自分の事を兄だと慕ってくれる無口系箱入り娘(物理)を、闇の沼底から救い出せ! ~留年、回避、ゼッタイ!~

true177

文字の大きさ
13 / 30
2日目

013 お叱り

しおりを挟む
 血流が滞り、脚がしびれてきた。正座を崩すことが認められず、懲罰房に入った凶悪犯の待遇を受けている。人権団体に訴えて、この治外法権のさばる久慈宅から救出してもらえないだろうか。あいにく携帯電話の入ったバッグも没収されていて、連絡手段がない。

 仁王立ちした彩が、どこから取り出してきたのか鞭を振るっている。先端に行けば行くほど細くなっている鞭で、しならせる度に爆音が発生する代物だ。鼓膜のすぐ横で鳴らされたらたまったものではない。

 ハチの一件でお咎めを受けている……のではなく、ベッドに靴下で上がり込んだのが原因だ。関与していないハチ事件に巻き込む不条理は彩も避けてくれた。

 焦点となるのは、緊急回避だと認められるかどうか。災害を逃れる為に車を運転するのは良くても、それを継続すると無免許運転になってしまう。

 正面に飛んでいたハチを抹殺するべく、机を乗り越える大ジャンプを敢行した彩。ややベッドとの距離が近かったと言っても、誤差の範疇である。反対側に避けられた以上、近所住みの親友と言えども侵入罪が成立しそうだ。

 ……脳が、感覚で『飛び乗れ!』って……。

 思い返しても、ドア側に避難しなかった理由はよく分からない。中枢神経を司る本能の声に従って、我に返った時にはベッドに飛び乗っていた。陽介には、多重人格の疑いがある。

「……私の……、重大犯罪……!」
「名詞を省略されたら、何言ってるのか分からないんだよ……」

 日本語でない日本語を操る彼女は、翻訳するのも一苦労。これまでの経緯から判断するよりなく、誤解はすれ違いを招く。彩と付き合っていく上で、一、二を争う重大事なのだ。

 不敬な態度を見せると、音速を越える鞭が猛威を振るう。暴力的少女に成り下がってしまった彩が可哀想でならない。背中に『私は暴力女です』と張り紙をして過ごしてもらわなくてはならなくなる。

 あまり怒り慣れていないのか、彩が口ごもってしまった。マスクを付けていても、三回聞き返すほどくぐもりはしない。後に続く単語が完成半ばで崩落し、文章のストックが尽きているのだ。

 ……説教したこと、一度もないんじゃないか……?

 まず、武器を片手に正座させることが現実離れしている。ドラマやアニメの体罰教育に影響を受けた可能性が高い。深夜に夢中な陽介の口から放てる言葉ではないが、空想と現実の分別ははっきりさせた方が身のためになる。

 指摘しようとする箇所も、時によってバラバラだ。開けっ放しにしていた窓を注意したかと思えば、ハチ退治を率先してしなかったことに怒りの矛先を変える。一貫性が無く、その場の勢いで陽介を打ち負かそうとした感じが否めない。

「……ベッド……、乗るな……」

 彩がベッドを指差すが、陽介が飛び乗ったのは枕元ではない。シーツが乱れているのは陽介が訪問した時からそのままで、恐らく彼女の寝癖の問題である。自身の事を棚に上げて他人に説教する度胸が羨ましい限りだ。

 巨大風船に風穴があき、後は萎むのを待つばかり。突風が空気を供給したところで、いつかは地面にへたりこむ。彩は、その途中だ。反論を固く封じて我慢すれば、自ずと勝機は見いだせる。

 ……もう、来た目的が何だったか忘れちゃうな……。

 人生で訪れる山や谷を、先払いで体験しているかのよう。緊急停止装置のついていないジェットコースターは、同乗者の自由気ままに振り回されてコースを進んでいく。

 このハチャメチャ遊園地に、『留年』の二語は溶け込んで見えなくなっている。少しでも彼女の心境を楽にしたい思いが天に届いたのなら、幸いだ。

 忘れてはならないのは、彩の死が背中合わせで進行している事実。調味料で味を変えても、海水は海水。水分補給には向かない。

 喜怒哀楽がミキサーされて棒立ちする彩は、見ていて気分を愉快にしてくれる。何が起こるか分からないワクワクと、地獄に真っ逆さまの不安が、いい塩梅で配合されるのだ。

 いくら少女観察が興奮すると言っても、脚のしびれには勝てない。一発逆転を賭ける猫じゃらしも全て居間にしまわれてしまっている。陽介に味方する環境は、全て消え失せた。

 考え事に沈んでしまった彩の目前で、陽介は姿勢を崩した。このまま正座を続けていれば思考力が瓦解する工程を観戦できるのだろうが、自身の健康には変えられない。それに生命の危機さえ乗り切れば、またいつでも見られる。

 視線に熱意がこもっていなかった彼女も、目の前の年上男子高生が膝を伸ばしたことに気付いたようで。

「……姿勢……、戻せ……」
「……いつまでこんな茶番続けるんだ? 俺だって、怒られるために午後も居座ってるんじゃないぞ……?」

 彼女の怒りは、時間を潰す手段の成れの果て。思い込みをなくしてやれば、正常運転に戻ってランプも緑色になる。

 明日が休日だと決まっていても、叱られるだけの残業は引き受けたくない。ストレスで二日間以上寝込むようなことがあれば、迷惑するのは彩の方だ。適切な判断を願う。

 昔からの付き合いである少女が虚勢を張ったことは、一度や二度ではない。突発的に怒りを込み上がらせ、陽介に勝負を仕掛けてくるなどざらにあった。陽介から言わせてもらうと、ただの兄弟ゲンカだ。そこに良いも悪いも無い。

 そして、それは決まって後半に起こっていた。別れの時間近くに、温厚で冷淡な彼女が豹変するのだ。ある時は髪の毛を根こそぎ持っていこうとするワシになり、ある時は水中に獲物を引きずるワニになった。陽介を制圧するには不十分だったが。

 ……小学校くらいまでは、毎日のように一緒だったからな……。

 家庭で食卓に並んだことこそ無かったが、学校でも放課後でも二人一組。ケンカしては雨が降って地面が固まり、また手を繋いでいる。時空が捻じれて、過去に帰られたらどれほど素晴らしいことだろうか。

 引きこもり気味になったこの頃も、陽介は彩と会っている。だが兄弟姉妹の様相では無くなってきたのが気がかりで、もう再現できないものと思っていた。

「……茶番……、かも……」

 強く主張し続けてきた光速の弾丸も、遂に威力を失ったようだ。鉄板に弾かれ、白旗を空高く掲げた。上下関係が、この時を以って逆転した。

 重力に逆らってまで偽りの答弁を繰り返し、疲労が溜まっていたのだろうか。彩は、その場にへなへな座り込んだ。両手を後ろについて、攻撃性を金庫に封印したアピールをしている。

「……陽介、……時間が……」
「大半は彩が持っていったんだけどな」

 彩の両親が帰ってくる前に魔境から出発すると決めていたので、…あと一時間半しか残されていない。おやつのお菓子は、家に帰ってから食すことになる。お手製で彩が何か作るつもりだったとしたら、喜んで受け取ろう。

 ハチが侵入する前からもそうだったが、彩は壁掛け時計を気にする素振りがあった。算数の復習をしているのでは無かったようだ。時間に追われるのを気にするならば、自分でその時間を黄金に塗り替えてしまえばいい話なのだが。

 彩は、チョキを差し出した。ジャンケンに全財産を賭けるギャンブル狂には見えない。

「……おにごっこ……」
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

俺を振ったはずの腐れ縁幼馴染が、俺に告白してきました。

true177
恋愛
一年前、伊藤 健介(いとう けんすけ)は幼馴染の多田 悠奈(ただ ゆうな)に振られた。それも、心無い手紙を下駄箱に入れられて。 それ以来悠奈を避けるようになっていた健介だが、二年生に進級した春になって悠奈がいきなり告白を仕掛けてきた。 これはハニートラップか、一年前の出来事を忘れてしまっているのか……。ともかく、健介は断った。 日常が一変したのは、それからである。やたらと悠奈が絡んでくるようになったのだ。 彼女の狙いは、いったい何なのだろうか……。 ※小説家になろう、ハーメルンにも同一作品を投稿しています。 ※内部進行完結済みです。毎日連載です。

イケボすぎる兄が、『義妹の中の人』をやったらバズった件について

のびすけ。
恋愛
春から一人暮らしを始めた大学一年生、天城コウは――ただの一般人だった。 だが、再会した義妹・ひよりのひと言で、そんな日常は吹き飛ぶ。 「お兄ちゃんにしか頼めないの、私の“中の人”になって!」 ひよりはフォロワー20万人超えの人気Vtuber《ひよこまる♪》。 だが突然の喉の不調で、配信ができなくなったらしい。 その代役に選ばれたのが、イケボだけが取り柄のコウ――つまり俺!? 仕方なく始めた“妹の中の人”としての活動だったが、 「え、ひよこまるの声、なんか色っぽくない!?」 「中の人、彼氏か?」 視聴者の反応は想定外。まさかのバズり現象が発生!? しかも、ひよりはそのまま「兄妹ユニット結成♡」を言い出して―― 同居、配信、秘密の関係……って、これほぼ恋人同棲じゃん!? 「お兄ちゃんの声、独り占めしたいのに……他の女と絡まないでよっ!」 代役から始まる、妹と秘密の“中の人”Vライフ×甘々ハーレムラブコメ、ここに開幕!

桜庭かなめ
恋愛
 高校1年生の逢坂玲人は入学時から髪を金色に染め、無愛想なため一匹狼として高校生活を送っている。  入学して間もないある日の放課後、玲人は2年生の生徒会長・如月沙奈にロープで拘束されてしまう。それを解く鍵は彼女を抱きしめると約束することだった。ただ、玲人は上手く言いくるめて彼女から逃げることに成功する。そんな中、銀髪の美少女のアリス・ユメミールと出会い、お互いに好きな猫のことなどを通じて彼女と交流を深めていく。  しかし、沙奈も一度の失敗で諦めるような女の子ではない。玲人は沙奈に追いかけられる日々が始まる。  抱きしめて。生徒会に入って。口づけして。ヤンデレな沙奈からの様々な我が儘を通して見えてくるものは何なのか。見えた先には何があるのか。沙奈の好意が非常に強くも温かい青春ラブストーリー。  ※タイトルは「むげん」と読みます。  ※完結しました!(2020.7.29)

天才天然天使様こと『三天美女』の汐崎真凜に勝手に婚姻届を出され、いつの間にか天使の旦那になったのだが...。【動画投稿】

田中又雄
恋愛
18の誕生日を迎えたその翌日のこと。 俺は分籍届を出すべく役所に来ていた...のだが。 「えっと...結論から申し上げますと...こちらの手続きは不要ですね」「...え?どういうことですか?」「昨日、婚姻届を出されているので親御様とは別の戸籍が作られていますので...」「...はい?」 そうやら俺は知らないうちに結婚していたようだった。 「あの...相手の人の名前は?」 「...汐崎真凛様...という方ですね」 その名前には心当たりがあった。 天才的な頭脳、マイペースで天然な性格、天使のような見た目から『三天美女』なんて呼ばれているうちの高校のアイドル的存在。 こうして俺は天使との-1日婚がスタートしたのだった。

俺をフッた幼馴染が、トップアイドルになって「もう一度やり直したい」と言ってきた

夏見ナイ
恋愛
平凡な大学生・藤堂蓮には忘れられない過去がある。高校時代、告白した幼馴染の星宮瑠奈に「アイドルになるから」とこっ酷くフラれたことだ。 数年後、瑠奈は国民的アイドル『LUNA』として輝いていた。遠い世界の住人になった彼女との再会なんて、あるはずもなかった――そう、変装した彼女が俺の前に現れ、「もう一度やり直したい」と泣きつくまでは。 トップアイドルの立場を使い強引に迫る元幼馴染と、過去の傷。揺れ動く俺の日常を照らしてくれたのは、俺の才能を信じてくれる後輩・朝霧陽葵の存在だった。 俺をフッた幼馴染か、俺を支える後輩か。過去の清算と未来の選択を描く、ほろ苦くも甘い、逆転ラブコメディ、開幕。

幼馴染が家出したので、僕と同居生活することになったのだが。

四乃森ゆいな
青春
とある事情で一人暮らしをしている僕──和泉湊はある日、幼馴染でクラスメイト、更には『女神様』と崇められている美少女、真城美桜を拾うことに……? どうやら何か事情があるらしく、頑なに喋ろうとしない美桜。普段は無愛想で、人との距離感が異常に遠い彼女だが、何故か僕にだけは世話焼きになり……挙句には、 「私と同棲してください!」 「要求が増えてますよ!」 意味のわからない同棲宣言をされてしまう。 とりあえず同居するという形で、居候することになった美桜は、家事から僕の宿題を見たりと、高校生らしい生活をしていくこととなる。 中学生の頃から疎遠気味だったために、空いていた互いの時間が徐々に埋まっていき、お互いに知らない自分を曝け出していく中──女神様は何でもない『日常』を、僕の隣で歩んでいく。 無愛想だけど僕にだけ本性をみせる女神様 × ワケあり陰キャぼっちの幼馴染が送る、半同棲な同居生活ラブコメ。

サクラブストーリー

桜庭かなめ
恋愛
 高校1年生の速水大輝には、桜井文香という同い年の幼馴染の女の子がいる。美人でクールなので、高校では人気のある生徒だ。幼稚園のときからよく遊んだり、お互いの家に泊まったりする仲。大輝は小学生のときからずっと文香に好意を抱いている。  しかし、中学2年生のときに友人からかわれた際に放った言葉で文香を傷つけ、彼女とは疎遠になってしまう。高校生になった今、挨拶したり、軽く話したりするようになったが、かつてのような関係には戻れていなかった。  桜も咲く1年生の修了式の日、大輝は文香が親の転勤を理由に、翌日に自分の家に引っ越してくることを知る。そのことに驚く大輝だが、同居をきっかけに文香と仲直りし、恋人として付き合えるように頑張ろうと決意する。大好物を作ってくれたり、バイトから帰るとおかえりと言ってくれたりと、同居生活を送る中で文香との距離を少しずつ縮めていく。甘くて温かな春の同居&学園青春ラブストーリー。  ※特別編8-お泊まり女子会編-が完結しました!(2025.6.17)  ※お気に入り登録や感想をお待ちしております。

大好きな幼なじみが超イケメンの彼女になったので諦めたって話

家紋武範
青春
大好きな幼なじみの奈都(なつ)。 高校に入ったら告白してラブラブカップルになる予定だったのに、超イケメンのサッカー部の柊斗(シュート)の彼女になっちまった。 全く勝ち目がないこの恋。 潔く諦めることにした。

処理中です...