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8話:暑さに鈍くなる
しおりを挟む城内にある庭園の、青々としたバラの葉っぱに朝露が滴る気持ちのいい朝。
ティオレンとネイロは廊下を歩きながら自分の部屋を目指していた。
末っ子として生まれたこともあり、ティオレンの部屋は城の一番東にあった。そのため人通りの少ない東門から城に入ると、門兵以外ほとんど人とすれ違うことなく二人は歩いていた。
「第八王女様が朝帰りしたってのに、特に迎えもないのかよ」
「執事には昨日のうちに戻ることを条件に、一人で城の外に出させてもらってますので。多分大事にさせないためにも周りには黙っているんだと思います」
「まあ、そんなことがバレたら首が飛ぶのは執事だからな」
「うう…ちゃんと謝りますので、側にいてくださいね」
「俺を盾にするつもりだろ」
朝早くであることも手伝い、城の隅っこなだけに人とすれ違うことはほとんどなく。たまに衛兵とすれ違うと、ネイロの存在に驚かれたり、不思議がられたりと正直居心地はあまりよくなかった。
「ここが私の部屋です」
「おお…やっぱりいい部屋もらってんだな」
やたらと大きい両開きの扉を開けると、広いリビングに更に部屋があるのか扉がいくつもあり、上階に続く階段までありさすがは王族とネイロは素直に感嘆の声を上げた。
赤を基調としたカーペットやカーテンなど統一感のある装飾は、可愛さよりも実用性を重視したデザインをしており、本棚等の家具にいたっても質実なものばかりだった。
年齢の割に渋いものが好きであろうことが分かったのと同時に気づいたことがあったネイロは、部屋を見渡しながら腕を組んだ。
「…誰もいないな。件の執事すらいないじゃないか」
「私には執事一人ですので。それに、他の兄と姉達のように何人も並べて出迎えさせるのは好きではありませんし」
「確かにそれはくつろげなさそうだな」
この歳まで独り身を選んだネイロにとって、他人が常に自分の部屋や側にいられたらと想像しただけで嫌な顔をした。
そんなネイロを横目にクスッと笑ったティオレンは、部屋を見渡した。リビングの大きなテーブルの上に読みちらしていた本や、昨日ネイロと会うためにといろんな服を試着した結果ほっぽり出した服が無くなっていることに気づく。
おそらくは、執事があまりの帰りの遅さに手持ち無沙汰になって片付けてくれたのだろう。
「もしかしたら、すれ違いで今頃街で王女様を探してるかもな」
「それなら書き置きとか残さないでしょうか?」
「万が一他の奴にそれを見られたら、失踪事件として大騒ぎだぞ?」
「あ、そうでした…」
「少しは自分の存在の大きさも自覚するべきだな」
昨日会ったばかりのネイロに、既に何度目かも分からない説教に縮こまっていると、リビング奥の扉が開いた。
二人の視線がそちらに向くと、そこには仕立ての良さそうな三つ揃いに身を固め、髪もかっちりと七三に分けた背の高い男が目の下に大きなクマを作りふらついた足取りで出てきた。
「…ティ、ティオレン様。ようやくお戻りになられたのですね…私めは…信じておりましたとも」
おそらく完徹し帰りを待っていたであろう男は、疲れ切ったように引きつった笑みを浮かべながらティオレンのもとに歩み寄ってきた。
「おい、めちゃくちゃにやつれてしまってんじゃねえか。流石に昨日のうちに帰ってやるべきだったかな。ほら、早く謝っとけ」
「そ、そうですね」
ネイロは男の元々の状態は知らないが、どう考えても一日でげっそりしてしまったであろう様子に流石に申し訳なさが出てきた。
「あの、トーゴ…」
「ああ、本当にネイロ様を仲間に引き入れたのですね…素晴らしいです。これなら他の王子たちにもきっと負けませんよぉ…」
相当精神をすり減らしていたのかうわ言のように喋る執事ことトーゴは、ティオレンの言葉が聞こえていないようだった。
しかし、それをティオレンは怒って話を聞いてもらえていないのだと早とちりし、一刻も早く謝罪せねばと気持ちが焦った。
「ごめんなさい!あなたとの約束を破ってしまいました!」
「ごふっ!」
勢いよく頭を下げたティオレンのおでこは、トーゴのみぞおちを綺麗に捉えた。主人思いのトーゴがぎりぎり保っていた心身状態には十分すぎるほどのトドメだったのか、膝から崩れ落ち気絶するように眠りに落ちてしまった。
「…おい、王女様」
「…はい」
背後にいるネイロの声から、既に呆れた顔をしているのが分かっていたティオレンは、おでこを擦りながら振り返った。
「何でそう、事態をややこしくするのが得意なんだ」
「兄や姉にもよく褒められてきました」
「褒めてねえよ!」
何故か照れ笑いをするティオレンに、この開き直れてしまうある意味強いとも言えなくもないメンタルは、王族らしいっちゃらしいなと妙な関心を少しだけ抱くも、ネイロはため息をついて倒れたトーゴに肩を貸すように抱え起こした。
「とりあえず、お前の執事をどっかに休ませるぞ。当直室とかないのか?」
「あ、あります。こちらに!」
謝罪せねばならない理由がまた一つ増えた割には、解釈違い甚だしくも褒められたことで気を良くしたティオレンが当直室へと案内した。
案の定当直室には、トーゴの私物と思われるものしかなく、一人でティオレンの身の回りの世話をしてきたことが見て取れた。
「よいしょっ…っと、腰に来るな」
トーゴをベッドに寝かたネイロは、腰の鈍痛に顔をしかめながら拳で痛みのある箇所をトントンと叩いた。
「ありがとうございます。謝るべきトーゴがこの状態ですけど、どうしましょう」
「どうもこうも…仲間を集めるためにあまり時間もないからなあ」
この程度で痛みが来てしまうのは、老化よりも昨日の運動のせいだと信じたいネイロは腰へのマッサージもほどほどに新たな問題について話し始めた。
「できれば、今日のうちに集められるだけ仲間を増やしておきたかったんだけどな」
「何故ですか?」
少し焦っているようにも感じるその口ぶりに、素直な気持ちを口にしたティオレンは首を傾げた。
「何故って、俺の人脈で集められるのはほぼ全員が全盛期をとうに過ぎた老人たちだからだ。メロミアのように若ければ少ない準備でも良い結果を出せるが、俺やシロ、ナルはそうはいかないからな」
そう言うネイロの姿は確かに、背中こそお年寄りのように曲がってはいないものの皺や白い髪には衰えを感じざるを得なかった。
しかし、昨日のメロミアとの戦いを見ている身からすれば、まだまだ動けるし堂々と戦えるのではとティオレンには思えてならなかった。
「でも…昨日の戦いのように皆さんが動ければ…」
「街の外れにでもいるゴロツキ程度の輩が相手ならなんとかなるだろうな。ただ、今度やるのは王子たちのプライドの現れみたいなもんだろうから、中途半端な戦力では来ないだろ」
「それはそうですけど…」
まだ引っかかるような言い方をするティオレンの様子は、よっぽど勇者としてのかつての活躍を神聖視してるようでいて、それ自体はむしろ嬉しい気持ちになるのだが、ネイロとしては現状を正しく把握できていない危機感でしかなかった。
「とにかく、俺達のことを信じてくれるのは嬉しいが、このままだらだらとその日を迎えたら即負け必至だからな」
「はい…なら、はやくトーゴに謝罪をして仲間集めを再開しないといけませんね」
「そうなんだよなあ…どっかの誰かが完徹したコイツに頭突きかましちゃったからなあ」
「うう…重ね重ね申し訳ないです」
部屋の隅で申し訳無さから小さく縮こまるティオレンは、部屋のインテリアに溶け込む勢いで項垂れてしまった。
少し意地悪し過ぎたかと、反省したネイロが誤魔化すように部屋の中を見渡し話題を変えられるものがないかキョロキョロすると、ふと視点が止まる。
「なあ、王女様は普段護衛の兵士はつけんのか?」
「いいえ?護衛もトーゴが一人でこなしてくれてます。あ、流石に式典とかでは兵士がつきますけど」
「なるほど、通りでこんなものがあるのか」
視点の先にある棚の上には衣服の下に仕込むであろう、薄くも頑丈そうな手甲に脛当てが置かれていた。
細かい傷や汚れは使い込んであることが伺え、普段からティオレンを守るために愛用しているであることが見て取れた。
「へえ、こんなものを身につけるんですね」
「執事だから物々しい剣だとかは腰に下げられないし、何より王族の執事として相応しい格好とは言えないからな。こうして見えないところに仕込んで、王女様の盾になるんだろ」
「知りませんでした。わざわざこんなものまで身につけて側にいてくださったんですね」
何年も側に仕えていたトーゴのことを意外と知らないことだらけだなと、上に立つものとして恥ずかしい気持ちと、感謝の気持ちが同時に芽生えたティオレンは、尚の事キチンと謝罪をしようと心に決め寝顔をまじまじと見た。
「まあ、身を挺して守られるような場面にあったことがないだけ、この国は平和ってことなんだろ……というか、コイツも戦えんならよ、やることは謝罪だけじゃないよな?」
「え?……あ!」
何かを思いついたようにニヤリと笑ったネイロに、数秒遅れてティオレンも手を叩き表情を明るくさせた。
「くぁ……あれ!?ティオレン様!」
二人が何かを企んでから少し時間が経ち、朝のひんやりとした空気が上り始めた陽の光で温まり始めた頃、小麦色の肌をした執事の青年はゆっくりと瞼を開いた。
そして、すぐに自分が寝ている場合ではないと体を思いっきり起こすと、そこには探していたティオレンと一人の男がいることに驚きの声を上げた。
「トーゴ、昨日は約束を破ってしまってごめんなさい!」
「い、いえいえ!とても心配しましたが、ご無事で何よりです…あと、こちらはネイロ様で合ってますよね?」
「そうよ!私、見事にネイロ様を仲間に引き入れたの!それに、シロルハ様にナル様、それにそれに…」
「あの、少々落ち着いてください。まだ頭がついていかないです」
完徹した上に頭突きによりダウンしたせいか、軽い睡眠もとい気絶では頭がスッキリするはずもなく。
謝罪が終わった途端キラキラとした瞳でまくし立てるティオレンに戸惑いはまるで隠せなかった。
「そ、そうよね。今日はもう寝て休んでしまって構わないわ。私もこれからネイロ様と仲間集めに行きますので」
「そうですか……ネイロ様が一緒なら安心ですかね」
「おう、任せとけ」
耳にタコができるくらいネイロの凄さをティオレンから聞かされていたトーゴが安心するには十分な言葉だったのか、安堵とともに本格的な睡魔が襲ってくるとまた体を横にした。
「では、お言葉に甘えて少し休ませていただきますね」
「ええ、今日も帰ってこれるかは分からないけど」
「え?なにか言いました?」
「い、いいえ!」
ティオレンが小声で何か不穏なことを言ったような気がしたが、眠気が勝ってしまった。
既に降り始めている瞼を止めるすべがないトーゴは意識も曖昧になっていた。
そんな中、ティオレンが顔を近づけ満面の笑みを浮かべているのが見えた気がした。
「あ、あとトーゴも今度の催し物に出て、ネイロ様と共に戦ってほしいのだけど、いいかしら?いいわよね?」
「んん?んー……はい」
意識が途切れる寸前の何に対してかも不明瞭な返事を聞き届けると、トーゴは深い眠りに落ちた。
「はい、って言ったな」
「……言いましたね」
「よし、若い戦力がまた一人増えたな」
「良いんですか?こんな騙し討みたいなやり方」
すやすやと寝息を立てるトーゴを横目にティオレンは、今更ながら申し訳無さが込み上げてきた。
「結構ノリノリだったくせに」
「そ、それはっ……まあ、楽しかったですけど」
何を今更と鼻で笑うネイロは部屋を後にし、ティオレンも今しがた約束を裏付ける書き置きを残し続いた。
「それにしても、これで5人目ですね。とても順調じゃないですか?」
「ああ、年齢層が高いってこと以外はすこぶる順調…」
「痛っ、どうしたんですか?」
背中越しに会話をしていると、先に廊下に出たネイロが突然足を止めたせいでティオレンはその背中に顔から突っ込んだ。
鼻の頭を擦りながら覗き込むように前を見て、ティオレンは驚いた。
「よう、馬鹿王。元気そうで何よりだな」
「相変わらず王への敬意がなってないな君は、適当な罪で投獄しちゃうよ?」
そこには、ティオレンにとっての父親、つまりこの国の王がネイロの前に立ち塞がっていた。
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