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第六章

黑蛇の呪詛祭り

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「きゃあ!!」

「グッ!?」

黒い触手にグルグルと巻きつかれ、驚きと悲鳴を上げる二人に目を細め、ラウルはくいっと人差し指を曲げた。

「さあ、まとめてこちらにいらっしゃい」

『クソっ!奪われる!!』

あまりの早業だった。またしても対応が遅れてしまい、焦り咄嗟に手を伸ばそうとした時。

「は!?」

ラウルの呆けた声が落ちた。ブチブチっと二人に巻きついていた触手がズタズタに引き裂かれ、塵となって消えてしまう。と同時に、黒い稲妻が王座の悪魔に向かって放たれたのだ。咄嗟に翼で防御したラウルだが、相当な威力だったのか後方へ蹌踉よろめいていた。

『なんだ、一体!?』

衝撃の燻りが晴れて現れたモノを目にし、ラウルは双眼を見開く。そして俺達も漏れなく驚きで息を呑んだ。

「ベル、さま…!?」

『…ベル…?』

鎌首を持ち上げ、シャー…と牙を剥き出している黒い蛇。だが、何時もの首に巻きついていたサイズではない。

太さも長さも桁違いに大きくなっていて、まるで黒いオオアナコンダだ。その巨体でシェンナ姫とザビア将軍を護るように囲み、ラウルよりも鮮やかな真紅を爛々と光らせている。

今までシェンナ姫の腕でぐったりしていた黒蛇の驚くべき変化。オンタリオの群衆もまた度肝を抜かれ響めいていた。

「…そうですか。貴方も『黒の祝福』の恩恵で復活したんですねぇ。ですが、私の毒をこうも短時間で消すとは、やはり上位種ですか」

ラウムは即様驚きから立ち直り、まじまじと黒大蛇となったベルを見つめる。

「フルカス…ではありませんね。フルフル?ロノウェ…それともマラクスですか?」

自分と同格である伯爵位の悪魔名を呟くラウム。だが、同胞を特定できず苛ついているみたいだ。ベルはベルで、ヤツの問いかけをガン無視して威嚇しまくっている。

『…え?ウォレンさんに能力封じられてたのに、ベル今さっき攻撃したよな?!』

はたと思い出し、鎌首の下にある『縛り』を確認してみると、目を凝らして漸くわかる位の細さになっている。どうやら『黒の祝福』でベルの力が増して、拘束がほぼ消失しかけているようだ。

だけど僅かに残っているそれが目眩しとなり、ラウルは目の前の黒大蛇悪魔の正体が掴めない。格上だと思ってないから、同格の悪魔を羅列してるけど…。

七大君主ベリアルだと知ったら、コイツどうなるかな?』

不謹慎ながら、そんな事を考えてしまった。
まあ、いい意味で番狂わせがあったけど、たらればは置いておこう。

毒から復活し、満月プラスの恩恵を得ても、『召喚』しなければベル本来の力が発揮出来ない。そして、俺たちの状況が不利なのも変わってないのだ。

「ベル様っ!そんなっ…。今もお苦しいでしょうに、私達を庇って…!?」

「ベル殿!なんと…不甲斐なく、申し訳ない!!」

ラウルを睨みつけ、威嚇し続ける黒大蛇ベル。その体がブルブル小刻みに震えているのを見て、シェンナ姫が口を手で覆い瞳を潤ませている。ザビア将軍も、抜いた剣を構えながら悲痛な顔をしてベルを見ていた。

『………』

うん…。側からは「痛みに苦しみながらも二人を果敢に庇ってる」様にしか見えないよね。
けれど残念ながら(?)俺はベルの声を聞ける訳で……。

『殺す殺す殺す殺す殺すころすコロス…!!』

実際は、延々とドスの効いた呪詛を吐き続けているんだな、これが。

しかも、あまりの憤怒で語彙をなくしてて、壊れた録音機っぽくなってるし。それに体の震えも、痛みからじゃなくて、怒髪天をつく怒りからなんだよ。

だってほら、コブラみたいに膨らんだ頬とか、ガラガラヘビみたいに高速で振られる尻尾とか、瀕死だった蛇の動きじゃないよ!
そもそも瀕死だったらアナコンダ並みに大きくなれる訳が無いし、こんな動き無理だから!

そりゃあ俺もさ、元気なベルに安心したよ!本当に凄く安心したんだが、少しだけ「あれだけ心配して損したかも」と思ってしまったりする。

『まぁ、二人の感動に水を差さないでおこう。どっちみち伝えられないけど』

それでも、ベルがシェンナ姫達を庇ってくれたのは本当なのだから。

案外、シェンナ姫に介抱されたのを恩義に感じてるのだろうか。今も二人を護ってくれている姿に、口元が微かに緩んでしまった。

「成る程。正体を明かす気は無い…と?それとも、正体を明かせられないのでしょうか?…ふむ。何かしらの認識阻害がかけられている?下位なら邪魔にもならぬと侮ってましたが、これは少し厄介な…」

「ラウル!何を手間取っているんだ!!まさかあの使い魔は、お前の力を凌駕する…など言わないよな!?」

ぶつぶつと考察を呟いていたラウルに、バティルが焦りと焦れを滲ませ捲し立てる。それを耳にしたラウルにぎろりと睨みつけられ、ざっと青褪め慌てて口を噤んだが。

「はぁ?冗談でも言っていい事と悪い事がありますねぇ、バティル。貴方もあの肉塊と同じ『躾け』をされたいのですか?」

「い…いや、すまない。お前の力を疑っている訳ではない。だが、取り決めた『計画』を早く進めて欲しいと…!」

流石に言い過ぎたと気づいたのだろう。剣呑な空気を纏うラウムにバティルは再びいく筋もの汗を流し、必死に弁明と己の主張を口にしていた。

「言われずとも分かっていますよ。貴方は大人しく『ソレ』を維持して待ってらっしゃい」

王弟と違い、己が現世に留まる軸である召喚主バティルを害する気は無いらしい。

ラウルは未だ不機嫌そうだったが、顎で杖を指し示してから王座で微動だにしない国王と王太子に目を向けた。
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