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第一章

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『まあ、それは置いておくとして……』

セオドアは新たに気を引き締め、どうしてもこの悪魔に聞きたかった質問を口にした。

「ベル。息子を助けて下さった事には感謝しておりますが…こんな大怪我を負う前に、どうにかならなかったのでしょうか?」

「…妙な気配があったんでな。迂闊に俺が出る訳にはいかなかった」

「妙な気配?それは一体…」

「それに、もしユキヤが俺を召喚出来る程の力を持っていると知られれば、かなり面倒な事になるだろうからな」

「それは…。確かに違いありません」

実際、ユキヤの意識が戻らない事を理由に、王宮側はユキヤをアスタール公爵家に戻そうとしない。面会も当主のウェズレイは許されず、自分とテオノアのみ。

流石に身の回りの世話をする召使を置く事は許可されたが、必要最低限と言われ、乳母のマリアと執事のジョナサンしか連れて来られなかったのだ。

そもそも、怪我自体は目の前の悪魔公デーモンロードが綺麗に治してくれていたのだから、わざわざ王宮に運び込まず、アスタール公爵家に戻るだけで良かったのだ。
なのに、第一王子であるランスロットが素早く手筈を整え、ユキヤを治療の名目で王宮へと連れて行ってしまった。

『ランスロット王子…。好青年だと思っていたが、どうやら一癖も二癖もありそうな人物のようだな…』

むしろ、第二王子のように裏表の無い馬鹿の方が分かり易くて対処がし易い。
……まあ、下手に権力を持っていた為、今回の騒動にまで至ってしまったので、どちらがマシかと言われれば非常に微妙なのだが…。

だが、やはりランスロット王子の方が曲者だろう。

「このような症状では、後々どのような危険があるか分からない」と言われてしまえば、経過観察を名目にしての軟禁状態も、善意の行為と周囲には映る。それに対して異を唱え、無理矢理ユキヤを連れて帰ってしまえば、王家の厚意を足蹴にしたと周囲から非難されてしまうだろう。腹立たしい限りだが、非常に上手い立ち回り方だ。

不幸中の幸いだったのは、王宮側がユキヤの傷を癒した(と、対外的にはそうなっている)借りは、ユキヤがローレンス王子を助けた事で帳消しになった事ぐらいか。

「安心しろ。この国の奴らが何を画策しようとも、ユキヤに害を成せば俺が潰す」

「……」

ユキヤの今後も心配だが、王宮側の出方次第では、この国自体がヤバイ事になりそうで胃が痛い。

セオドアは未だこんこんと眠り続けている愛息子を見ながら、何度目か分からない溜息をついた。

「ところでお前…セオドアと言ったか?貴様もこいつの弟同様、ここ数日まともに寝てないだろう。さっさと寝てこい」

ベルの意外過ぎる言葉に、セオドアの目が丸くなった。まさかの気遣い?大悪魔が自分に?

「あ、有難うございます。ですが私の事は心配いらな…」


「…察しの悪い奴め。今この場で、俺以外の警護など必要あるか?」

「………」

成る程。つまり邪魔者は出ていけと言いたい訳か。

二人きりにするのはいまいち不安ではあるが、確かにいくら気が抜けない王宮の中とはいえ、悪魔公デーモンロードがいる以上、ユキヤをどうこう出来る者などいないだろう。

「分かりました。それでは宜しくお願い致します」

くれぐれも、息子に如何わしい事をしないで下さいね!と言葉にせず目で訴えたあと、セオドアはベルに一礼すると部屋を出ていった。




「…ふん…。さて」

扉が閉まる音を聞いた後、ベルは徐にユキヤの上にかがみこむ。と、両の頬を指で摘まみ、左右に思い切り引っ張った。

「ひへへへへ!ら、らに?!」

「とっとと起きろ!このグズが!」

ベルはユキヤが覚醒したのを確認し、パッと手を離す。

突然の事に頭の処理が追い付かず、パチクリ目を瞬かせながらキョトンとした顔で自分を見上げるユキヤに、ベルの紅い瞳が細められた。

「なんだ、まだ寝ぼけてるのか?それじゃあ今度は全力で…」

「うわ、ちょっと待て!ストップ!何を全力でやる気だお前!…って、ここは…?」

見慣れない豪奢な部屋を見回し、首を傾げるユキヤにベルは面白くなさそうな能面顔となった。

「第一王子の宮殿だ」

「はぁ…第一王子の…。って!何で?!」

いきなり突きつけられた事実に、ユキヤは軽いパニックに襲われる。確か自分は下級悪魔に胸を貫かれ、ベルを召喚して危機を回避して、それから…。

「…?!そ、うだ!ベル、第二王子はあれから…!?」

ユキヤの言葉に途端ベルは不快そうに眉を寄せ、呆れを真紅の目に浮かべる。

「あんな目に遭っておきながら、あの愚か者の心配か。....まぁ良い。アレはお前と違って、致命傷も無く無事だ。『目』以外はな」

「…そ、っか」

気不味そうに眉を寄せ、唇を引き結ぶユキヤにベルは無感情な声で言葉を続ける。

「あの愚かな小僧が魅了のスキルを持つなど、分不相応でしかない。遅かれ早かれ、自滅の道を辿っただろうよ」

だから、壊して使えなくした方が王子の為になったろう。そう傲慢に言い放つベルだが、ユキヤは異議を唱える事が出来なかった。

王子の命が助かって良かったと思うのは、本心だ。でも正直なところ、魅了の力を失った事に関しては同情する気持ちが湧かない。

一歩間違えていたら、彼や自分だけじゃなく、大勢の命が奪われたかもしれないのだ。過ぎたる能力で他人や自身を害するなら、持たない方が遥かに良いと思う。

「うん....そう、だよな。誰も死ななくて、よかったよ」

ユキヤの肯定が意外だったのか、ベルの片眉が僅かに上がった。そんな目の前の悪魔に、ユキヤは「不本意だけど」と勇気を振り絞るように口を開く。

「俺の事、助けてくれて…ありがとう」
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