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第六章
バティル・ハリエ
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正門に数人通れる程の隙間が出来ると、動きはぴたりと止まる。
そこから内側に控えていた大軍が雪崩れ込んでくる…なんて事はなく、現れたのは一人の男だった。
長い杖にローブ姿。一瞬、冒険ゲームに出てくる大賢者のようだなと思った。但し、纏うそれには豪奢な刺繍が施されているし、髭も無ければ年老いてもいない。
少し遠目で分かる男の容姿は…。浅黒い肌で背は高くて、ローブに隠れて体格は細身。センターで分けている癖のない茶髪を肩下まで伸ばし、鼻梁の通った顔立ちをしている。目の色はよく分からないけれど、かなりの美丈夫だ。
「バティル・ハリエ…!」
ざっと特徴を観察した俺の耳に、感情を押し殺した声が届く。
チラリとザビア将軍を見れば、嫌悪と憤怒がありありと浮かんでいた。気づけば、ボス火竜が男に低く唸っている。俺に対する喉鳴らしとは違う、明らかに敵意と嫌悪が籠ったそれ。肩の魔鳥なんか、ぴったり俺の仮面に体をくっつけてきた。
そうか、こいつが…。
「バ…バティル様!?」
「御自ら、この様な場所に…!!」
ラシャド達が驚愕と動揺と共に、現れた男へ一斉に膝をついた。後方に残っていた兵達も大急ぎで火竜から降り、平伏する。
オンタリオ国宰相、バティル・ハリエは首を垂れた彼らを黙ったまま見下ろした後、ボス火竜に乗っている俺へ視線を向けた。
『…!この感じ…』
門の間に立つバティルからボス火竜の距離は、軽く十メートル以上ある。にも関わらず、奴から突き刺さるような『圧』を感じて、知らず眉を顰めてしまった。
『ふん…。威嚇にもなりゃしねえが、一丁前に眼を飛ばしてきやがったか』
『嫌な魔力してるー。フゥ、あの人間キラーイ!』
ちろりと舌を出しながらベルが不快そうに目を細め、俺の頭の上にいるフゥも凄く嫌そうな声でバティルをディスってる。
って事は、やっぱりこれって『魅了』の攻撃なのか?直ぐに俺から視線を外したバティルは、次いで自分の目の前で首を垂れているラシャド達を見下ろした。
「ラシャド、そして他の者達も顔を上げよ」
「ははっ…!」
声をかけられ、ぎこちなく従うラシャド達をバティルはじっと見つめた。
『あいつの眼…』
遠くて分かりづらかったけど、バティルの目の色が明るくなった…様な…?
「あぁ…我が主よ…」
バティルを見上げていたラシャドから、恍惚とした声が漏れる。奴の部下達からも、次々に感極まった奴を称える言葉が上がり、再び深く首を垂れた。
この光景に、ザビア将軍の顔は「あり得ない」って表情でドン引いていた。確か彼奴らって王宮近衛師団だから、宰相に「主」とか言ってる時点で王族への不敬なんてもんじゃない。
でも、それに対して将軍がドン引きしてるんじゃなくて、奴等の狂信的な態度かな?
…うん、既観感。第二王子ローレンスの取り巻きの態度そのものだ。
つまりラシャド達は分かり易く『魅了』に当てられていて、絶対的忠誠を誓っているのは王族ではなく、目の前のこいつって事になる。
バティルは彼らの反応に満足気だったが、少しだけ意外そうな表情ものぞかせた後、また俺の方へと視線を向けた。するとボス火竜が、また不快そうに牙を剥き出し唸り声を上げる。
『あの男、お前が火竜を使役したのに彼奴らを魅了してなかったのが不思議らしいな』
「ベルが言ったんじゃん。余計な下僕を増やすなって」
半分冗談で呟けば、ベルは鼻で笑う。本当は、ラシャド達を『魅了』するメリットが無かったからしなかった…が正しい。
確かに、火竜より『魅了』の上書きが簡単だったろうし、手駒を増やした方が便利って普通は考えるだろう。
けど、俺たちはオンタリオ王国と戦争をしたい訳じゃない。バティルと裏で糸を引いている輩を捕らえ、グリフォンに掛かった呪いを一刻も早く解きたいだけだ。その為には、不要な挑発はなるべく避けたい。
不可抗力で火竜を使役したけど、送迎の者達にまで手を出したら、更に要らぬ面倒が起こってしまうと考えたのだ。尤も、魔鳥で偵察されていた時点で、怪しい仮面の男が全てを掌握してると思われてたに違いない。
ラシャド達が開門を求めた時、勘違いで攻撃されないか少し心配だったけど、そうならなくて少しほっとした。
国王とコリン王太子がこの企みに無関係ならば、国の代表としてシェンナ姫やザビア将軍と話し合う事もできる。いや、グリフォンの『力』が戻れば、もっと迅速にかたが着く。
『コレを使えば…』
俺はローブの裏に潜ませた、大事な切り札である『謝礼』にそっと触れた。
ちなみに、後方で平伏してるオンタリオの兵士達も俺は魅了してない。そりゃあ、無理矢理操られてるなら吝かでは無かったけど、そもそも『魅了』も『縛り』も掛かってなかったもんな。
『幹部クラスならば『手綱』は必要だが、上に従ってなんぼの雑魚兵には不要ってとこだろ』
ゲイルガとかいうドブネズミを勅使にしたのは、あの程度で事足りると踏んだからだろうよ。と付け加え、ベルはじっとバティルを…正確にはバティルの持っている杖を見つめた
そこから内側に控えていた大軍が雪崩れ込んでくる…なんて事はなく、現れたのは一人の男だった。
長い杖にローブ姿。一瞬、冒険ゲームに出てくる大賢者のようだなと思った。但し、纏うそれには豪奢な刺繍が施されているし、髭も無ければ年老いてもいない。
少し遠目で分かる男の容姿は…。浅黒い肌で背は高くて、ローブに隠れて体格は細身。センターで分けている癖のない茶髪を肩下まで伸ばし、鼻梁の通った顔立ちをしている。目の色はよく分からないけれど、かなりの美丈夫だ。
「バティル・ハリエ…!」
ざっと特徴を観察した俺の耳に、感情を押し殺した声が届く。
チラリとザビア将軍を見れば、嫌悪と憤怒がありありと浮かんでいた。気づけば、ボス火竜が男に低く唸っている。俺に対する喉鳴らしとは違う、明らかに敵意と嫌悪が籠ったそれ。肩の魔鳥なんか、ぴったり俺の仮面に体をくっつけてきた。
そうか、こいつが…。
「バ…バティル様!?」
「御自ら、この様な場所に…!!」
ラシャド達が驚愕と動揺と共に、現れた男へ一斉に膝をついた。後方に残っていた兵達も大急ぎで火竜から降り、平伏する。
オンタリオ国宰相、バティル・ハリエは首を垂れた彼らを黙ったまま見下ろした後、ボス火竜に乗っている俺へ視線を向けた。
『…!この感じ…』
門の間に立つバティルからボス火竜の距離は、軽く十メートル以上ある。にも関わらず、奴から突き刺さるような『圧』を感じて、知らず眉を顰めてしまった。
『ふん…。威嚇にもなりゃしねえが、一丁前に眼を飛ばしてきやがったか』
『嫌な魔力してるー。フゥ、あの人間キラーイ!』
ちろりと舌を出しながらベルが不快そうに目を細め、俺の頭の上にいるフゥも凄く嫌そうな声でバティルをディスってる。
って事は、やっぱりこれって『魅了』の攻撃なのか?直ぐに俺から視線を外したバティルは、次いで自分の目の前で首を垂れているラシャド達を見下ろした。
「ラシャド、そして他の者達も顔を上げよ」
「ははっ…!」
声をかけられ、ぎこちなく従うラシャド達をバティルはじっと見つめた。
『あいつの眼…』
遠くて分かりづらかったけど、バティルの目の色が明るくなった…様な…?
「あぁ…我が主よ…」
バティルを見上げていたラシャドから、恍惚とした声が漏れる。奴の部下達からも、次々に感極まった奴を称える言葉が上がり、再び深く首を垂れた。
この光景に、ザビア将軍の顔は「あり得ない」って表情でドン引いていた。確か彼奴らって王宮近衛師団だから、宰相に「主」とか言ってる時点で王族への不敬なんてもんじゃない。
でも、それに対して将軍がドン引きしてるんじゃなくて、奴等の狂信的な態度かな?
…うん、既観感。第二王子ローレンスの取り巻きの態度そのものだ。
つまりラシャド達は分かり易く『魅了』に当てられていて、絶対的忠誠を誓っているのは王族ではなく、目の前のこいつって事になる。
バティルは彼らの反応に満足気だったが、少しだけ意外そうな表情ものぞかせた後、また俺の方へと視線を向けた。するとボス火竜が、また不快そうに牙を剥き出し唸り声を上げる。
『あの男、お前が火竜を使役したのに彼奴らを魅了してなかったのが不思議らしいな』
「ベルが言ったんじゃん。余計な下僕を増やすなって」
半分冗談で呟けば、ベルは鼻で笑う。本当は、ラシャド達を『魅了』するメリットが無かったからしなかった…が正しい。
確かに、火竜より『魅了』の上書きが簡単だったろうし、手駒を増やした方が便利って普通は考えるだろう。
けど、俺たちはオンタリオ王国と戦争をしたい訳じゃない。バティルと裏で糸を引いている輩を捕らえ、グリフォンに掛かった呪いを一刻も早く解きたいだけだ。その為には、不要な挑発はなるべく避けたい。
不可抗力で火竜を使役したけど、送迎の者達にまで手を出したら、更に要らぬ面倒が起こってしまうと考えたのだ。尤も、魔鳥で偵察されていた時点で、怪しい仮面の男が全てを掌握してると思われてたに違いない。
ラシャド達が開門を求めた時、勘違いで攻撃されないか少し心配だったけど、そうならなくて少しほっとした。
国王とコリン王太子がこの企みに無関係ならば、国の代表としてシェンナ姫やザビア将軍と話し合う事もできる。いや、グリフォンの『力』が戻れば、もっと迅速にかたが着く。
『コレを使えば…』
俺はローブの裏に潜ませた、大事な切り札である『謝礼』にそっと触れた。
ちなみに、後方で平伏してるオンタリオの兵士達も俺は魅了してない。そりゃあ、無理矢理操られてるなら吝かでは無かったけど、そもそも『魅了』も『縛り』も掛かってなかったもんな。
『幹部クラスならば『手綱』は必要だが、上に従ってなんぼの雑魚兵には不要ってとこだろ』
ゲイルガとかいうドブネズミを勅使にしたのは、あの程度で事足りると踏んだからだろうよ。と付け加え、ベルはじっとバティルを…正確にはバティルの持っている杖を見つめた
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