第七王女と元勇者(58)

保土ケ谷

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7.5話:昔話が美化される

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 すっかり夜がふけ街にはひんやりとした空気が流れ込む。
 大きな通りであっても人はほとんどおらず、時折完全に酒に酔い潰れた中年男性や、見回りの兵士が小さな灯りを手に歩いていくばかりであった。
 そんな眠る街の家々に、月明かりでできた大きな城の影が映る様は何とも言えない美しさがあり、城内のバルコニーから見下ろすように景色を眺めていた男は感嘆の息をついた。

「おや、誰かと思えば近衛隊長さんじゃない。君もお月見で?」

 男の背後から突然声がすると、驚いたように肩を少し跳ねさせ振り返った。
 そこには、長身で腰辺りまで伸ばした金髪をたなびかせた美青年が立っていた。いや、美青年のような何百年以上も生きたエルフだった。
 尖った耳に、宝石のような青くどこまで深い色を感じさせる瞳は見つめ続けると吸い込まれそうで、男は視線をそらし足を揃え直った。

「ラララ様、申し訳ございません。いい景色だったもので、つい職務からそれてしまいました」

「いいよいいよ。僕がいるんだし、君達ももっと休めばいいのに」

 ラララ・レバンラはそう言うと、バルコニーの淵に肘を付き共に城下を見下ろした。城内の明かりから背を向けたことで、瞳の青はより深くなり底のない海に見えた。

「では、私は仕事に戻りますので、良い夜を」

 踵を返しバルコニーから城内の廊下に戻ろうとした男の手首を、ラララ・レバンラは逃さず掴んだ。

「冷たいじゃないか。久々に旧交を温めるために遊びに来てくれたんじゃないのかい?シロ」

「…シロ?私は近衛隊長の…」

「君から感じる魔力は間違えることはないよ。何年一緒に旅したと思ってんのさ」

「……これだから魔術は嫌いなんです。人の努力を何だと思ってるんですか」

 そう言うと男は表情を変え、髭を取り、大きく息を吐く。取り繕っていた近衛隊長の様相は瞬く間に無くなり、中途半端な変装した状態になったシロルハは、バルコニーに座り込んだ。

「相変わらず変装は完璧だね。ま、これからは魔力を誤魔化せるようにしてみなよ」

「できるわけ無いでしょう。だいたい魔力で人を判別するなんてのは、人のできる領分を大きくこえてるんですよ」

「それは悪かったね」

 肩を揺らし笑うラララ・レバンラは、かつて冒険をした頃と変わらぬ姿をしており、シロルハは少しだけ昔に戻ったような気分になった。

「それで?わざわざ変装して城に忍び込むなんて、別に財宝を盗もうなんてわけじゃないんだろう?」

「ああ、私とネイロは第八王女様にお願いされましてですね。今度やる王様の催し物に出る事になったんです。ですので、今は情報収集中ですよ」

「ああ…ああ!なるほど!つまりは君達と戦えるわけだね!」

 シロルハは嬉々として目を輝かせるラララ・レバンラにため息をつく。思っていた通りのリアクションからは、第二王女の元で戦うことを確信させるには十分で、ただでさえ泡沫候補の第八王女陣営には悲報でしかなかった。

「言っておきますけど、あの頃のように私もネイロも動けませんからね。少しくらい加減してもらわないと我々老骨は木っ端微塵になりますよ?」

「ふふん、そんな盤外戦術には乗らないよ?死なない程度には全力でやるからね」

「いや、本当に死ぬんですって。エルフのようにいつまでも元気いっぱいじゃないんですから」

「それもそうか。全く、君達は老け込むのが早すぎるんだよ」

 冗談を言うような口ぶりと笑みだが、ラララ・レバンラの表情には寂しさが隠しきれていないことにシロルハは気づいた。

「…まあ、全力を引き出してやるとまでは言えませんが、楽しめるとは思いますよ?なんせネイロは…」

「誰よりも弱さを自覚してる勇者、だろう?彼は無いものは味方と知略で補ってきたからね。老いた力でどう戦うかは見ものだろうね」

 少しでも気持ちを晴らそうとしている事が、シロルハの言動から汲み取れると、ラララ・レバンラは照れたように笑った。
 はにかむエルフは見た目以上に若く見えるせいで、つい年下のような感覚を昔から抱きがちのシロルハは、咳払いをした誤魔化した。

「そういうことです。だから少しは期待していてくださいね。びっくりさせてあげますから…主にネイロが」

「シロは?」

「私はコソコソ動くので、派手なことはネイロに任せます」

「ふふん、昔からそういう人だったね」

 いつの間にか楽しく談笑してしまうあたり、お互いが気を許せるかつての仲間であるからで、情報収集のために歩き回ったシロルハにこの時間は心地よかった。

「でもさ、僕と戦う前に他の王子達に負けないかな?それが一番の心配かな」

「この流れでそれ言います?まあ、正直どの王子達も強力な味方を揃えてきてそうですからね」

 今日調べた限り、戦力に隙がありそうな陣営はどこも無かっただけに、水を差されたというよりは現実を突きつけられたことにげんなりした表情をシロルハは浮かべた。
 昔から情報収集が得意なシロルハがこの表情をするということは、よっぽどネイロ達は手勢が乏しいのだろう。ラララ・レバンラは少し味方してあげたくなる気持ちを抱くもぐっと堪えた。

「僕が手助けするメドゥリア陣営も戦力的にはかなり強いけど、一番は第一王子のカルマト君の所じゃないかな」

「ええ、なんといっても現役の勇者がいますからね」

 歴代最強と名高い現在の勇者の名声は、隠居をするシロルハやネイロにさえも轟くほどで、正直どの王子王女も決勝戦までは当たりたくないだろう。魔術を極めつつあるラララ・レバンラでさえも、油断ならないと楽しげに笑った。

「僕としてはネイロに一矢報いるくらいは見てみたいものだけどね。過去の勇者と今の勇者がぶつかるなんて最高じゃない?」

「ふふ、それは流石に酷ってもんですよ」

「いやいや、僕は本気でそれくらいはできると思ってるけどなあ」

 二人してネイロに無茶を承知であれこれ話すのは昔と変わらず。その度に怒るネイロを酒とともに宥めた思い出話を、尽きることなく話すうちに月は少しずつ傾き、いつしか街に伸びていた影の形も大きく変わっていた。
 夜が明け朝焼けが城を照らす頃には、二人の姿はバルコニーに無く。近いうちに再会することを楽しみに帰路に立っていた。
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