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第4章 修学旅行編

033 何があろうとやっぱり朝は眠い

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「ちょ……。なんで?」

 亮平は目の前の風景に、思わず口からそう言葉が出ていた。

 ここは東成中。のはずなのだが……。誰もいない。いや、誰もいないどころか、鳥の鳴き声さえ聞こえない。辺りは静寂で包まれていた。

(今日は修学旅行のはずなんだけど……。もしかして、一日間違えた?)

 頭の中でもう一度数えなおしてみる。しかし、今日が月曜日だという結論は変わらない。時計を見るが、午前七時なので時間に遅れたというわけではない。

 亮平は周辺を回ってみたが、生徒や教師どころか、いつもは多くいるはずの通行人までいなかった。

 大声を出してみても、帰ってくるのは沈黙のみ。

 亮平の本能が『この状況は絶対おかしい』と体に呼びかける。しかし、脳がまだそのことを理解できていなかった。いや、理解しようとしなかった。普通人が一人もいないなど、ありえないのだから。

(とにかく家に帰ろう)

 家に帰れば誰かがいるはず……。亮平がそう思って、足を踏み出そうとした時だった。

(!?)

 足の感覚が、いや正確に言えば踏みしめているはずの大地の感覚が、無くなっていた。急に地面がせりあがってくるように感じたのは、自分の体が落ちているからだろう。

 すぐに視界は暗闇になり、風が体に断続的に当たる。上を見ると、光の穴がどんどん小さくなっていくのが見えた。

(な、な、な?)

 訳が分からないような事が立て続けに起きたので、亮平はパニックを起こしていた。

 そのまま、亮平は意識を失った。






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「んん?」

 亮平の意識が戻るとともに、激しい痛みが体全体を襲った。

「おら、てめえが助けるんじゃなかったのか?」

 ドン、という鈍い音とともに、亮平の右わき腹に激しい痛みが走る。

(助けるって、誰を……)

 心当たりはなかった。そもそも、穴みたいなものに落ちて意識を失ったのだから。

「ぼーっとすんじゃねえよ!」

 また殴られる。

 しばらくするうちに、亮平の意識ははっきりとしてきた。ぼんやりとしていた視界が鮮明になっていく。そして、目の前に見覚えのある女子がいた。

(未帆だ!)

 だが、よく見るとその首にはカッターが突きつけられている。未帆の目はまっすぐ亮平を見ていた。今にも泣き出しそうな目をしている。

 今までの言葉と行動からだいたいのことは理解できた。亮平は何者かに捕まっている事、未帆も捕まって監禁的なことをされていること、このままいけば二人とも尋常ではない目に遭わされること。亮平が今しなければならないことは決まっている。

 しかし、体が動かない。痛みがあっても体は動くはずなのに、金縛りにあったかのように体が重い。

(これじゃ、友佳の時と一緒じゃないかよ!)

 亮平はこの期に及んで動かない自分の体に嘆いた。

「じゃ、ちょっと眠っといてもらおうか!」

 その声を聞き終わると同時に、意識を手放した。






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「ジリリリリリ」

 どこからか音が聞こえてきた。近くでなっているのか、音はわりと大きい。

(たしか俺は、殴られて……)

 だんだんその音は大きくなってきた。その音は、毎朝聞くあの音と同じような、いや同じ音だった。

 亮平は、目は閉じたまま右腕であたりを探った。眠い。すぐに、硬くて四角いものに当たった。上の方を叩くと、音がピタリと止まった。

(夢かぁ)

 亮平は安堵しつつ、寝ぼけ眼で時刻を見る。七時十分だった。

(やばい! 遅刻する!)

 急いで体を起こそうとするが、体が重い。眠気も思考の邪魔をする。

(これも夢だ! これも夢だ!)

 現実逃避をしてみるも、現実が変わることはない。結局、亮平は準備に追われることとなった。前夜からある程度していたので、悲惨なことにはならなかったが。

(夢の内容だけは、現実になりませんように)

 準備に追われる一瞬の合間に、亮平はそう願った。 
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