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29話
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部屋で待っていた奏真を、葵は内心ドキドキしながら見ていた。ここまで気持ちが高揚する自分に違和感さえ覚える。
……ゴンじゃあるまいし……童貞かよ……!
久しぶりに見る奏真は相変わらず平凡そうだった。どう見ても次に目を逸らしたら忘れてしまいそうな顔している。
いや、もちろんそれでも今の葵にとってはひたすらかわいい。肌は好きになる前から綺麗だと思っていたし、好きになってしまえばどうってことのない目だってキラキラしたつぶらな瞳のように思おうと思えば思える。思おうと思えばだが。
ただ、やはり普通の顔が突然美形になることはない。色眼鏡で見ても奏真が平凡なことには変わりない。だというのに嬉しさや興奮、そして緊張でドキドキしている自分がいる。
「よ、ぉ。久しぶりだな」
何とかどもらず言えた自分を褒めたいくらいだ。
「うん」
いつもなら何か食べているか、もしくは食べていないながらも心ここにあらずといった印象しかない奏真が、だがほんのり笑みを浮かべながら頷いてきた。
誰か何か魔法でも使った? ああ、そういえば俺待ってる間に安里が食っておくよう弁当寄越したんだっけか? だから機嫌がいいのか?
「な、何だよ、ご機嫌そうだな」
そして口にした後で、自分の微妙に頭の悪そうな発言に頭を抱えたくなる。
俺はこんなやつじゃなかった。
そう思う。今まではもっとつき合う対象の相手に対してスマートに接していたし余裕もあった。相手が求めるような台詞だって即座に浮かんだし、それをどう生かすかもわかっていた。つき合うまでもスムーズだったし、つき合ってからも体の関係になるのはあっという間だった。別れる時も、下らない芸能雑誌にネタを与えるような修羅場にならないよう、いつだって余裕で注意を払えてきた。
それがこの体たらくだ。この、いつ見ても平凡極まりない男に対して。
「うん、会えて嬉しいし……」
「っえっ?」
ため息のひとつでもつきたくなっていた葵は目を見張った。
「会えて嬉しい」
「え……」
「ライブの影響で耳、聴こえなくなってるのか? 会えて嬉しいと言ってる……」
いや、聞こえてんだよ!
そう口にしそうになって葵は思いとどまる。いつもなら「聞こえてんだよ、そーじゃねぇよ!」と言い返すところだが、今の奏真の言葉は何度聞いてもよかった。自分の耳が大きな音によって一時的に聴こえづらくなっている、などとふざけた風に思われてもいい。むしろそう思われて何度でも言ってくれたらいいし、何なら録音したいくらいだと葵は思った。
奏真は何を思ったのか近づいてくる。ああ、聴こえ難いのなら近くでと思ったのだなと葵が納得しかけていると予想以上に近づいてきた。そして少し背伸びをして耳元に唇を近づけてくる。
「会えて嬉しい」
無理だろ……。
思わず手を口元に当てながら葵は赤くなりそうな自分を何とか戒めようとした。
「聞こえた?」
また耳元で言ってくる奏真を、そして名残惜しいながらに引き離した。そうでもしないと今すぐ押し倒しそうだった。
「……もう普通に聞こえる……」
「そうか、よかった。……でも何で顔、赤いの? 熱?」
俳優業もやってんだからちょっとは言うこと聞けよ俺の顔……! あと奏真も察しろよ、俺、お前が好きだって言っただろうが……ああでも無理か……こいつがそういうところ察するとか、無理か……。
「くそ……お前にカッコ悪いとこ見られたくねぇのに」
「……何の話?」
「何でもねぇよ! その、俺に会えて嬉しいんだな?」
「うん。言いたかったし」
「え、な、何を」
まさか奏真も──
「バンド、よかった」
そっちかよ……!
葵は複雑な気持ちになった。もちろん、ほぼ食べ物にしか興味なさそうな奏真がバンドを褒めてくれるのは想像もしていなかったしとても嬉しい。
だが、あり得ないとわかりつつもつい、奏真も自分のことが好きだと言うのではなどと頭に過ってしまっただけに、どうしても落胆する気持ちも湧いてしまう。
そっと深呼吸して、葵は気を取り直した。とりあえず部屋にあるソファーに座るよう奏真を促し、自分も座った。
「お前がバンド、気に入ってくれるとは思ってもみなかった」
「CDとブルーレイも買ったよ」
「マジかよ」
本当に気に入ってくれたんだなと葵はつい顔が綻ぶ。
「うん。葵、歌、ちゃんと上手いんだな」
「どういう意味だよ……! 当たり前だろ」
呆れつつも、葵はニヤリとしそうになった。これは恋愛フラグも立てようと思えば立てられる展開なのではないだろうかと思う。
「俺、カッコいいだろうが」
「それはわからないけど……」
待て、そこ、わからないのかよ……っ?
「は? でも上手いんだろ?」
「うん」
「円盤買うほどに」
「円盤?」
「CDとか」
「ああ、それは……葵も歌上手いしすごいなって思ったけど、何よりベースだっけ? あのカンジって人が演奏してる。あれが本当にすごかったから……」
え、そこ? ボーカルでもギターでもなく? 何でだよ……っ?
何故、目の前の平凡男はことごとくこうなのか。ベースが格好いいと思う者はもちろんいる。いるが、大抵そういうタイプは音楽をやっている気がする。奏真は少なくとも音楽にさほど関心はなかったはずだ。わざとなのかとさえ思いたくなる。
葵は顔を覆って泣きたいような気持ちにさえなった。
本当にこいつは……もう、ほんと……。
だが、そういうところさえかわいく思えもしたので、やはり末期なのだろうなと頭の片隅でため息ついている自分を葵は感じていた。
……ゴンじゃあるまいし……童貞かよ……!
久しぶりに見る奏真は相変わらず平凡そうだった。どう見ても次に目を逸らしたら忘れてしまいそうな顔している。
いや、もちろんそれでも今の葵にとってはひたすらかわいい。肌は好きになる前から綺麗だと思っていたし、好きになってしまえばどうってことのない目だってキラキラしたつぶらな瞳のように思おうと思えば思える。思おうと思えばだが。
ただ、やはり普通の顔が突然美形になることはない。色眼鏡で見ても奏真が平凡なことには変わりない。だというのに嬉しさや興奮、そして緊張でドキドキしている自分がいる。
「よ、ぉ。久しぶりだな」
何とかどもらず言えた自分を褒めたいくらいだ。
「うん」
いつもなら何か食べているか、もしくは食べていないながらも心ここにあらずといった印象しかない奏真が、だがほんのり笑みを浮かべながら頷いてきた。
誰か何か魔法でも使った? ああ、そういえば俺待ってる間に安里が食っておくよう弁当寄越したんだっけか? だから機嫌がいいのか?
「な、何だよ、ご機嫌そうだな」
そして口にした後で、自分の微妙に頭の悪そうな発言に頭を抱えたくなる。
俺はこんなやつじゃなかった。
そう思う。今まではもっとつき合う対象の相手に対してスマートに接していたし余裕もあった。相手が求めるような台詞だって即座に浮かんだし、それをどう生かすかもわかっていた。つき合うまでもスムーズだったし、つき合ってからも体の関係になるのはあっという間だった。別れる時も、下らない芸能雑誌にネタを与えるような修羅場にならないよう、いつだって余裕で注意を払えてきた。
それがこの体たらくだ。この、いつ見ても平凡極まりない男に対して。
「うん、会えて嬉しいし……」
「っえっ?」
ため息のひとつでもつきたくなっていた葵は目を見張った。
「会えて嬉しい」
「え……」
「ライブの影響で耳、聴こえなくなってるのか? 会えて嬉しいと言ってる……」
いや、聞こえてんだよ!
そう口にしそうになって葵は思いとどまる。いつもなら「聞こえてんだよ、そーじゃねぇよ!」と言い返すところだが、今の奏真の言葉は何度聞いてもよかった。自分の耳が大きな音によって一時的に聴こえづらくなっている、などとふざけた風に思われてもいい。むしろそう思われて何度でも言ってくれたらいいし、何なら録音したいくらいだと葵は思った。
奏真は何を思ったのか近づいてくる。ああ、聴こえ難いのなら近くでと思ったのだなと葵が納得しかけていると予想以上に近づいてきた。そして少し背伸びをして耳元に唇を近づけてくる。
「会えて嬉しい」
無理だろ……。
思わず手を口元に当てながら葵は赤くなりそうな自分を何とか戒めようとした。
「聞こえた?」
また耳元で言ってくる奏真を、そして名残惜しいながらに引き離した。そうでもしないと今すぐ押し倒しそうだった。
「……もう普通に聞こえる……」
「そうか、よかった。……でも何で顔、赤いの? 熱?」
俳優業もやってんだからちょっとは言うこと聞けよ俺の顔……! あと奏真も察しろよ、俺、お前が好きだって言っただろうが……ああでも無理か……こいつがそういうところ察するとか、無理か……。
「くそ……お前にカッコ悪いとこ見られたくねぇのに」
「……何の話?」
「何でもねぇよ! その、俺に会えて嬉しいんだな?」
「うん。言いたかったし」
「え、な、何を」
まさか奏真も──
「バンド、よかった」
そっちかよ……!
葵は複雑な気持ちになった。もちろん、ほぼ食べ物にしか興味なさそうな奏真がバンドを褒めてくれるのは想像もしていなかったしとても嬉しい。
だが、あり得ないとわかりつつもつい、奏真も自分のことが好きだと言うのではなどと頭に過ってしまっただけに、どうしても落胆する気持ちも湧いてしまう。
そっと深呼吸して、葵は気を取り直した。とりあえず部屋にあるソファーに座るよう奏真を促し、自分も座った。
「お前がバンド、気に入ってくれるとは思ってもみなかった」
「CDとブルーレイも買ったよ」
「マジかよ」
本当に気に入ってくれたんだなと葵はつい顔が綻ぶ。
「うん。葵、歌、ちゃんと上手いんだな」
「どういう意味だよ……! 当たり前だろ」
呆れつつも、葵はニヤリとしそうになった。これは恋愛フラグも立てようと思えば立てられる展開なのではないだろうかと思う。
「俺、カッコいいだろうが」
「それはわからないけど……」
待て、そこ、わからないのかよ……っ?
「は? でも上手いんだろ?」
「うん」
「円盤買うほどに」
「円盤?」
「CDとか」
「ああ、それは……葵も歌上手いしすごいなって思ったけど、何よりベースだっけ? あのカンジって人が演奏してる。あれが本当にすごかったから……」
え、そこ? ボーカルでもギターでもなく? 何でだよ……っ?
何故、目の前の平凡男はことごとくこうなのか。ベースが格好いいと思う者はもちろんいる。いるが、大抵そういうタイプは音楽をやっている気がする。奏真は少なくとも音楽にさほど関心はなかったはずだ。わざとなのかとさえ思いたくなる。
葵は顔を覆って泣きたいような気持ちにさえなった。
本当にこいつは……もう、ほんと……。
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