第七王女と元勇者(58)

保土ケ谷

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9話:寒さには弱くなる

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「全く、この国の王族たる娘の部屋に侵入だなんていい度胸だね。元は勇者でも堕ちるとこまで堕ちたって感じかな」

 手にシャベルを持ち、被った麦わら帽子と纏った作務衣の袖口部分には土汚れが目立つその男の姿は、とても一国の王には見えない。どちらかといえば農夫や園芸を楽しむ市民の方がしっくりくるその出で立ちに、ネイロは鼻で笑った。

「ふん、一つも堕ちちゃいねえわ。そういうお前こそ王様より土いじりしてる格好の方が似合ってるのはどうかと思うぞ」

「褒めても何も出ないよ」

「褒めてねえよ!ほんとに、王女様といい血筋なのか?」

 皮肉が通じないあたり流石は親子と、思わずツッコミを入れてしまった自分自身に腹を立てたネイロは、早々に立ち去ろうと止めた足を再び前に出そうとした。

「ほら、王女様も行こうぜ。お前の親父と話してる時間もったいないしよ」

「おいおい、娘の部屋に侵入した挙げ句誘拐はないだろう。もういろいろ省いて極刑にしちゃおうかな」

「何軽い調子でやばいこと言ってんだ。俺はお前の考えたイベントに王女様と出て盛り上げてやんだからよ、むしろ感謝してほしいくらいだぜ。なあ?」

 首を傾けティオレンに話を振ると、不自然なくらいに肩をはねさせビクつく姿にネイロは違和感を覚えた。
 今度は王であるシャエスを見ると、少し気まずそうに視線が泳いでいた。
 ネイロは盛大にため息をついた。

「なんだよ、年頃の娘に対して何話していいか分かんない親父と、距離感掴み損なってそのままなあなあで遠巻きに接する娘ってところか?」

 図星だったのかシャエスは黙ってしまった。ティオレンはというとネイロの想像してた反応とは少し異なり俯いていたことが気になった。
 数秒黙った後に、シャエスが誤魔化すように乾いた笑いとともに手を振った。

「いやいや、僕はティオレンのこと愛してるし会話もちゃんとしてるよ。ね?」

「……う、うん」

「……全然駄目じゃねえか」

 無理やり同意を得ようとするシャエスと、とりあえず頷いてるティオレンの様子にネイロは、呆れたように笑った。

「まあ、家族間の問題なんて俺の知ったこっちゃ無いからな。二人で時間かけて解決してくれよな」

「言われなくてもそのつもりだよ」

「どうだか。こいつが今日朝帰りしてることも知らないくせによ」

「ええ!?」

 驚くシャエスに今度は態とらしく意地の悪い笑みを見せると、ティオレンの腕を掴んで半ば引きずるように歩き出した。
 ティオレンはなすがままといったように俯きがちにネイロについていくことしかできなかった。

「ティオレン、朝帰りって本当!?」

「イベントの為の秘密の作戦会議してたから何も教えられん。悪いな」

「君には聞いてない!」

「お前も聞く耳持たなくていいぞ」

「……はい」

 何も答えてくれないティオレンにやがてシャエスは諦めたように足を止めただ見送った。

「全く、祭りなんかやるより解決すべきことがあんだろ」

「すみません」

「王女様が謝ることじゃねえ」

 いつのまにかフードを目深く被ってしまったティオレンがつまずかないように、ネイロは足取りを少し緩めた。
 暫くして城下に出てくると、解放感から深呼吸するネイロは足を止めた。

「一般の親子関係とは、お前のところは違うってのは分かるが、どう違うかまでは俺には分からん。だから、最終的には王女様も頑張らないといけないからな」

「はい……すみません、余計なお手間とらせてしまって」

「だから気にすんなって。勇者はこういう家族間の問題解決にも巻き込まれがちだからな」

「…ふふ、冒険記にもそんな話がありましたね」

 笑ったはずみで涙がこぼれそうになるのをグッと堪えたティオレンは、気丈に振る舞おうとしても声が震えてしまうのが酷く情けなく感じた。
 ネイロもそれには気づいていたが、何も言わず関係ない話に花を咲かせることにした。

「ああ、遺産の相続に巻き込まれたやつだな。たまたま救けた爺さんが超のつく資産家でよ、冷え切った親族への資産の配分を俺に一任するなんて遺書残しやがったんだ」

「とんでもない話ですね」

「ああ、挙句の果てには遺書を処分しようと俺ごと襲って来るやつもいたからな。最終的には法に携わる偉い方々に丸投げしてやったよ」

「丸投げされた問題を丸投げしてしまったのですね」

 俯いていても肩を揺らして笑っていることが、掴んだ腕から伝う振動から分かると、ネイロは少し安堵の笑みをこぼした。

「だからよ、それとこれとを同じにするわけじゃないけどよ、本当に嫌になったら全部ほっぽり出して逃げてもいいんだぜ」

「でも、私は王族ですし」

「そんなことはお前の親父が気にすることであって、王女様が無理に背負うものでもない」

「……そういうものですかね」

「ああ、そういうもんだ。俺だって何度勇者辞めて逃げようと思ったことか」

「え?知りませんでした」

「仲間以外にはこんな文句言ってないからな」

 期間限定とはいえ、ネイロから仲間扱いされているようなその口ぶりに、ティオレンは嬉しさと驚きと感動が入り混じった表情になってしまい、余計顔を上げづらくなってしまった。
 そして、完全に気が緩んでいたところに心を揺さぶられる一言を不意に食らったことで思わず涙がポロッと地面に落ちたが、ティオレン以外に気づく人はいなかった。
 解決に至らずとも少しは気が楽になったネイロは、自身の足取りが軽くなったような気がした。
 城下に出てしばらく歩いたことで、少しずつ人通りは増え始めており、腕を引っ張り誘導するのも危なくなってきた。

「王女様、そろそろ顔を上げたらどうだ。混んでくると危ないぞ」

「も、もうちょっとだけ待ってください!」

「ったく……ゆっくり歩くぞ」

 昼前に差し掛かっていることもあり、人出が増え真っ直ぐ歩くのがだんだん難しくなってくるのと比例して、フードを被った少女の腕を掴んで歩く年寄りという構図はそれなりに注目を集めていた。

「なあ王女様、そろそろ周りの視線が辛いんだが」

「え、あ、あとちょっと」

「頼むよもう。ちょっと道それるぞ」

 既に涙は引っ込み顔を上げても問題無いのだが、ネイロに甘えられてることに味をしめたのか、小さな笑みとともにわがままを言った。
 ネイロと薄々気づいていはいたが、先程のいたたまれない親子関係を見たあとでは厳しく言うこともできず、代わりになるべく注目を集め無いように道をそれ細い道を使うことにした。

「お忍び中なのに注目集めちゃまずいってのによ」

「すみません。もう少しで元気になるので」

「いや、もう元気だろ」

「……バレちゃいましたか?」

「……弱っちいんだか強かなんだか分かんねえな。ほら顔上げていくぞ」

「ふふっ、嫌です」

「はぁ!?何生意気言ってんだ」

 完全に戯れて来ているティオレンに、怒った口ぶりはしても態度は適当で、フードを軽く摘むと顔を上げさせた。

「ほら、これで前が見やすくなるし俺は不審者扱いされずに済むな」

「もう少しこのままでも良かったのですが…」

「通報されて身分照会されたら、速攻で城に連れ戻されるぞ。今すぐ親父に会いたいならいいけどよ」

「い、今はいいです」

「だよな」

 父親を会話に出すと途端に先程と同じように表情が曇るのを見る限り、余程苦手意識があるのかトラウマに近いものがあるのだろうと推察したネイロは、これ以降言うことを聞かせるために父親を使うのはやめることにした。

「そういえば、新しく仲間を集めなければいけませんけど、今日はどうしましょうか?」

 わがままが終わったことでようやく建設的な会話をし始めたティオレンに、ネイロもうなずく。

「ああ、カルートってやつを仲間にしようと思うんだが、冒険記読んでんなら知ってるだろ?」

「ええ!争いごとが苦手な心優しい青年でありながら、一番の武力を持つカルート様ですね!」

「丁寧な説明ありがとう。もう青年って歳をとっくのとうに過ぎてるけど、俺より10こ下だから、それなりに動けるだろ」

「楽しみですね」

 また楽しげな表情をティオレンが浮かべたことで、ほっと胸を撫でおろしたネイロは突然足を止めた。腕を引かれ後ろを歩いていたティオレンは背中に衝突してしまった。

「おいあんた、その娘を離せ」

 何故足を止めたのかティオレンが理由を問う前に、背後から声がすると慌てて振り返った。どうやらネイロは、この人物の気配に足を止めたようだ。
 2m近い背の男は、慣れないことをしているのか緊張した面持ちをしているがその体格と瞳の鋭さが相まってかなりの威圧感を放っている。しかし、両手には紙袋いっぱいの野菜が入っており、妙な緩さも醸し出していた。

「俺は別に誘拐してるわけじゃねえよ。ほら、弁明手伝ってくれ……よ」

 遅れて振り返ったネイロが、ティオレン本人に弁解させたほうが得策だろうと口を開いたが、途中開いたまま固まってしまった。

「分かりました。……ネイロ様?」

「……こいつがカルートだ」

「えっ?」

「んっ?」

 たまたま不審者に間違われた結果旧友と出会うという、あまりに残念な再会方法に、ネイロは未だ驚いた表情を浮かべていた。
 ティオレンとカルートも、目を丸くし状況を飲み込めない素っ頓狂な顔をしていた。
 昼前の大通りからわずかに響く喧騒が、3人の気まずい間を抜けていった。
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