であっても自分が好きな相手なのだ。誰ともしたことがないなど、嬉しいに決まっている。
って、待てよ……? だったら抱きしめられんのは慣れてんのか? それとも抱きしめられるのとキスはまた違うと思っているだけか?
葵なら、好きでもないその上男に抱きしめられてもドン引きでしかない。演技だと思っているからというのもあるだろうが、それでもキスは嫌だと少なくとも思っているのだ。抱きしめられるのは単に平気なのか慣れているからだとどうしても思ってしまう。
「あー、って何」
「別に。なるほどなって思っただけだ。それよりもお前、抱きしめられんのは嫌じゃないのかよ」
「……ところで今も芝居続いてんの……?」
「続いてねぇよ……!」
続いてねえどころか、始めから芝居じゃねーわ、と葵は微妙な顔になった。
「そうなの? ……抱きしめられんのは……わりと慣れてるし……」
「え。誰とっ?」
自分でもその可能性について考えていたくせに、奏真の言葉に対して葵は即聞き返していた。何故、という言葉よりも誰と、という言葉が出てきたのは仕方ない。
「誰、って……兄さん」
ニーさん。とは。
あだ名か、と思った後に「あ、何だ兄さん、か」と気づいた。納得しかけたところで、待てよとなった。兄ということは少なくとも奏真より上ということだ。高校生以上の男兄弟がそんなに抱き合うものなのか。
「兄さんって兄貴ってことだよな?」
「うん」
「……その、兄弟でそんな抱き合ったりするものなのか……?」
禁断の何かに足と口を突っ込んでしまっていたらどうしようと少し思いながら葵なりに恐る恐る聞けば、さらりと「抱き合ってない」と言われた。
「え、でも慣れて」
「兄さんがよく抱きしめてくるけど、俺は別に……そりゃ兄さんは好きだけど」
何だ、そうか……。って、兄さんはよく抱きしめんのかっ? つか好きって何だよ、どの好きだよっ?
少し混乱気味にそれらの気持ちが葵の脳内にひしめき合う。
俺は末期だ……。
改めてもう一度そう思った後に「冷静になれ」と葵は自分に言い聞かせた。普通に考えて、もし万が一奏真やその兄のどちらかもしくは両方が邪な感情を抱いてしまっていたら、いくら奏真でも葵相手にペラペラと話さないだろう。
むしろただのブラコンだって考えるほうが自然だろうが、俺の馬鹿が。
「……、お前も、そんで兄さんもお互いが好きなんだな。ブラコンってやつか」
そして考えた上で出た言葉がこれだ。中には面と向かって「ブラコン」と言われたら気分を害する者もいるだろうにと葵は自分に微妙になった。
自分のことは仕事もできるし外見もいいし基本的にレベルが高いと葵はいつでも思っている。だが残念なことに勉強は得意でないと理解しているし、いくら基本レベルやプライドが高くても人を無駄に蔑むことはしたくないと思っている。
思っているのにこの有り様だ。「ブラコン」は別に悪口のつもりはないが、人によれば言われたくない言葉だろう。
「……悪い、ブラコンは言いすぎ──」
「そうだよ、お互いブラコンなんだと思う」
葵が言いかけている途中に、奏真が淡々と肯定してきた。
「ブラコン、でいいのか」
「? 俺は兄さんが好きだし、兄さんも俺が好きだし……」
「そ、うか……」
ホッとしたところで、何だか色々ずれてしまっていることに葵は気づいた。
キスをしたかったはずなんだよ。その雰囲気どこいったよ……。
どうにも出会った頃から調子を崩されっぱなしな気がする。自ら近づいたとは言え、かなり振り回されているしほぼ呆れるばかりだ。
だが──
思わず口元が笑ってしまいながら、葵はまた奏真を抱きしめた。
11
あなたにおすすめの小説
期待の名探偵の頭脳は、俺に全振りされている。
さんから
BL
高校生探偵後輩×漫画描き先輩
部活の後輩・後生掛 清志郎は、数々の難事件を解決してきた期待の名探偵だ。……だけど高校に入学してから探偵の活動を控えているらしく、本人いわくその理由は俺・指宿 春都にあると言う。
「俺はイブ先輩だけに頼られたいし、そのために可能な限りあなたの傍にいたいんですっ」
いつもそう言って、しょうもないことばかりに推理力を使う後生掛。頭も見た目も良いコイツがどうして俺に執着してるのかが分からなくて──。
はじまりの朝
さくら乃
BL
子どもの頃は仲が良かった幼なじみ。
ある出来事をきっかけに離れてしまう。
中学は別の学校へ、そして、高校で再会するが、あの頃の彼とはいろいろ違いすぎて……。
これから始まる恋物語の、それは、“はじまりの朝”。
✳『番外編〜はじまりの裏側で』
『はじまりの朝』はナナ目線。しかし、その裏側では他キャラもいろいろ思っているはず。そんな彼ら目線のエピソード。
告白ごっこ
みなみ ゆうき
BL
ある事情から極力目立たず地味にひっそりと学園生活を送っていた瑠衣(るい)。
ある日偶然に自分をターゲットに告白という名の罰ゲームが行われることを知ってしまう。それを実行することになったのは学園の人気者で同級生の昴流(すばる)。
更に1ヶ月以内に昴流が瑠衣を口説き落とし好きだと言わせることが出来るかということを新しい賭けにしようとしている事に憤りを覚えた瑠衣は一計を案じ、自分の方から先に告白をし、その直後に全てを知っていると種明かしをすることで、早々に馬鹿げたゲームに決着をつけてやろうと考える。しかし、この告白が原因で事態は瑠衣の想定とは違った方向に動きだし……。
テンプレの罰ゲーム告白ものです。
表紙イラストは、かさしま様より描いていただきました!
ムーンライトノベルズでも同時公開。
今日は少し、遠回りして帰ろう【完】
新羽梅衣
BL
「どうしようもない」
そんな言葉がお似合いの、この感情。
捨ててしまいたいと何度も思って、
結局それができずに、
大事にだいじにしまいこんでいる。
だからどうかせめて、バレないで。
君さえも、気づかないでいてほしい。
・
・
真面目で先生からも頼りにされている枢木一織は、学校一の問題児・三枝頼と同じクラスになる。正反対すぎて関わることなんてないと思っていた一織だったが、何かにつけて頼は一織のことを構ってきて……。
愛が重たい美形×少しひねくれ者のクラス委員長、青春ラブストーリー。
僕の恋人は、超イケメン!!
八乙女 忍
BL
僕は、普通の高校2年生。そんな僕にある日恋人ができた!それは超イケメンのモテモテ男子、あまりにもモテるため女の子に嫌気をさして、偽者の恋人同士になってほしいとお願いされる。最初は、嘘から始まった恋人ごっこがだんだん本気になっていく。お互いに本気になっていくが・・・二人とも、どうすれば良いのかわからない。この後、僕たちはどうなって行くのかな?
消えない思い
樹木緑
BL
オメガバース:僕には忘れられない夏がある。彼が好きだった。ただ、ただ、彼が好きだった。
高校3年生 矢野浩二 α
高校3年生 佐々木裕也 α
高校1年生 赤城要 Ω
赤城要は運命の番である両親に憧れ、両親が出会った高校に入学します。
自分も両親の様に運命の番が欲しいと思っています。
そして高校の入学式で出会った矢野浩二に、淡い感情を抱き始めるようになります。
でもあるきっかけを基に、佐々木裕也と出会います。
彼こそが要の探し続けた運命の番だったのです。
そして3人の運命が絡み合って、それぞれが、それぞれの選択をしていくと言うお話です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる