自分の事を兄だと慕ってくれる無口系箱入り娘(物理)を、闇の沼底から救い出せ! ~留年、回避、ゼッタイ!~

true177

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2日目

008 内職するなし

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 全学生が嫌う、大量の宿題。自分のペースを阻害するのみならず、不必要な復習で知識メモリを圧迫してくる。勉学の足しになるどころか、醤油をかけすぎた卵かけご飯になってしまう。

 学ぶ意欲が衰えない彩でも、この原則には逆らえなかった。コピーしたテスト範囲表を額に貼り付けられて、彼女の不満が絶えない。

「……無駄に……、広い……。非効率……」

 進度は、学校側の裁量にゆだねられる。馬と鹿が柵に囲まれているレベルの学校では遅く、自称進学校を名乗る建前船は航行が早い。進度が早い割に生徒の質が低いので、多量の夢破れた犠牲者を生み出す元凶にもなる。

 授業で雑談を黒板に写す教師が、テスト前になると目の色を変えて演習問題プリントを配るのは何とも滑稽だ。受け持ったクラスの平均点が上がれば自分の手柄、下がれば課題をこなさなかった生徒が悪い、良いように責任転換できる。彩が高校を嫌う一原因にもなっているので、早急の改善を願う。

 初夏にアイスで喉を潤す作戦は、結果論で大失敗に終わっていた。教科書本文を借りパクする時でも、喉が乾いて砂漠化する地球環境の変化を身に感じるのだ。体内で異常気象を体験することで、より環境への理解を深めることが出来る。

 刺激物を胃に任せた彩は、なおさら。赤い粉末がそこら中の粘膜にケンカを売って、まだ闘争が収まらないようだ。消しゴムと腹部へ交互に手を伸ばしている。

「……胃薬……、買ってきて……?」
「俺が帰ってきたら、もう収まってる頃だろうに……。カプサイシンカプセルでも飲ませるぞ?」

 辛み成分が体内で大暴れしている彩には申し訳ないが、今から手は打てない。ビニールを丸呑みして唐辛子の攻撃を防ぐくらいしか、方策が取れないのだ。インフルエンザにかかってからワクチンを打っても、抗体が出来る頃には自然治癒している。

 ノートに並ぶ、彩の字。頼りない陽介の一言一句を丁寧に書き取り、独断で補足ポイントを蛍光させている。できるノートのお手本として、自治体主催の会に出展しても文句は出てこないだろう。

 歴史の流れを口頭で説明している間、彼女は常々愚痴を垂らしていたのを覚えている。

『暗記するだけ……、意味は……?』

 教師として講談に立つ身でありながら、生徒の軽い疑問に答えられなかった。丁度カレンダーの年を一つ戻した同季節、陽介に湧いていた疑念と変わらなかったからだ。

 ……勉強を楽しめ、なんて言わないけどさ……。

 彩の苦痛を助長するものに、ゴールの見えない練習が含まれているのではないか。方角が定まらないまま、霧の中を走りたい輩はいない。

 長々と説教したくなったのだが、今日はあくまで様子見。抜け落ちた要素を拾い集め、彩の復帰を手伝う下調べ。おとり調査の途中で犯人を逮捕してしまっては、真相に辿り着けない。

「……お昼……、そろそろ……!」

 背筋が曲がり気味な彩は、時計の針を焼き付けて起き上がった。止まらない食欲の渦が、彼女を勉強へと駆り立てていた。

 陽介はと言うと、エネルギー不足。燃料の糖分を使い果たした脳が、不吉な音を立てて演算を放棄している。神経から伝わってくる電気を、全て活力に変換してしまっていた。

 持ってきたお昼ご飯は、一階の居間に置いてきたバッグの中。この部屋を許可なく脱出することは難しく、部屋主からのお許しを乞うしかない。

 その本人は、ここが勝負時とばかりにテキストを見回している。受験目前の高校生でも、顔につけて文字を見ることはしない。

「……おーい、そろそろ切り上げないか……? 午後からも、時間はたっぷりあるんだから……」
「……ここで、……終わらせる……」

 格闘ゲームで、対戦相手を盤上の隅に追い詰めた悪役になっていた。大抵は使わなくていい必殺技を繰り出し、綺麗に返されて逆転するパターンである。お決まりの展開は、無機質な問題にも通用するのかどうか。

 いつもの陽介は、休日となると午前で陣地を引き払う。五日間の長時間拘束でヘロヘロになった体が、もう言うことを聞かなくなるのだ。長居をするつもりもなく、彩も陽介を引き留めようとはしなかった。

 珍事は、立て続けに起こった。滞在時間の延長を、彩の方から申し込んできたのである。もしもこれが婚姻届けなら、早まるなと冷静になだめるところだ。

 若気の至りから来るプロポーズではなく、ヤンデレ気質の婚姻届けでもなく、講義時間の増加。偶然にも両者の思惑が合致していた。断る理由は無い。

 ……彩も、『留年』で何かを変えたいと思ったのかな……?

 心理の勉強は胡散臭いと避けてきた陽介に、彼女の心は見透かせない。乙女心は十年後の株価より予測がしにくいと世間で評判なのに、一般人ごときが当てられるはずがないのだ。

 とは言えど、現実問題として『留年』は付きまとう。周りが皆平然とサイコロを振る中、一人だけ一回休みになると出遅れてしまう。この段差が原因で、社会の出世コースを閉ざした人も少なくない。

 不安を吹き飛ばす目的の今日でも、最悪の未来はちらつく。毒を水で薄めたところで、全部飲み干せば同じこと。当事者となる彩の心臓には、その小柄な体には、透明なストレスが無限に膨れ上がっているのである。

「……あと……、三問……」
「彩、俺の授業聞いてなかっただろ? ……聞かなくても分かるに越したことはないけど」

 大して有り難くないお言葉は、右へ左へ受け流していたようだ。流し打ちでホームランを打つ姿に、全米が歓喜の涙を流したことだろう。打たれた投手としては、泣くに泣けない。

 彩は、午前と午後で完遂する予定だった問題集をあと一歩のところまで追い詰めていた。効率を突き詰めて無駄な授業を切り捨てた結果がこれとは、『高校に行った方がいい』の反論もしづらくなると言うものだ。

 ……それでも、一人で勉強してたら、こんなにはかどりはしなかったよな……。

 ちょくちょく、彩に質問攻めを食らった。問題文の意味を理解していなかったり、歴史の動機と結果が逆になっていたり……。一人で学習していては、間違いに気づくのが遅れていた。

 存在意義を見つけられると、人は途端に活力が溢れ出てくる。一度は肩を落とした
陽介だったが、空腹の電池切れで膝を突きそうになりながらも立ち上がった。肉体が持てる力を引き出すのは、精神力である。

「あと、二……」

 語句の一問一答で、わざわざカウントダウンをする意味があるのか。効率厨で最適化された言語を操る彩だから、きっと意図があったに違いない。

 途切れた糸を紡ぎ合わせて、再び教科書を開く。

「問だな。次、ここのページから……」

 内職で課題を進める生徒を嗜めようと、陽介は彩に目をやった。

 彼女の視線は、ただ一点に集中していた。こんな行動をするから、作問者に点Pの存在を許してしまうのだ。にっくき動く点を作り出した罪は重い。

 この点を通る直線から、垂直な直線を引いてみる。架空の実線を床に引き、壁から壁まで繋げた。

 彩が視力を奪われた原因は、点Pだった。注意が注がれていた箇所なので、当然と言えば当然である。

 そのブツは、丸まった胴体から触覚を二本突き出していた。羽を盛んにバタつかせ、チャンピオンに挑む挑戦者を威嚇していた。

 ……こんなところにも、お出ましになるんだな……。
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